1936年発布

赤軍臨時野外教令


第六章
  1. 遭遇戦
    1. 第140
      遭遇戦は直接行軍より我に向かって攻撃し来る敵に対して生起するのみならず、最も各種各様の状況に於いて発生す
      各種捜索機関は、適時敵の行動及び兵力を偵知せざるべからず
    2. 第141
      遭遇戦の特色は、行軍部署より迅速に展開し、随時随所に敵に対し迅速なる攻撃を加うるに在り
      展開、射撃開始及び攻撃前進発起の時期に関し敵の機先を制することは遭遇戦指導の要訣なり
      此れ故に、各級指揮官は大胆且つ勇敢にして、積極的態勢を占め、断乎たる行動を以って、敵をして我に追随するの止む無きに至らしむるを要す
    3. 第142
      遭遇戦生起に当り、状況の判明を期待することは不可能なり。捜索の結果は的確なる能わず、而も敵の運動に伴い情報価値の喪失も亦迅速なり
      敵情不明は遭遇戦の常態なり
      状況の判明を待って遅疑逡巡するものは、却って敵に捜索の利便を与え、先制の利を喪失するものなり
      遭遇戦に於ける主攻方向は、往々敵を圧倒し得べき地形上の便益のみに基づき採用せらるることあり
      遭遇戦に於ける機動の根本目的は、敵の縦隊を分離し、断乎たる行動を以って同時に同一目標に諸兵種の戦力を集中し、以って敵を各個に撃破するに在り
    4. 第143
      遭遇戦は各種戦闘資材の協調に依り、敵を包囲且つ殲滅する如く指導せられざるべからず
      之が為、左の如く攻撃を指導するを要す
      1. 飛行隊を以って敵の行軍縦隊を攻撃す
      2. 機械化及び騎兵兵団を以って、敵行軍縦隊の側面及び背面を攻撃す
      3. 一般兵団は迅速なる展開と戦闘加入とに依り、敵の側面及び背面を攻撃す
      広正面の行軍部署を以って前進中の一般兵団指揮官は、敵情捜索に依りて得たる情報、敵の前進路の重要性の比較、主攻撃指向の為の地形の便否を顧慮し、敵の各縦隊撃破の為順位を決定し、重点方向に対し主力各縦隊の攻撃を集中すると共に、一部を以って他の方面の敵を拘束し、飛行隊を以って其の前進を妨害す
    5. 第144
      敵の遭遇戦加入前、行軍中に於いて之を混乱に陥るることは極めて肝要なり
      飛行隊は先ず以って此の目的の為使用せらる
      敵行軍縦隊に対する空中攻撃は各個撃破を可能ならしむべき第一歩なり
      此の際襲撃飛行隊の機関銃、爆弾及び毒物を以ってする地上襲撃と、軽爆飛行隊の爆撃及び毒物雨下とは最も大なる効果を挙げ得るものとす
      飛行隊は、敵の人馬、砲兵、砲兵廠(段列)及び輜重を反復攻撃して、敵の戦闘力を破摧し後方補給作業を破壊すると共に敵砲兵を撲滅す
    6. 第145
      敵と遭遇を予期して行軍を部署することは極めて重大なる価値を有す。即ち行軍部署は一定の作戦的構想に基づき決定せらるるを要す。但し新たなる情報に基づき、所要に応じ部署の変更を行い得る如く、行軍部署に柔軟性を付与することも亦肝要なり
    7. 第146
      機械化兵団は、高級指揮官の第一に撃滅を企図する敵縦隊の主力に対し打撃を加うる如く使用せらる。戦闘加入に決する迄、機械化旅団は常に迅速に前方に進出し得る準備を整えつつ、独立する諸道路又は縦隊路に依り前進す
      戦闘加入に当りては、機械化旅団は偵察飛行隊又は誘導機の誘導の下に迅速に前方に進出し、戦闘飛行隊と協同して敵歩兵(騎兵)の主力、及び砲兵を襲撃す
