第十六章
いんたぁみっしょん3
S:もうちょっとで終わるな
ここで、Ans.Qで噛み付かれた事柄をちょっと考察してみよう
☆:射程距離っていうか、戦闘距離の問題ですねっ
S:第二次大戦ではレーダーが出てくるので多少は違うんだが
基本的に天気が良くないと遠くまで見えない、これは判るね?
飛行機とか、他艦で目標艦の概略位置を掴む事は可能だけど
その情報だけで射撃を行うのは大変に難しい
☆:航空機の観測ってのは駄目なんですか?
S:艦から目標が見えない状況で、飛行機から目標が見えるのか?
☆:でも、偵察機とかで発見するのは良くあることですよーっ
S:間違えちゃいけないよ
その飛行機は『目標艦が見える場所』に居るから見えたんだ
軍艦のマストってのはかなり高いところにあって
40km以上離れた標的まで視線を通す事が可能だ
もし、マストから見えない状況だったら、それは観測機からも見えないんじゃないかな?
勿論、局所的な天候等の影響で変わる場合もある
煙幕やスコールの中にどちらかが入ってしまった場合や
両者の間にそういった物が存在した場合、艦からは目標を見る事は出来なくなる
だけど、観測機でも目標が雲の下等に入ってしまったら見る事は出来ない
つまり、気象条件によって、どのぐらい遠くまで見る事が出来るかは大きく変化する
☆:飛行機の支援が有っても確実に最大距離で戦闘できるとはいえないのですねっ
S:予め敵艦を何らかの手段で発見していて
そろそろ接触するかなって頃合に観測機を発進させる事が可能なら
多少視界が悪くても、長距離射撃は可能だ
例えばガダルカナル砲撃の第三戦隊だね
★:でもあれは大した射程では無さそうですが?
S:でも、第三戦隊から飛行場は直接見えるわけじゃない
「たぶんあの辺り」ってのは判っていても、それだけじゃ射撃は難しい
予め観測班や観測機を送り込む事で、見えないターゲットを射撃する事が可能になったんだ
★:つまり、最初から射撃開始時刻なり開始地点なりが判明していないと
観測機を予め出しておく事はできないですね
S:そして、それが出来なかった場合
艦のマストから敵艦を直接視認する事になるな
直接見えるなら射撃は可能だ、だけど、その時の距離は視界次第になる
☆:索敵を入念に行って、早期発見をして準備する事が大切なんですねっ
S:また視界が充分に取れる場合
観測機使わなくてもっていうか観測機よりも艦上から観測した方が射撃精度が高い場合がある
まあ、これは蛇足だな
S:さて距離の影響を考えてみよう
戦車で遠距離射撃が当たらないのは、距離が判らないからだね
戦車程度のサイズの代物を遠距離で狙うには、色々と難しい
砲弾がそこに行くかどうかを取りあえず除外して照準そのものを考えてみよう
左右の照準のズレも取りあえず除外すると
照準の許容誤差は目標の高さに依存する
★:戦車の高さは3mぐらいですね
S:もし2,000mに照準して射撃した場合
砲の性能次第だが、大体150mの距離見積もりのずれが許容できる
1,000mの距離に照準した場合は、凡そ300mだ
☆:1kmと見て、1100とか800だったてのは当たるけど
2kmとみて、2100とか1900だったってのは当たらないって事ですねーっ
S:つまり手前に落ちるとか飛び越えてしまうんだ
★:測距が正しくないと当たらないのですね
S:ちなみに、初速の速い大砲を装備している場合
700mぐらいに照準しておくと、0〜900mぐらいの対象に当たる、これを戦闘照準と言う
つまり、仰角を与えておいても戦車サイズなら飛び越えないであたってしまうんだ
☆:はえ〜、上の絵と同じ仰角、つまり距離設定ですね
S:弾道の頂点付近に相当する距離でも、弾道が低かったら目標を飛び越えないんだな
これは目標の高さが低かったり、砲弾の速度が低い場合、該当する範囲は小さくなる
S:さて、戦車の直接照準は
1,000mぐらいまで接近した場合には
それよりも遠距離で戦う場合とでは比較にならないほど命中率が高いってのが判るね
★:1,000m以内、800mぐらいで戦うなら測距は要らないですね
S:まったく要らないとは言えないけど、必要性は大きく減少する
となると、なるべくその距離で戦うほうが色々な意味で有利だね
☆:だから戦車戦ではそこで多くの交戦が行われるのですねーっ
★:1,000m程度まで接近した場合と2,000mでは精度が段違いですね
S:これに着弾までの時間や見通し距離の問題も加えれば
2,000m戦闘と1,000以内の戦闘は全然違う物になる
第二次大戦で戦闘距離が800mぐらいになった理由が良く判るね
S:軍艦の場合でもこうした戦闘照準を成立させる距離が有る
初期の駆逐艦なんかではそれを重視した武装だったね
だけど、試射をして着弾観測を行って修正するという運用方法の登場は
戦闘照準に頼らない戦闘を成立させる
陸戦で言うなら野砲の射撃だ
野砲は命中率を稼ぐために前進するかい?
