サンノゼ飛行日誌
2000年12月以前の飛行日誌ログです。
- 2000年 12月03日 09:00−
N68475 3.7h/60.9h 41th
サンノゼは朝から良い天気で、今日こそロングクロカンに行けそうだった。サクラメント北方のチコ(Chico)往復のプランを作っていたのだが、しかし天候を調べるとサクラメントバレイは 1000ft あたりに雲が立ち込め、晴れるのは 15:00 を回ってからだという。東の San Joaquin Valley に至っては雲底 300ft という絶望的 IFR コンディションだが、南の沿岸だけが辛うじて空いている。急遽予定を変更しキングシティ南方のパソロブレス(Paso Robres) へ行くことになった。ところがサンフランシスコのセクショナル・チャートはぎりぎり南で切れていてパソロブレスの情報がない。空港売店の開く 10:00 までの間は他の生徒さんからチャートを借りて大慌てでフライトプランを作る。もう一人の生徒さんが「地図を見せて貰っていいですか?」と聞くので訊ねると、彼も同じパソロブレスにロングクロカンなのだと言う。この調子だと、どうやらほぼ同時に出発することになりそうだ。
11:00 頃にプラン完成、それから天候ブリーフィングやらプラン・ファイリングやらで離陸は 12:20。今回の飛行機はいつもの N24373 ではなく N68475。実はこの飛行機、あまり好きではない。自動車に似た三点式の自動巻き取りシートベルトが付いているのだが、巻き取りが強すぎて長時間乗ると圧迫感があるのだ。
以前キングシティに行ったのと同じコースを取ってアンダーソン湖で右旋回、サウスカウンティを抜けてサリナスで左旋回、VOR を頼りにひたすら磁方位 126 へ飛ぶ。この頃になると例のきつすぎるベルトが我慢できなくなってきた。いつもならチャートを挟むためのクリップを持ってきているのに、今日に限って忘れている。メモ用紙を千切って折り畳み、巻き取り部に噛ませてストッパー代りにしてみる。紙が落ちるたびにそんな事をしているから飛行機の姿勢は左に傾き、フラフラと蛇行して飛ぶ破目になる(ちなみに、本当に肩ベルトが必要になる離着陸時には紙切れを抜いておくことは勿論である)。
キングシティを超えたらいよいよ未知の領域。この南西方には軍の演習空域(MOA)と侵入禁止空域(R)があるので注意して飛ばなければならない。チェックポイントは鉄道沿いのプライベート空港、わかりにくい滑走路を辛うじて見つけて左に 10 度旋回、洗濯板みたいにデコボコした丘陵地帯の上を飛ぶ。基本的に牧場なのだろうか、所々に農家の屋根らしき物が見える。しかし、こんな所でエンジンには止まって欲しくない。
しばらく飛ぶうちに、左前方に変な物体が浮いているのが見えてきた。高度は同じ 3500ft くらい、黒っぽいダルマ型で空中に静止しているようだ。飛行機にしては形が変だし動きが遅いし、気球でもなさそうだし、この辺はスカイダイバーのドロップエリアでもないし…。UFOか?!とりあえず航路を少し右にずらして様子を見る。段々と近づいてきて明らかになったのは、タンデムローターの CH-47 軍用ヘリコプターだった。ほぼ同高度で逆方位に向かって正対していたらしい。Westbound なのに奇数フィートを飛ぶのも変だと思ったが、ここは山岳地帯なので標高が高いのだ。対地高度(AGL) 3000ft 以下であれば East/West の高度規則は厳守しなくても良いことになっている。ヘリは大きく右旋回して視界から消えていった。
次のチェックポイントは「レーストラック」。こんなデコボコ山の中にトラックなんかあるのかと思ったが、平地になった谷間に「O」字のトラックを見つけることができた。もう空港は視界内にある。パソロブレスには二本の滑走路があり、交信を聞いていると 19, 13 の両方が使われている。とりあえず上空で旋回しながら様子を見て、滑走路の長い 19 に降りることにした。着陸は 13:55、ほぼフライトプラン通り。
ガソリン屋の前までタキシングして飛行機を停め、まず FSS に電話してプランをクローズし、親父に頼んで給油してもらう。見覚えのある赤白セスナがタキシングしてきたので近寄ってみると、後から離陸したタカハシ氏だった。とりあえず無事の到着を祝い、コーヒーとサンドイッチでささやかな昼食を採る。タカハシ氏は今年一杯で日本への帰国が決まっており「尻に火のついた」状態だと言う。しかも御家族も一緒に渡米されているため、引越しの支度に追われる奥様の厳しい視線を背中に受けての教習なのだそうだ。所帯持ちって大変だなぁ〜(;_;)。
