砲兵射撃教範


  1. 第一篇 射撃に関する定説

    第七章 射撃諸元に及ぼす偏差並びに其修正

    要則

    第七十一
    射表は標準火砲ヒョウジュンクワホウ標準弾薬ヒョウジュンダンヤクを使用し 標準気象状態ヒョウジュンキショウジョウタイに於て一定の条件の下に行われる射撃に依り得らるべき弾道諸元の値及此等標準の状態に偏差を生じたる場合に於ける方向、信管距離及射距離の偏差を示すものとす
    • 標準火砲とは標準初速及標準定起角を有する火砲を謂う
    • 標準弾薬とは規定薬勢の火薬を装薬とし 装薬温度摂氏十五度にして弾形、弾量、装薬量等規定に合するものを謂う
    • 標準気象状態とは地上気温摂氏十五度、地上気圧七百五十粍、高空に於ける気温逓減率毎粁摂氏五・六度にして空気静止せる状態を謂う
  2. 第七十二
    射撃に方りては其当時の状態と第七十一に示す標準状態との差異に起因し方向、信管距離及射距離に偏差を生ずるを以って 状況に応じ所要の修正を行い射撃を実施するものとす
    各種偏差の精密なる修正の方法は 第二篇第二章に拠るものとす
  3. 第一節 方向

    第七十三
    横風ワウフウは方向に偏差を生ぜしむるものにして 其量は風向、風速及経過時間等に関す 故に射撃に先だち目標若は機測に依り地上風を測定し偏差を修正するを可とす 又精密に射撃諸元を算定する場合に於ては高層風を測定し之に依る偏差を修正するを要す 而して高層に於ける風向、風速は高度に依り異なるを以って 弾丸の通過する気層毎に測定し修正量を求むるを要するも 其実施困難なるが故に 一定の方向及速さを以って 此等気層を通する一の仮想風(弾道風)を求め 之に応ずる修正量を算定するものとす
  4. 第七十四
    自然照準面と射面と一致せざるときは之を修正するを通常とす 此修正量を方向零の照準具規正量ショウジュングキセイリョウと謂う
    方向照準具の覘視方向の異なるに従い誤差を異にするときは之を修正するを要することあり 此修正量を方向角の照準具規正量と謂う
    方向照準具規正量と射撃の結果得たる砲車各個の修正量とを合したるものを方向固有修正量ホウコウコユウシュウセイリョウと謂う
  5. 第七十五
    砲耳軸傾斜するときは射弾を低き方に偏せしむ 其量は砲耳軸の傾斜及射角に関するものにして砲耳軸傾斜修正装置を有せざる火砲に在りては所要に応じて此偏差を修正するものとす 其修正量 附表第六の如し
  6. 第七十六
    装匡式火砲に在りては 砲座中心と照準具との離隔に起因し照準点の関係位置に依りては方向に偏差を生ず 此修正量を照準点特種修正量ショウジュンテントクシュシュウセイリョウと謂い 通常之を修正するものとす 其修正量 附表第七の如し
  7. 第二節 破裂高

    第七十七
    信管は気圧の高低及火道温度の昇降に依り其燃焼速度を増減するも 正確なる修正量を算定し難きを以って 射撃の結果に依り之を求むるを通常とす
  8. 第三節 射距離

