第十八章
BLAVE HEART






S:トリに相応しい欧州最強戦艦
  戦艦とは何なのか、戦艦に求められる物は何なのか
  それはロイヤルソブリンという前弩級戦艦の完成で形になり
  ドレッドノートという弩級戦艦で結晶となった
  何のために存在するのか
  新たな機能をどう与えていくのか
  巡洋戦艦という新たなジャンルを産み出したインビンシブル
  そして、それらを包括したクイーン・エリザベス
  こうした一連の流れはフッドで完成する、全てを備えた存在、それがフッドだった
★:そのフッドの直接の後継者とも言えるのが、このフネですね
S:そう、英国の、いや、全世界の戦艦の究極発展の最終的な姿、それが彼女だ
  HMSヴァンガード
  欧州最強、大和とサウスダコタに並ぶ、正横綱、世界最後のそして最強級の高速戦艦だ
☆:そんなに強力な軍艦なんですか?
S:無茶苦茶に強力だ
  確かに、一つ一つのスペックは傑出していないよ
  だけど、一つのスペックで戦艦を語ることは出来ないよね
  また、殴り合いでは無敵を誇る大和やサウスダコタは任務を限定しているからこそ成立している
  例えば奴らは外洋で敵艦を追跡するような任務には向いていない
★:ヴァンガードにはそれが可能だと?
S:そう、ヴァンガードは『高速戦艦』だ
  大和やダコタは『戦艦』
  アイオワは『巡洋戦艦』
  どちらも大事で重要なんだけど、その方向性はジュットランドで否定されたんだよね
☆:だから高速になったのが大和やダコタで
  充分な防御力も持ったのがアイオワなんでは?
S:そうだともいえるし、そうでは無いとも言える
  果たして、本当に、あれでよかったのだろうか
  本当にアレ以上の性能バランスは得られなかったのだろうか
  低速な大和やダコタ、アンバランスなアイオワ、彼らは本当にベストなのか
  その答えはここにある
  ヴァンガードは全てを持っている
  古今東西、あらゆる戦艦の行き着く先
  戦艦という物がたどり着いた答え、それがヴァンガードなんだ

S:豊かな予備浮力
  素晴らしい航洋性
  入念に整えられた防御力
  そして、超大重量砲弾による問答無用の火力
  信用に値するカタログ速度
  彼女は最も速い戦艦の一つだ、そしてそれが全てと言っても良い
★:速度の重要性は判ります
  でも、それだったらアイオワだって速いですよ
S:そしてもう一つが、バランスの良い防御力と航洋性だ
  復元性や強度に不安のあるアメリカ艦と違ってヴァンガードはどんな天候でも作戦を強行できる
  ありとあらゆる状況で戦争が出来る事、それが軍艦に一番求められる事だよね
  そしてその能力で言うなら、たぶん大和と並んで最高のレベルにある
☆:そして大和より高速と・・・

