第十五章
Angel Falling

アイオワ級『巡洋戦艦』




S:次は巡洋戦艦だな
★:久々に、軽量級ですね
S:まあ、軽くはないのだが、軽いよな
  えー、アイオワです

☆:結局米海軍としては最後の、そして最大で最強の戦艦ですねっ
S:だけど位置付けとしては主力戦艦のラインとはちょっと違う気もするな
  取りあえず、米海軍としてはノースカロライナ、サウスダコタと連続して新型戦艦を出したよね
  つまり高機動で強力な戦艦群の登場だ
  第一次大戦世代の戦艦から、新しい世代の戦艦に主力を置き換える事に成功したといっても良い
★:世代が異なるのは判りますが、それってどの位大きな事だったのでしょう?
S:最初の方で機動力のポイントを言ったよね
  速度が在る戦艦は戦術レベルでもそれなりに有利だし
  戦力配置とか急行範囲の大きさから戦略レベルではもっと強烈に有利になる
  世代が違うと、特にこのレベルで違ってくる
  米国の場合、新型戦艦の大量就役によって、日本軍の主力戦艦部隊とは対等以上の機動力を得る事に成功した
  それまでは日本の戦艦群が走り回った場合、低速戦艦は置き去りにされてしまう
  艦隊とは適正なレベルの密度があるから
  例え15隻もの戦艦を持っていても、そのうち半分が戦場で戦闘できるかどうかだ
  そこで、一部の艦隊が日本軍主力とぶつかったとしよう
  低速な戦艦では、そこに急行して戦術的に有利なポジションを取る前に日本艦隊は網をすり抜けてしまう可能性がある
  低速戦艦群が目にするのは黒煙を吹き上げて炎上する味方戦艦の残骸だけなんて事になる可能性だって有る
  まあ、主力戦艦が相手の場合、連中はそのまま突っ込んでくるだろうけど
  戦術レベルでは不利だよね
  最高なのは別働隊と有機的に相互支援しあって集中攻撃することだけど
  それには柔軟な運動を可能とするだけの機動力が欲しい
  米軍の新型戦艦群はそういった問題点を解決できるわけだ
  ここでアメリカ海軍は戦術機動力で日本軍に勝るレベルに漸く到達したんだな
  だけど問題点はまだ残っている
  日本軍の戦艦は24〜25ノット、米軍は日本の公称速度からもうちょっと低く見積もっていたけど
  これは20ノットの旧式戦艦と新型戦艦を組み合わせるなり、27ノット新型戦艦だけで戦うなりすれば
  機動力で優位になる筈だ
  だけど、日本には30ノットを出す金剛型が4隻も居る
  日本が金剛型と在来戦艦を組み合わせた場合、25と30のセットで
  米国は20と27のセットになる、そうまだ日本軍の方が速い、困ったもんだ
★:金剛はそれほど強力な戦艦では無いです、無視しても良いのでは?
S:無視したらどうなる?
  優勢な巡洋艦戦力を金剛に食い荒らされて
  偵察戦力の大幅減少、敵軽快部隊への対抗戦力の大幅減少になる
  結果、特型駆逐艦多数が戦艦部隊に突進してくる事になる、考えたくない最悪シナリオに繋がる
☆:では適当な戦艦を当てて無力化しましょうーっ
S:巡洋戦艦を低速戦艦で追跡できると思うか?
  適当な距離を置いて嫌がらせするに決まってるじゃないか
  日本軍としたら金剛型一隻で戦艦一隻を事実上無力化できるし
  状況次第じゃ振り切られて別方面に出現して破壊活動をするかもしれない
  そうなったら戦艦出して遊兵化だ、大損だね
★:かといって無視したら酷い事になるし・・・
  もしかして対抗不能ですか?
S:殆ど対抗不能だね
  新型戦艦をこれの迎撃というか追跡に当たらせれば
  まあ、振り切られるとしても『別方面に取って返して大暴れ』はたぶん避けられる
  でも新型戦艦を事実上無力化されるのはタマランわな
  下手に長距離追跡したら気がついたら日没と同時に水雷戦隊の待ち伏せが有ったりしかねない
☆:嫌過ぎな戦力ですねっ
S:米国は金剛に対抗できる巡洋戦艦を持っていなかったからね
  英国の場合は巡洋戦艦があるし、他の国も似たような奴を持っている
  それらを敵巡戦対抗処置として使うかどうかは兎も角
  此方にも対抗手段はあるというのは、敵巡戦の遊撃的破壊活動への抑止力になる
  米軍には金剛への対抗手段が無かったから、金剛は自由勝手に暴れ放題になる
  つまり米国は真剣に日本の巡洋戦艦を何とかしたくて仕方が無かったんだ
★:その結果生まれたのがアイオワ級なんですね
S:うん、アイオワの目標は金剛だった
  金剛を阻止する事は戦争遂行において極めて重要な意味を持っている
☆:第一次大戦時からのロートル巡戦に対して随分と過剰な反応ですーっ
S:最初の方で言ったよね、水上戦闘で確実な物なんて殆ど無いって
  金剛は強力な火力を持った恐るべき巡洋戦艦だ
  第一次大戦時の巡洋戦艦の中では最大級の火力を持っている
  金剛の火力を舐めてかかると酷い事になる
  追跡戦に多い遠距離射撃になったら36サンチは恐ろしい威力を持っている
☆:物凄く嫌な敵艦ですね
S:巡洋戦艦ってのは嫌らしいフネなんだよ
  特に実測で30を越えそうな速度と異常に分厚い甲板装甲を持った金剛は
  こういった使い方をされると始末に困る
  マジな話アイオワ級を持ち出さないと安心できない
★:つまりアイオワの過剰な戦力は金剛を安心確実に始末するための物なのですね
S:対等ぐらいの戦力では勝てる保証は無い、基本は相打ちだからね
  多少性能で勝るぐらいでは、ちょっと運が悪いと負けてしまうって事になる
  勝つにはアレぐらい圧倒的にならないと駄目だって事だね