★:基本的にそれはしませんね
S:遠距離でも近距離でも、野砲の射撃はそれほど極端な精度の違いを持たない
つまり言い換えるなら、距離に命中率は大して影響しないって事だ
勿論、落角から算出される許容誤差とか、砲弾の飛翔時間から来る目標の移動距離だとか
距離が離れれば測距誤差も大きくなるとかは有る
だけど、それらの問題は、戦車の戦闘照準距離と2,000m戦闘の違いとは全然異なる
★:つまり距離を縮める事で命中率が向上するという効果はそれほど大きくないのですね
S:そして、軍艦の戦闘開始距離は
基本的に撃てるようなら撃つって事だから
例えば真昼間に両軍の艦艇が接触したら、識別と照準が終わり次第発砲するだろう
これは大抵の昼間戦闘を見れば判る、ほぼ全ての戦闘で識別と照準が終わり次第発砲している
となると、気象条件次第だが、遭遇距離と大して変わらない距離で戦端は開かれる事になる
☆:遠距離射撃になりますねっ
S:ジュットランド戦とかでは霧が晴れたら目の前に敵艦が居たって悲惨なシーンもあったけどね
例えばフォークランド海戦では英軍はアウトレンジを図って遠距離射撃でドイツ艦を撃沈したし
黒海のロシア軍はドイツ巡戦をアウトレンジした
前者では英巡戦の方が高速だったのでドイツ艦は一方的に撃沈されちゃったし
後者ではドイツ艦の方が高速だったけど、射程距離に潜り込む前に命中を食らって敗退している
★:前者では逃げたくても逃げられないから突進して一方的にあしらわれ
後者では逃げる事は出来たので被弾した時点でやる気なしで逃走と
S:射程距離が違うと言う事はこういったことを招く
アウトレンジは双方のやる気とか状況次第では成立すると言う事だね
そしてもう一つは、射撃の効果の問題だ
遠距離で充分に敵に対して効果がある場合、接近を行うかな?
★:それは・・・しませんね
S:効果とは、威力と命中数で表現できる
ある程度当たっていて、そしてそれが効果的な打撃をもたらしている場合、接近する必要は余り無い
戦艦の場合、敵に対して有効な打撃を与えていると確信できるなら無理に接近する事はしない
また今までと違う運動を行うと、それまでの射撃結果が有効活用できない
つまり戦闘が始まってしまった場合、積極的な戦術運動を行うのは非常に難しい決断を迫られると言える
★:砲撃が全然当たっていない場合は?