      遭遇戦は機械化部隊、特に其の要員に対し大なる緊張(一昼夜80乃至100粁の行動)を要求す
    8. 第147
      騎兵兵団は主攻撃を加うべき敵縦隊若しくは敵集団の側面及び背面を攻撃す
      騎兵は有力なる歩兵部隊の正面に衝突し、若しくは機械化部隊の攻撃を受くる虞ある正面を避くるを要す。敵の開放翼、並びに機動の自由と行動の迅速とを許す方向は、騎兵の為最も有利なる方向なりとす
      騎兵に対しては、其の行動を拘束せざる為戦闘地境を与うること無く、通常単に一般的行動方向を示すに止むるものとす
      敵機械化部隊との戦闘に当りては、騎兵は断乎たる行動に依り先ず以って敵の輸送機関を捕捉すること肝要なり
    9. 第148
      狙撃師団は一道路に沿いて前進中、遭遇戦加入の為其の主力を展開し得る最大の兵団なり
      然れども、之に適する道路あるときは、狙撃師団は二または三縦隊を以って前進するを要す。蓋し数縦隊を以ってする前進は、展開及び主攻方面に対する兵力の集結を迅速ならしむるの利あるを以ってなり
      機動部隊は之を包囲翼に使用するを有利とす
      師団のため、もし一本の道路を有するに過ぎざるときは、戦車は縦隊路を前進す。もし縦隊路の発見も亦不可能なる時は、前兵支隊と前衛、又は前衛と本隊との梯隊間隔を躍進的に前進す
      一縦隊を以って前進する諸兵種は、悉く当該縦隊指揮官の指揮に入るものとす
    10. 第149
      砲兵主力は各縦隊の任務並びに地形の状態を顧慮し、最も有利に之を使用し得る方面に任りて前進す。砲兵の展開及び戦闘加入は最も迅速ならざるべからず、従って砲兵は各縦隊の先頭に近く位置しあるを要す。 前衛に対しては、速やかに其の針路を開拓し、行軍中の敵の縦隊を破摧し、敵の展開を妨害し、友軍主力の戦闘加入を支援し得る如く、有力なる砲兵(長射程砲を含む)を配属す。状況に応じ、縦隊全砲兵の半部までを前衛に配属することを得、尖兵には連隊砲を配属す
      軍団砲兵及び総司令官用予備砲兵は、主として重点方面の師団に配属せらる。軍団砲兵指揮官の指揮下に残りたる大威力砲兵は、独立縦隊となりて前進す
      前衛指揮官の命令により歩砲兵指揮官は、行軍間既に相互の間に連絡の処置を講ずるものとし、砲兵部隊の連絡班は戦闘加入後支援を予定せらるる歩兵部隊と共に前進す
      主力砲兵は展開に当り、歩兵を超越して前進す。此の際、任務を受領せる砲兵中隊は、直ちに支援すべき歩兵大(中)隊に対し連絡班を派遣す
    11. 第150
      遭遇戦を予期する場合に在りては、縦隊内技術部隊の主力は之を前衛の編組に入るるを要す
      総軍船に於ける技術部隊の任務は、縦隊の前進を容易ならしめ(障害の除去、道路の修理、縦隊路の設定)必要に際しては防御陣地の編成及び障害物の設置に任ずるにあり
    12. 第151
      敵、若し長射程砲の射撃を開始し、道路に依る縦隊の前進を妨害するに至らば、縦隊指揮官は縦隊を疎開し、遮蔽路に沿い大隊毎の縦隊を以って前進せしむ
      遮蔽近接路あるときは大隊以下に部隊を分散すること無し
    13. 第152
      遭遇戦を予期する場合に於ける縦隊の運動は、為し得る限り敵に対して遮蔽せざるべからず
      現代の発煙資材は敵の空中視察に対し各縦隊の行動を秘匿する為、広範なる煙機動を行い、若しくは事実縦隊無き方面に縦隊の前進を装いて敵を偽騙することを得るに至れり
