第五章
why

シャルンホルスト




S:さてさて、次は駄目軍艦だ
★:シャルンホルストですね
S:ある意味、ダンケルクのカウンターパートだな
☆:ポケット戦艦の登場が過剰反応としてダンケルク級の登場に繋がって
  その対抗としてシャルンホルストが登場するんですねっ
★:ドイツとしてはポケ戦でダンケルクを作らせたところまでは大成功ですが
  その対応としてシャルを作ったのは、結果として間抜けですね
☆:使い道が無いですよねーっ
★:ダンケルクに対抗する能力も無いですよね
S:そうやって虐めるなよ
  まず、シャルンホルストが駄目な軍艦になった理由は徹頭徹尾『主砲』だ
☆:28サンチとしては物凄く優秀ですねーっ
S:そう、でも所詮は28サンチだ、ダンケルクの33サンチには勝てない
★:5cmの違いは大きいですね
S:両者とも、高初速で発射する事で射程を思い切り延ばしたタイプだ
  このタイプの大砲の問題点は何だっけ?
☆:多用されるっていうか重視すべき中距離での威力が低くなりますーっ
S:しかも、軽量砲弾は射程末期での重力加速も弱い
  つまり、近距離以外ではあまり威力が無い、射程の大きさ以外ではあまり魅力が無い
  少なくとも装甲の固まりである戦艦を叩く武器としてはちょっと弱い部分がある
★:つまり、ダンケルクも同様の問題を抱えているのですね
S:そうだね、同じ問題を持っている
  だけど、口径が大きい、つまり砲弾のサイズが大きいから、28サンチよりは問題が小さい
  中距離での威力は、例えば日本が使う14インチと比べてもそんなに見劣りしない
  優劣を論じるには多少辛いとはいえるんだが、数値的には優秀だ
  つまり条件次第では超弩級戦艦とでも戦闘することは充分に可能だね
  だけど28サンチになるとどうにもならない、よほど接近しないと戦艦級には・・・
★:では、グラフにしてみましょう
  まずは舷側装甲への打撃力です

  

☆:フランスの33cmは舷側への威力で36cmを上回るんですねっ
S:一般の戦艦の舷側装甲が30cm以上有ることを考えると
  日仏の主砲は2万以内なら戦艦級と殴り合えるのが判るね
★:28では1万近くに持ち込む必要が有り
  戦艦の利点である遠距離射撃を放棄することが要求されます
S:もし接近して砲戦するなら9門も搭載する必要は無い、6門とかで充分だ
  艦を小さくして多数建造した方が良いし、若しくは防御にリソースを回してもいいね
  ドイッチュラント級の速度を引き上げて、防御を改善して2万t艦にした方がたぶん美味しい
★:次に甲板への打撃です

  

☆:36サンチが圧勝コースを走ってますーっ
S:これが大口径の威力だ
  この時期の戦艦の甲板装甲は75〜150mm
  36サンチ砲だと2万mを越えた甲板へ命中する距離で、その威力が無茶苦茶に大きい
  距離を上手く選べば殆どの戦艦に対して有効な打撃を与えられる
  ダンケルクやシャルでは例えば日本の金剛型と戦闘をしたら遠距離じゃ勝ち目が無い
  何しろ改装した後の金剛は150mm級の甲板装甲を持っている
★:撃ちぬけませんね・・・
S:ドイツのもフランスのも4万mもの射程を持っているから最大射程近辺なら貫徹すると思うよ
  でもそんな距離は砲の性能以外の影響が大きくて有効な射撃は難しい
  射撃システムと砲性能の両者の妥協点が3万ちょいって射程なんだな
☆:そして、その条件では口径の小さい大砲は威力が全然足りませんーっ
S:33cmだったら砲弾がそれなりに大きいから多少は期待できるけどね
★:シャルンホルストの砲では通用しませんね
S:当初の予定通り38サンチを積んでいれば、こうした問題は全て解決し、強力な巡洋戦艦となっただろう
  だけど主砲を小さくした事は
  戦闘距離が遠くなっていった第一次大戦以降の状況としては問題が大きかったんだな
☆:元々中近距離で戦闘が多発する状況だったら、接近して貫徹出来る距離にもぐりこむのも容易ですねーっ
S:そうだね、でも3万で殴り合いが始まって、1万まで突っ込むのは大変だ
  敵の火力がこちらに通用するのに、自分のだけ通用しないって状況では尚更だ
  つまりシャルンホルストは、ダンケルクにもその他の戦艦にも、全然勝ち目が無い
★:ふと思ったのですが、ダンケルクでも辛いのではないでしょうか
S:そうだね、ダンケルクの大砲で戦艦を確実に貫くには近距離側の方が良いな
★:距離別落角から算出した舷側装甲への命中確率です

