第十九章
Song of Spring Days
S:さて、代表的な新造戦艦は全部扱ったんだな
★:はい
S:じゃあ、最後に、軍縮条約に駆け込みで建造された3型の戦艦を見て
あと戦艦戦力の整備を眺めてみるかな
☆:じゃあ、まずは、その駆け込み戦艦3型
フッド、長門、メリーランドですねっ
S:まずは、本編でも紹介したフッドだ
巡洋戦艦としてみた場合、建造当時世界最強の艦だ
★:最強ですか・・・
S:フッドはドイツのマッケンゼン級への対抗という側面のある
巡洋戦艦へ対抗する事を念頭に置いた高速戦艦的存在だ
☆:マッケンゼン級ってのはどんなフネだったんですか?
S:36サンチ砲を備え、舷側装甲300mmと言う、中々に大したスペックを予定していた
まあ、早い話ライオン・キラーだ
★:ライオン級ファミリー対抗の艦だと
S:ここで、ライオンファミリーも紹介しておくべきだね
英国は弩級戦艦から343mm砲を備えた超弩級戦艦へと建造を移行したんだけど
これに同期するようにして建造されたのが超弩級巡洋戦艦ライオンだ
長大な船体に沢山のボイラーと強力なタービンを押し込んだ代物で
比較的弱体な装甲と、アンバランスとも言える強力な火力を備えた怪物で
同型の2番艦プリンセス・ロイヤル
出力を強化して副砲配置を変更した3番艦クイーン・メリー
主砲と副砲を強化し、更に装甲範囲を拡大し強烈に強化したのが、日本に輸出された金剛で
金剛型は同型艦が日本で3隻建造されたね
金剛と同じ構造で馬力を強化して343mm主砲なのが姉妹艦タイガー
☆:えっと、原型2隻、出力強化1、武装防御強化4、防御出力強化1の8隻ですねっ
基本型 ライオン
出力強化 クイーン・メリー
武装装甲強化 金剛
最終型 タイガー
S:戦艦級の艦艇としてみた場合、8隻ってのはとんでもない数だ
これはライオン・ファミリーが出来の良い設計だった事の証拠だとも言える
それは設計そのものだけではなく
大きさや強さといった物も含めた、戦力としての使い勝手が良好だったって事でもある
第一次大戦で英国が金剛級を日本に貸してくれと言ってきた事からも
このクラスの艦がどれほど役に立つかは判るよね
実際に金剛は、以降30年に渡って太平洋において最も恐ろしい『戦力』として君臨した
★:つまり、この超弩級巡洋戦艦群への対抗処置として
ドイツが生み出そうとしたのがマッケンゼン級なのですか?
S:そゆことになるね
北海を挟んでにらみ合う両国の艦隊戦力の中で一番厄介なのは巡洋戦艦や高速戦艦だ
アイオワの項で見たように強力な巡洋戦艦はあしらいに苦労する
一番確実で簡単なのは、それよりも強力な巡洋戦艦を当てる事だ
☆:マッケンゼンがライオンに対抗して出てくるなら
それに対抗できるような巡洋戦艦が英国は必要とっ
S:そして、それだけなら、フッドは従来と同じ方向性でよかった
比較的弱体な装甲と強力な火力を持った高速な巡洋戦艦として出現するはずだった
だけど、マッケンゼン級は強力な火力を持った艦だったし
更に建造中にジュットランド戦が起きてしまった
★:両軍の巡洋戦艦がグチャグチャになった戦闘ですね
S:フッドはここで、大幅な設計変更を強いられた
早い話、防御強化が必要になったんだな
っていうか、強化というより徹底的に見直されたといっても良い
結果、フッドは物凄い重装甲の艦となって完成した
舷側装甲は傾斜した12インチだから、条約型のノースカロライナに匹敵する
☆:甲板も厚いし、内部構造も洗練されていますねーっ
S:フッドの防御構造はネルソンにも似ていて
技術的に見ると他国のより1世代進歩しているとも言える
そして、建造途中に基本コンセプトも1世代進めて、重防御に走った
★:実際問題として、欧州の条約型戦艦に匹敵する艦ですね
S:フッドの機関は、1920年代の技術なので、燃費は悪いし重量やスペースも大きい
だけど、防御配置や防御思想で言うなら条約型と充分に比較できるだけのモノを持っていたんだな
☆:もの凄く進歩的な艦だったんですねー
S:フッドは主砲が従来の艦と同じ38サンチである事
そしてビスマルク戦で轟沈してしまった事で、大した事の無い艦だと思われている部分が有るけど
実際問題として、大変に強力な軍艦なんだ
火力の大きいネルソンは低速だったから
戦力的価値も含めて考えると英国で一番強力な駒だったとも言える
★:でも、ビスマルクに撃沈されちゃいましたね
S:あの距離で、あの角度で被弾したら大抵の戦艦は耐えられないよ
ビスマルクの主砲で50cmぐらいの貫徹力を発揮するから
つまり、ここで取り上げた戦艦の殆どは同等以上の貫徹力を出す
さて、50cm以上の装甲を持ったバケモノは居たかな?