パソロブレスは 15:00 に離陸。帰りはレーストラック経由の迂回コースを取らず、線路と R101 を目標に MOA と R 空域を避けて飛ぶことにする。現在位置を求めてチャートと首っ引きしているうち、前方にキングシティの滑走路が見えてきた。交信を聞くと滑走路 11 を使っているらしい。方位が丁度反対方向でストレート・インのコースに乗っているのでそのまま高度を下げ、ダウンウインドだけ回って 11 に降りる。一度タキシーウェイに出て再離陸するのだが…ボンヤリしていた為、正反対の 29 ランウェイ・エンドで「Cessna 68475, taking active runway 11」とやってしまってから気が付いた。ひえ〜っ!慌てて 180 度向きを変えてタキシーウェイを逆戻りする。上では丁度タカハシ氏のセスナがダウンウインドを飛んでいて醜態が丸見え。恥ずかしいったらありゃしない。
今度こそ 11 から離陸し、ダウンウインドから高度を取って巡航コースに乗る。サリナスの VOR に指針を合わせるが、どういう訳は機体が左へ左へと寄ってゆく。おかしいなぁ、チャートを見るとこんな左に寄らない筈だがなぁと思って色々調べていると、VOR の設定を真方位(15 度西向き)にしている事に気が付いた。急造のフライトプランなので全ての欄を埋めておらず、VOR 設定が空欄になっているのを隣の欄の真方位と読み違っていたのである。情けなや。
サリナスから北へ変針、サウスカウンティを飛び越してアンダーソン湖から高度を下げる。日曜日の夕方なので、予想通り RHV のトラフィックは激しい。しかもヘイズがひどく5マイルぎりぎり見えるか、という視界状況なのに何故か ATIS は視界8マイルなどと抜かしている。31L へのクリアランスナンバー4を貰ったが、最前方は小さくて速い Experimental(手作り自家用機)、その後ろのセスナはタカハシ氏(どこかで抜かれたらしい)、その後ろには低翼のパイパーかボナンザがつながってダンゴ状である。かなり距離が詰まっているので降りられるかどうか?早めにフラップを出し 60Kts を切る位の低速アプローチで距離を開こうとしたが、結局滑走路がクリアにならずゴーアラウンド。左旋回で再びナンバー3を貰いアプローチ、ところが滑走路はクリアに見えたのに管制塔からの指示でゴーアラウンド。フラップを入れてパワーを入れた直後に「すまん、今のは間違いだ」だって。うーん、管制塔も忙しくて頭がぐちゃぐちゃになっていたらしい。ショートパターンで回って三度目の正直、ナンバー2でやっと降ろすことができた。軽いクロスウィンドにノーズを取られたぎこちない着陸だったが仕方ないか。とにかく、これでやっとロングクロカン完了!本日のログタイム 3.7 時間(すべてソロ)。
- 2000年 11月26日 15:00−
N24373 1.0h/57.2h 40th
今日も雲が低くクロカンは延期。昼過ぎから NICE AIR に行きパターンを回ろうと思ったが、ヘイズ(もや)がひどく視界3マイルぎりぎりだと言う。1時間ほど待って少し好転したので離陸。下から見た時は大した事ないと思ったのに、上に上がるとなるほどひどいヘイズである。西から差し込む夕日が大気をスモークのように照らしてしまい、31R のパターンからファイナルに入る機体がほとんど見えない。しかも物凄い数の機体がパターンを回っており、クロカンを終えて帰ってくる機体と合わせて空港は蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。えらい時に上がってしまったものだ。
飛行場はこんな有様ではあったが、着陸パスは前回にくらべてずっと安定させることができた。どうも速度計と高度計をバラバラに見ていたのが悪かったらしい。すなわちエンジン 1500rpm, 速度 80 ノットでフラップ 10(この時速度しか見ていない)、高度 900ft でベースレッグ(高度しか見てない)、速度 70kt でフラップ 20(速度しか見てない)…という具合である。最初に着陸パスを頭の中で描いておき、もしオーバースピードで入っても慌ててスロットルを引いたりせず(高度を失うことになる)高度計を見ながら機首を上げて速度を殺すことでパスが保てたようだ。本日のログタイム 1.0 時間(すべてソロ)。
- 2000年 11月23日 11:00−
N24373 1.4h/56.2h 39th