    14. 第153
      遭遇戦を予期する前進に当りては、常に敵飛行隊並びに自動車化機械化部隊の襲撃を予期せざるべからず
      対空、対化学、及び対戦車防禦資材は、縦隊内に在りて常に警報の受理及び行動を準備しあらざるべからず。又、対戦車砲は縦隊の全長径に亙り配置せられあるを要す
      敵戦車の襲撃に当りては、至短時間に其の脅威を排除して行動の自由を獲得する為、縦隊内全砲兵及び戦車を以って之を撃退すべし
      敵飛行機及び戦車の襲撃を受くるも、縦隊は之が為一地に拘束せらるることあるべからず。あらゆる手段を尽して速かに前進し、戦闘に加入する如く努むるを要す
    15. 第154
      敵の前進方向及び各縦隊の編組に関しては、地上空中より積極的に捜索を行い、適時之に関する情報を獲得する如く努めざるべからず
      空中捜索は遭遇戦に於ける捜索の最も重要なる一手段なり。部隊飛行隊の一部は之を師団長の指揮に属するを有利とす。若し之を不可能とするときは、軍団司令部は空中捜索に関する師団の要求に応じ、若しくは之を考慮するの義務あるものとす
      師団捜索大隊は、行軍開始前、既に付与せられあるべき任務に基づきて地上捜索を行い、敵の所在並びに其の前進方向を偵知し、各縦隊の編組並びに某地線通過時刻を明らかにするを要す
      報告の送達を迅速ならしむることは特に重要なり。此れ故に捜索機関は速度大なる連絡機関(無線、自動自転車、自動車)を有せざるべからず。捜索大隊の後方には中間連絡点及び情報収集所(自動車、自動自転車及び無線機を属す)を前進せしむることあり。永久電線を有するときは、中間連絡点は之を利用し、電話に依り到着せる報告を伝達す。 此の際、敵の窃聴手段を防止すること肝要なり
      部隊騎兵は斥候を以って縦隊の前進地域並びに開放翼に於ける近距離捜索を行う。此の際、斥候は敵の捜索及び警戒網を濾過して敵縦隊に触接するを要す
      各縦隊指揮官は上級兵団の派遣する捜索部隊とは別個に夫々其の捜索隊を派遣す
      特科兵の捜索機関は、尖兵又は師団捜索大隊と共に前進す
    16. 第155
      敵に先んじて有利なる地線を占領し、戦術上の要点を奪取することは特に重大なる意義あり。敵に対し常に有利なる地線を確保することに依り、敵をして地形上不利なる態勢に陥らしむること肝要にして、特に砲兵の為有利なる観測所を獲得することに努むるを要す。本件は師団捜索大隊、若しくは特に派遣せらるる諸兵連合の先遣支隊の任とす
      一度有利なる地線を占領せば、手段を尽して前衛の到着まで之を確保せざるべからず。敵若し我に先んじて有利なる地線を占領せるときは、前方に派遣せられたる諸隊は前衛の到着を待つことなく独力を以って之を攻撃し、該地線より敵を駆逐す
    17. 第156
      前衛は独力を以って勇敢に行動し、敵主力の展開に先だち敵の前衛及び先遣支隊を撃滅することに努めざるべからず
      之が為、前衛には戦車を配属す
      敵の前衛にして若し展開し得ざるときは、速かに其の行軍縦隊を襲撃せざるべからず。之が為、前衛は既に展開を完了せる砲兵の支援の下に、外翼より戦車及び歩兵部隊を投じて敵の側面及び背面を襲撃せしむ
      前衛を撃破せば、高級指揮官は主力を挙げて敵の主力縦隊を攻撃す。状況に依り前衛撃破後、往々当該敵縦隊の主力を避けて、暴露せる隣接縦隊の側面を攻撃するを可とすることあり
