1936年発布

赤軍臨時野外教令


第五章
  1. 戦闘指揮の原則
    1. 第105
      戦闘指揮の本質は、周到に敵状を捜索し、状況に応じて適時決心し、各部隊の任務を定め其の協同を律し、適時命令を伝達し、部下各部隊の行動を監視し、適時部下及び隣接部隊に状況を通報し、状況の変化に当りては速かに適切なる対策を講じ、適切なる独断専行を行い、各種警戒、通信及び後方補給に関する処置を適切ならしむるに在り
    2. 第106
      軍隊は行軍又は戦闘部署を以って行動す
      行軍部署は敵と遭遇するに当り最も速かに有利たる態勢に兵力を展開し得るのみならず、敵の航空及び機械化部隊の攻撃を撃退し得ざるぺからず
      行軍部署は通常数縦隊又は一縦隊を以って前進する主力と、各縦隊より派遣せらるる行軍警戒部隊とより成る
      戦闘部隊は打撃部隊と拘束部隊とより成り、数線(二又は三線)に配置せらる。第二(三)線部隊は戦闘部署の機動縦深を成すものとす
      打撃部隊又は拘束部隊に属する各部隊及び兵団は、特別の指揮単位に統合せらるること無し
      戦況之を要すれば不意の事変に備うる為、所要の予備を控置す
      戦闘及び行軍部署を行うに当りては、各種警戒手段並びに対空、対化学及ぴ対戦車防禦の処置を講ずること肝要たり
    3. 第107
      攻撃部署に於ける打撃部隊は、主攻方面に使用せらるべきものとす
      打撃部隊に於ける制圧資材はその数多きに従い歩兵の攻撃を容易ならしむ。故に打撃部隊には兵団固有のものたると配属を受けたるものたるとを間わず、制圧資材の大部を之に集結す。歩兵の兵力は戦車及び砲兵支援の下に、敵陣地の全縦深を徹底的に突破し得る威力を備えざるべからず
      然れども、一面過度に歩兵の配置を濃密ならしむることは却って意外の損傷を招くものなることに留意すべし
      打撃部隊の攻撃正面は、其の所有する制圧資材の数、地形の特性、敵陣地の強度、ならびに敵の抵抗力、敵の火網組織ならびに其の強度等に依りて差違あり
      狙撃師団の打撃部隊は通常連隊を一線に併列し狙撃連隊は二又は三線を以って攻撃す
    4. 第108
      打撃部隊の第二(三)線は第一線と同時に戦闘任務を受領す。第二線は何等新なる指示又は命令を待つことなく、独断を以って第一線部隊の戦果を拡張し、且つ第一線を支援するものとす。此れ故に第二線部隊は第一線に遅るることなく、全然独立して主攻方向に前進せざるべからず。第二(三)線部隊長は好機に投じ、断乎として第一線の獲得せる戦果を拡張し、若しくは之を支援することに関し其の責に任ず。第二線部隊は第一線と殆ど同様の困難に遭遇すべきを以って、某地区の前進に必要なる時間を予定する能わず。従って第一線より遅れたる第二線部隊は、通常戦闘の結末に至るまで無益に終るものとす
      第二線部隊はその戦線加入までに適時現に第一線を支援中の歩兵支援砲兵大隊(中隊)と連絡するを要す
      第一線各部隊に対しては戦闘地域を与うるも、第二(三)線部隊に対しては単に其の前進すべき方向を指示するものとす
      一部の方面に於ける戦果は、全力を挙げて之を拡張せざるべからず。指揮官は速かに該方面に主力砲兵の火力を集中し、第二(三)線及び予備隊を該方面に集結指向して戦果を拡張す
      全正面に亙り敵の抵抗依然として衰えざる時は高級指揮官は決戦方面に対し前項と全く同様の処置を講ず
    5. 第109
      攻撃部署に於ける拘束部隊は敵を次等正面に抑留する為、局部攻撃に依りて、敵をして我が主攻方向に兵力を転用し得しめざるを要す