アメリカはサンクスギビング(感謝祭)、日本は勤労感謝とダブル感謝のダブル祝日なのだが、我らが NICE AIR はこんな日でも営業しているのだ。今日は北へ 150 マイルのチコ(CHICO)までロングクロカンの予定だったのだが、午後から雲が低くなるとかで断念しパターン周回の練習を行った。風がほとんど無いベタナギで、飛行機の調子がいいのか油断するとすぐ TPA(Traffic Pattern Altitude) を超えてしまう。最初に 31L で左パターンを四回ほど回り、ノーフラップ着陸も試したが調子良くできた。一度フルストップした後 31R から右パターンを回ったが、何故か高度が安定せずに苦しむ。きっと単純なポイントを忘れているだけなのだろうが、ジタバタして焦れば焦るほど変な経路になってゆく。結局右左合わせて 10 回の着陸をやったが、今一つ納得はできなかった。
何度目かの周回で、ORACLE のロゴを染め抜いたピッツ複葉機が離陸してパターンを回り始めた。速いこと速いこと、セスナが半周する間に一周してしまう。しかも 1500ft くらいの高度でファイナルに入ってきて、機首を傾け大胆なサイドスリップで急減速し定位置に降ろしてみせたりする。恐らく名のあるアクロバットパイロットなのだろう、もしかすると感謝祭の日にアメリア・リードを訪問しに来たのかも知れない。何だか管制官もえらく気を使っているようだった。本日のログタイム 1.4 時間(すべてソロ)。
- 2000年 11月18日 11:00−
N24373 2.4h/54.8h 38th
RHV から南東約 80 マイルのキングシティ(KIC) までソロのクロスカウントリーフライト、ステージ II の復習的な意味合いが強い。朝から雲一つない好天で、気象情報は軒並み SKC(スカイクリア) の VFR。しかも上空の風は 9900 つまり「無風(5kt 未満)」。もうこれ以上望みようがないほどの飛行日和である。誰も同じことを考えるらしく RHV は出入りする飛行機で混雑しており、背後から着陸する機体に急かされての慌ただしいテイクオフ。高度 3500ft まで上げて水平に移り、交信の隙間を縫って周波数変更を告げ FSS を呼び出しフライトプランオープン。アンダーソンレイク上空でサリナス(SNS)の VOR を捕まえ、CDI=TO:165 でコースに乗る。楽勝楽勝、と思いつつコクピットを再チェックしてみたら、高度に合わせてミクスチャ弁を引くのを忘れていた。やばいやばい、3000ft を超えて RICH のままで飛んでたらそのうちプラグが汚れてエンジン不調になるぜよ(^_^;)。飛行は1にチェック2にチェック、3・4がなくて5にチェックなのである。
風のないこんな日はクラブ(偏流角)を計算する必要もなく、パワーとトリムを合わせればあとは鼻歌気分。チェックポイント間の実測時間もフライトプランと奇麗に一致する。ただし、ボーッとしていると機体が左へ左へと傾き気味。飛行機の癖も若干あるようだが、無意識に左ラダーを踏んでいるようだ。巡航速度におけるセスナ 152 のラダーは少々過敏で、フットバーに乗せている両足の重心をわずかにずらした程度で機首を振る。
ドンピシャでサリナス空港上空を通過、左旋回して VOR の CDI を FROM:123 で KIC へ向かう。右は山岳左も山岳、真下は川の削った谷間の平地で、地平線まで延々と畑ばかりが続いている。先日の長雨で氾濫したのか、くねくね蛇行した川の両岸には黄土色に土砂が堆積しているのが見える。谷の真ん中を通る国道 101 号線の両側はひたすら畑、こんな所をドライブするのはさぞ退屈だろうが飛行機ならば一っ飛び。こんなポンコツセスナでも巡航速度は軽く 95 ノット(170Km/h)に達するのだ。
予定通りの時刻に KIC に到着。先行する機体の CTAF から滑走路 30 を使うことがわかるが、上から見てもハンドサインが描かれていない。何もないときはデフォルト左なのだからと、左手にパターンを回って 30 に着陸。FBO の前までタキシングして飛行機を停め、公衆電話から FSS に連絡してプランをクローズ。ついで NICE AIR に電話し無事到着を告げる。滑走路端に見慣れぬ複葉機があったので近づいてゆくと、黒い犬が二匹出てきてじゃれついた。どうも餌をねだっているらしいが、あいにく食べ物は持っていないので頭を撫でてやって誤魔化す。飛行機はグラマンの農業機「アグキャット」だった。主翼下面にディスペンサー(農薬や種子の散布器)を装備した姿は畑の只中の飛行場にぴったりだ。
