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ノースアメリカン P-51 マスタング(Mustang:野生馬) レシプロ戦闘機の最高傑作

P-51D(25K) P-51D
 1995 年竜ヶ崎において零戦里帰り飛行に同伴したプレーンズ・オブ・フェーム博物館所有の P-51D、民間コード N7715C。勿論武装は外されており、照準器や防弾板・無線機も取り外されコクピット後部が同乗者席になっており、機首下面のサイドインテイク・グリルが塞がれているなど純粋な戦闘機仕様の P-51 とは細部が異なる。こういった「原形を壊さない程度の改造」は民間の P-51 によく見られるもの。ちなみに N7715C は登録カテゴリ「LIMITED」となっており、廃機の再生(EXPERIMENTAL カテゴリ)ではなく稼動状態で軍から払い下げられた機体という事がわかる。

(写真提供 猫乃手本舗氏)


 P-51 は第二次大戦中の最高傑作と呼ばれていますが、その機体が当時駆け出しの航空機メーカーの、ほとんど無名の設計者によって4ヶ月足らずで設計されたという事実は奇妙であもあり痛快でもあります。事の発端は第二次大戦勃発直後の 1940 年、絶望的な戦闘機不足に悩む英国がアメリカに戦闘機輸出を打診する調査団を派遣した事でした。しかし米陸軍航空隊も迫り来る戦雲を前にしてロッキード P-38ベル P-39カーチス P-40 などの大量発注をかけており、主要戦闘機メーカーには輸出に回すだけの余剰生産能力がありませんでした。
 そこで英国が目をつけたのが、1934 年から本格的に航空機製造業を始めた新生ノースアメリカン(以下NA)です。この頃同社では NA-16 練習機(AT-6/SNJ テキサン、英国名ハーバード)の成功で近代的全金属機の設計生産能力があることを実証していましたが、高性能戦闘機は未経験でした。英国はNA社にカーチス P-40 のライセンス生産を打診しますが、この提案に不服なNA社長ジェームス・キンデルバーガー(James H.Kindelberger)は「あんな古臭い戦闘機をライセンス生産する位なら、同じエンジンでもっと高性能な戦闘機を設計してみせる」と啖呵を切って見せます。この提案のもと 1940 年 4 月 10 日に契約が交わされましたが、それには「初号機を 120 日以内に完成させること」という常識外れとも言える厳しい条件が不可されていました。

 社内呼称 NA-73 と呼ばれたこの新型戦闘機の開発は、若いエンジニア達のアイデアをふんだんに盛り込んで急ピッチで進められました。構造は徹底した合理化と簡素化が行われ、また NACA で研究されていた最新の流体力学の成果が取り入れられました。とりわけ NA-73 の成功に大きく貢献したのは層流効果(Laminar Flow Effect)の応用です。層流とは機体表面に厚さ数ミリ〜数センチにわたって発生する流速の遅い空気層で、高速飛行時の抵抗増減はこの層流の流れと大きな関係があることが判明していたのです。
 NA-73 の主翼は前縁部が鋭く最大圧が後方に寄った「層流翼」断面が取り入れられ、主翼の発する抵抗を大幅に削減していました。層流翼は主翼中央の厚み体積を大きく取れるため、ここに大容積の燃料タンクを格納することで巡航抵抗の低下と相まって長大な航続能力を実現しています。しかし層流翼は低速時の失速特性があまり良くないため、NA-73 は大面積のフラップを装備して離着陸に備えていました。また液冷機の悩みの種であるラジエター取り付け部についても、層流を乱さずかつ高効率で冷却空気を取り入れる形状が選択されました。

 1940 年 9 月 9 日、契約から 102 日後に NA-73 初号機(民間コード NX19998)は工場からロールアウトしました。しかし戦時増産に追われるアリソン・エンジンは官給品のため手配が遅れ、初飛行は 1940 年 10 月 26 日にまで延期される事になってしまいました。
 テスト飛行において NA-73 は早くも駿馬の素質を見せ、同じエンジンでありながら全ての性能において P-39, P-40 を凌ぐ性能を発揮しました。しかも驚くべきことは 102 日の超過密スケジュールで設計された機体にも関わらず、試作品に付き物の設計ミスや欠陥がほとんど発見されなかった事です。喜んだ英国は初期発注 320 機に加えて 300 機の増加発注を行い、「マスタング I 型」として制式採用しました。英国仕様のマスタングは原形機 NA-73 にわずかな変更を行った NA-83 型と主翼武装をイスパノ 20mm 機銃に換装した NA-91 型(マスタング IA)があり、後者は少数(57 機)が偵察仕様の F-6A(のち P-51 に改称)として米陸軍航空隊に納入されています。
 しかし P-51 に搭載されたアリソン V-1710-39 エンジンは過給器能力が低く、15000ft(約 4500m)を超えると急激に性能が低下するため高々度性能に優れた Bf109 に対し不利は免れませんでした。このため米軍では当初 P-51 を空戦に不適当な機材と位置づけ、1942 年 4 月に急降下ブレーキと爆弾ラックを装備した対地攻撃機 A-36A として少数採用しています。42 年 8 月には爆撃装備を外した戦闘機型 P-51A も発注されましたが、後述する P-51B の成功によって少数生産にとどまりました。
 これら一連のアリソン搭載初期型マスタングの特徴は機首上面に細長い気化器インテイクが開口していることで、武装は主翼の 12.7mm 機銃4挺(マスタング IA のみ 20mm)に加え、機首下面という奇妙な位置に同調式 12.7mm 機銃2挺を搭載していました。しかしこの機銃は使い勝手が悪かったようで、戦場では取り外してしまった機体も多かったようです。