      局部攻撃の為には通常大たる兵力資材を使用すること無し。此れ故に戦闘初期に於ける拘束部隊の任務は、攻撃正面並びに縦深に於いて限定目標を与えらるるものとす。但し、此の限定目標に対する局部攻撃の範囲内に於いては、十分なる制圧資材を備えざるぺからず
      我が主攻方面の攻撃に依り敵の配備混乱に陥りたる時は、拘束部隊も亦主攻方面に連繋して決戦的攻撃に移るを要す
    6. 第110
      防禦部署に於ける拘束部隊は、其の火力を以って陣地前に敵歩兵及び戦車の攻撃力を破砕するを以って任とす。敵戦車及び歩兵にして遂に第一線に突入し来らば、拘束部隊は不断の火力障壁を構成し、局部的逆襲を反覆して敵を混乱に陥れ、以って打撃部隊の逆襲を容易ならしむ
      防禦部暑に於ける打撃部隊は、逆襲を以って拘束部隊を突破せる敵を破摧し陣地を回復す
      状況有利なる場合に於いては打撃部隊の戦果を拡張し、混乱せる敵に対し全線攻勢に転ずるを要す
    7. 第111
      敵の不意に乗ずることは機動及び戦闘目的達成の為、極めて重要なる要素なりとす。現代戦兵器は偉大なる火力と打撃力とに加うるに、異常なる機動性を以ってするに至れるを以って、高級指揮官は敵を不利なる態勢に陥るる如く不意に巧妙なる機動を行い、各部隊をして有利たる態勢を占むるを得しむるに至れり
      敵の不意に乗ずるの要訣は企図の秘匿と行動の迅速とに在り。而して能く之を可能ならしむるものは、迅速なる軍隊の機動、隠密なる兵力の集中、企図を秘匿して行う砲兵火力の集中準備、並びに其の奇襲的射撃開始及び歩騎兵、戦車、飛行機等を以ってする奇襲なりとす
      奇襲は同時に又敵の予期せざる新戦闘資材及び新戦法を戦用することに依り、其の目的を達することを得
    8. 第112
      大規模に使用せらるる現代戦制圧資材、特に戦車、砲兵、飛行機及び機械化挺身隊の発達は、敵を孤立に陥れて之を捕捉殲滅する為、敵戦闘部署の全縦深に対し同時に攻撃を加うるの可能性を附与するに至れり
      包囲は左の如くして達成せらる
      1. 敵の一翼又は両翼を迂回し、敵の側面及び背面を攻撃す
      2. 敵の後方に戦車及び車載歩兵を投入して、敵主力の退路を遮断す
      3. 飛行機、機械化部隊及び騎兵を以て、敵の退却縦隊を襲撃し敵の退却を阻止す
    9. 第113
      師団戦車大隊は歩兵支援戦車たるべきものとす
      兵団配属戦車は其の性能に依り、或は歩兵支援戦車群を増加する為歩兵に之を配属し、或いは敵の縦深深く突入せしむる為之を以って遠距離行動戦車群を構成す
      歩兵支援戦車は攻撃に在りては原則として中隊又は小隊毎に歩兵指揮官に配属せられ、防禦に在りては逆襲並びに敵戦車破砕の為大隊編制の儘師団長に直属す
      遠距離行動戦車群は状況に応じ軍団長又は師団長に直属す
      戦車は多くの場合数線の梯隊部署を以って攻撃を行う
    10. 第114
      砲兵の戦闘部署は、兵団の任務ならびに戦闘部署と完全に一致せざるべからず。砲兵の戦闘任務達成の為臨時砲兵群を編成す
      歩兵支援(騎兵支援)砲兵群は、歩兵(騎兵)及び其の配属戦車を支援するを以って任とし、師団砲兵全部及び師団配属砲兵を以って編成し、狙撃各連隊主として打撃部隊を支援す。此の際、原則として砲兵の固有編制を破壊することなし
      歩兵支援砲兵群の各大、中隊は夫々支援すべき歩兵の大(中)隊に配当せらるるものとす