他に見るものもないのでエンジンを回して再び離陸。帰りは高度 4500 で行きと同じコース。往路よりも余裕が出ているので、ここでエンストしたらどこに降ろすかと考えながら飛んでみる。セスナ 152 の場合 Max L/D 速度は 60kts で、高度 2000ft につき約 3nm を滑空する。してみると高度 4500 で飛んでいる場合、調整用に 1000ft を残すとして半径約 5nm が緊急着陸可能範囲ということだ(後方なら 180 度旋回で失う高度を差し引かねばならないが)。膝の上に広げたチャートと外の風景を見比べつつ、今ならここの自家用飛行場(田舎の農家には多い)に降ろせる、今は畑に降ろすしかないなどと考えながら飛ぶ。もちろん他機の通信や機影にも注意を配らなければならない。またあんまり地図ばかり眺めていると、例によって姿勢とコースが左へ傾いてしまう。
SNS 上空で右旋回し VOR 切り替え、アンダーソンレイク上空で VOR と縁を切って高度を下げつつ、UTC 上空 3000ft から着陸リクエスト。丘陵地帯から下り坂を辿る長いストレートインのアプローチで、しかも無風に近いので高度処理が狂いがち。ここぞと思ったあたりでフラップを下げスロットルを引くが、高度はちっとも減らず飛行機はぐんぐん前に出てしまう。フルフラップでアイドルにしたがやっぱり高過ぎ、最後の手段と右ラダーを一杯に踏み左エルロンを切って「フォワードスリップ」をかけ強引に高度を減らし 31L にタッチダウン。まぁまぁ、それなりに満足のゆく出来でした。本日のログタイム 2.4 時間(すべてソロ)。
- 2000年 11月12日 19:00−
N24373 1.3h/52.4h 37th
今日はステージチェック。苦手な夜の着陸があるので少々緊張。とりあえず RHV から南へ 80 マイル程のキングシティ(KIC)空港を目標にフライトプランを作成する。広域予報(FA)では雲が低くなると出ているが、空港の予報(TAF)は晴れると言っており、どちらを信用していいのかわからない。もっとも、今日は KIC まで飛ぶわけではなく、フライトプラン作成と航法手順のチェックが目的なのであまり大きな問題ではないのだが。
11 月も中頃になると、サンノゼの夜は大分冷え込む。今朝には飛行機に霜が降りていたとのこと。今夜の空港は空いていて簡単にクリアランスが出る。31R を飛び出して右旋回、120 度に方位を取って上昇すると頭の上に雲がある。高度約 1500ft とかなり低く、どうやら FA の言っていた事が当たったようだ。VFR では雲の下 500ft 未満には近づけないので、スロットルを引いて上昇率を下げる。雲が切れたところで再びフルスロットル、目標の 3500ft にまで上昇。右側に国道 101 号線が走り道路沿いに灯火が見えるが、下と左は牧場と丘陵地帯で夜は真っ暗。灯火に惹かれて、ついつい航路が右に寄りがちになるのを HDG を見ながら修正する。
アンダーソン湖上空で方位 168 に変針する予定だったが、ここで教官から「それではワトソンビルにダイバージョンしましょう」とのお言葉。Diversion とはフライトプランの目的地を上空で変更することで、とりあえず飛行機を定点旋回に入れチャートを引っ張り出してワトソンビルへの方位と距離を確認する。手順は地上で習っていた筈なのだが何せ上空の三割頭、しかも暗くて狭いセスナのコクピットでチャートと懐中電灯と計算尺で膝の上はぐっちゃぐちゃ、そうしている内にも旋回率と高度は守らなきゃいけないし中々忙しい。とりあえず方位 190、距離 15 マイルと検討をつけて出発する。
夜は街の灯火や道路がはっきり見える半面、陸地と水面の区別がつきにくく、起伏もわかりにくいので地形から現在位置を読む(パイロテージ)が難しい。左に見えるサリナス・モントレイの灯火に惹かれて航路が左に逸れてしまったが、空港とおぼしきビーコン(点滅灯)が右に見えたので航路を修正できた。空港を確認できた時点でダイバージョンの手順は OK、再び機首を翻してサウスカウンティ上空まで戻り失速と回復手順のチェック。
その後いつものように UMC 上空を通って RHV に向かうが、今度は灯火が多すぎて空港の位置がわからない。教官にヒントを出してもらってようやく RHV を確認したが、今度は滑走路二本の外側に置かれた VASI(進入経路指示灯) を滑走路幅だと勘違いして高度を下げすぎてしまった。どうも夜は距離感がわかりにくい…。最初は Shoft Field、フルストップで離陸位置まで戻ったあと Soft Field で離着陸。やはり距離感が狂って着陸パスが短くなりすぎ、自分では 70 点の出来だと思ったが教官殿いわく「夜のわりに上手いですね」との事。とりあえずステージ II は合格、あとはクロスカントリーを何本か残すのみ。学科試験に向けて座学の復習もしておかなきゃ…。本日のログタイム 1.3 時間。
- 2000年 11月03日 12:00−
