歩兵操典

第五篇 大隊教練
第三章 夜間戦闘
第一節 攻撃
  1. 第538
    夜間攻撃は寡を以って克く衆に勝ち、歩兵の本領を顕著に発揮し得るものなり。而して、大隊は独立して夜間戦闘を行うに特に適す。故に、大隊長は進んで夜間攻撃を企図し、積極的に実現を図るの概あるを要す
  2. 第539
    夜間攻撃に決せば、大隊長は速やかに中隊長等に企図を示して準備の余裕を得しめ、幹部以下をして極力攻撃地区の地形及び敵陣地の状態に通暁せしむ。此の際、特に夜暗の状態に想到し地形地物を暗識せしむること緊要なり
    捜索は昼夜連続にて行い、特に薄暮を利用して敵情の変化を偵知す
  3. 第540
    夜間攻撃の為、大隊は通常第一線と予備隊とに区分す。而して縦深深く敵陣地を奪取せんとするときは二線の攻撃部隊を設くること少なからず。此の場合に於いても所要に応じ予備隊を設く
    何れの場合に於いても、夜間攻撃の部署は巧妙複雑を避け、実行確実なるを要す
  4. 第541
    夜間攻撃の為、大隊長は成るべく昼間に於いて中隊長等を集め現地に就き的確なる命令を下す。此の命令には、状況、自己の企図、就中大隊の攻撃目標及び戦闘遂行の要領、第一線中隊及び其の攻撃目標、重火器の任務、前進及び突撃の部署、予備隊の行動、方向の維持、障碍物の破壊、捜索、警戒、連絡、彼我の識別法、要すれば監視部隊の駆逐、陣地内掃蕩の部署、敵陣地奪取後の処置、制毒等、所要の事項を示す。又、状況予定の如く進展せざる場合に於ける対策に関し、予め所要の中隊長に示し置くことあり
    中隊の攻撃目標を示すには中隊毎に其の奪取すべき地点を以ってす
    状況特に之を要すれば、縦い昼間十分なる準備を為さざる場合に於いても手段を尽くして攻撃を遂行せざるべからず
  5. 第542
    機関銃は主として奪取せる陣地の確保に任ず。之が為、通常予備隊と共に行動せしむ
    歩兵砲は通常天明後の戦闘、時として奪取せる陣地の確保等に任ず。之が為、予備隊と共に行動せしめ、或は一時残置し適時追及せしむ
    所要に応じ、機関銃及び歩兵砲の一部をして照明機関等を射撃せしむ
    攻撃の当初より砲兵協同の下に火器の威力を利用して攻撃を強行する場合に於いても、小銃及び軽機関銃の射撃は之を禁ず
  6. 第543
    大隊長は通常予め小部隊を以って前進区域或は敵陣地前の要点を占領して、我が行動を掩蔽し、或は突撃の準備を容易ならしむ。此の際、我が企図を秘匿し、連繋を密にし、齟齬を生じせしめざるを要す
  7. 第544
    夜間攻撃に在りては、大隊長は通常主力を集結して敵に近接し、次いで中隊を分進し突撃を準備せしむ
    状況に依り、第一線中隊毎に敵に近接し突撃を準備せしむるを利とすることあり。此の際、大隊長は其の行動に関し所要の規正を行う
  8. 第545
    夜間敵に近接するに方りては、大隊長は自ら大隊の先頭に立ち、一部隊を手裡に存し、大隊の運動を統一指揮す
    大隊の隊形は爾後の使用を考慮し、勉めて単一にして前進容易且つ掌握確実なる如く之を定む
  9. 第546
    夜間方向維持の為には、成るべく地物に依り其の方向を定め、或は予め前方若しくは後方に行進方向の基準を標示し、且つ薄暮に乗じ、標示材料、標兵等を以って進路の標示を行い、又、選抜せる斥候をして誘導せしむるを可とす。何れの場合に於いても磁石、経路機等を併用す
    敵陣地内に於ける方向維持の為には特に周到なる準備を必要とす。此の際、光弾等を利用し得ば有利なり
  10. 第547
    夜間攻撃に方りては、指揮官は適時其の位置を表示すると共に、幹部以下進んで各々其の長の掌握下に入ること特に緊要なり
    夜間の連絡は特に確実なる手段を用い、且つ企図秘匿の為通信の乱用を戒む。又、本部及び各中隊をして各々其の経路を標示し、適宜之を連接せしむるを可とす
  11. 第548
    夜間敵の障碍物を破壊するに方り、之を大隊長統一して行うべきや、或は第一線各中隊をして行わしむべきやは状況に依る
    第一線各中隊をして破壊せしむる場合に於いては、大隊長は所要に応じ破壊班の派遣時機、及び掩護、破壊地点、破壊の方法、完成時刻等に関し統括す
  12. 第549
    突撃の準備完了するや、大隊長は第一線中隊に突撃を命じ、爾後要すれば予備隊を以って敵の逆襲を排撃し、断乎戦闘を指揮すべし
    第一線中隊所命の地点を奪取せば、大隊長は速やかに秩序を恢復し、各部隊との連絡を確保し、要すれば重火器を射撃位置に就かしめ、捜索、警戒の処置を講じ、厳に敵の恢復攻撃に備え残存せる敵を掃蕩し、爾後の行動を準備す
  13. 第550
    二線の攻撃部隊を設くる場合に於ける両攻撃部隊の兵力は、特に奪取せんとする敵陣地の縦深、其の状態等を考慮して定む
    大隊長は第一線攻撃部隊をして、突破に必要なる第一線陣地を先ず奪取せしむ。其の奪取すべき正面は、地形、特に敵陣地の火制範囲を考慮して定む
    大隊長は、第一線攻撃部隊の奏功を看取するや、自ら第二線攻撃部隊、予備隊を指揮し、破壊班等を先頭に準備し、第一線攻撃部隊を超越して敵陣地内の攻略に移り、適時第二線攻撃部隊に突入を命じ、所期の地点を奪取せしむ
    第二線攻撃部隊の第一線攻撃部隊を超越する時機は、敵に余裕を与えざる為、成るべく早きを可とするも、第一線攻撃部隊の混乱の渦中に投ぜざるを要す
  14. 第551
    第一線攻撃部隊は超越せる第二線攻撃部隊との連絡を確保し、錯誤を生ぜしめざるを要す。而して、敵の逆襲を受けたるときと雖も、射撃を行うは超越せる部隊に危害を及ぼさざるを確認し得る場合に限る
  15. 第552
    第二線攻撃部隊は通常最初より攻撃部署を定め、攻撃に適する隊勢を以って前進す。而して、第一線攻撃部隊を超越するに際し、之との混淆を避くる為、各部隊間の距離間隔を閉縮して第一線攻撃部隊に続行し、超越後速やかに所要の隊勢を取るを可とす
  16. 第553
    第二線攻撃部隊所命の地点を奪取せば、大隊長は所命の地域を確保し、所要に応じ第一線攻撃部隊を招致し、爾後の戦闘を準備す
  17. 第554
    夜間攻撃の為戦車を配属せられたるときは、主として一線に於ける鉄條網、明瞭なる重火器、特に側防機能の破壊等に用う
    大隊長は通常戦車を中隊に配属し、且つ戦闘加入の時機等に関し統制す
    歩兵は戦車の為、進路の開設及び標示、誘導、掩護等に関し極力援助す
  18. 第555
    夜間攻撃に方り残置せる重火器、馬等の為には、要すれば指揮者を定め、且つ自衛の処置を講ぜしむると共に、適時追及する為、連絡、進路標示等の手段に遺憾なからしむ