S:スリガオ海峡の米戦艦は目標を捕らえることの出来ない戦艦もそのままだった
勿論、他の戦艦が効果的と思われる射撃をしているので
無理に運動する事で折角の罠を崩さないためだったんだが
言い換えるなら、全体の中での役割が距離の大小よりも優先されたわけだ
米軍の決戦シナリオは良く知らないけど
日本軍の場合、水雷襲撃と密接にリンクした戦術を基本構想としていたから
勝手に前進するなんて事は基本的に無い
存在を誇示する事で敵艦隊を牽制する事が戦闘初期では重視されていたので
味方の水雷襲撃が始まるまでは、砲撃が当たろうが当たるまいが、妙な運動はしなかっただろう
★:接近するとしたら水雷襲撃と同時に起こる突撃でですね
S:その場合は接近戦闘も有っただろうね
砲の威力も大きくなるし水中弾の発生率も高くなるしね
接近運動はあったとしても、それは水雷襲撃部隊と密接に協力し合った戦術運動の一環だって事だ
戦闘距離とは様々な物が密接に影響しあうので、命中率が高まるからと接近する物ではないんだ
これは殆どの海戦で証明されている
接近を図るのは、射程の短い武器を有効活用するためで
主要武器の有効射程に持ち込めたら、それから極端な接近戦闘は行わない物なんだ
艦艇の砲撃は、持続的な射撃を行うことで命中を確率的に求めていくものだ
だから命中速度という言葉が存在する
接近運動は命中速度を大幅に引き上げるものではないけど、射撃時間は大幅に奪うものなんだ
命中速度と時間の積が期待できる命中量だ
つまり接近は必要な度合いというものが存在するんだ
これらは様々な見地から研究されて生み出された想定戦闘距離として結実する
言い換えると、想定距離より接近するのは
射撃に使うべき時間を無駄に浪費するということなんだ
反対に効果の少ない距離で時間を射撃に使うのもよろしくない
接近することで得られるプラスと接近することで失うマイナス、それは何なのか
最終的に敵艦を沈黙させるまでの時間が、どの手段を使った場合に最短なのか
それが接近することで一番短くなるなら、それもありだと思う
距離がどうなるかは結局はその時の状況次第でしかない
S:さて、もう一つやってみようか
砲弾の威力と距離の問題を考えてみよう
☆:距離が離れると威力が減って、また増えるんですよねっ
S:砲の性能や特性によって異なるんだけど
まあ、こんな感じで砲弾速度は変化する
★:距離に従って速度は低下して、次に増えるんですね
S:末期に増えるのは重力によって加速するからだね
となると、貫徹力は速度に大きく依存するから
近距離と遠距離で高く、中遠距離では一番弱くなるのが判るね
S:こっちは落角だ
落角が大きくなると甲板へ、小さいと舷側への打撃力が大きくなる
S:落角だけから求めた威力はこんな感じになる
★:ある一線を超えると急速に舷側への打撃力が低下しますね
☆:甲板への打撃量の変化はそれ程急速ではないんですねっ
S:これは砲弾の速度が変化していないという前提で計算した場合だから
さっきの速度変化を加えると、こうなる
S:落角は打撃能力だけではなく、命中部位にも影響がある
★:落角に従って大きく変化しますね
S:でもって、さっきの威力とこの舷側への直撃確率を使うと
アイオワ級で考察した物を発展させる事が可能だ
S:舷側装甲は450mm、甲板装甲は120mmを基準として
それを貫ける場合のみをプロットして、それと直撃発生確率を重ねると
命中した砲弾の何割が有効になるかを求める事が可能になる
★:総合効果は、つまり舷側と甲板、どちらでもとにかく貫ける確率ですね
S:そう、貫徹力がどれだけあるかも大事な事だけど
命中した弾が目標を貫けるかどうかは、貫ける個所に当たったかどうかも大事な要素だ
このグラフでは舷側装甲は対敵姿勢込みで450、甲板を120だから条約型戦艦の下限ぐらいの性能を基準にした
☆:一番有効弾が少ないのは2万前後ですね
S:これがもっと薄い装甲相手だったら有効率の落ち込みはもっと少ないし
もっと厚い装甲相手だと、たぶん2万近辺では殆ど効果が無くなる
これは威力と直撃発生確率の2つを見ないと駄目って事なんだ
S:擬似的に高初速砲だとどんな感じになるかを出してみた
早い話甲板への打撃力が小さく、舷側への打撃が大きい砲弾だとどんな雰囲気になるかだ
★:舷側への威力を400、甲板へを150としたんですね
S:見比べてみてくれ
高速型では舷側の威力が遠距離でも大きい代わりに、甲板への威力は少ないから
効果率の落ち込みが大きくなる
S:両者を同じグラフにしてみた
高速型は見掛けの威力と違って、遠距離側で非常に貧弱なのがわかるだろう
下手すると倍以上の有効弾発生確率の違いとなって影響してくる
これは同様に
舷側装甲だけ強化した防御特性を持った艦への射撃結果としても考える事が出来る
☆:そっか、甲板は抜けるけど、舷側は抜けないって傾向の艦は
中遠距離での危険性が比較的高くなるのですねっ
S:近距離側の威力引き上げは重要なんだけど
それに拘泥すると攻撃力にも防御力にも大きな穴が生まれかねないんだ
この問題を重視していたと思われるのは日英米の大海軍だな
彼らの強化した甲板装甲は3万超の距離で有効とはいえない
だけど、このグラフを見れば判るだろう
ある程度甲板を強化しておくと
2万前後の距離で大損害を受ける確率が下手すると3倍近く変わる
これはカタログ数値だけしか見ていないのでは判りにくいと思う
威力の評価はこういった角度でも考察しておいた方が色々と面白いんだ
たいとる
第15章
第17章