N24373 3.4h/51.1h 36th
一週間ほどぐずついた天気がようやく回復し、やっとソロのクロスカウントリーに行けるようになった。9時に飛行場入りして天候をチェック。サクラメントから南の谷間は雲が低いが、昼前には晴れる模様。ただ靄(Haze)が出ていて視界は3〜6マイルとあまり良くない。師匠からはロストポジションしないよう注意される。先日免許を取った荒木さんには「後に着いてロスポジ指摘してあげようか」などと冷やかされてしまう(^_^;)。
12:17 離陸。機首を 347 に向け高度 4500 まで上げる。ベイエリアの西は晴れていて遠くサンフランシスコの街並みが白く輝いて見えるが、東はスモッグでも流したように霞んでいる。LIVERMORE 空港の上で東へ変針し高度 3500 に設定、行く先は雲とみまがうばかりに霞で覆われ、遥か遠くにシアラネバダ山峰の雪化粧が見えるだけ。それでも、RIPON の町までは以前 OAKDALE へのクロカンで来たルートだからあまり迷う心配もない。減圧で膨れたポテトチップの蓋を開き、ポリポリ噛りながらルートを辿って飛ぶ。
RIPON の上で南東へ変針、今度も国道 99 号線を辿るルートだからちょろいちょろい。MODESTO の空港を過ぎ、TURLOCK の町を過ぎ、次の目標は「CANAL」運河。運河は何処かと見下ろせば…何じゃこりゃ?この辺り San Joaquin Valley 一帯はカリフォルニアでも有数の農耕地帯であり、畑と畑の間を迷路のように水路が縫っているのである。運河と水路って見分けが付くのか?チャートと首っ引きで風景を確認するうち時間は容赦なく過ぎ、どう考えても行き過ぎたポイントまで来てしまった。…ロスポジである(-_-;)。
こうなったら慌てても仕方ない。行き過ぎた事は分かっているのだから、少し折り返し気味に変針して様子を見よう。目標は長さ 3Km もの滑走路を持つ空港だから、この天候でも見つけることが出来るだろう、といういい加減な推測に基づき予定方位 094 を 080 あたりに設定して旋回する(馬鹿な話で、本当に落ち着いていたら 99 号線沿いに飛び続け MERCED 空港で標定し直せたはず)。実はそれほど行き過ぎていなかったようで、5分も飛ばぬうちに右側に巨大な滑走路が見えてきた。
CASTLE はもと戦略爆撃隊(SAC)の基地で、冷戦たけなわの頃は核爆弾を抱いた B-52 がウジャウジャ群れていた所だ。今は民間に開放され、「カリフォルニアで一番巨大なノンタワー空港」と化している。滑走路も長いがエプロンの広さは圧倒的だ。セスナくらいなら誘導路だろうがエプロンだろうが好きな所に降りられそうな気がする。
吹き流しを見ると風はほとんど無いようだが、アナウンスを聞くと 31 を使っているようだ。滑走路を飛び越して反対側から45度に入り、ダウンウインドを回って着陸する。タキシーウェイは無茶苦茶広く、かつて B-52 が巣食っていたジェットフェンスが視界を遮って迷子になりそう。管制塔の方向を見ながら、黄色いタキシーラインを信じて機体を走らせる。管制塔の前には海兵隊の C-130 がデンと居座っていた。到着は 13:20。
フライトサービスに電話を入れてプランをクローズし、ベースオペレータに給油を頼む。これほど巨大な施設なのに勤め人は3、4人だけ、駐機している機体は C-130 を除けばセスナ2機。何だか凄く非現実的な感覚に捕らわれる。事務所の壁には有名なリノレーサー、レア・ベアの写真が貼ってあった。リノへ行く途中でここへ降りて給油でもしたのだろうか、この僻地の空港ではきっと一大事件だったのだろう。
給油が終わって再び離陸。今度は西北に飛んで国道 99 号と交差する点が目標なので見逃しようがない。丁度交差したあたりで下を見ると、なるほど他の水路より一回り大規模な「運河」がはっきり見えた。おかしいな、来るとき何で見落としたのだろう。機首方位を 307 に設定、高度 3500 でのんびり巡航に入る。RIPON 上空で 256 に変針、再びのどかな飛行が続く。これでソロクロカンも終わり、意外と大したことなかったな、と思ったのはしかし早計だった…。
いつものように LIVERMORE 上空を回ってキャラベラス湖の上空で RHV のタワーを呼び出したら、「Cessna 373, Stay out from class D airspace」という穏やかならぬ答えが帰ってきた。仕方ないので 3500ft のまま左旋回して待つ。交信を聞いていると、アプローチ許可は軒並みリジェクトされ、離陸許可も取り消されて誘導路上の機体は駐機位置へ戻るよう指示されている。何だこりゃ一体、何があったんだ?