S:アイオワは金剛が出てこないなら、または始末できた場合は
  味方戦艦と共同しての機動打撃運用が可能だ
☆:巡洋戦艦ですねっ
S:そうだね、充実した防御力と強力な火力を持った
  日本軍が八八艦隊計画で夢想したような巡洋戦艦だ
★:では、大和対抗という意味は無いのですか?
S:米軍は大和のスペックを掴んでいなかったというよね
  45,000t級で16インチ砲、30ノットって想定だったらしい
  つまりこれはアイオワで刺し違え出来るレベルだ
  そういった意味では対抗も考えていたと思うよ
  ただし、この場合は金剛に圧勝するのと違って、刺し違えだ
  日本の新型戦艦と引き換えならそれもまた悪い話ではない
★:では本物の大和とぶつかったら?
S:タイマンなら負ける、勝てる理由が無い
  勿論かなりのダメージは与えられると思うよ
  だけどサウスダコタ級の方が有効な打撃を与えるチャンスは多いし
  大和は任務の性格上遊撃運用ではなくて戦艦部隊中核だから
  アイオワがそれに対抗するには、自らの利点である機動力を半ば封じて戦艦部隊の隊列に入るか
  別個の遊撃部隊として、比較的弱体な戦力単位で日本軍主力に特攻するとかしかない
  どっちもアイオワの性能から見たら勿体無い使い方だね
  他の手段としてはサウスダコタ級を中心とした部隊が日本軍主力と殴り合っているときに
  金剛型を排除して突進して、味方戦艦と共に大和を射撃するとかだな
  一対一のシチュエイションはまず無いし、戦艦ってのはそういった使い方をする存在ではないんだ
  アイオワがタイマンする可能性が有るのは金剛だし、それには勝てる
  そしてそれ以外では物凄く使い勝手の良い補助戦力、つまり巡洋戦艦として成立していると思う

S:さーて、では恒例のアイオワ級の戦闘能力を考えてみよう
  まずアイオワの特徴は最新型の50口径16インチ砲の採用だ
  当然だけど弾はSHSだ、重たい砲弾を長砲身でそれなりの速度で発射する
★:いいところを全部取ったような大砲ですね
S:そうだね、高初速という程ではないけど
  あの無茶苦茶重たい砲弾をかなりの速度で射出する
  威力は物凄く大きい
  大和が重量・速度を並にすることで得た性能に近いものを16インチという口径で達成している
  勿論、長い砲弾は弾道性能とかに不安を感じるけど、実用上の問題は無かったと思う
★:大丈夫なのですか?
S:伝えられる散布界は多少広いかなって程度で問題を感じるレベルではない
  SHSでの問題は同一距離での飛翔時間が長く
  つまり射撃するときに未来位置の予測が一層困難になる事だけど
  50口径である事から初速も比較的大きく、つまり問題は軽減されている
☆:16インチとしては最強の艦砲ですねっ
S:イエスじゃ無いな
★:何か不味いのですか?
S:45口径SHSの威力を見て考えて欲しい
  あいつが光っていたのは何の性能だったかな?
☆:実用戦闘距離における甲板打撃能力ですねっ
S:50口径は初速が大きくなり、同一距離では弾道が低く対甲板威力は低下している
  勿論全域で対舷側打撃能力は向上しているけど
  舷側打撃は姿勢の問題とかも影響するので確実を狙えるものではないし
  初速が45口径より大きくなったとは言っても並レベルだから
  当然20kmぐらいでは大半が甲板側に砲弾は行ってしまう
☆:そしてその威力は45口径SHSよりも劣るのですね
S:20kmでの対舷側貫徹能力は強烈で、殆どの戦艦に対して有効だけど
  そもそも其処に砲弾が行かないのでは困る
  勿論、もっと接近すれば良いのだけど
  そうなったら45口径SHSでも必要な打撃力は有る
★:威力と、そこに行く可能性ですか・・・
S:絶対的な威力は重要だよ
  だけど確率論兵器である艦砲は全て
  どの程度の確率で打撃になるのかを考えないと

