サンノゼ飛行日誌
2001年3月以前の飛行日誌ログです。
- 2001年 3月31日13:00−
N24373 1.7h/72.4h 48th
カリフォルニアはすっかり春の気候で、日中は汗ばむほど。快晴で絶好の飛行日和だが、若干風が強いようだ。今日は早めに飛行場に行きオーラルテストに備えて飛行機のメンテナンスログの読み方を再チェックする。早めに片付いたので 13:30 頃に離陸、31L から左旋回でダウンウインドに出てアンダーソン湖上空 3500ft へ。何時ものようにスローフライト、パワー ON/OFF ストール、スティープターンのマニューバーチェック。スティープターンで若干高度が下がった事を除けばいい感じ。そのまま高度を下げてサウスカウンティのトラフィックに入る。
飛行日和の午後なので常時2〜3機がパターンを回っており、のんべんだらりとは飛んでいられない。滑走路 32 へショートフィールドランディングを試みるが、強い向かい風を読み間違って危険な低速でどすんと着いてしまった。一度フルストップで再離陸したあと、2度3度と同じ着陸を繰り返す。何処から出てきたのかウルトラ・ライトの飛行機までフライトパターンを横切る始末で気の抜きようがない。
すっかり疲れたところで北に出て、グラウンドリファレンスの練習。定点旋回をやると風上と風下の影響がはっきり出て、風向をしっかり計算に入れて旋回をかけないとあれよあれよと流されてしまうことになる。ある程度回ったあと、高度 1300ft でエマージェンシーランディングのシミュレート。
そこから高度を上げ UTC 上空から RHV へのアプローチラインに入るが、これまた帰ってくる飛行機が3機も4機もダンゴになっており気が抜けない。とりあえず 31L へのアプローチラインに乗るが、すぐ目の前にセスナが一機いる。早めにフラップを出し速度を落として距離を開こうとするが、前の機体も上がったり下がったり妙なアプローチパターンで距離がなかなか開いてくれない。
ささき:「何だか機首を突っ込みそうな距離ですね」
師匠:「うーん、でも距離は 500〜800m くらい開いてますよ。」
ささき:「そうか、それじゃ機関銃撃っても当たりませんね。」
何の話をしてるんだか(^^;)。結局滑走路がクリアにならず管制塔からゴーアラウンドの指示。その間にも続々と帰って来るので簡単にクリアランスが出ず、延々とダウンウインドを延長してやっとナンバー3を貰って着陸。風が強い日は疲れる…本日のログタイム 1.7 時間。
- 2001年 3月18日 9:00−
N6321M 1.5h/70.7h 47th
朝起きると空が真っ白だった。一体何事かと気象情報を見れば、ベイエリアに付き物の朝靄らしい。10時を過ぎれば北から順に晴れてゆくだろうとの事で、とりあえず9時には飛行場に出かけてフライトプランを埋めてみる。リノへの飛行はアウバーン(Aubrun)で一度降りて給油するプランを立てていたが、計算してみると燃料2時間弱の余裕を持ってノンストップで飛べそう。もっとも今日は実際にリノまで飛ぶわけではなく、フライトプラン作成と気象データの収集についてチェックを受けるだけなのだが。
11:00 に師匠が帰ってきたのでチェックを受ける。巡航高度を 4000ft の「ハード・アルティチュード」に取るポカをかましていた他は大体オッケー(VFR は +500ft を飛ぶ)。とりあえずプランに従い 31L から LVK 目指し 4500ft まで昇る。水平飛行に入ったところでフード(目隠し)飛行、VOR トラッキングや水平旋回、ストールリカバリまでフードを被ったまま行う。フードを取ったあとはスローフライト、スティープターン、そして再びストールリカバリ。パワー OFF ストールからの回復手順が少々ぎこちない。