    第七十八
    火砲は砲腔の衰損、製造誤差に依り初速に偏差を生ず 此偏差を弾道癖ダンドウヘキと謂う
    砲腔の衰損は発射弾数及発射速度に関するものにして 口径大にして装薬量多きに従い其影響著しきものとす
  9. 第七十九
    弾道癖を分ちて絶対弾道癖ゼッタイダンドウヘキ関係弾道癖カンケイダンドウヘキの二種とす
    絶対弾道癖とは射表に対する某火砲の弾道癖を謂い 関係弾道癖とは其火砲に対する他の火砲の弾道癖を謂う
    火砲の絶対弾道癖既知なるとき若は某火砲に対し各部隊の関係弾道癖を求めたるときは 其部隊相互に射撃の結果を利用し得るものとす
    中隊内各砲車の関係弾道癖は為し得る限り之を修正し射撃精度を増進するを要す 而して其修正は砲車毎に高低角若は射距離に施すものとす
  10. 第八十
    装薬は同種、同量のものに在りても其口に依り薬勢を異にし為に初速に偏差を生ず
    装薬の口に依る初速の偏差を装薬の特性と謂い 此修正は精密に射撃諸元を算定する場合に於て行うものとす
  11. 第八十一
    装薬温度は初速に影響し 温度高(低)きときは初速を増大(減少)す 而して装薬温度は周囲の気温に依り変化するも 其影響は緩慢なるを常とす 従って装薬周囲の気温の変化小なるときは装薬温度は之と大差なきも其変化大なるときは相当の差異を生ずるものとす 故に装薬は為し得る限り周囲の気温の影響を受けざる如く処置すること必要なり
    装薬温度を決定するには装薬の種類及量に応じ射撃前八乃至二十四時間を通し 一時間毎に測定せる装薬の置場の温度を平均し度未満は半度に省略したるものを以ってす 但測定せる時間内に於ける温度の変化は概ね三度以内なるを要す 温度の変化大なるか若は其変化明らかならざるときは 検温用薬筒内に直接寒暖計を挿入して装薬温度を測定するものとす 検温用薬筒は他の薬筒と同一状態に在らしむること必要なり 又之を射撃に使用するべからず
    完全弾薬筒に在りては同種の分離薬筒を以って検温用薬筒と為すものとす
    装薬温度に応ずる修正は精密に射撃諸元を算定する場合に於て行うものとす
  12. 第八十二
    弾量の増加(減少)は 初速を減少(増大)し 射距離を短縮(延伸)するも 同時に弾丸飛行速度の保存良好(不良)となるを以って射距離を延伸(短縮)す 此相反する原因の為発生する二種の偏差の合計は弾量の差異及射距離に依りて異なるものにして 砲種により偏差の符号を変せざるものあるも多くは某射距離の前後に於て偏差の符号を異にす 此修正は精密に射撃諸元を算定する場合に於て行うものとす
  13. 第八十三
    低射界射撃に於て目標 放列より高(低)き場合 砲目高低角を修正して射撃するも 主として弾丸の飛行方向に及ぼす重力の作用に依り水平地に於けるよりも射距離を短縮(延伸)す 而して此偏差は射角小なる間は実用上顧慮するを要せず
    前項の偏差に応ずる修正量は之を高低角補助修正量コウテイカクホジョシュウセイリョウと謂い 附表第八の如し 此修正は精密なる射撃諸元を算定する場合に於て行うものとす
  14. 第八十四
    縦風ジュウフウは射距離に偏差を生ぜしめ 其量は風向、風速及経過時間等に関す 此修正は第七十三に準じて行うものとす
  15. 第八十五
    空気比重は主として気圧及気温に依り変化し 其大小に応じ射距離を増減す 而して空気比重一定なる場合に於ても気温の変化は更に射距離の増減を伴うものとす 空気比重及気温は上空に至るに従い逓減するを以って 弾丸の通過する気層毎に其量を測定し修正量を求むるを要するも 此等変化の状態は某範囲に至る間は地上に於ける空気比重及気温の変化と一定の関係を有するものと看倣し得べきを以って 弾道高著しく大ならざるときは通常地上に於ける空気比重及気温の偏差に基き修正量を算定す 此等の修正は精密に射撃諸元を算定する場合に於て行うものとす
  16. 第八十六
    射角と高低照準具の目盛と一致せざるときは 之を修正するを要す 此修正量を高低照準具の規正量と謂う
    高低照準具規正量と関係弾道癖とを合したるものを高低固有修正量コウテイコユウシュウセイリョウと謂う