  

☆:28サンチが急速に落角が増加していますねーっ
S:軽量だから飛行時間が延びると速度を失いやすいんだな
★:だったら甲板への打撃量も増えて良いのではないでしょうか?
S:甲板への打撃力は落角、速度、弾丸重量の3つで決まる
  速度を失った軽量砲弾は落角以外が弱いので威力があまり出ない
☆:あららーっ(^^;;
S:見てのとおり、フランス艦の大砲は
  2万ぐらいで舷側への打撃を期待できる威力と、舷側への命中を期待できる落角を持っている
★:接近戦では舷側へ行く確率が高いんですよね
  低伸弾道で近距離側の総合威力が大変に優れていると言えます
S:うん、バランスが良くて優秀だと言えるね
  遠距離側では多少辛いけど、まったくどうしようもないって程ではない
  二線級戦艦として考えた場合、中々大した物だ
★:そして、シャルンホルストはそれに対抗する術がありません
  速度同等、防御同等、火力惨敗、こうゆうのを失敗作と言います
☆:技術的には良いのですけどねーっ
★:結局、軍艦としてまとめる能力が根底から無かったんですよ
☆:バカチン軍艦ですねーっ
★:こうゆう頓珍漢な勘違いをした軍艦って19世紀の牧歌的な時代だけだと思っていました
☆:あははーっ、油断できませんねーっ
★:ええ、まったくです
S:君達・・・38サンチを載せられなかったって所も考えて上げようよ・・・
☆:佐祐理が思うにですねっ
  ポケット戦艦の拡大強化版で充分だったんですよ、例え38サンチを載せても
★:連装2基とかですね
S:でも4門だと遠距離側の戦闘能力に不安が出るでしょ
  せっかく大きい大砲になったんだ、そっちも充実させたいよね
  そして、充分な防御を持って、十分な速度を持つと?
☆:シャルンホルストに38サンチ連装3基を載せた形になりますねーっ
S:そゆことなんだ、本来有るべきスタイルになれなかった事が、不幸の始まりだったのさ
  ドイツはこの艦の仕様を決めるのに散々苦労している上に
  どんどんと艦型が増大してしまって、こんなふやけたフネになっちゃったんだな
  そういう意味ではドイツの軍艦開発能力が恐ろしく低レベルであったって事だ
  これらは一度海軍が無くなった事や、建造枠が小さくて欲張った要求が入り込むことも影響している
☆:そういう意味では、次の軍艦への反省として見ればよいのですねーっ
S:うん、いきなり完成度の高い軍艦を建造するのは難しいって事だね
★:ふと思ったのですが、ダンケルクはそれなりに良い線を行ったんですよね?
S:ああ、立派な物だと思う
★:これはやはり、ちゃんと研究が続いていたという事でしょうか?
S:そうだね、技術的な部分や運用思想の面では入念な研究が有ったんだと思うよ
  こけおどしであるポケ戦への過剰反応という間抜けぶりはあるけど
  これはシャルが38サンチを搭載できなかったように、主として政治の問題が有る
  与えられた条件の中で最善の回答をフランス海軍は行い
  そしてドイツ海軍は行えなかった、つまりはそう言う事なんだな
★:そして、それは両国の蓄積度の違いだったんですね