マニューバーが一通り済んだところでダイバージョン、すなわちフライトプランの機上変更。目的地はオークランドの近くヘイワード(Hayword)。この辺りは SFO のクラス B と OAK のクラス C が複雑に重なり合ったエアスペースで高度選びが大変。4500ft から 1500ft まで高度を落としつつ、チャートと地形を見比べつつヘイワードを探す。サンフランシスコベイを渡るサンマテオ橋(R92)を基準にして空港を発見、タワーにコンタクトして 28R へストレートイン。Short Field ランディングは多少左に流れたが接地点はほぼドンピシャ。フルストップで滑走路端までタクシーバックし、ダウンウインドで出発して RHV へ向かう。Mission Peak の西側、San Jose Class C の横をかすめて飛び RHV にコンタクト、右 45 からダウンウインドに入り Soft Field で 31R に降りる。例によって左に流れる傾向が出るなぁ。Stage III のチェックとしては悪くないが、もう一度やりましょうという事になった。しかし師匠のスケジュールが建て込んでおり、土曜日朝 7:00 からの早朝練習ということになる。本日のログタイム 1.5 時間。
3月も中旬を過ぎるとサンノゼはすっかり春の陽気に包まれており、アパートに帰ったあとはプールで初泳ぎでした。
- 2001年 3月12日 19:00−
今日も Aural の予習。機体のメカニズムについてなので得意分野(笑)。例によって飛燕のベンチュリー管やらシーフューリーのオイルクーラーやら脱線しながら話を進める。本日の地上教習 1.8 時間。最近ちょっと疲れ気味で、更新が遅れていて申し訳ないです(_ _;)
- 2001年 3月11日 11:00−
N24373M 1.6h/69.2h 46th
昨日と違って薄曇りの天気だが、飛行には悪くない天気。風は若干南から吹いており、13 から出ることになる。いつも日曜の午前は出発する飛行機で混雑するものだが、今日は 11:00 からアメリア・リードの追悼セレモニーがあるのでフライインする機体も多く管制塔は殺気立った多忙さを示している。少々待たされたもののストレイト・デパーチャーでアンダーソンレイク上空へ。いつものようにスローフライト・ストール・スティープターンの練習、昨日よりは大分良くなってきた。サウスカウンティ上でエンジンフェールシミュレート、大体うまく行ったがちょっと高度が残りすぎて滑走路奥に流れたのでタッチダウンせずにゴーアラウンド。そのままパターンを回りながらソフト・ショートのランディングの練習。ピッチに気を取られて右ペダルの踏みが足りず、フレアー時に左へ流される傾向が出る。またパターンを回っている時の高度やアプローチ角度も今一つ安定しない。サウスカウンティを北へ出てグラウンドリファレンス、そこから高度を 2500ft に上げてフード飛行。忘れていた物を一つ一つ思い出してゆくみたい。この調子なら次回は Stage III の実技試験をやりましょうという事になった。本日のログタイム 1.6 時間。
飛行のあと、買っておいた花束を持って Ameria Reid Aviation へ行く。ハンガーの中にピッツ複葉機を置いて花と風船を飾り、ランチやドリンクをフリーサーブにして賑やかにやっている。「湿っぽいセレモニーなんかやったら、天国のアメリアにどやされる」のだそうな。会場では飛行界の有名人が次々にマイクを握っては、アメリアに関する想い出を面白おかしく語っている。やがてフライインの時間、全員ゾロゾロとハンガーの外に出る。朝にかかっていた薄雲は消えて、彼女を祝福するような青空が広がっている。まず三機が「Missing Man Formation」で上空を通過し彼女に弔意を表明し(写真撮り損ね)、三機のエクストラ 300 アクロバティック機がスモークを曳きながら上空を通過した。続いてセスナの編隊飛行、最後は彼女の愛機だったセスナ 150「Aerobat」からパラシュートジャンプが行われ、着地と同時に風船が空に放たれた。風船の一つには愛機の模型がくくり付けられている。どこまでも青く澄んだ快晴の空に、風船は小さな点になって吸い込まれていった。
Blue Sky Forever, Ameria Reid...