何が何やらわからぬまま、混乱した交信の間を縫ってタワーに聞いてみる。「現在インバウンド・アウトバウンド全てのトラフィックは停止」「どうすればいい」「リバモアにでも降りてくれ」…何てこった。機首を翻し、2500ft に高度を下げて LVK にアプローチ。RHV から追い出されたトラフィックが集中し、LVK のタワー交信は殺気立った様相を示している。そんな所へ下手糞なアプローチ、下手糞な英語で入って行ったものだからずいぶん迷惑をかけたが、何とか 7R に着陸。すっかりアガってしまい、グラウンドコントロールとも頓珍漢な問答を交わしながらようやくゲストパーキングに到着。飛行機を停め、まずはフライトサービスに電話を入れてプランをクローズする(予定到着時刻30分を過ぎてもクローズされないと、事故発生とみなされ捜索隊が出てしまうのだ)。続いて NICE AIR に電話をかけて何が起きたのか聞いてみると、師匠の KIYO 氏答えていわく「あぁ、クリントン大統領がこの辺りを通ったらしいんですよ」。
WHAT?! 大統領?!アメリカの航空法では、大統領の滞在する地域上空はすべて「PROHIBITED」つまり不可侵空域になってしまうのだ。近づく大統領戦で後任にゴア氏を据えようとご熱心な様子だが、トバッチリを食う身にはたまらない。Oh no, you must be joking Mr Clinton!。
電話によれば RHV は既に正常運用に復帰しているとの事で、せっかく停めた機体をまた引っ張り出して始動する。離陸方向と反対側にタキシングしたりのドジを繰り返しながら LVK を離陸。高度 3500 でキャラベラスに方位を取りほっと安心した時、左下から至近距離を 500ft 差くらいでセスナが一機通り過ぎて行った。思わずギクリとする。高翼のセスナは上方視界が悪いから、明らかに上位に位置するこちらの見張り不足である。やはり気を抜いてはいけないとキョロキョロしながら飛ぶと、果たして左下 2000ft あたりに一機いる。キャラベラスを飛び越えて RHV に向かうようで、向こうの方が少し速い。こちらはエンジンを絞り気味にして先に行かせることにした。左 45 度に入り、いつものパターンを回って 31R に着陸。あーしんど。お疲れ様でした…。本日のログタイム 3.4 時間(すべてソロ)。
- 2000年 10月29日 13:00−
N24373 1.1h/47.7h 35th
サンノゼは悪天候が続き、なかなかソロのクロスカウントリーに行けずにいる。今日も雲が 3000ft と低く、午後には 1000ft にまで下がるという予報が出ていたのでクロカンは延期。代わりに飛行場の回りでパターンを回って離着陸の復習をやってみる。ここのところ2週間に一回くらいしか飛んでいなかったので、だいぶパターンが崩れていた。特に着陸時のパスが安定せず、ファイナルに入ったとき高すぎたり低すぎたりする。北西から雨雲が接近してきて、サンノゼの空にはきれいな虹が出ていたが、あんまり見とれている暇はない。一度ノーフラップでも着陸をやってみたが、速度高過ぎ・高度低すぎで接地直前に機首を持ち上げ速度を殺して何とか降ろすことができた。うーん、チェックライド受ける前に着陸を鍛え直しておかなきゃいけないなぁ…。本日のログタイム 1.1 時間(すべてソロ)。
- 2000年 10月14日 19:00−
N24373 2.0h/46.6h 34th
悪天候で延び延びになっていたナイトクロカン。目的地はオークランドの少し北にあるナパ(NAPA, APC)空港。まずは気象情報収集、METAR を見る限りルート上はどこも快晴だが TAF と AF を調べると北のほうから低い雲が近づいてきており、夜の 11 時頃には 1000〜2000ft あたりに雲が出るらしい事がわかる。しかし8時出発として片道約 40 分の行程なので問題ないと判断しゴーサイン。今回の教官は多忙な KIYO 氏ではなく久々のヒサトウ氏。なお、もちろんお菓子は持って行ってない(笑)。