S:さて、批判するのも可哀相なんで、肯定的な見方をしてみよう
  まずはなんと言っても耐久力だ
  シャルンホルスト級は第一次大戦時の未成巡洋戦艦であるマッケンゼン級をベースにしているといわれる
  マッケンゼン想像図
S:完成想像図はこんな感じ
  マッケンゼンは36サンチ砲を積んだ中々大した巡戦で
  完成していたら、間違いなく第一次大戦では最強級の艦になっただろう
☆:じゃあ、それをベースにしたんですから、凄い構造になるんですよねっ?
S:マッケンゼンが凄いのは36サンチを積んで防御が充実していたからだ
  つまり、28サンチしか積んでいない誰かさんとは違う
  ついでに言うとマッケンゼンの基本的な防御構造は
  その前に建造されたデアフリンガー級と変わらない
★:デアフリンガー級と言うとドイツで最も活躍した巡戦の一つですね
S:でもって、結構簡単に火力失ったよな
  そいや撃沈された奴も居る
  でだ、デアフリンガー級はその前の巡戦ザイドリッツと大差無い
☆:ドッガーバンクやジュットランドでボコられた艦ですねっ
  中々沈まない堅艦だったようですがーっ
S:うん、タフな良いフネだったね
  で、ザイドリッツの構造はだ
★:もしかして・・・・その前のモルトケ級と大差なかったりして
S:なんで、判った・・・?
★:多分、そのモルトケも、その前と似たような物で・・・
☆:基本は変化してないんですねっ
S:まあ、言い換えるなら
  シャルンホルストの基本的な構造は25年前の第一次大戦前の艦と大差無いんだ
  つまり、日露戦争での事例にしか対応していない構造だね
  これに装甲の厚さと範囲を拡大して魚雷防御を強化して
  徐々に進化というか強化をして行ったのがドイツ巡戦だった
★:対抗とも言える英国巡戦は違ったのですか?
S:基本的に完成の域に達した多重構造で
  空間と装甲をより贅沢に用いる方向で進んでいったのがドイツ巡戦なんだけど
  それは重量と空間の効率の関係で苦しい部分がある
  だから英国巡戦ではクラスというかファミリー毎に色々工夫している

S:ドイツ巡戦の基本構造は第一次大戦でも有効性を証明した
  中近距離で戦闘する場合、ああいった構造は強靭な耐久性を示す
  ドイツの巡戦はそれを最大限に活用したよね
  10発以上の主砲弾を喰らいながらも自力で帰還してるんだから大した物だ
★:では、それを踏襲したシャルンホルスト級も有効なのですね
S:ちょっと待って欲しい
  第一次大戦でドイツ巡戦が帰還できたのは何故だと思う?
  ほぼ全艦が火力を完全喪失して、這うような速度しか出なかった状況で
  どうして帰って来れたんだ?
☆:追撃が無かったからですねっ
S:そう、そしてそれは、他の味方が英艦隊を追い払ってくれたからだ
  もし、誰も助けてくれなかったら?
  独巡戦は全部沈んでいただろう
  この場合、生存環境を自力で獲得する能力が求められるな
  第一次大戦時の独巡戦はライバルの英国巡戦より攻防性能で勝っており
  つまり、自力で敵艦のかなりを排除した、だから味方の救援が間に合ったとも言える
☆:そっか、第二次大戦時のドイツには助けてくれる味方も居ないし
  敵艦は第一次大戦時の英巡戦よりもずっとタフで強力になっていて
  そして、シャルンホルスト級は第一次大戦型巡戦と大差無い攻防性能しかないんですねっ
S:だから、ドイツ艦のこの方針は
  第二次大戦時のドイツの状況下では
  第一次大戦で見られたような有効性を発揮できないんだ
  誰も助けしてくれない場合は?
★:自力で食い破るしかないですね
S:そして、その手段は、最終的には火力なんだ


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