- 2001年 3月10日 11:00−
N6321M 1.5h/67.6h 45th
天気予報が外れて抜けるような快晴、ただし風は 7〜10kt と比較的強い。久しぶりの青空で、一ヶ月以上ぶりの飛行となる。しかし誰でも考えることは同じなのか飛行場は大混雑。今日はチェックライドに備えてマニューバーの復習なので、RHV をダウンウインドで南へ出て高度アンダーソンレイク上空 3500ft へ。まずスローフライト、しかし山がちな地形に煽られた風が複雑な上昇下降気流を作り「ガブられる」ためなかなか安定しない。次はパワー OFF ストール、続いてパワー ON ストール。パワー ON のストールの入れ方と回復が少し甘い。サウスカンティの南へ出てスティープターン、バンクと高度が安定しない。うーん、長いことマニューバーやってなかったからだいぶ感覚が薄れてるなぁ。サウスカウンティの北でエマージェンシー手順のレビュー、そこからサウスカウンティに着陸するが、ここも混んでいて先客が2機も入っている。余裕がないのでドタバタ慌てて、着陸チェックの手順でミクスチャレバーを Full Lean に入れようとするポカをやてってしまった(これをやるとエンジンが止まる-_-#)。また、着陸のパスと速度もフラフラして安定しない。サウスカウンティでタッチ&ゴーをやったあと空港の北側でグラウンドリファレンスの練習、定点旋回を行う。今日は風が強いので操縦の腕が問われるが、こちらも感覚をだいぶ忘れていてボロボロ(;_;)。そこから北に出て UTC 上空で RHV にコンタクト、31L にソフトランディングをかけて見るが、少し速度が残り過ぎてフレアーで浮き上がり、パワーを入れるとランウェイエンドまで流されそうだったので(実は向かい風が強いからそれほどでも無かったのだが)そのままドスンと落としてしまった。…チェックライドまでの道は遠いなぁ(T_T)。今回のログタイム 1.5 時間。
- 2001年 3月5日 19:00−
三日連続だとさすがに疲れるが、師匠のスケジュールが空いていなかったので仕方がない。今日も Aural Test の予習、主にエアスペースと視界・雲高条件、チャートの読み方などの復習。基本的には 10000ft を境に雲上 1000ft/雲下 500ft/水平距離 2000ft(低高度) または雲上 1000ft/雲下 1000ft/水平距離 1mile(高々度) が切り替わるのだが、無線管制のない ClassG エアスペースでは 1200ft を境にした特例ルールが存在し、昼と夜でも扱いが変わるのでややこしい。これもしっかりやっとかなきゃ…うぅ、面倒だなぁ…(^^;)。本日の教習も 1.8 時間。
なお、この日 Reid-Hill View の名物婆さん Ameria Reid が土曜日(3日)に亡くなったというニュースを聞いた。享年 76 歳。昨年のワトソンビル・エアショーではいつものようにセスナ 150 の華麗な演技を見せてくれたのに…。飛行免状を取ったら、いつかは彼女に同乗飛行をお願いするつもりだったが、かなわぬ願いになってしまった。謹んでご冥福をお祈りします。
- 2001年 3月4日 16:00−
Written Test が終わったのでいよいよ CheckRide に向けて Practical Test すなわち実技試験の予習に入る…筈だったのだが、サンノゼは毎週末が雨模様。この日も雲高 3000ft 未満、風が 10〜15kts の悪条件で飛行は断念。代りに Aural すなわち口頭試験の予習を行う。Flight Review や Medical Check の条件と有効期限、機内に持ち込むべき書類、飛行機の整備記録の見方など以前座学で習った内容だが大分忘れている。復習しておかなくちゃ…本日の地上教習 1.8 時間。
- 2001年 3月3日 13:00−