P-51A(26K) P-51A
側面から見た P-51A。枠の多いキャノピーや機首上面に出っ張ったインテイクがよくわかる。のちのマーリン搭載型と違いラジエターの出っ張りが浅いのが特徴。機首下面は機銃搭載のため膨らんでいるが、機銃そのものは取り外されている。



A-36A(10K) A-36A
ライトパターソン空軍博物館に展示されている A-36A。主翼上下に開いた急降下ブレーキ、爆弾架、機首下面の機銃と上面のインテイクが特徴。



 1942 年 8 月、英軍では P-51 の優れた潜在性を引き出すべく、高々度性能に優れたロールスロイス・マーリン 65 エンジンを搭載した試作機を製作しました。マスタング X の仮称が与えられたこの機体は劇的な性能向上を見せ、興味を示した米軍との共同で本格的なマーリン搭載型の開発がスタートします。当初 XP-78、のち P-51B と改称されたこの機体は早くも 1942 年 11 月にはロールアウトし、期待に違わぬ高性能を発揮しました。関係者がいかに狂喜したかは、米軍による 2200 機の大量発注ぶりからも伺えます。急増した需要はとてもNA一社では賄い切れず、テキサス州ダラスに専用の新工場が建設されました。ここで生産されたタイプは P-51C と呼ばれますが、基本的な仕様は P-51B と同じです。また、P-51B/C の英国仕様にはマスタング III の名称が与えられました。
 P-51B/C は機首形状がアリソン搭載型と大きく異なり、気化器インテイクが機首上面からプロペラスピナー直下に移されています。また機首下面の同調機銃も省略され、武装は主翼の 12.7mm 4連装のみとなっています。

 P-51B/C の弱点は枠の多い「ファストバック」の為後方視界が良くないことで、英軍では枠が少なくかつ突出した「マルコム型キャノピー」を開発して視界改良を試みていました。しかし更に根本的な改良の必要性に迫られ、機体後部上面を削り落とし水滴型風防を装備したタイプが P-51D です。P-51D では主翼武装も 12.7mm 機銃6連装に強化され、翼内タンクの容量減少を補うため座席後方に増加燃料タンクが装備されました。しかしこの増加タンクによる重心後退と減少した後部胴体側面積によって深刻な方向安定性不良を起こしたため、垂直尾翼前方に特徴のある背鰭(ドーサル・フィン)が追加されています。

 P-51D はマスタング・シリーズ中最もバランスの取れた機体となり、7837 機が量産されました。翼面過重だけから見ると P-51 はかなり重い機体で、層流翼特有の失速癖もあり低速でヒラヒラ旋回するのは苦手でしたが、高速域での舵の効きは鋭く加速・急降下性能に優れ、扱い方さえ間違えなければ大抵の日本・ドイツ機とも対等以上に渡り合うことができました。また、ほぼ同時期に開発された K-14 ジャイロ照準器と対Gスーツは P-51 の空戦能力向上に少なからぬ役割を果たしています。
 P-51 において特筆すべきは増槽使用時 3700Km 以上に達する航続能力で、これは P-47 の 2900Km はもちろん双発 P-38 の 3600Km さえも上回ります。脚の長い P-51 の就役によってドイツ奥地へ侵攻する戦略爆撃機は全航路に渡る援護を受けることが可能となり、ドイツ戦闘機による重爆の損害は激減しました。また P-51 はしばしば「行きがけの駄賃」として駅や飛行場などの地上施設、時には民家まで手当たり次第に銃撃を行いましたが、腹部に大きなラジエターを抱えた P-51 は対空砲火に脆弱で、地上攻撃に伴う損害は少なくありませんでした。