S:てなワケでこれ

  


★:これは両方ともSHSの数値ですね
S:甲板への威力を見て欲しい
  最新鋭戦艦を貫くには150mm級の貫徹力が必須だ
★:45口径の方がより短い距離で達成可能ですね
  45口径は23km、50口径だと25kmぐらいです
S:双方とも舷側への威力は絶大で
  大抵の最新鋭戦艦の舷側を450mm級として
  貫徹するには、45口径で19km、50口径で23kmぐらい
☆:最新鋭戦艦と交戦すると
  45口径は19〜23km
  50口径は23〜25kmが通用しない距離ですねっ
S:双方とも、最新鋭戦艦に対して通用しない距離の広さは大して変わらない

  

★:45口径が新型戦艦の舷側を貫く距離で舷側直撃率は40%ぐらいですね
  50口径が貫徹を期待できる条件も同様でしょうか
S:見やすくするためにこんな物を作ってみた

  


S:それぞれが新型戦艦を貫徹出来る条件以下を消去してみた
  何と23km近辺だと45口径は50口径の倍近い有効弾を出す
  この距離は日本軍の想定距離付近で、甲板15cmとは改装した日本戦艦に対応した威力でもある
  日本戦艦の場合舷側装甲が薄いから、この距離でもたぶん舷側は抜ける
  だけど50口径SHSは40%しか舷側に行かず、6割は日本戦艦に食い止められる
  45口径SHSはたぶん舷側でも甲板でもぶち抜く
  つまり、有効率は2:5で2.5倍になる
★:長門の甲板ですと45口径SHSでも抜けませんね
S:そうだね、その場合は舷側相手になるから
  45口径で35%
  50口径は40%で、多少は50口径有利
  これが27km近辺なら45口径SHSはまだ舷側へ通用しつつ甲板にも威力を発揮する
  45口径は100%
  50口径は35%、3倍の開きが生まれる
★:つまり甲板防御に注力した新型戦艦や改装戦艦に対しては
  45口径SHSの方が有力な武器なのですね
S:もっと遠距離なら50口径も甲板をボスボス抜けると思うよ
  だけど30km以上で当てるのは困難だろうし、敵艦の甲板打撃力も無視できない
  例えば日本軍の36cm砲弾だって15cm級の貫徹力を出す
  まあ、すげえ落角で落ちてくるからなんだが
  KGVの項で見せたように45口径の14インチってのは意外と侮れない
  50口径SHSは20〜30kmという戦艦の一般的な想定交戦距離で
  兵器としての実効性が45口径よりも劣る、もっと接近して殴りあうなら別だけど
  そうなると45口径SHSでも強烈な威力を持っているから目立った優位は無い