★:大和だけですね
S:そう、つまり、大和以外の全戦艦は、あの射撃に貫かれる
もし弾薬庫に食らったら、爆沈するかどうかは兎も角、大損害だ
反対に、あの距離でビスマルクが砲塔やバーベットに被弾したら、同様に大損害
フッドが沈んだ理由は色んな物があるんだけど
フッドが弱かったからでもビスマルクが強かったわけでもないんだ
あの距離で戦艦が打ち合ったら「ああなる」ってだけの事だね
S:さて、フッドの防御構造を見てみよう
水線部が12インチ、その上が7インチ、そしてその上が5インチの傾斜舷側装甲だ
水線部は裏に2インチの傾斜甲板っていうか逆傾斜舷側とでも言うべき装甲を張ってある
距離や弾道次第だけど、12インチを抜けた砲弾はこの2インチで食い止める事が期待されている
この2インチ装甲は被害拡大防止の隔壁としても必要充分なスペックだし
かなり起立しているから普通に隔壁を張ったのと重量やスペースも大して変わらない
その分耐弾能力では見劣りするけど、外側が12インチの傾斜装甲だから実際には問題にならないだろう
★:その上に7インチ装甲を持ってますよね
これは何のためにあるのですか?
S:2インチしか無い主甲板に砲弾が来ないようにしているんだ
距離や角度にもよるけど、2インチじゃ何喰らっても酷い事になるな
主甲板より下が主要防御帯だから、そこを守るには衝立として舷側装甲がほしい
これだけ厚ければ並以下の主砲弾を弾けるから安全が大きく確保される
舷側装甲の増厚は1インチ300トン、甲板装甲は650トンが目安だとされてる
★:舷側装甲を2インチ強化した方が、甲板1インチ強化よりも軽いんですね
S:そしてその上のゾーンだ
巡洋艦以下の砲撃は完封できて、中近距離で怖い戦艦副砲や軽巡洋艦に安全を保障する
この場所に戦艦主砲が来た場合はあんまし期待できないけど
その砲弾を減勢させて主甲板への打撃力を落す事も期待できる
★:つまり、基本的には多重型の吸収型ですね
S:そうだね、そして、外側を厚くすることで内部容積を多めに確保している
S:フッドは結局大規模な改装を受けることなく大戦に突入しちゃったけど
ちゃんと強烈な改装計画が存在していたのも注目だな
★:やっぱり機関の強化と・・・あとは甲板装甲の強化ですね
S:主な案は2つあったようだね
どちらもエンジンの交換&強化改善は同じなんだけど
違うのは防御構造だ
まず、どっちの案でも、一番上の5インチ装甲を撤去する
これは5インチ程度の装甲では戦艦主砲を食い止められないからだね
☆:でも、甲板への打撃を食い止めるってのは・・・・?
S:甲板を強化しちゃったら要らないだろ?
5インチの舷側を貫いてから甲板へ来るのは
ある程度限られた落角でしか起きない
だったら、甲板装甲を強化すれば、そのゾーンでの防御が成立して
更に舷側を通らない大落角砲弾や航空爆弾にも対抗できる、つまり美味しいと言える
★:舷側装甲5インチを撤去すると・・・・1500トン浮いて
甲板装甲2.3インチ分ですね
S:フッドの場合、5インチ舷側の全長はそんなに長くない
多分甲板2インチと引き換えになるぐらいだ
でもこれで甲板装甲は4インチになるね
これに、上甲板や最上甲板にも1インチずつ張ると、合計6インチ
防御力は、まあ120mm級にはなる、中々充実していて、中距離程度なら結構強い
★:新型戦艦と比較してやや劣る程度ですね
S:並みの16インチ砲相手で25km以内なら耐えられる
15インチ砲なら、もうちょっと遠く27kmぐらいまでかな
☆:舷側装甲は多重化も有って結構頑張れそうですねっ
S:この場合は自己の火力に対して
舷側14kmの甲板25kmぐらいかな、結構広い範囲だ
★:もっと広くないですか?