      前衛は其の戦闘に依り速かに敵を殲滅し得る如く、縦隊主力を有利なる態勢に展開せしめざるべからず
      航空部隊は、機関銃、爆弾及び毒物を以って、先ず敵砲兵を襲撃し、其の砲側人馬をして戦列外に立つの已む無きに至らしむるを要す
      敵若し遭遇戦に於いて防禦に転移せば、前衛は行軍部署より直ちに敵警戒部隊を攻撃して之を撃滅し、次いで敵陣地帯の前縁を偵察す
    18. 第157
      前衛砲兵は最初の配置の便否を問うこと無く、且つ砲兵捜索の成果を待たずして、速かに陣地に進入し、臨時観測所を設定して直ちに射撃を開始し、我が歩兵及び戦車の行動を妨害する敵を制圧す。長射程砲は敵の近接を妨害し、其の展開行動を擾乱する為、空中観測に依り敵の行軍縦隊及び砲兵を射撃す
      砲兵大隊は射撃開始命令受領後10分を経過せば各中隊の射撃を開始せざるべからず。砲兵指揮官組織整理の為の手段は戦闘開始と共に速かに着手せらるべきものとす
      戦車は砲兵火力の掩護の下に敵の警戒部隊を突破して前衛の側面及び背面を襲撃す
      歩兵は速かに重火器(重機関銃、大隊砲)を第一線に推進して射撃を開始す。大隊は隠蔽地に沿いて敵に近接し、敵の不意に乗じて展開し、砲兵及び機関銃火力の支援の下に攻撃に前進し、敵の翼を包囲且つ迂回せざるべからず
      敵の前衛は敵主力の到着までに之を撃滅せざるべからず
    19. 第158
      高級指揮官若し敵が戦闘前進(接敵)部署を以って前進中なることを発見せば、敵の配置最も濃密なる部分を包囲攻撃する如く決心し、隠密且つ好機に投じて其の打撃部隊を敵の側面に指向し、隠蔽地を利用して之を攻撃発起位置に誘導す
      此の際、攻撃目標たる敵集団の正面に対しては前衛を指向し、之を該方面に拘束するを要す
      機械化又は戦車部隊並びに騎兵は、之を側面に指向す
    20. 第159
      遭遇戦は状況の変化迅速にして而も其の変転極り無きを以って、高級指揮官の指揮組織も亦往々にして破壊せらるることあり。此れ故に各縦隊の指揮官は最大限度に独断能力を発揮して、或いは勇敢に隣接部隊と戦闘中の敵の側面に進出し、或いは大胆に敵縦隊の間隙に楔入して一方に備えつつ他の縦隊の側面及び背面を攻撃す。遭遇戦に於ける各指揮官は、無条件に敵の兵器資材を完全に包囲して之を鹵獲することに努めざるべからず
    21. 第160
      敵兵退却を開始せば速かに断乎たる追撃を開始す。此の際、敵の退路を遮断して完全に之を殲滅する目的を以って、敵の退却縦隊に対し併行追撃を行うを要す。戦車及び機械化部隊は全力を挙げて急進して速かに敵の退路上に進出し、航空部隊は退却する敵の縦隊を攻撃して完全に之を混乱に陥れざるべからず
      技術部隊は追撃に当りては各部隊に分属せらる
    22. 第161
      遭遇戦の指揮は活発敏捷なること極めて緊要なり。命令は的確且つ簡潔にして、明白に一定の目的を示すものたらざるべからず
      遭遇戦、特に其の初期に於いて最も信頼し得べき効果的連絡手段は、連絡人員、移動連絡資材及び無線なり
      遭遇戦を予期する前進に当りては、此れ等の連絡資材は行軍間縦隊指揮官(司令部)と共に位置す
      有線通信器材及び移動連絡資材の一部は連絡を予定せらるる部隊と同行し、戦闘指令所に於ける通信網構成に任ずる通信器材は司令部と同行す
      無線通信は前衛及び主力の展開と共に予め定められたる無線通信計画に基づき通信を開始す