S:ヴァンガードは充分な火力を持っている
  SHSの15インチは通常戦闘距離でほぼ全ての艦艇に対して有効な打撃を与える
  まあ、射程は短いのだが、それも実用上では大きな問題にはならない
  アウトレンジされる範囲は3万m以上で、それは想定範囲の外だし
  甲板装甲は160mmもある、つまり35〜30kmでこれを貫徹出来る砲撃は極めて限られる
  それに通常砲弾なら別に問題なく遠くまで届く
  ヴァンガードの速度を考えれば、アウトレンジをスペック上で可能とするのはヴェネトとアイオワぐらい
  確かに突進する時に応戦が出来ないのは心理的にはマイナスだが
  それは戦艦を取り巻く別の要素、予算だとか、時期だとかの影響も考えれば納得できる
☆:そっか、中古の大砲なんですよね
S:ヴァンガードの生い立ちは実に可哀相な物がある
  彼女の主砲は空母に改装された大型軽巡洋艦の物の流用だ
  機関は未成戦艦ライオンの奴を流用したんだ
★:軍艦の建造でこうした流用って多いのですか?
S:結構実例はあるね
  艦艇の建造は大きく分けると、武器の製造、機関の製造、船体の建造の3分野に分けられる
  実際には、その3つを纏め上げる艤装ってのも有るんだけど
  この3要素のどれかが手配できないと艤装にはかかれない
  つまり建造速度は、この3つの中で一番入手性の悪い物に引っ張られるわけだ
☆:そういえば、米軍の護衛駆逐艦なんかは色んな機関を搭載していますね
S:つまりエンジンの製造の問題が有ったんだな
  軽艦艇の場合、船体は比較的簡単に作れる
  だけど、船体規模の割に馬力が必要だからどうしてもエンジンの割り当てで苦労する
  日本も護衛艦艇や駆逐艦の建造で機関の入手に苦労しているね
★:英国の場合は駆逐艦や巡洋艦で主砲の手配の混乱が見受けられます
S:新型砲はどうしても製造が遅れがちだからね
  これが戦艦主砲になると製造にかかる手間もとんでもなく大きい
  勿論、造ろうと思ったら造れるよ、だけどその大砲を作る労力で他の小さい大砲だったらもっと沢山造れるんだ
  どこまで戦艦にだけ注力できるのか、それは実に難しい問題だといえるね
☆:ヴァンガードは在庫品の主砲とエンジンが有った事が建造の助けになったんですねっ
S:そうなると、問題にするべきは船体の手配だ、ドックを一つ潰せば何とかなるね
  勿論、実際にはそのドック一つの手配すら苦労するんだけど
★:戦争に入ってしまいましたからね
S:新型艦の建造よりも、今居る艦艇の整備や補修が最優先になる
  当たり前の事だね、軍艦とは居る事が一番大事なことなんだ、性能は二の次
  今まで見てきた各艦を思い起こして欲しい
  本当に必要だったのは誰と誰だったのか
  ここで取り上げた戦艦達はどれも素晴らしい性能を持った優秀な最新鋭艦艇だ
  それほどの艦でも、別に居なくても構わなかった部分が多々ある事、それを良く考えて欲しい
☆:後回しになりながら、それでも何とか建造されたのがヴァンガードだったのですねっ
  もう、いきなり「実はどうでも良い」状態ですねーっ
S:そして、なんで「どうでも良い」とされたのかを考えて欲しい
  それは、欧州には、英国の脅威になるような敵戦艦が存在しなかったからなんだ
  フランスは消えちゃったし、イタリア軍もドンドン衰退している、ドイツなんて端から相手にならない
  どの国の海軍も「どうでも良い」レベルで
  そして、それらの国の戦艦が「どうでも良い」レベルだったことが、ヴァンガードを早期に必要としなかったんだ
★:確かに、欧州各国の戦艦は結局QE級とネルソン級とKGV級で粉砕できます
  ヴァンガードが必要な敵なんて欧州には居ませんね
S:そう、欧州にはね
☆:あははーっ
  まさかっ、つまりっ、えと、あの、大和と戦うつもりだったのですか?
S:そうだ
  ヴァンガードの目標は大和だったんだ
  史上最大にして最強のモンスター
  ヴァンガードこそ、大和を目標とした唯一の戦艦だったんだ
☆:でも、勝ち目無いです・・・
★:可哀相ですけど、相手が悪すぎます
S:それは、我々が両者の性能を知っているからだ
  確かにヴァンガードでは大和には勝てないだろう
  だけど、当時の連合軍が知っていた大和は我々の知っている大和ではない
  長門に毛の生えた程度、アイオワと似たようなレベルの戦艦
  それが連合軍の知るYAMATOだった

S:英国は実質的に役に立たなくなったR級戦艦を予備に回し
  行動能力の足りないネルソン級も予備に回していた
  これは人員が足りないとかの理由も有るんだけど
  つまり、貴重な人材を投入する価値がこれら低速な戦艦にはないと判断したって事でもある
  だが対日戦を考えると戦艦が必要だ
  それは、大海原を駆け回れる高速な戦艦で
  そして、YAMATOに対抗できる艦では無くてはならない
☆:KGV級では足りないですよねーっ
S:そうなんだ
  では、KGVで足りない物は何か
  KGV級は実に良く出来た優秀な戦艦だ
  彼女達に足りない物、それはもうちょっとの速度と、そして火力
★:ヴァンガードはつまり少し速くて少し火力のあるKGV級なんですね
S:ただし、それは位置付けとしての話だよ
  内部構造は更なる進歩をしている、フッドやウェールズの損失の経験が投入された設計だからね
  つまり、第二次大戦での戦訓を取り入れた最初の戦艦だと言える
☆:はいっ、佐祐理は戦艦である事がそもそも間違いだと思いますーっ
S:じゃあ、佐祐理ん
  戦艦がなんで間違いなのかな?
☆:空母に簡単にやられちゃいますーっ
S:飛行機が洋上を航行中の戦艦を撃沈した例は少ない
  ウェールズ、レパルス、大和、武蔵、どれも裸の状態で集中攻撃を受けて撃沈された
  もし充実した迎撃戦闘機と対空砲火があったら、そんな事にはならなかっただろう
  航空攻撃力が防空力を上回った結果、彼女達は沈んだんだ
★:でも、それなら、敵の防空戦力よりも多くの攻撃力を投入すれば
S:そしてそれは、別の問題に当たる事になる
  戦場上空に一度に投入できる戦力には限度がある
  空母や飛行場の発進能力とか空中集合や進撃の困難さとか
  つまり、攻撃力には一定の限度がある
  だったら、その限度付近にも対応できる防御能力を持つ事が可能ならば
  戦艦は航空機から身を守る事が出来る
  他の艦艇と違って
  戦艦は多少の被弾では戦力発揮に問題が無いという点もあわせて考えるべきだが