S:ああ、主砲弾をSHSにしちゃうんだ
☆:・・・・火力も強化されるんですかっ?
S:当然でしょ(笑)
さて、この有る意味判り易い案に対して、もっとトンデモナイ案もあった
まず舷側装甲の7インチゾーンを12インチにする
そして、防御甲板を主甲板から一層上げて上甲板にして、そこに装甲を張る
☆:えっと・・・一層防御?
S:うん、最新世代の戦艦でやってるスタイルだ
S:左が元のスタイル、各層合計で甲板は5インチ程度
真中が甲板を強化する案、右側が根本的に変えてしまう案
S:真中案は甲板は機関部上面で1.75+1+4インチで、合計6.75インチ
弾薬庫だと2+5+2インチ、合計9インチ
★:まずは一級品の甲板防御ですね
S:7インチの舷側は垂直換算で21cm相当だからまあ当たったら抜かれる
だが、その砲弾は4〜5インチの甲板に当たるので致命傷にはならないだろう
基本的には多重化で防護するというスタイルになるね
S:右端の奴は上甲板が3ないし4インチ
弾薬庫上面で言うと、4+3+2で9インチ
機関部は1.75+3+1.5で6.25インチ
★:最終的な厚さは同じですね
S:右側案の特徴は、敵弾を基本的に外側で弾くという物だ
甲板は多重だけど、それでも基本的にはなるべく上で食い止めるスタイルだね
こういう方式は条約世代以降の艦に多い
フッドの場合は元々主甲板より下に重要物を置く構造だったから
別に上の空間を広げてもあまり意味は無い
図体はでかいし
多重といっても裏側の装甲は見てのとおり結構起きていて空間は大きいんだ
☆:じゃあ、右端の案は中途半端ですねっ
S:中距離戦闘ではコッチのほうが強力だよ
12インチの舷側装甲は、つまり15km前後までは充分な防御を提供してくれるし
3〜4インチの甲板があれば15km前後の砲弾は完全に食い止める
そうなると、船内に砲弾が飛び込む事は局限されるので戦闘能力の維持に余裕が持てる
真中の案だと致命傷は負いにくいけど、被弾が重なると徐々に弱っていくだろうな
遠距離からの被弾にはより強いとは言えるけどね
★:真中案は中遠距離仕様、右側案は中近距離仕様ですね
S:まあ、どっちも、中々有力な構造で強力だ
右側案だと舷側5インチの代替重量を7インチを12インチにする事で食いつぶすんで
甲板を2インチしか強化できない
これで内部構造に手を入れて、元の主甲板を削れると面白いんだが・・・
★:そこまでやると作り直しですね
S:そうだね、それだったら新型戦艦を造ったほうが手っ取り早い
☆:となると、現実的なのは真中の案ですねっ
S:うん、こっちの案では機関強化も有って31〜30.5ノットが期待されていた
バルジも追加する予定だったから水中防御も強化されただろう
最新鋭戦艦と共に高速打撃部隊を編成するに相応しい存在になっただろうな
S:ちなみに、同世代の戦艦で言うと
長門が、この真中と右端を折衷したような構造だった
基本は多重だけど内部容積も稼ごうというスタイルだね
★:フッドよりも進んでいたといえるのですか?
S:元々戦艦だから防御は重視されていたし、フッドほどの大型化は難しい
想像だけど、当初の長門はそこまでの構造じゃなかった筈だ
第一次大戦中に防御の重要性がクローズアップされて、急遽設計を変更したんだ
つまり、フッドが後で計画したような改装を建造中にやってしまったんだ
★:だから、改装案に似た構造を持つのですね
S:もっと進んだ設計を取り入れるには、根本的な設計変更が必要だから間に合わなかったんだ
☆:でもでもぉ、なんでフッドはあとになって改装しようとしたんです〜?
