1936年発布

赤軍臨時野外教令


第十一章 特殊の状況に於ける行動
  1. 其の一 山地に於ける行動
    1. 第281
      山地に於ける軍隊の行動は、山地及び気象の特性に影響せらるること甚だ多きものとす
      其の主要なる特性を挙ぐれば左の如し
      1. 交通路、特に車輌、輜重を通ずる道路少なく、兵站路の数は更に少数なり
      2. 断絶地にて、軍隊に対し、平坦地に比し遥かに大なる努力を要求す
      3. 通常住民希薄にして其の密度平等ならず。而も地方物資極めて貧弱なり
      4. 高度に依り著しく気象状況を異にす
    2. 第282
      軍隊を訓練して山地に於ける戦闘行動に慣熟せしむることは、軍隊及び後方機関の編成装備を之に適応せしむることと相俟って、山地行動の成果を大ならしむるものなり。山地行動の経験無き軍隊をして山地行動に任ぜしむる場合には、山地に関する経験豊富なる幹部を之に属し、若しくは司令部に配属して、軍隊をして速かに山地行動に慣熟せしむる如く処置せざるべからず
    3. 第283
      山地に於ける戦闘行動は、通常諸兵連合の小支隊を以ってし、各支隊は屡々孤立して戦闘行動に任ずることあり。此れ故に、各方面に対する当初の兵力部署は極めて大なる価値を有するのみならず、各指揮官は広汎なる独断と異常なる精力とを以って其の任務の遂行に邁進すること極めて肝要なり。各支隊の兵力編組は完全に独立して行動し得るものたるを要す
    4. 第284
      山地に於ける戦闘は、主として戦術的要点たる、瞰制点、峠、山系、山径、及び道路集合点等の争奪を目的とす
      歩兵は諸兵種中最も山地行動に適し、最も困難なる山地に於いては山地部隊を使用す
      騎兵は山地の起伏著しく大なる地域に在りては徒歩戦を行う
      駄載砲兵は如何なる地形に於いても歩騎兵の行動を援助することを得。此の場合、砲兵の指揮は一般に分属主義を採るものとす。迫撃砲は山地に於いて極めて有効に使用せられ、適当なる道路有る時は馬匹牽引、自動車化、又は自走榴弾砲も亦有効に使用せらる
      戦車は山地に於いては大隊以下の小部隊を以ってする限り、特に通過困難にして道路無き地方を除く外、有効に之を使用することを得。但し、其の速度は著しく制限を受け、燃料の使用量は遥かに増大す。防禦に在りては戦車の為其の近接路を改修するを要す
      航空部隊は山地に於ける有力なる攻撃兵種(爆撃飛行隊)にして、捜索、輸送、及び連絡の為にも亦広く利用せらる。偵察機は砲兵の射撃準備を指導し、不精確なる地図を補修する目的を以って広く射弾観測又は写真撮影に使用せらるるを要す。山地に於ける飛行場の捜索、清掃、及び構築は地上部隊の責務なり。山間の湖沼は水上機の為に之を有効に利用し得べし。空中勤務者は産地飛行の特性に完熟しあるか、己むを得ざるも十分之を承知しあるを要す
      化学及び技術部隊は、通常独立して行動する各部隊に配属せらる。山地に於ける技術兵部隊の主要なる任務は爆破及び道路作業なりとす
    5. 第285
      山地に於ける行軍の実施に当りては、予め道路の特性及び状態を精査し、地図に依り行進路の縦断面を作為して、時間に依り行軍を算定し、状況に応じて縦隊の編組及び其の行軍序列を決定するを要す
      縦隊の行軍速度左の如し
      • 傾斜20度以下の車輌道に於いては、1時間2乃至4粁
      • 傾斜20度以下に於いては、垂直高度300乃至350米の登攀に1時間
      行軍の継続時間は一昼夜10時間を越ゆるを得ず
      縦隊は之を数梯団(機関銃を有する中隊)に分割し、先頭梯団には、砲兵、砲兵、化学兵、及び必ず戦闘行李(主として駄載)を配属す。砲兵は行軍間、中隊又は火砲毎に歩兵各中隊に分属するを可とする場合少なからず。梯団相互の撞着を避くる為、梯団距離は概ね之を10分乃至15分行程とす。騎兵及び戦車は独立の梯団として行動するものとす
      大休止は一日行程6乃至7時間の場合に於いて之を予定し、小休止(10分)は毎時(50分行進の後)之を行う。其の他急峻なる登坂路に於いては15分乃至20分毎に2、3分の休止を行うものとす