8:30 に再舗装の終わった 31R から離陸、真方位で真北へ高度 4500ft まで昇る。左に見えるサンノゼベイエリアは一面ネオンライトの海。右側に見えるのはミッションピークの山陰とアンテナのの赤い点滅灯。やがて前方に第一目的地リバモア空港の回転灯(ビーコン)が見えてくる。ここで Scaggs Island(SGD) の VOR を捕まえて左に変針するが、CDI の針が左に振れたまま中央に戻らない。左下に見える Danville の街並みのライトと、右に見える Diablo Mountain の山陰から察するに若干コースを左(西側)にずれているようだが、針が右に振れるならともかく左に振れるのは何故?ここでヒサトウ氏が OBS のツマミを左右に回したところ、針は予想通りの右寄りを示すようになった。どうも CDI の動きがスムースでないらしい?VOR を過信するのも考えものだ。
コースは若干西寄りのまま、第三目的地 Buchanan 空港の左側を通過。サンフランシスコ湾から西側は低い雲がビッシリ敷き詰められたようで、帰りに計画していた「ベイツアー」は無理だと断念する。下に見えるフリーウェイとサンパブロ湾の橋の様子をチャートと照らし合わせて現在位置を確認するが、どうも持ち込んだマグライトが強力すぎて目が眩む。赤い減光フィルターも持って行ったのだが、これを使うとチャート上の赤系の印刷がほとんどすっ飛んで判読不能になってしまう。
Hwy680 を超えるあたりで右前方にビーコンを確認。方位から NAPA と判断し、VOR と縁を切ってそちらに変針する。到着時間はほぼフライトプラン通り。上空を旋回して吹き流しを探すがわからない。滑走路の端にライトで照らされている箇所はわかるのだが…。とりあえず ATIS の情報通り 18R に降りることにする。例によって夜間は距離や高度が掴みにくく、しかも NAPA の滑走路は長くて広いのでますます高度がわからない。着陸は上出来とは言えなかったがこんなもんか。
長い長い誘導路をタクシーバックして再離陸。ここでフードをかぶって VOR トラッキングの練習。CDI の針が引っかかる傾向があるので OBS を時々回しながら飛ぶ。高度が若干安定しないが、VFR の技量では上出来な方か。標定ピタリで Buchanan 空港の真上を通過、行きとは反対に若干東寄りを飛んでリバモアを飛び越す。既に 10 時を回っており RHV のタワーは営業終了、ノンタワー空港となっているのでセルフアナウンスしながらアプローチ。下に灯火がほとんど無いミッションピーク東側の山岳地帯を飛び越すのは少し怖かった。「ここでエンジンが止まったら湖に着水ですか?」とヒサトウ氏に訊ねると、「いや、ここなら右にゴルフコースがありますからそこへ降ろせます。でも、夜は山を越えたくないですね」とのこと。
RHV アプローチでいつも目標にしているカニンガム湖は真っ暗で識別できず、しかもダウンウインドで空港の明りを見失って無茶苦茶なショートアプローチになってしまった。エンジンをアイドルに絞り、かつサイドスリップを使って強引に高度を落として着陸。駐機位置までタクシーバックし、機体のセキュアを終えるともう 11 時である。お疲れ様でした。本日のログタイムは 2 時間。
- 2000年 10月1日 9:00−
N24373 2.1h/44.6h 33th
今日は初めてのアオ…もとい、クロカンことクロスカウントリーである。目標は RHV から磁方位約 60 度、直線距離約 55 マイルのオークデイル(Oakdale, O27)飛行場。先輩の MITTU さんから「クロカンは暇だよ」と聞いていたのでお菓子を買い込んでおいた。朝9時に事務所に入り気象データをチェック、フライトプランの確認をして風の情報を入れ偏流補正角(Wind Correction Angle, WCA)を計算、対地速度と燃費を算出する。なんせ慣れない作業なので愚図愚図してちっともはかどらない。フライトサービスセンターに電話を入れ、シドロモドロでフライトプランをファイルする頃には11時になっていた。