S:フッドはもっと根本的に装甲範囲と厚さの無い設計だったんだよ
言うならば、R級巡洋戦艦と似たような
極めて限定された範囲に限定された装甲を持った存在だったんだ
それを、長門と同様に、設計変更して強化した
その結果、英国最良と呼ばれるタイガーを強化したような構造になった
★:つまり・・・・金剛ですよね
S:そう、金剛は、フッドで言う7インチと5インチの舷側装甲部分に6インチ水線部は8インチ
タイガーは同様で、水線は9インチ
金剛・タイガーのベースになったライオンは最上部の舷側を持たない
R級巡戦の場合は、フッドの7インチ部も持たない
★:進歩と言うよりは、後退というか・・・
S:フッドの進歩している点は舷側装甲が傾斜しているって所だ
これと各部の装甲が厚い
傾斜しているから1ランク上に相当する防御を発揮するから
5インチ部は6、7インチ部は8インチに相当するだろう
つまり、金剛と同等以上で、水線部は12インチだから最強だ
フッドはこれで外側で弾く事を重視したから
タイガーや金剛で2〜3インチにしている傾斜甲板を2インチ以下に削減した
★:傾斜した舷側装甲、外側主体の防御
確かに第一次大戦後の艦に繋がる構造というか思想が見えますね
S:フッドは元が貧弱な巡洋戦艦だったから
ここらに持ち込むのがやっとだったんだろう
抜本的な強化案は予算と時間と、そしてたぶん技術的な問題があって建造時には間に合わず
完成しちゃったら、それを戦列から外す事は困難で、改装するチャンスが得られなかった
☆:やっぱり、最初が肝心なんですね
S:さて、それでは次に長門を見てみよう
長門は日本の海軍一大リニューアルプロジェクトである八八艦隊計画の一番手だった
日本は、この計画で、高速戦艦と巡洋戦艦を大量に建造するつもりだったんだね
長門は、その最初の艦で、技術的には従来の延長にある艦だ
☆:目立つのは高速戦艦であり、41サンチ砲を搭載しているという事だけですねっ
S:主砲の開発と製造は勿論大変に高度な技術を必要とするんだけど
それ以外の面で言うなら、早い話、でかい大砲と強力なエンジンを載せた強力な軍艦でしかない
そのコンセプトは先進的で、その性能も素晴らしいんだけど
内部構造とかを見ても、それまでの戦艦から大きく進歩しているわけではないんだ
★:フッドが従来の思想で最新技術なのに対して
長門は最新思想で、従来の技術と見ても良いでしょうか
S:そして長門もジュットランド戦の戦訓を建造中に取り込んでいる
長門は元々戦艦だから強力な装甲を持っている
それにとんでもなく高速だ、つまり足りなかったのは甲板の装甲だけ
しかし、長門の甲板装甲は傾斜甲板を兼ねたような構造だから
ネルソンで考察したように、守れない部分が大きくなってしまう
重量的に不利だと判っていながらも、長門は多重型の甲板装甲を備える事になった
フッドがやったような傾斜装甲なんかも間に合わなかった
こうした問題は、八八艦隊計画の後続艦には取り入れられる予定だったんだな
☆:なんか、結構しょぼいというか・・・
S:長門の光っている部分はなんと言ってもコンセプトだ
世界最強の主砲を備えた高速戦艦、これが長門の全てなんだ
その意味で言うなら、八八艦隊の後続戦艦はコンセプトは長門と変わらない
つまり、戦力としての価値も基本的に長門と同じだ
単に、多少強力で多少頑丈で多少燃費が良くなるぐらいの存在
長門が日本海軍にもたらした物、そして世界に与えた衝撃を上回る物では無い
★:長門の登場で何かが変わってしまったんですね
S:長門のもう一つの特徴は、第二次大戦でも戦力的価値を失わなかったって事だね
☆:改装を受けたからですねっ
S:ちゃう
長門は確かに改装を受けて、攻防性能を常に世界最強レベルに維持していたよ
でも、出力強化はしていないから、増大した排水量から速度は落ちてしまっている
それでも、長門は戦力価値を持っていた、何故か
★:元々速かったからですね・・・
S:そうなんだ、長門はとんでもなく高速の戦艦だった
だから、第二次大戦時においても戦力として君臨できたんだ
長門型戦艦の基本コンセプトが正しかった事の証拠だ
そして、長門の基本コンセプトは、つまりは日本海軍の当初からの基本コンセプトであり
そして、それは戦艦に最も求められる事でもあったんだ
S:日本の戦艦は分厚い甲板装甲を備えている
これは海軍休日の時期に大規模な改装をすることで強化されているんだが
長門の場合はその主砲の火力に合わせて、大変に分厚い物になっている
弾薬庫上面では20cm級にまで達している
☆:確か機関部は強化しなかったんですよねっ
S:HTやDSがなんか一面に張り足しされてるんだけどね・・・
装甲の交換や強化はしてないけど、防御力はしっかりと強化されている
米国の条約型戦艦の場合、上〜下甲板の合計が8〜10インチだけど
長門の『強化されていない』機関部で合計9インチぐらいかな
★:同等ぐらいですか?