S:アイオワの火力ばかりに評価が向いてしまったね
  彼女は強烈で強力で物凄い威力を持っている
  だけど、実効戦力としてみた場合、その有効性は多少歪だったんだ
  だけど、それだからと言って、彼女を不当に『駄目』とは言えない
★:45口径SHSなんてバケモノと比較するから問題があるように感じるのですよね
S:そうだね、普通の艦砲としてみた場合、その威力は無茶苦茶に大きい
  20km内外で敵艦の舷側を貫く事を狙う限り最高の武器だ
☆:もっと接近することは無いのですか?
S:その場合火力の優位を生かせない
  アイオワの防御は基本的にサウスダコタと同レベルなんだ
  つまり接近したら舷側を貫徹される
  自分は抜かれないけど相手を貫徹出来るという条件は意外と遠距離になる
  20kmだとヴェネトに抜かれるだろう
  この距離だとヴェネトは50%以上の確率で舷側に直撃させるから、被弾の半分は貫徹に繋がる
  アイオワの50口径だとヴェネトの甲板には多分均衡ぐらいで貫徹は出来ない
  舷側は貫徹する、確率は45%ぐらい、10:9でヴェネト有利
★:ヴェネトって凄まじいですね
S:両者の砲弾重量とか間接防御とか砲塔防御とかを加味するとアイオワが有利だと思うけど
  ヴェネトと交戦するなら45口径SHSを持ち出したほうが有効弾発生確率で勝る
★:もっと接近したらどっちにしても命中弾の大半は何処かを貫くんで、どれも大差無しです
S:いいかい、戦艦なんて10〜15kmで殴り合ったら
  よっぽど攻防性能で優位に立っていない限り、単なるチキンゲームになるんだ
  最終局面はそこで止めを刺すにしても
  その準備段階である25km近辺で被弾=大損害では、接近戦で敗北する事が決定だ
★:30〜20kmでお互いの状況等を確認した上で、戦術等を選択するのですね
S:そうだね、この領域で優位を確保出来た側が
  以降の戦闘を有利に持って行けるとも言える
  だからその段階での戦闘能力とか特性は重要になってくるんだ

☆:でも、アイオワは一応米国では最強戦艦の一つなのですよね?
S:そうだね、最強艦の一つだろう
☆:やっぱり全然大和には勝てないんですか?

  

S:このグラフは大和とアイオワの火力を見たものだ
  真中の黒い太線が大和の防御能力
  アイオワの防御性能以下は切り捨てた
  それぞれが、自己の火力と敵艦の火力に対して、どの程度の距離で耐えられるかを見てみれば判るね
☆:えっと、大和は甲板26km、舷側27kmでアイオワを貫きます
★:恐らく25km近辺以外では何処かに致命傷を受けるでしょうね
☆:アイオワは大和の舷側に対して17km、甲板に対して32kmが必要ですね
★:想定交戦範囲では有効な打撃を与えられません
  近距離側はもっと短くなる事が多々有るので、他の戦艦よりマシとは言え対抗するのは困難です
S:アイオワでも大和に致命傷を与える事は可能だよ
  ただ、それが可能な条件がかなり厳しいって事だ
  勿論、だからといってアイオワの価値が下がる事は無い
  アイオワの最大の利点は、極めて高速な巡洋戦艦だって所にあるんだ
  そしてその特性が米海軍に与えた効果や利益は、大和が日本海軍に与えた物よりずっと重要だったんだ

S:さて、アイオワの特徴はなんと言ってもその速度だ
  軽荷状態で過負荷全力すると35ノット
  常識的な状況で31ノットが可能な速度、これは無茶苦茶に高速だ
  これに匹敵するほど高速な戦艦は巡洋戦艦の連中ぐらいだし、しかもアイオワより遅い
  米軍はアイオワの登場から、水上打撃部隊の速度を27と30超の構成にする方向に向かったといえる
☆:往時の八八艦隊が26と30でしたから、それの再来ですねっ
S:そうだね、攻防の充実した強力な戦艦群と、それと対になる巡洋戦艦のセットだ
  アイオワはその為に無茶苦茶にハイパワーな機関を搭載している
  いくら米国でも並みの戦艦の倍近い出力の機関はかなりでかい、結果船体は巨大になる
  速度を発揮させるためには船体は細長い方が良いので細長い船体になった
  これは防御上いろいろと問題を持っているし、安定性とか強度にも不安が生じている
  色んな意味で完成度の高かったサウスダコタ級と比較すると、無茶が大きいともいえるな
★:やはり超絶巡洋戦艦というのは困難だったのですね
S:だけど、それをあのレベルで纏め上げた事は素晴らしいと思うぞ
  個々のレベルで言うなら他国でも達成は可能というか、もっと凄いのが出来る
  だけど、軍艦とは一つの完成されたパッケージだ
  纏め上げる総合力はさすがアメリカだと感心させられるよね
  そして、その困難な仕事を成功させた原動力は
  軽量コンパクトな機関技術と、金剛への恐怖だったんだ
☆:漠然とした目標を掲げてふやけた艦になってしまう危険性を回避できたのは
  つまり、明確な目標が有ったからなのですねっ
S:そして、それは金剛という巡洋戦艦が物凄く完成度の高い優秀な巡洋戦艦だったのが大きい
★:金剛とその凶悪な姉妹たち・・・
S:色んな意味で金剛型ってのは強烈なバケモノだったんだ
  そして、その凶悪性は圧倒的な機動力に支えられていたんだ
  アイオワはそれを数段強力かつ凶悪にした物で、当然、その意義は絶大な物があるんだ


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