★:入念な防空装備を持った戦艦は無敵であると
S:果たしてソレが正解だとは思えない部分はあるよ
  だけど、空母と飛行機を沢山用意する事も大変なんだ
  今のリソースをどれだけ何に投入するのか
  それを考えた場合、敵に戦艦が有るなら、対抗できる戦艦を用意するのが一番確実なんだ
  英軍の場合、ウェールズとレパルスをマレー沖で陸攻の集中攻撃で喪失している
  もし、ある程度の防空戦力があったなら悲劇は避けられた
  だったら、敵戦艦だって同じだろう
  日本軍がマレーでやったような長距離攻撃機を英軍は持っていない
  空母の搭載機の数も多くは無い
  つまり日本軍の戦艦を飛行機で何とかするという考えは確実ではないんだ
☆:米軍の手を借りるのは?
S:それこそ確実性が無い
  何のために戦力を出すのか、何のために向かうのか
  維持とかプライドとか、保険とか、もしもを考えた場合
  他国に負んぶに抱っこして居られるのだろうか、英国は戦艦が必要だったんだ
★:大和に対抗できる戦艦
  何処にでもいける戦艦
  高速で、重防御で、火力のある、高速戦艦
S:そう、それこそが、ヴァンガードだったんだ

S:ヴァンガードは欧州の外を見て建造された戦艦だ
  箱庭のような水たまりの勢力競争をはるかに越えた次元で展開される
  日米の殴り合いに英国が再度介入するために産み出された切り札だったんだ
  欧州の戦艦とは別次元の戦艦だったんだよ
☆:でもそんなに強力なんですか?
S:強力です
  ヴァンガードの火力はSHSで大きく強化されている
  勿論、これは例えばQE級とかも同じなんだけどね
  つまり、ほぼ全ての戦艦に対して有効な打撃力を持っている
  ヴァンガードはそれを余裕のある大きな船体に載せている
  英国の船体設計技術の高さから、それは極めて優れた性能を発揮する
  日英米の艦艇は一般に乾舷が大きく凌波性がよいんだけど、特にヴァンガードは無理が少なく優秀だ
★:そういえば欧州の各艦よりも余裕のある感じがしますね
S:原型ともいえるKGVは前方指向火力を重視して艦首のシアを付けなかった
  結果として、他国の艦よりはマシだけど波切り性に問題を抱えていたね
  これはヴァンガードでは綺麗に解決している
  凌波性に問題の大きかったシャルンホルストの次にドイツが建造した戦艦があの程度だったんだから
  こういった所に対する意識の違いも興味深い
☆:イタリアのヴェネト級は後期艦では艦首部分が全然違いますよねーっ
S:そうだね、つまり、イタリア軍は重要視していたんだ
  イタリア海軍は優秀で勇敢で、戦艦を本気で使うつもりの海軍だったから当然の事だ
  艦容を考えた場合、シアが強かったりフレアが大きいのはプラスとは言えない場合がある
  つまり、見せかけ用の飾りなのか、それとも本気で使う武器なのかの違いだ
★:KGVの低いシアもイマイチ貧弱な感じですが
  あれは前方火力を考えた結論
  ヴァンガードのやりすぎな感じのする長くて高い艦首は外洋性能を狙った物
  つまり見かけよりも性能を、本気で突っ込むつもりの艦だったのですね