S:まあ、一枚板で張った方が強力なんだけど
米国のような短遅動信管だと、こういった多重装甲相手では奥まで行くのは大変だ
さて、この強化された各層の甲板はそのまま弾片防御にもなる
大抵の戦艦の場合、この弾片防御は1〜1.5インチ級だけど
長門の場合、各層は2インチ級になってる、つまり食らっても被害を局限できる
多重装甲の艦はつまり弾丸を内部で食い止めるのだから、食らった後の事も考えないといけない
とにかく内部を非常に頑丈な構造にしてあるのが長門の特徴だ
☆:ビスマルクで30mm、リシュリューだと20〜25mmですもんね・・・
S:基本的に外側防御のリシュリューはともかく
内部で吸収するつもりのビスマルクが30mm級なのは非常に問題だ
反対に言うと、各隔壁や甲板を50mm級にしないと多重防御で被害極限は難しいって事で
それは船体の構造重量や装甲重量が倍増する事を意味している
つまり、多重化という方法論は武器の進歩によって通用しなくなりつつあったんだ
対16インチ防御と16インチ砲を備えて、十分な機動力を持ってって考えると
長門が恐らく限界のバランスだったんではないかと思う
S:長門は改装のときに主砲塔を変更している
八八艦隊計画の後続である加賀型戦艦用の改良型主砲塔に変更して
更にそれの装甲を強化してある
前盾500mm、天蓋250mmだから、通常の戦闘距離では40サンチでも抜くのは難しい
バーベットも同様に強化されちゃって、大和を除けば最強級の直接防御になってる
☆:つまりっ、多重化では構造的に凌げない部分は超重装甲
★:もしかして、これって、とんでもない戦艦なんでは?
S:砲戦を本気で行うつもりの殴り合い艦ってのはこーゆーふーに造るってお手本だ
改装後の長門と殴り合って勝つのはサウスダコタでもキツイ
フッドが条約型とタイマン張れる艦だとしたら
長門は条約型を粉砕できる可能性を持った旧式戦艦なんだ
★:進歩的なコンセプトと、入念な改装がそれを可能にしたのですね
S:その絶大な火力が、それをするだけの価値を持っていたんだ
長門の存在が、他の日本戦艦の改装にも影響していると俺は考えている
また、戦力価値を保持できたのは、彼女が高速だったからだね
高速で大火力、それこそが『あるべき方向性』だったんだろうな
S:では、最後にメリーランド級を見てみよう
彼女はちょっと可哀相な軍艦だ
段階的に強化をしつつ続々と建造された米国の超弩級戦艦
まずはそれを見ておかないと理解が難しい
☆:米国戦艦は数隻ごとにモデルチェンジしながら建造されていってますねーっ
S:モデルチェンジごとに少しずつ強化されて完成度が向上していってる
同時に火力の強化も行われているんだな
後半のカリフォルニア級やニューメキシコ級は物凄く強力な戦艦だと言える
★:でも速度が低いですね
S:第一次大戦型戦艦として考えた場合、21ノットという速度は普通だ
勿論もっと速くすると言う方向性はあっても良かっただろう
だけど、広大な両大洋と長大な海岸線を持つ米国にとっては沢山の燃料が必要で
それは、燃費の悪い艦艇の取得に躊躇するだけの理由になる
★:高速艦だと燃費が悪いのですか?
☆:だったら低速で走れば・・・
S:この時期の船舶用大出力ユニットは蒸気タービンが一般的だったな
この機関は部分負荷時の効率が悪いんだ
全開で回したら当然燃費は悪いし、かといって低速で走っても燃費が悪い
各国はこの問題に随分と悩んでいた
☆:なんで低速だと燃費が悪くなるんですー?