出発前に教官とフライトプランのブリーフィングを開くが、気象情報が全然足りないと指摘される。警報と注意報(SIGMET, AIRMET)と上空の気温/風速/風向情報(ALOFT)だけでは足らず、経路上にある飛行場の現状(METAR)と予報(TAF)、飛行地域の予報(FA)が必要で、特に帰着時の雲量/雲高に注意する必要がある(VFR は雲に入れない)。授業でやっていた筈なのにすっかり忘れている。フライトサービスに出発が遅れることを伝え、再びアタフタと情報を集める。どうも手際が良くない。
12時過ぎてやっと出発。RHV は滑走路補修の真っ最中で 31R が閉鎖され、誘導路も各所で閉鎖されていて勝手が違うことおびただしい。幸いトラフィックが少ないので 31L までタキシングしランナップ後すぐに離陸。Vy の 67kts を保った機首上げ姿勢のまま方位を 345 に向け、出発時刻をログに記入し、FSS を呼び出してファイルをオープンする。その間にも速度と方位は守らなきゃいけない、チャートと風景を見比べてコースを確認しなきゃいけない、S字上昇を取りながら周囲のトラフィックを視認しなければいけない。…おいおい何だか忙しいぞ、本当にお菓子食べてる暇なんかあるのか?
Calaveras 湖を飛び越えて高度を 4500ft にまで上げる。第一チェックポイントは Livermore 空港のはずだが中々見当たらない。教官から「一点を探すのではなく、チャート上で線路や道路や川などの目標物を選びそれに沿って探すように」と忠告を受ける。やっとこさ Livermore 視認、予定到着時間あと1分。空港上空で旋回して方位を 068 に変針、ここまでかかった実時間をログに記入し、次のチェックポイント到着予定時間を算出、フライトコンピュータで対地速度を算出…顔を上げると飛行機は左に傾き変な方位を指しており、慌てて水平に戻す。次のチェックポイント、レーストラックが見当たらない。左手の湖を見て現在位置を推定するが、教官に「本当にその湖ですか?」と言われよく確認したら全然違うところを見ていた。と言ってる間にチェックポイントまであと3分、まだ視認できない。必死にチャートを見るとまた飛行機が傾いてゆく…。
…という調子で次々にチェックポイントを通り過ぎ、オヤツどころの騒ぎではない。やっと Oakdale に着いたと思ったら CTAF 周波数 122.80 がやたらにうるさい。「トム、トムはいないの?」だとか雑談みたいな通信まである。周囲に機影なんて全然見えないのに?と思ったが、このあたりは平坦な農場地帯でノンタワーの空港がやたらに多く、122.80 の周波数が必要以上に長距離を飛んで飛び交っているらしい。お構いなしにアナウンスかけて降りなさいと言われるが、周囲に目標物の少ないド田舎空港なので距離と高度の判断を誤り、思い切り小さくて急峻なパターンで降りてしまった。
帰りもまぁ似たような調子、やっぱりオヤツなんか食べてる余裕はない。天候は快晴で風は無風に近く、対地速度もほぼプラン通りに出ているので「イマイチ手応えがないですね」とは教官の台詞、こちらは忙しくて大変である。例によって三割頭となり自分で書いたフライトプランを読み違え、単純な足し算引き算を間違える始末。やっと RHV に戻ってきたら出発時と違って混雑しており、無線に割り込む隙がない。2マイル・レポートをかける前にダウンウインドに入ってしまい、やっとクリアランスが出たと思ったら他機と間違えられ、「Who is 1mile at final?」「This is Cessna 24373」「Cessna 373, Clear to land 31L」なんてやり取りで着陸した。神経をすり減らしたあとは大抵そうなるように、フレアーの引きが甘くてドスンと落ちる冴えない着陸。
「まぁ最初はこんなもんです」ということで、こういう事はやっぱり場数を踏まないと慣れないものなのだろう。食べ損ねたオヤツはデブリーフィングの後、リノで撮ってきた写真を教官に見せながら頂いた。次回は夜間のクロスカウントリー…大丈夫かいな?と心配して始まるものじゃないが。今回のログタイム 2.1 時間。
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