今日は本番の Written Test。Written とは言っても今では LaserGrade というコンピュータを使った採点システムになっている。問題は全50問2時間だが、1時間経たないうちに全問解答できた。ただし何問か自信のない回答もあり、とりあえずもう一度最初からやり直してみる。それでも1時間30分はかからなかったので終了。結果は87点。合格ラインは70点なので問題なしに合格である。やれやれ。
- 2001年 2月24日 13:00−
ベイエリアは雨続き。今日はフライトの予約を入れていたのだが、雲が 3000ft で Broken、5000ft から Overcast で風も 14〜16kt と強く飛行を断念、代わりに前回の続きで Exam 第二弾(A, B 2セットの問題がある) をやることになる。今回は準備していなかったこともあり凡ミスが目立ち 50 問中 40 問正解で 80 点。しかも一問は番号の読み間違い、一門は計器高度と気圧の関係を問う問題で、前回のミスを繰り返した形になった。まぁ合格ラインだから良しとするか。本日の教習 1.4 時間。
- 2001年 2月12日 19:00−
久々にグラウンドの教習。今日は筆記テスト(Written Test)に備えて最終段階の Exam(試験)。一夜漬けに近い状態だったが、50 問中 43 問正解で 86 点。Exam の合格ラインは 80、Written Test は 70 だからまぁ充分。問題番号の読み間違いが一つあったのと、普段使わない ADF の問題でミスったのが痛かった。本日の教習 1.4 時間。
- 2001年 2月4日 11:00−
N5090Q 1.8h/66.1h 44th
今日は最後の必修クロスカウントリー。になる筈だったのだが、改めてフライトログを計算し直してみるとソロのクロスカウントリー時間は前回で 11.2h に達しており、わざわざ今日飛ぶ必要のないことがわかった。これがわかったのが出発直前でプランもファイルした後だったので、折角だから飛行時間稼ぎに飛ぶことにする。予約していた N24373 が出発直前に N5090Q に振り替えられ、その 90Q も無線機のスイッチが目茶目茶な設定になっていて交信が通じるまでドタバタしたが、とりあえず 13:25 に無事離陸。目標は 50 マイルほど北の Rio Vista という小さな空港で、今回は VOR を使わず地文だけで飛ぶことになる。予定時刻より2分遅れでリバモア空港を通過、高度 4500ft で左にディアブロ山の巨大な岩塊を見ながら飛ぶ。チャートと見比べてみると少し左にずれているようで、若干方位を右に修正し SOLANO の内海に向けて高度を落としてゆく。Rio Vista の CTAF 周波数 122.80 はひどい混雑で、近所のノンタワー空港5、6箇所の交信がまとめて飛び込んで来るようだ。辛うじて漏れる交信から滑走路 25 を使っているらしいことがわかるので、飛行場を飛び越し左旋回して 45 度からダウンウインドに入る。ベースレッグに入るまでに高度を落としすぎ、少々パワーで引っ張ったので最後は過速となり、操縦桿を引いて速度を殺したら今度は高度が残りすぎ、地上数メートルで失速しかかってドスンと落ちる危ない着陸だった。
タキシングして FBO らしき建物まで行くが、造成中で中はガランドウである。建物の玄関にいた夫妻が「電話なら裏にあるよ」と教えてくれたので、公衆電話を見つけてフライトプランをクローズ。先ほどの夫妻は近所の建て売り住宅を見にパイパーで飛んで来たそうな。やがて不動産屋のバンが来て彼らを乗せていった。