S:スクリューは低速で回したほうが効率がよい
だけどタービンは高速で回したほうが効率がよい
低速巡航ではスクリューを低速で、タービンも低速で回す
だからスクリューは効率が良いけど、タービンの効率が悪い
しかも、ここで何とかなるように調整すると・・・
★:高速発揮では、スクリューの効率が悪くて、速度が出ないとか燃費が悪いとかになりますね
S:大体さ、最大速度時の推進軸の回転数でもタービンにしてみたら『遅い』んだよな
ベストはもっと高回転だったし、推進軸にしてみたら『速すぎ』だった
だから、減速歯車で、タービンと推進軸の回転数を何倍かに離したギアード・タービンが登場する
これで燃費の問題は大きく改善されるようになる
タービンに起因する燃費の問題は、これで殆ど解消したといっても良いだろう
☆:以降の進歩は無かったんですか?
S:いや、以降もたゆまぬ努力は続いたし改善されているけど
どっちかというとボイラーの改善が大きかったし
タービンそのものは構造的にはギアード・タービンで殆ど完成したと言えるな
だけど、それの完成は1910年代後半で、実用性が確立するのは1920年代だ
タービン開発で当初は遅れていた米国の場合、それを待っていられなかった
様々な方法を模索した結果、米国では電気推進を採択したんだ
☆:はえ〜、電気推進ってなんですか?
S:電動モーターでスクリューを回すの
この場合は蒸気タービンで発電して電動機に持っていくから
まあ、そこらの火力発電所と同じだ
この場合はターボエレクトリックとも言うね
☆:じゃあ、ディーゼルエレクトリックってのはディーゼル発電で電動モーター駆動って事ですか?
S:そゆことだね
最近の自動車で出てきたハイブリッドなんかもこれと似たような物だな
★:随分と昔からある方法なのですね
S:このタイプはタービンを効率の良い出力で回しておく事で
特に巡航時の燃費を稼げる方法で、以降商船とかに採用される事が多かったんだ
こういうのも『機動力』なんだ
燃料を沢山積むと船体は大きく重くなってしまうし補給の手間もかかる
大海原を走り回るというのは、こういった部分も入念に考えておくべきなんだ
1910年代後半、航続力という機動力で考えるなら、米国艦は最高の性能を持っていた
☆:そして、この従来型の延長として建造されたのがメリーランド級ですっ
S:正確には例の八八艦隊対抗である3年計画の一環なんだけどね
その本命であるサウスダコタ級の前に言わば先駆けとして建造されたのがメリーランド級だ
★:サウスダコタ級はもっと凄い艦だったのですか?
S:23ノットで50口径16インチ砲を12門だっけか
日本の八八艦隊計画の後期艦が45口径砲で10門だから、火力で大きく上回る
中距離以内では圧倒的な威力を持っているだろう
★:速度も第一次大戦末期の戦艦と同等ですから遅くは無いですね
S:つまり、従来思想の延長としてみた場合、中々大した物なんだが
その完成はちょっとばかし遅れそうだったので
取りあえずリリーフとして登場したのがメリーランド級ともいえる
☆:でも、いきなり、こんな代物を作れるのだから大した物ですーっ
S:ニューメキシコ級の主砲を45口径16インチ連装に交換しただけとも言えるんだが
戦艦の価値がその火力に有る事を考えると、これはコレで充分に強力な代物だ
ただし、速度が従来のままだったのは色んな意味で辛い
更に、条約でサウスダコタ級が取りやめになったので
彼女は米国最強戦艦として君臨する必要が出てきてしまった
★:長門と同じような立場ですね
S:ここで問題になるのは
メリーランドは進歩的コンセプトを持った新世代艦ではなかったって事なんだ
長門のような高速戦艦ではないし
条約制定後に建造されたネルソンほどの技術的な先進性もない
★:ネルソンとメリーランドの戦力的価値としては似たような物だと思いますが
S:でも、ネルソンはより新しい技術を取り入れているので
同じようなコンセプトでありながら、より優れた攻防力と機動力を持っている
つまり、似たような価値では有るけど、ネルソンのほうが上だ
☆:数では勝っているんですけどねーっ
S:それは東西に戦力を分散する必要性を考えると充分ではないよね
つまり、メリーランド級は米国を背負って立つには多少力不足な艦だったんだ
そして、それでも、米国最強艦だから、一番重要
だから、改装が後回しになってしまった
っていうか開戦時には改装に1隻が入った所で、2隻は改装してない
★:ただでさえ、旧式なのに、それでは・・・
S:米国も予算で苦しんでいたからね
誰を改装して、その間はどう凌ぐか、そういった難しい舵取りをする場合
切り札である最強戦艦をどうするのか、これが一番難しい
コンセプト的にも戦力価値としても旧式であったとしても
他の戦艦よりはマシだから、どうしても長期不在は避けたいってのもあったんだろうね
改装後の同級の例
S:さて、ネルソンとメリーランド、そして長門の各艦は
軍縮条約時代にビッグ・セブンと呼ばれて、世界最強の存在として君臨していた
その戦術戦力は絶大で、第二次大戦の時点でも一級品だった事は知ってるね
☆:つまり、彼女達を大きく凌ぐような艦が登場しなかったんですねっ
S:これは条約制限があった事が一つの理由だろう
★:35000トンという制限ですね
S:長門はともかく、米英の戦艦は、速度があまり高くない
つまり馬力が条約世代の連中の1/3以下なんだ
これは古い技術の、つまり大きくて重たいエンジンでも
大して機関スペースを食っていないって事でもある
☆:それで主砲が16インチですから、火力は絶大ですねっ
S:そして、もう一つは防御力だ
ネルソンは速度を捨てて重装甲を纏っているし
米国戦艦も当時としては一級品の防御性能を持っている
長門も中々充実した防御力を持っていて、改装でそれを強化しちゃっている
☆:でも、欧州各国の条約型戦艦はつまりは最新鋭なのでは?
