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零戦のない世界 にも。 20/5/10(日) 18:55

リソースの調達先は? 冷泉 20/5/16(土) 8:27
┗ 中島十二試艦上戦闘機(通称栄戦) にも。 20/5/16(土) 23:20
┗ Re:中島十二試艦上戦闘機(通称栄戦) 冷泉 20/5/17(日) 21:46

リソースの調達先は?
 冷泉  - 20/5/16(土) 8:27 -
  
にも。様
議論に参加させていただきたいと思います。

にも。様の主張は、史実より艦上戦闘機開発を重視すべし、というものでよろしいでしょうか。
しかし史実を追えばすぐわかる通り、日本は陸海軍共に航空機設計陣のマンパワーが不足しております。何かを史実より優先するのであれば、史実で実施された何かを諦めなければなりません。
ついては、以下の点についてご意見をお聞かせいただきたいと思います。

1.艦上戦闘機開発のために、犠牲になる機体は何でしょうか。
2.史実では実行された他機種の開発が、艦上戦闘機に振り替える論理は何でしょうか。

特に2.なのですが、史実が史実のように進んだことには、それなりの合理性があるはずです。にも。様の想定する世界に進むためには、誰かが「史実通りじゃ駄目だ」と気づく必要があります。その気づきは誰によるもので、何から得たものなのか、非常に興味があります。
以上のことを考慮せず、「後知恵を使ってもいいから最適解を得たい」というのが議論の趣旨であれば、それでも結構です(そういった議論も好きです)。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Trident/7.0; rv:11.0) like Gecko@h014-014-178-169.gd.netyou.jp>

中島十二試艦上戦闘機(通称栄戦)
 にも。  - 20/5/16(土) 23:20 -
  
大前提として、このような議論をする事自体が後知恵の産物です。
そして当時、当事者が史実の判断をした内的理由をきちんと理解できないのなら、
後知恵としても浅はかなだけの、意味の無いテキストにしか成り得ません。
後知恵は後知恵なりに、史実に対し誠実で在りたいものです。


史実の零戦に対する2つの対案のうち
「(最初から金星を主機として設計された)三菱十二試艦戦」については
「史実の零戦の金星への換装」という形で史実でもこのHPでも再三議論されており
故にこのスレではそれらを前提とし、
当スレでは上記の複数の開発ラインの流れの中の物として議論したいです。
具体的な機体としては
語られる事の殆ど無い「(栄を主機とする)中島十二試艦戦」をこそより議論すべし、とします。

Ans.Q航空機関係・1468番で片氏は中島十二試艦戦の機体主任は井上真六技師と推定し
井上技師が中島での十二試艦戦中止の後十二試二座水偵を受け持った事が
中島が中島十二試艦戦を辞退した理由ではと推測しています。
ヰキペヂアの記事に拠れば
中島十二試二座水偵E12Nの設計主務者は井上伸六で、
主翼の設計に内藤子生技師が開発した独自の構造解析法を用いたとの事。
中島十四試艦上攻撃機B6N、中島飛行機社内名称BKの設計主務者は松村健一。
実用機試製計画番号N-50改め中島十七試艦上偵察機C6Nの設計主務者は福田安雄。

中島飛行機が、十二試艦上戦闘機で栄戦、十五〜十六試艦上戦闘機で誉戦を担当する場合、
「犠牲になる」のは先ずやはり天山彩雲辺りになるのでしょう。
引用なし
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Re:中島十二試艦上戦闘機(通称栄戦)
 冷泉  - 20/5/17(日) 21:46 -
  
確かにこういった議論は、そもそもとして後知恵の産物ですね。それでもできるだけ史実に誠実でありたいという点は、私も一致するところです。


まずA6Nに絞って議論を進めさせてください。

史実では、A6N開発のリソースはE12Nへ転用されました。逆に言えば、A6はA6Mだけでなんとかなるという見通しがあったのでしょう。そしてA6Nが完成するためには、この認識が変わる必要があります。

「A6を三菱、中島両方に作らせたい」と海軍が思う理由として、私が思いつくのは十二試艦上戦闘機計画要求書案議事摘要に記されている、三菱、中島に対して事前に行われた計画質問に対する両社の回答です。それは
三菱:着速への要求を満たすのであれば、最高速度は250kn程度
中島:着速を無視すれば、最高速度300knも可
といったものでした。つまり三菱は艦上機としての性能を、中島は戦闘機としての性能を重視して回答したように読めます。
史実においては、この相反する性能を海軍が折衷し、1つの計画要求書として提示したわけですが、この折衷ができなかった場合、計画要求書が二つに分かれ、十二試艦戦が二本立てで進んだ可能性があったと思います。つまり、
A6M:史実の零戦と同じ、又はより主翼が大きい(=大航続力・低着速)の機体
A6N:300knの達成を求められた、主翼が小さい機体
といったものです。

A6Nが形になるとするならば、それは海軍が2通の計画要求書を作成し、三菱と中島にそれぞれ一社特命で発注した時ではないでしょうか。
そのA6Nは、キ44又はBf109のように主翼の小さい、史実のA6Mとは似ても似つかない機体になる、そのように考えます。
引用なし
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