      狙撃一大隊の支援に任ずる歩兵支援砲兵群内の部隊を歩兵支援小砲兵群と称す。歩兵支援砲兵群及び小砲兵群指揮官は、歩兵指揮官に対し隷属関係を有せざるも、専ら其の戦闘要求を達成することに努むべし
      遠距離砲兵群は軍団砲兵及び軍団配属長射程砲兵を以って編成し、敵砲兵との対戦及ぴ敵の後方にある予備隊、司令部、道路集合点其の他重要目標に対する火力急襲、ならびに特に友軍飛行隊の飛行時に於ける敵高射砲の撲滅に任ずるものとす
      破壊砲兵群は大威力砲兵を以って編成し、強度大たる敵築城陣地の破壊を任とす
    11. 第115
      狙撃軍団長は軍団砲兵の射程内に於いて砲兵に射撃任務を与え、遠距離行動戦車群と砲兵との協同を律し、若しくは師団長に之を委任し、砲兵に必要なる空中観測器材を配属し、準備完了の期限を定め、準備射撃の方法並びに継続時間を規定し、軍団砲兵の陣地組織を確定す
      師団長は砲兵と戦車及び歩兵との協同を律し、火力集中の自由を完全に保留しつつ、師団砲兵を以って歩兵支援砲兵群を部署し、砲兵の陣地組織ならびに陣地変換に関する計画を確定し、戦闘の進捗に伴いて行うべき歩兵指揮官への砲兵の配属に関する処置を規定す
      連隊長は歩兵支援砲兵群の大、中隊を歩兵大隊に配当し、砲兵の射撃任務を定め、戦闘の進捗に伴う砲兵火力の利用ならびに各大隊に転属の要領を規定し、砲兵と歩兵支援戦車群との協同を律し、相互の目標通告手段を定め砲兵の陣地組織並びに連隊砲兵の用法を確定す
      歩兵大隊長は支援(配属)砲兵を各中隊に配当し、現地に就き具体的射撃任務を定め、砲兵と配属戦車との協同を律し、各中隊に派遣せられたる砲兵連絡班の行動を監視し、大隊砲兵及ぴ大隊配属砲兵に任務を与え、相互の目標通告手段を定め、砲兵と歩兵及ぴ戦車との協同を律す
    12. 第116
      航空部隊は歩兵、砲兵及び其の他の兵種を以って制圧し得ざる目標を破砕する為使用せらる
      空軍に依る最大の戦果を求めんが為には、最も大なる価値を有する目標に対し同時に攻撃を集中する為、兵力の集団使用を行うを要す
      高級指揮官は、原則として戦闘飛行隊に対し全戦闘間に互る任務を定め、使用し得べき戦闘資材並びに燃料の標準を示す
      状況に依り戦闘間各飛行機に対し任務を与うることあり
      空軍部隊と地上部隊との協同は、信頼すべき技術的連絡手段と、一般軍隊指揮官と航空指揮官との個人的諒解とに依りて始めて其の成果を期待し得るものとす
      地上部隊の兵力資材を以ってする着陸場及び飛行場の偵察ならびに其の設備作業は、各級指揮官ならびに其の幕僚の常時努むべき要件なり
    13. 第117
      襲撃飛行隊は左記任務に服す
      1. 戦場に向う敵軍の輪送並びに行軍を妨害し、部隊又は軍後方管区.に於いて之を撃滅す
      2. 戦闘間敵を襲撃して直接友軍を支援す
      3. 司令部、有線通信中枢、通信線、無線逓信所等を破壊して、敵の通信並びに指揮組織を崩壊せしむ
      4. 空輸挺進隊及び沿岸(河岸)上陸部隊の出発時、途上、上陸(着地)時、又は以後の行動間、之を攻撃して殲滅す
      5. 鉄道輸送を阻止し自動車道を破壊し、或は倉庫、停車場其の他に於ける集積資材を削減して、後方勤務を破壊す
      6. 敵飛行場を襲撃して航空部隊を撃滅し、倉庫及び飛行場設備を破壊す
      7. 敵の大爆撃飛行兵団の来襲に当りては、之に対する戦闘に参加す
    14. 第118
      駆逐飛行隊は、空中に在ると地上に在るとを問わず各種敵飛行機を撃滅するを以って主要なる任務とす