S:馬力が3〜4倍あるんだ、いくら造機技術が向上しても
3倍の馬力を同じ重量スペースに押し込む事は出来ない、つまり機関サイズは増大している
ある程度は小さ目の武装で重量を稼げるけど、最終的に皺寄せとして受けるのは?
★:装甲重量ですね
S:機関スペースが小さいという事は
船体が小さくなるという事でも有る、つまり装甲重量の削減だけでなく
船体重量そのものの軽量化にもつながり、それは武装や装甲に回せる重量が大きくなる事でもある
勿論、それを浮力の余裕とかに使っても良いし、小さく収めるというのは色々利点が有るんだ
★:つまり、条約型戦艦は高速であるがゆえに重量面で不利になっていると・・・
S:高速で有る事の利点は明らかだ
あらゆる戦場で有利に立ち回れる
だけど、高速で有る事は、つまりは土俵を選定する権利でしか無い
状況や数量によって、土俵を自由にできない場合はある
そうなった場合、比較的低速の強力な敵艦とぶつかってしまう可能性は存在するわけだ
そして、そうなると、モノを言うのは相対的な攻防性能になってしまう
つまり、出会わないようにするには速度が欲しい
だけど、戦艦である以上、ある程度は敵艦と積極交戦することも求められてしまう
☆:えっと、じゃあ・・・・
ビッグ・セブンと対等以上の攻防性能で、彼女達よりも高速で有る事が必要なんですねっ
S:そゆことなんだ
もしビッグ・セブン以下の戦力だった場合、敵がビッグ・セブンを投入した場合に負けてしまう
高速だから逃げられるというのは常に通用するわけではない、絶対は無いんだからね
ビスマルク戦が良い例だ
★:ネルソン級2番艦のロドネイによって、あっと言う間に戦闘不能に追い込まれましたね
S:つまり、ビスマルクは損傷する事で「ロドネイから逃げる」という選択肢を潰された結果
圧倒的に強力な敵戦艦の前面に出るしかなくなったんだ
機動力を数量で潰されて捕捉され、損傷したのが全てだ
あの時のビスマルクが例えば大和だったら、ロドネイぐらいは道連れに出来る可能性はあっただろう
☆:それでも助からないんですねーっ
S:一隻の戦艦が持っている可能性なんてそんな物だ
一番大事なのは数量だというのが判るね
そして数量を補うために機動力があるんだ
数量と機動力は一定の範囲で取引できる物だけど、それは全て土俵に上がるためのモノでしか無い
英軍は数量で機動力を補い、ロドネイを土俵に上げた、これが一番大事なことなんだ
☆:速度が無いと戦力的価値は低くなり
速度があっても弱いと、やっぱり意味は無い・・・・
佐祐理はおばかな子だから、結局どうすれば良いのかが判りません〜(;_;)
S:まず、攻防性能は想定される敵艦と対等以上なら取りあえず合格だ
戦術的にそいつと追っかけっこが出来る程度の速度
戦略配置で対抗できる程度の遠洋巡航性能を持っていること
そして、その上で充分な数量、それが戦力整備の上で求められる事だね
例えばKGV級戦艦を見てみよう
武装は条約制限で多少物足りないけど、それを補える防御性能を持っており、優れた機動力もある
そして、それを早期に大量建造する事で、決定的な時期にそれなりの戦力を揃える事に成功した
★:つまり大成功ですね
S:反対にリシュリュー級はスペック的には強力な性能を持っている
特徴的な主砲配置や優れた速度、実に優秀な戦艦だけど
建造が大きく遅れたことで、大事な時期に戦力化できず、結果的に活躍する事が出来なかった
例えば降伏前に完成して戦力化していたら、多少は戦争全体に影響を与えたかもしれない
反対にイタリアのヴェネトは早期に建造に着手したね