S:ヴァンガードは言い換えるなら、実用性や実効性を考えた軍艦なんだ
  カタログ上の性能や戦力は、つまりは良く出来た15インチ戦艦だけど
  その性能がいつでも発揮できる
  性能上の限界は、つまりは15インチ戦艦でしかない
  だけど、それが保証されている
  本編で言ったよね、戦力とはそこに在る事、そこに居る事が一番大事なんだと
  SHS装備15インチ戦艦の戦力は必要にして十分だ、どんな軍艦にも対抗できる
  ならば、それが何時如何なる時にでも発揮できるなら、それこそ究極の軍艦ではないだろうか
★:サウスダコタや大和に負けると思いますけどね
S:それは戦術的価値のそれもほんの一面だけでしか無い
  ダコタや大和には出来ない事、つまり高速で走り回る事が出来る
  バンガードの戦力的価値は日米の横綱と比べても決して劣らない、いや、勝ると言えるだろう
☆:じゃあ、アイオワは?
  アイオワも火力が高くて防御力もありますーっ
S:両者はともに高速だね
  そして16インチ砲弾に対する防御を持っている
  甲板の防御性能は同等、傾斜12インチと垂直14インチの舷側装甲も大差は無い
  ヴァンガードのほうが弱そうに見えるけど、装甲範囲の広さを考えると簡単には結論を下せない
  浸水に対する強さではヴァンガードのほうが優位だし
☆:じゃあ、火力は?
S:ヴァンガードのSHS15インチはアイオワ並の対甲板打撃性能を発揮可能だ
  つまり甲板側の防御力と火力は似たようなもの
  敢えて言うならアイオワの方が主砲数で勝るけど
  ヴァンガードの方が射撃精度では勝り命中速度ではヴァンガード有利だろう、でも大差は無い
  船体の耐久性や予備浮力でもヴァンガードが勝り、それはアイオワの砲弾重量の優位を打ち消して余りあるだろう
  つまり両者の持つ戦力は殆ど変わらないって事になる
  もっとも、近距離側の性能、つまり舷側防御と舷側への貫徹力ではアイオワが勝る
  だけど、これは対敵姿勢次第で覆る事もある物だし、何度も言うけど確実性ではイマイチなんだ
  確実性を狙ったら、それこそ敵の砲弾が突っ込んでくる可能性も無視できなくなってしまう
★:つまりは、戦力としては似たようなものですね
S:一応ヴァンガードは装甲材質も進歩しているとされている
  どの程度の強化になるのかは知らないけど
  英国では充分に16インチ戦艦と対等に戦えると判断していた
☆:結構自信たっぷりだったんですねーっ
S:そうだね、まあ、欧州の条約型以降の戦艦としては最強だ
  甲板に穴のあるヴェネト
  耐久性や実用性に問題のあるリシュリュー
  広告宣伝用旧式戦艦ビスマルク
  どれもヴァンガードの相手にはならない
★:幻の日本の新型戦艦への対抗処置ですか・・・
S:戦艦と言う存在がどれほど政治的なのか、影響力があるのか
  米国のようにポコポコ戦艦造られるとイマイチ判りにくいんだが
  普通は必死の遣り繰りと様々な思惑が、その最終的なモノを決めていくんだ
  ヴァンガードには、自分よりも多分強力な戦艦への対抗を
  ありあわせの武器で何とかしなくてはいけないという辛く哀しい制約が課せられていた
  それなのに、いや、それだからこそなのか
  彼女は素晴らしい完成度で戦艦史の最後を飾って見せてくれた
  英国の、いや世界の戦艦の歴史は結局ロイヤルネイビィ抜きでは語れないという事なんだな

S:戦艦とは何なのか
  それは最強の軍艦であること
  そして、それは戦場に在ってこそ発揮できる
  戦場に在る事が難しく困難になったのが第二次大戦だった
  戦場は凄まじい速さで動き、その範囲は広くなった
  飛行機という新たな存在が洋上戦闘に介入する事でその影響は破滅的に大きくなった
  だが、それでも水上戦闘艦が必要だと言うなら
  その水上戦闘艦はどんな事が求められるのだろう
  必要以上にコストをかけてはいけない
   もう水上戦力は黄昏を越え、暗闇へと落ちていってるのだから
  速くないといけない、遠くまで走れないといけない
   より速く、より遠くは軍艦の基本だ
  新たなる戦闘のスタイルに合致した特性も必要だ
   第二次大戦で示された様々な被害の形、それへの防御は重要な課題だ

  ヴァンガードは、第二次大戦という課題に対する最終解答だったんだ

★:結局、絵も数字も使わないで押し切りましたね
S:数字はそれらしく見せるには便利な手段だ
  だけど、それを必要としない物もあって良いじゃないか
  ヴァンガードには、そんな『それらしいもの』は要らない
  カタログ数値は数値でしかない
  ヴァンガードの本質や価値は、そんなものを超越したところに有るんだ
☆:戦力としての戦艦、そこに在る事を求めた存在がヴァンガードだったんですね
  佐祐理はエクセル開くのが面倒だからだと思ってましたーっ
★:ゲームやりながら書いた割には熱心でしたよね
S:だーうー、要らない事言うんじゃないってのっ!


たいとる
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