電話がひとつ、移動式簡易トイレが一つ、セルフサービスのガソリンスタンドがひとつ。それ以外にはあきれる程何も無い空港である。しかし小型機の発着は多く給油する飛行機が絶えない。さながら空のガソリンスタンドというところか。腹が減ったが何も無いので、おやつに持ってきたプリングルスを開けて食べる。少し風が出てきたようで、発着する飛行機は 7-25 に交差する 32 滑走路を使い始めた。こちらも飛行機を始動し 32 から離陸。上昇しながら右に 180 度旋回、ダウンウインドで出発。帰りのコースは行きとはあえて異なり Byron 上空を通って帰るもの。目標にしていた Funny Farm 空港は見つけられなかったが、湖と街から位置を評定できた。しかし運河に隣接したこの街はガレージ代わりにハーバーを持っているようで、いささか異様である。Byron 上空で右に旋回、高度を 4500ft に上げる。この辺りはスカイダイビングフィールドでもあり、CTAF の通信を聞くと 2000ft あたりでドロップをしているようだ。またこの辺は風力発電のメッカでもあり、左手の丘陵には林立する風力発電機の群れが見える。
リバモア上空で左旋回、アンダーソンレイクに機首を向けて高度を落とす。RHV には 45 度から 31R に入って着陸。タッチダウン時に左に流され、右ラダーを踏みすぎて斜めに降りる下手な着陸だった。忘れないうちにグラウンドに連絡してフライトプランを閉じる。今回のログタイム 1.8 時間。
- 2001年 1月28日 11:00−
N69596 2.1h/64.3h 43th
今日は全米の国民がTVに噛り付いてスーパーボウルを見る日だが、我らが NICE AIR はお構いなしに営業中である。教習過程で要求されているクロスカウントリー時間が 3.9 時間足りないので、今日はクロカンに行く。目標は以前ナイトフライトしたことのある NAPA 空港(APC)。片道一時間足らずの距離のうえ、快晴微風の飛行日和。しかしフライトプラン作成はしょーもないミスを重ねて少々遅れる。愚図愚図している間に 11:30 を過ぎてしまい、予約していた N68475(〜13:00 まで)だと帰り時間が苦しくなってきた。予定表を見て空いていた N6721M(〜11:00) に切り替えたが、今度は待てど暮らせど飛行機が帰ってこない。憮然として待っていたら、丁度帰ってきた N69596 が割り当てられた。フライトサービスに電話を入れて飛行機の変更を伝えるが、出発時間(12:00)変更を伝えるのは忘れていた。えい、ままよと(これが良くないのに)フライトチェックを済ませとにかく出発。実際の離陸は 12:35、オープン・プランは 12:40。あと 20 分遅れていたら自動的にプラン廃棄されてるとこだった。これだから飛行機乗りは小さな準備ミスを放ったらかしにしちゃいけないんだよなぁ。
SGD の VOR 302 に進路を合わせ、高度 4500ft で茫々と飛ぶ。一応チェックポイントで経過時間を調べるが、どうも予定の 90kts に届かない。向かい風が強いのか?計器を見たら 2300rpm の予定が 2200rpm で、対気速度も 95kts の予定に対し 90kts を示していた。飛行機は正直である。最初に高度を上げすぎたので少しパワーを絞ったあと、クルーズパワーに戻すのを忘れていたのだ。
NAPA から 10NM 南、Hwy80 の CARQUINZ BRIDGE からアプローチコール。Rwy6 へダウンウンドでコールするよう指示される。Rwy6 は左パターンなので、南から接近すると飛行場を一度飛び越して 45 度から入ることになる。2300 で飛行場を通過、高度を落としつつダウンウインドに入り、クリアランスを貰って着陸態勢に入る。ベースレッグでは足下に高い鉄橋が見え、飛行機が当たりそうで少し恐い。NAPA の 6-24 は 5007x150ft と大きいので、少々高めに入って奥に接地しても大丈夫なのだが。
誘導路で飛行機を止めグラウンドにコンタクト。以前 LIVERMORE に降りたときグラウンドで迷いまくった経験があるため、今回は PILOT GUIDE の該当ページを抜き出して持って来ており、どの誘導路が何と呼ばれ何処に通じているのか一目でわかる。成る程、だからバインダー形式になってるんだな(もっと早く気づけよ)。駐機場に飛行機を転がしてゆくと、何やら人だかりが出来ている。こんなド田舎の空港で何事かと思ったら、地元のボーイスカウト?の飛行機見学のようだった。