ダンケルク対抗だけなら、既存戦艦の改装や、ダンケルク類似の規模の戦艦でも良かった
実際に、イタリア軍ではそういった規模の戦艦も検討対象にしている
だけど、可能な限りの最強艦として建造した、しかもそれを大量に
☆:優れた攻防性能に機動力、そして大量建造、王道ですねっ
S:そう、ヴェネトは防御に、KGVは火力に、それぞれ多少問題を抱えているけど
どちらも、早期大量建造に向くように入念に検討されており
その戦力整備方針が極めて真っ当だった事が良くわかる
★:米国も似ていますね
S:取りあえずノースカロライナ級はリリーフ的な傾向が有るよね
だからノースカを建造しつつ、抜本的な対策をしたサウスダコタ級の設計を急ぎ
一挙にそれを大量建造しちゃった、勿論、あの国の国力が根底に有るんだけど
ある程度以上の性能を持った戦力を大量に揃える事が一番大事なことだというのが判るね
☆:日本はそこまで大量整備してないんですよね
S:既存戦艦の改装工事は一種の大量整備だと言える
勿論、攻防も機動力も、最新戦艦に比べると劣るけど、それが大量に存在するという意味は大きい
そして、制限を全部無視して建造した大和は質で数量を戦術面で補う事が可能になる
これは高速な改装戦艦が6隻、巡洋戦艦が4隻あるという
数で大きく上回るから選択できたって事に注意してほしい
★:数があるから、強力な切り札を建造する事が可能で
もし数が無いなら、まずは数を揃える事に向かうべきであると
S:今の戦力、そして将来への方向性
それらをバランス良く整合させていく事が大事なんだ
単なる単独のハードウェアとしてだけ見るのは、面白いけど、あんまし意味は無い
S:先にあげたビスマルク戦でも
ドイツ軍は巡洋戦艦2隻を出撃させて
英軍の戦力配置を混乱させるという選択肢はあったんだよね
★:つまり機動力と数量を使う事で、敵のそれを押さえ込む事は可能だったと
S:それが出来なかった事が、ドイツ軍の限界だったんだな
また、ドイツ軍がもっと多くの戦力を外洋に投入できなかったのは
外洋航行能力の貧弱な駆逐艦や、弱体な戦力の巡洋艦しか持っていなかったから
つまり、外洋作戦能力をそもそも持っていなかったからだし
それは、艦隊作戦の屋台骨の数量が全然足りなかったて事なんだ
★:戦艦造る前に巡洋艦と駆逐艦を造るべきだったんですね
S:だけど、それをすると、ハッタリが効かない
発展途上というか再建途中の海軍とはかくも歪な戦力形態になり
見かけと実効戦力が思い切りかけ離れてしまうって事なんだ
☆:大事なのは大型駆逐艦と軽巡洋艦戦力の充実であったとっ
S:結局、何処の国も
自分の領域や戦略方針に合致した基礎戦力を持っていたんだ
そして、基礎があるから戦艦戦力という上乗せが可能になる
その戦艦戦力も『水上艦艇』である以上、最終的にモノを言うのは数だったんだ
★:少なくとも、使うつもりなら数は絶対的に重要ですね
S:だから、その国の条件で求めるモノは変わってくる
充分な数が無い場合、まず優先されるのは数を揃える事
そして、もう一つは、一級の戦闘能力、この2つを高い次元でバランスさせる事
更に言うなら、それは個々の艦だけでは無く
戦艦戦力全体、艦隊全体、海軍全体でバランスさせるべき事なんだ
☆:大和やネルソンが攻防性能重視のバケモノになったのは
つまり、それまでに大量の戦力蓄積を行えたからなんですねっ
S:そう、だから、個々の艦だけで見るのは
場合によっては根底にある物を間違えてしまう事がある
★:『群盲象を撫でる』と
たいとる
第18章
第20章