      駆逐飛行隊は左記任務に服す
      1. 敵航空部隊を空中又は飛行場に於いて繋滅す
      2. 敵の空中攻撃に対し友軍及び重要固定目標を擁護す
      3. 観測気球及び阻塞気球を撲滅す
      4. 飛行部隊の集合空域を掩護し、且つ自己の行動半径の範囲内に於いて飛行兵団の出発及び帰還を警戒し、敵機の攻撃に対し援護す
      5. 必要に際しては空中写真撮影及び射弾観測を掩護す
      特別の場合、左の如く駆逐隊を使用することを得
      1. 停止又は行動間敵の地上部隊を攻撃す
      2. 一般指揮官又は航空指揮官の為、捜索任務に服す
    15. 第119
      軽爆飛行隊は左の如き目標に対し使用せらる
      1. 密集せる軍隊
      2. 指揮機関即ち司令部及び通信中枢
      3. 補給原点
      4. 軍用列車、鉄道及び兵站線路
      5. 飛行場に在る敵飛行隊
      以上の外、軽爆隊は来襲する敵航空部隊に対する戦闘、若しくは空輸挺進作戦参与の任務を遂行することを得
    16. 第120
      部隊飛行隊は一般兵団の為の捜索、戦場監視、連絡、戦車の誘導及び砲兵の射弾観測に任ずるを以って主要任務とす
      連絡飛行隊は左記任務に服す
      1. 各部隊に命令を伝達し各部隊より報告を受領す。
      2. 各部隊相互間の連絡を維持す
      3. 戦場を監視す
    17. 第121
      一般兵団司令部は、配属又は支援戦闘軽飛行隊と各部隊、即ち防空機関、野砲兵(飛行隊小高度を以って戦線を通過する際射撃を中止す)及び第一線狙撃部隊(大、中隊長の指示に依り布板其の他の信号を以って飛行隊に自己位置を標示す)との協同を律せざるべからず、約束記号は兵団司令部之を決定す
    18. 第122
      如何なる場合に在りても、各兵種相互の協同は歩兵の戦闘任務に砲兵及び戦車の行動を一致せしむる如く、現地に於いて周到たる協調を行うことに依り、始めて其の成果を期待し得べし。歩兵大隊、砲兵大隊及び戦車中隊の三者の間に於いて特に然り。故に一般軍隊指揮技術の向上と各級司令部に於ける命令下達とに依り、上記各指揮官の準備の為充分天光ある時間を利用し得る如く、行動開始までに時間の余裕を与うること肝要なり
    19. 第123
      戦闘に於ける最大の成果は各級指揮官の大胆なる積極的精神に俟つべきもの甚だ多し。殊に独断専行は決定的価値を有するものとす。高級指揮官の指揮技術に対する要求は、各部隊に明確たる任務を与え適切なる攻撃点を選定し、適時同方面に十分なる制圧資材を集中し、各部隊の協同を律し部下の独断専行を認めて之を利用し、あらゆる部分的成果を支援し之を拡張するに在り
      自己の独断に依りて採用せる決心に関しては、指揮官は速かに之を上級指揮官に報告し、且つ隣接部隊に通報するを要す
    20. 第124
      高級指揮官の指揮機関は兵団司令部なり
      戦闘指揮に於いて極めて重要なるものは、兵団司令部に於ける整然たる幕僚勤務及び指揮官と参謀長との協力一致にして、指揮官は完全に参謀長に信頼し、参謀長は又忠実なる指揮官の意図遂行者たらざるべからず
      参謀長は命令、通報、報告其の他の伝達が正確且つ遅滞なく実施せらるる如く幕僚勤務を整理し、且つ下級司令部業務を調整す。本件は不断の訓練と部下業務の監督とに依りて始めて目的を達し得べし