      山地行軍は平静、靭軟、且つ緩徐なる歩度を以って之を行わざるべからず。重量物を負担する人員に於いて得に然り。大休止に於いては駄獣より駄鞍を卸すものとす
      降坂路に於いては、砲兵及び輜重は歩兵よりも緩徐なる歩度を以って降下し、急坂路に於いては兵器器材及び車輌の為制動手段を講ずる外、腹革を締め、駄獣の為曳綱を使用するを要す
    6. 第286
      行軍間の警戒は左の部署に依る
      1. 前兵支隊又は尖兵
      2. 移動、又は固定側方警戒部隊
      3. 後衛尖兵
      前兵支隊は、積極的にして而も強大なる敵と遭遇を予期する場合、又は進路上に強大なる伏兵の行動を予想する場合等に於いて、縦隊の編組如何に依り之を部署す
      前兵支隊と主力との距離は一日の行程内に於いても尚一定せず、一に縦隊の進路上に在る瞰制点占領の必要如何に依りて決定するものとす
      前兵支隊(尖兵)には、騎兵の一部、砲兵(時として単砲)、化学兵、及び工兵を配属するを要す
      山地に於いては、行軍間特に軍隊の側面を安全ならしむること肝要なり。固定側方警戒部隊たる各部隊(機関銃、時として火砲を属す)は、逐次且つ適時に進路を側射し得べき瞰制点を占領し、全縦隊通過後其の後尾に復帰す。状況及び地形之を許す時は、単に移動側方警戒部隊のみに限ることを得
      側方より脅威を受くる場合に於いては、側方警戒部隊の各部隊は主力の出発までに先遣せらる
    7. 第287
      宿営は通常露営を以ってし、概ね各梯団毎に行軍序列に従い其の位置を決定す。宿営に当りては、軍隊の宿営地を通視し得べき瞰制点に独立小哨を派遣す
    8. 第288
      山地に於ける攻撃は、峠、瞰制点、山径、及び道路集合点を奪取して、敵の側面及び背面に進出し敵を捕捉撃滅するを以って目的とす。あらゆる攻撃任務の決を与うるものは迂回の方途を発見するに在り
      峠及び山径を奪取するには之を瞰制すべき要点を占領し、仮令小部隊を以ってするも迅速なる迂回行動を以って山脈の反対斜面を進出し敵の背後を攻撃せしむるを要す。此の際、之と同時に峠の正面より拘束部隊を以って果敢なる攻撃を行うこと肝要なり。一般に攻撃に当りては周到なる捜索と警戒とを以って、自己の両側面を安全ならしむるを要す
    9. 第289
      山地に於ける防禦は、敵方に通ずる諸道路及び瞰制点を堅固に守備すると共に、敵の迂回を企図すべき方向及び守備地区相互の間隙を小部隊(小隊、中隊、又は騎兵中隊)を以って警戒し、且つ周到なる捜索を行うものとす
      陣地帯の前方には敵方に通ずる諸道路上に必ず障碍物を設置す。歩兵及び砲兵火網は正面火力と側防火力とを以って構成せられ、敵の近接路及び死角を悉く掃射し得ざるべからず。歩兵火器及び砲兵の曲射火力、重層射撃、手榴弾及び銃榴弾、ならびに地雷は山地戦闘に於いて特に大なる価値を有す。積極的対戦車資材は、戦車の登攀間之を破壊することに努むべし
      打撃部隊の数及び配置は、予想せらるる敵の迂回方向及び逆襲の為の地形の便否を顧慮して決定す(上方より下方に向い逆襲するを有利とす)
      打撃部隊には戦車を配属するを要す。予備隊は道路の集合点に配置せらる
    10. 第290
      山地に於ける通信連絡は、無線、発光及び音響器材、光学信号器材、飛行機、伝騎、徒歩伝令、自動車、又は自動自転車伝令に依る
    11. 第291
      山地に於ける対空防禦は一般的原則に依りて実施せらる。対空監視哨(監視及び警報)は、之を最も良好なる視界ならびに射界を有する高地に配置し、第一に道路集合点を掩護するを要す。此の際、最も有効なるものは高射機関銃なりとす
      軍隊、特に騎兵、戦車、及び輜重、谷地又は峠道に沿いて行動するときは駆逐飛行隊を以って之を掩護せざるべからず。各兵は、敵機の襲撃に当りては迅速に遮蔽位置及び安全界を発見することに慣熟しあるを要す
    12. 第292
      山地行動に於ける後方組織は極めて重要なる価値を有す。攻防何れを問わず、速かに道路を改修し、若しくは開設することは、軍隊及び後方機関の最も重要なる任務なりとす。車輌道の存在する場合に於いては、駄馬輜重は車輌及び自動車輜重を以って代えらるるものとす