NAPA の空港には Jonesy's という有名なステーキハウスがある(看板にちゃんと famous steak house と書いてある)のだが、生憎この日は臨時休業だった。仕方ないのでオヤツに持っていった Twinky を齧りながら NAPA のもう一つの名物、日航の飛行研修センターの回りをうろついてみる。
NAPA からの出発は 2:15。高度 3500ft に取り、SGD VOR の指針 122 で飛ぶ。地表付近にヘイズ(もや)が立ってきたのか、右手に遠く見える金門橋は白く霞んで見える。それに帰りは緊張感が足りないのか、どうも進路が左右にふらつきやすい。チェックポイントのリバモア空港は大きく右(西側)にずれて通過してしまった。キャラベラス湖の上でアプローチコール、31L にランディング。右から横風があったのに無頓着に降りたため、センターライン左寄りで機首が右を向いたままドスンと落ちる冴えない着陸だった。やれやれ。今回のログタイム 2.1 時間。
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あれ?何か忘れてないか?!愕然と気が付いたのは疲れて帰宅し何時間か仮眠を取ったあと。あっ、フライトプラン閉じるの忘れてた!呆然とした頭で考えることしばし、やがて行き着いた結論「フライトプラン開くのも忘れてた」。…一体何やってんだよ…猛反省すべし!>自分。
- 2001年 1月27日 08:00−
N24373 1.3h/62.2h 42th
21世紀最初のフライト、一ヶ月のブランクなので教官ヒサトウ氏に同乗してもらい基本操作を復習する。飛行機の割り当て上朝8時からの早朝フライトになってしまったが、主翼も風防も夜露が凍結してコチンコチンのシャーベットになっている。こんな状態は主翼表面に乱流が起き揚力を損失するので危険だ(とゆうかそれ以前に前が見えない)。ヒサトウ氏指導のもと、機体を誘導路に引っ張り出しホースで水をぶっかけて氷を溶かす。冷え切っていてエンジンもかかりにくく、三回もプライミングをやり直してようやく始動することができた。
早朝なので風は無風、駐機場から近い13滑走路で飛び出し南のサウスカウンティに向かう。国道101上空には雲が垂れ込めていたが、幸運にサウスカウンティ上空は晴れていた。高度を 2300ft に落として吹き流しを確認、無風なので14滑走路に降りることにする。高度を 1300ft に落としつつ旋回して滑走路中央あたりダウンウインド 45 度に入るのだが、どうもこれが苦手なのだ。今回も目測を誤って滑走路後ろ端あたりに入ってしまった。そこからパワーを抜きフラップを出しベースに曲がってファイナルに降りるのだが、いかんせん一ヶ月ぶりなので細かいところでミスが累積し、高度も速度も残りすぎて着陸できずゴーアラウンドすることになった。二回目のトライもベースに曲がるのが早すぎて失敗。
そうこうする内に他の機体もサウスカウンティに入ってパターンを回り始めた。他人に見られていると思うと不思議に「恥ずかしいとこは見せられん」という気になる。三回目は思い切ってダウンウインドを伸ばしファイナルの距離を充分取って着陸成功。ただし滑走路上に鳩が群れており、接地直前に飛び立ちバードストライクを起こしそうになったのは少々恐かった。
その後二回ほどタッチ&ゴーを繰り返し、高度 4000ft に上げたあとスローフライト・スティープターン・パワーオフストールの復習。このところ御無沙汰していたスティープターンでは少々高度が不安定だった。高度を 3000ft に落としつつチェックポイント UMC を通過、ストレートインで RHV の 31L に降りる。自分では一ヶ月ぶりの割にまずまずの出来だと思ったが、久々にセスナに乗って脚がこわばったのには参った。またデブリーフィングではパワー操作の不確実、見張りの不徹底などを指摘された。今回のログタイム 1.3 時間。
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