      戦闘の時期切迫せば、参謀長は通信連絡の状況及び部下幕僚の準備状態を点検し、指揮官の決心に基く命令並びに指示の起案及び伝達を迅速ならしむる為、諸般の準備を行う
      重要命令の伝達後、参謀長は自ら其の宛名人に対し誤りなく右命令の伝達せられありや否やを点検するを要す。参謀長は自ら誠実と確実との模範を示しつつ、自己の幕僚及び下級司令部を訓練して任務の遂行を確実ならしめ、周到なる注意と不断の監督とに慣熟せしむるを要す
    21. 第125
      指揮官攻撃に決したるときは攻撃方向を決定する為、先ず以って敵の兵力配置及び地形の価値を判断するを要す
      指揮官は、状況之を許す範囲に於いて偵知し得たる敵状、及び地形の特性、又は敵の技術的設備に基く地形の難易を判断して攻撃の順位を決定す。攻撃すべき敵の素質、即ち敵の新鋭度、抵抗力、疲労の状態、士気の振否等は決心の採用に当りて考慮すべき要件なり。仮令状況の判明不十分なるも、指揮官は之に依り適時所要の決心を採用すべき責任を免るるものに非ず。為さざると遅疑して時機を失するとは其の害之より甚しきは無し、捜索の成果不十分なる時は、指揮官は現実の敵の配備よりも寧ろ地形の難易に関する判断を主として、攻撃方向を決定せざるべからざることあり。指揮官は敵の戦闘又は行軍部署の内、先ず以て撃滅を企図する部隊に対し最も速かに成果を期待し得る如く主攻方向を選定す。本件は須らく一般的戦勝の第一歩となるべきものとす
      苟しくも一度決心を採用せば之が遂行に当り決して動揺すべからず
    22. 第126
      主攻方向を決定するには左記諸件を考慮せざるべからず
      1. 敵の部署全般に対する目標の価値、並びに全般的に敵を崩壊に導き得べき部隊に対する攻撃の便否
      2. 歩兵及び戦車の隠蔽近接、砲兵及び観測所の配置、間断無き戦闘補給及び退路遮断の難易を考慮せる地形判断
      3. 戦車の攻撃の為、通過困難なる障碍の有無及び其の位置
    23. 第127
      指揮官防禦陣地占領を決心するには、敵の利用し得べき隠蔽地を遺憾なく掃射し得る如く、周到なる地形の利用法と機関銃及び砲兵火力の発揚手段とを考慮せざるべからず。此の際、敵歩兵及び戦車の陰蔽近接を困難ならしめ、敵に有利なる砲兵陣地及び観測所を与えざること極めて必要なり
      防禦陣地の前線を決定し警戒部隊を配置するに当りては、一定の型式を避くること肝要なり。陣地の前線は或は前方斜面に沿い、或は反対斜面に沿いて経始せられ、警戒部隊の配置は前線の経始に関し敵を欺編し得る如くせざるべからず。即ち某地区に於ける警戒部隊は比較的前方に位置するも、某弛区に於いては全くその配備無きが如き是なり。各大、中隊を台地上に配置し、谷地に沿いて相互の境界を設くるが如き型式的配備は之を避くるを要す
    24. 第128
      高級指揮官は命令下達に当り、特に兵団(部隊)の企図を明確に表現することに注意せざるべからず。決心の根本的思想即ち戦闘の最終目的(敵翼を迂回して敵の退路を遮断、敵を障碍に圧迫等)に応ずる主攻方向を明示するを要す
      命令作為の技巧は簡単明瞭に数語を以って戦闘思想を表現するに在り
      戦闘の為の命令は兵団(部隊)幕僚之を作成す
      命令の第一項は簡潔に敵の行動及び一般的部署を示す。(最近の捜索成果より得たる結論にして、此の際一々情報を列挙すべきにあらず)
      第二項に於いては隣接兵団(部隊)の企図、及び之との作戦(戦闘)地境を示す