 P-51 の更なる発展型として徹底的な軽量化を図った XP-51F、高々度用マーリン 145 と5翅プロペラを装備した XP-51G、過給器を改良した新型アリソン V-1710-119 を搭載した XP-51J が試作されました。これらの中から XP-51F をベースに開発された量産型が P-51H です。P-51H は車輪を小型化したため主翼付け根の突出部が無くなったこと、背の高い垂直尾翼を装備している事が外見上の特徴です。
 P-51H は水メタノール噴射による緊急出力使用時高度 25000ft(7620m) で 783Km/h という高速を発揮しましたが、バランスの取れた P-51D に比べ少々無理をした感もありました。P-51H は対日戦線用として 2000 機の発注が行われていましたが、太平洋戦争の終結によってキャンセルされ 555 機の生産にとどまっています。

 大戦終結後 P-51D(F-51 と改称)は朝鮮戦争にも参戦していますが、大部分は第三国や民間に払い下げられました。スマートで高性能な P-51 はアメリカの富豪に趣味の自家用機として好まれ、その一部は Bendix, Thompson, Sohio, Kendall, Harold's Club, Reno National 等のエアレースで数々の記録と伝説を残しています。
 また、P-51 の胴体と主翼を流用した双発戦闘機として P-82 ツイン・マスタングが開発されています。


緒元(P-51D-25)
製作1942年
生産数14855 機(全タイプ合計)
乗員1
全幅37ft 1/4in(11.28m)
全長36ft 2in(9.83m)
全高8ft 8in(2.64m)
主翼面積233ft2(21.6m2)
乾燥重量7125LBs(3232Kg)
全備重量10100LBs(4581Kg)
武装12.7mm 機銃×6(主翼)
増槽未搭載時 爆弾 1000LBs(454Kg)×2 または
HVAR 5in(12.7cm)ロケット弾5発×2
発動機パッカード・マーリン V-1650-7 液冷12気筒 1695hp
最高速度437mph(703Km/h) 高度 25000ft(7620m)
実用上昇限度41900ft(12771m)
航続距離950ml(1529Km)
2300ml(3701Km) 増槽使用時

P-51 サブタイプ一覧
サブタイプ生産数特徴
XP-512NA-73 米軍向け仕様
アリソン V-1710-39(1100hp) 3翅プロペラ
P-5157英国向け Mustang IA の偵察型
初期呼称 F-6A
A-36A150対地攻撃型
P-51A310戦闘機型
アリソン V-1710-81(1200hp)
P-51B1202パッカード・マーリン V-1650-3(1620hp)
ハミルトン・スタンダード製4翅プロペラ
P-51C400同上、ダラス生産型
P-51B-10 以降788パッカード・マーリン V-1650-7(1695hp)
P-51C-10 以降1350同上、ダラス生産型
P-51D6502水滴風防、6連装機銃
パッカード・マーリン V-1650-7(1695hp)
-10 以降はドーサルフィン追加
-25 以降は多目的パイロン装備
P-51K1337同上、ダラス生産型
エアロ・プロダクト製プロペラ装備
(プロペラが直径わずかに小さく性能低下)
TP-51D10?タンデム複座練習機型
後部風防延長、固定式尾輪
F-6D126P-51D の偵察型
F-6K163P-51K の偵察型
P-51E0欠番
XP-51F3軽量化タイプ、翼銃を4挺に削減
パッカード・マーリン V-1650-3(1620hp) 3翅プロペラ
XP-51G2ロールスロイス・マーリン 145M(1910hp) 5翅プロペラ
XP-51J2アリソン V-1710-119(1720hp) 4翅プロペラ
P-51H555対日戦線用の性能向上型
パッカード・マーリン V-1650-9(2218hp/水噴射)
P-51M1試作のみ
パッカード・マーリン V-1650-9A(水噴射省略型)
P-51L0計画のみ
パッカード・マーリン V-1650-11(2270hp/水噴射)
Mustang I620社内呼称 NA-73/83 援英型
Mustang IA93社内呼称 NA-91
主翼銃をイスパノ 20mm 四連装に強化
150 機中 57 機は P-51 として米軍に接収
Mustang X5マーリン搭載試験型
ロールスロイス・マーリン65、4翅プロペラ
Mustang III900P-51B/C 英国呼称
Mustang IV875P-51D/K 英国呼称
CA-1780P-51D オーストラリア生産型
終戦までに 17 機が完成、実戦には間に合わず
パッカード・マーリン V-1650-3
CA-18120P-51D オーストラリア戦後生産型(偵察型も含む)
パッカード・マーリン V-1650-7
(一部はロールスロイス・マーリン66/70)


★おまけコラム:名機に伝説あり
 名機中の名機と言える P-51 には様々な伝説やエピソードがまとわり付いてみます。筆者の知っている範囲で少々ご紹介してみましょう。


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