      第三項に於いては兵団(部隊)の企図、即ち一般的戦闘思想を表現し、且つ之より発生する部下各狙撃兵団(部隊)の任務並びに之に対する支援或いは配属資材を明示し、隣接部隊相互の境界を規定す(左より)。指揮官直属の砲兵、戦車及び化学部隊の任務も亦本項に於いて指示す
      第四項に於いては第一次戦闘司令部の位置並びに其の移動方向を示す。此の移動方向は同時に又連絡軸となるものとす
      第五項に於いては積換所の位置を指示す
      兵団(部隊)指揮官及び参謀長は命令に署名す
      上級兵団の企図(師団命令に於いては軍団の企図、連隊命令に於いては師団の企図)は之を命令に記述せず、厳重に特定の者に対してのみ口頭又は筆記を以って其の概要を通報す。筆記通報を受領せるものは諒解後努めて速かに之を焼却するを要す
      捜索、通信、対空、対化学、対戦車防禦は特別命令に依る
      後方に関する命令は兵団(部隊)指揮官の決心、及ぴ特別の指示に基き、参謀長之を下達す
      軍団、師団及び連隊長は原則として筆記命令に依り、大隊長は通常口達命令に依る。戦闘間に在りては各級指掩官とも面接口頭又は電話を以って命令を下達することを得。然れども此れ等の命令は作戦主任に於いて必ず筆記保管するを要す
      戦闘間に於ける高級指揮官の代理者は参謀長とす
    25. 第129
      軍団長及び師団長は本命令の補足として、攻撃戦闘計画を配布するを得。但し之が為、本命令伝達者の出発を抑留することあるべからず
      本計画に包含すべき事項左の如し
      1. 遠距離行動戦車群及び歩兵の某地線に到達すべき時期の概要
      2. 戦闘の進捗に伴い歩兵下級都隊に対する砲兵の転属
      3. 砲兵の陣地変換時期を規正する為の歩兵の到達線
      4. 戦車、歩兵、砲兵及び飛行機相互間の協同に使用すぺき記号
      本計画は戦場の註記を附したる要図の形式を以って記述することを得
    26. 第130
      指揮を適確ならしむる為、適時要旨命令を下達するを要す。要旨命令は軍隊に準備の余裕を与え、歩兵指揮官と歩兵支援部隊指揮官との、敵の配備、近接路及び展開地区に関する研究の為、時間の余裕を与う。大隊に与うる要旨命令には簡潔に攻撃方向に関する指示(防禦にありては守備地区に関する)及び、大隊支援部隊に関する事項を示す
    27. 第131
      戦闘命令は命令系統に従い順序を逐って下達せらるるを本則とするも、指揮官若し最近の直属指揮官を省略して命令を下達するの必要を認めたるときは、事後速かに之を当該指揮官に通報す。受令者も亦之が遂行に任ずると同時に、其の旨を直属上官に報告す
      命令の遂行は凡て点検せられざるべからず。上官は自己の命令の伝達及び遂行状態を点検し、部下は受領せる命令に基く自己の部署を凡て上官に報告するを要す
      口頭命令を受けたる者は、即座に口頭を以って複唱したる後実行に移る。若し口頭命令が第三者を経て伝達せらるる時は、伝達者は出発に当り複唱し帰還後これを複命す
    28. 第132
      戦闘に於ける指揮組織は、兵団(部隊)幕僚之を計画し且つ実現す
      整然たる指揮を行う為には左記諸件を予定すること必要なり
      1. 敵状捜索並びに敵状監視組織
      2. 情報の蒐集並びに部下部隊の行動監視
      3. 戦闘の各時期及び各地線に於ける兵団指揮官の戦闘司令所、並びに自ら敵状視察を行う為の監視所(或いは特別の敵状監視者に依る)及び補助監視所
      4. 戦闘計画及び指揮系統に応ずる通信連絡勤務の構成、即ち全戦闘経過に応ずる通信兵力及び器材の算定、戦闘司令部の移動に伴う通信綱の構成、戦闘の各時期に応ずる諸浜種の連絡協同、無線通信の使用計画、戦闘間に於ける命令伝達手段、連絡者の使用計画、信号組織、敵の後方に行動する部隊及び兵団との通信連絡手段及び後方との連絡手段
      5. 警戒部隊、対空、対化学、対戦車防禦の処置
    29. 第133
      連(大)隊戦闘司令所は第一線の後方に於いて連(大)隊長自ら主攻方面に於ける各部隊の戦団を視察し得る距離に之を選定し、師(軍)団戦闘司令所は速かに重点方面に到り得る距離に之を選定す
      別に戦場全般を監視する為、補助監視所を設け幕僚幹部をして監視に任ぜしむ
    30. 第134
      通信連絡は上級司令部より下級司令部に対し(後方より前方に)隣接部隊相互間に在りては右より左へ、各兵種間に在りては特科部隊より歩兵(騎兵)に、又特科部隊相互間に在りては其の協同を律すべき高級指揮官の指示に依り施設す
      各級指揮官は連絡施設無きか又は之を破壊せられたる場合に於いては、あらゆる手段を尽くして上級指揮官及び隣接部隊との間の連絡手段を講ずべきものとす
      通信連絡の中絶を避くる為、一方向に各種の通信連絡手段を講ずること肝要なり
    31. 第135
      無線通信はその通信を敵に窃取せられ、且つ方向探知に依りて司令部及び各部隊の配置を判定せらるる虞あるを以って、多くの場合攻撃開始以後戦闘間に於いてのみ使用せらるるものとす
      無線封止(全部又は一部)及び其の解除は、兵団指揮官之を決定す
      集中、兵力移動及び突破準備の時期並びに、防禦に於いて敵の攻撃開始前は通常無線の使用を禁止す
      無線通信以外に通信手段無き時、例えば空地間の連絡、捜索部隊と主力との連絡、対空防禦組織等に当りては各兵団及び各部隊は之が為特別の無線通信所を開設す
      無線通信は原則としてコード約束記号及び暗号を使用す
      戦闘間に於ける無線通話は予め司令部の規定せる無線通話記号表、コード図、指揮官用コード板及び通話表に依りて実施す
      攻撃準備又は陣地占領間時間の余裕あるときはわが軍隊に対する地点の指示を容易ならしむると共に、敵をして命令又は通話の解読を困難ならしむる為、多くの地物に新たなる名称を附したる指示要図を作装するを可とす
      原文のまま無線通信を行うは次の場合に限る
      1. 砲兵射撃指揮
      2. 飛行隊の空中に於ける戦闘号令及び、事故又は不時著に際しコード化の余裕無き場合
      3. 装甲戦車部隊の戦闘間中隊、大隊若しくは旅団内の戦闘号令
      4. 師団及び其れ以下の無線通信綱に於いては、敵陣地帯内部に於ける戦闘の経過中
      5. 其の他の場合に在りては、特別の状況に際してのみ(司令部が敵の奇襲又は機械化部隊の急襲を受けたる場合等)
      原文のまま通話する場合、各部隊の番号、名称及び指揮官の職務は、予め師(旅)団司令部に於いて規定せる隠語(例えば「白樺」「月」其の他)に依る
      師(旅)団以上に於いて作戦命令の伝達及び決心処置の報告を無線通信に依ることは、他に通信手段全く無き時に限り、且つ必ず暗号に依るものとす
      戦闘間の無線通信計画は通信長之を計画し、兵団参謀長の承認を受く
    32. 第136
      確実なる指揮を行う為には、技術的通信手段の外、あらゆる連絡手段を利用すること肝要なり。特に運動性大なる交通機関(飛行機・自動車・自動自転車・戦車・馬)の利用を以って然りとなす
      兵団(部隊)司令部は命令伝達に使用する為、常に十分なる交通資材を準備しあるを要す
      予め各部隊より命令受領者(伝令)を、時として各部隊長を招致し置くを得ぱ有利なり
      各指揮官は伝令に道路を教え、報告及び命令の送達に協力するの義務あり
    33. 第137
      約束信号(著色煙火・発声信号)は行動開始を命じ、全線煙幕の展張を令し、到達線を標示し、砲兵の火力転移又は集中を要求し、若しくは化学及び空中警報伝達に使用せらる。煙火信号は各種の記号に応じ、夫々色別を附するものとす
      司令部は約束信号の外、状況に応じ戦闘間の各時期及び各地線に於いて至急報告の送達法を規定し、命令伝達及び状況視察の為、各部隊に幕僚幹部の派遣(又は連絡者の派遣)を予定す
    34. 第138
      報告(上官に対し)及び通報(隣接部隊及び部下に対し)は状況判断並びに決心を容易ならしむる為、最も重要なる資料なり
      報告及び通報の具備すべき最大の要件は、適確にして時期に適合するに在り。報告には最も簡潔に敵の有無、時刻、場所、敵の兵種、兵力並びに其の配置、敵の採りたる又は採りつつある行動、自己の行動並びに敵の企図に関し記述す。報告には情報の出所を明確ならしむること肝要たり。(自己の目撃に依るものなりや、部下、隣接部隊又は地方住民より得たるものなりや等)
      報告及び通報は、多くの場合筆記して送達せらる。口頭を以ってする報告若しくは通報を受領せるときは、直ちに之を筆記し置くを要す。報告すべき事項並びに報告時機は状況に依りて差違あるも、報告の回数頻繁なることは常に報告せざるに勝るものなることを銘記すべし。 敵と始めて触接せるか若しくは予想せる位置に敵を見ざる時、与えられたる任務を達成せる時及び敵の奇襲を受けたる時は必ず之を報告すべし。提出期限を規定せる報告は之を「定期報告」と称す、作戦、捜索其の他の専門的総合情報は之を定期報告とすべきものとす。報告及ぴ総合情報の提出期限は長官之を定む。兵団(部隊)司令部は総合情報提出に当り報告記載情報に基き判決を行う。凡て重要なる情報は速かに之を其の直属司令部に報告し、同司令部は更にその写を上級司令部に提出するものとす。以上の外、敵に関する情報は直接之を敵の脅威を受くる部隊に通報するを要することあり
    35. 第139
      作戦文書には調製者の署名及び、一連番号を附する外、左記事項を註記するを要す
      1. 送達すべき宛名
      2. 作装の日時、場所
      3. 使用せる地図の梯尺・発行年次
      4. 発送日時
      宛名は職務又は姓(若し慎重を要する時)を以って記載し、作製日時は署名者署名の時刻を以ってす
      文書調製に当り注意すべき事項左の如し
      1. 住民地及び地物の名称は厳に地図と一致せしめ、これを変化(文法上)すべからず。外国地図を利用する場合に於いては、名称は地図に記載せられある文字を以って記載し、括弧を附して露語の発音を記載す。数個の住民地又は地物を列挙する場合には、夫々句読点を以って之を区別す
      2. 若し同一の地名又は無名地点あるときは最寄の大住民地又は明瞭に図上に現われたる地物との関係位置を概示す
      3. 道路は其の通過する住民地を列挙し、且つ十字路を明示す
      4. 住民地、地物及び森林の縁端は方位を以て、又河岸は河流の方向若しくは方位に依り示す
      5. 地区、友軍又は敵軍の配備を指示するには自己の右側より始む
      6. 方向を指示するには左右を以ってせず主として方位を以ってす。左右を示す場合には必ず敵に面して行う