第十章
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キングジョージ5世




S:ほんじゃ、次だ
★:キング・ジョージ5世ですね
S:めんどいから以降はKGVとするぞ

S:さて、KGVは条約型としてはちょっとだけ問題がある
☆:主砲が14インチなんですねーっ
S:こいつが14インチ砲装備になった経緯は第二次ロンドン条約が影響している
★:確か主砲の制限が14インチになったのですね
S:日本が乗らなかったので、結果的にこの条約は全然意味がなくなっちゃったんだが
  KGVの建造スケジュールでは日本の最終解答を待つ事が出来なかった
  そこで、最悪ケース
  つまり日本が同意した場合を想定して、14インチ砲艦として建造されたのがこの級だったんだな

☆:一挙に何隻も造らないで、後期建造艦は設計を変更して16インチ艦とかにしたら良かったと思いますーっ
S:そうだね、それは納得できるんだけどね
  じゃあ、なんでそうならなかったのかも含めて考えてみよう

S:まず、KGVの武装は、4連装と連装の混載だ
  これは元々4連装3基の予定だったのが重量問題で第二砲塔を連装に変更したからだな
☆:結果論ですが、それなら3連装3基でも良かったですねーっ
S:そう、これはまさに結果論だ
  まず何で12門の装備に向かったのかを考えてみよう
★:14インチですと射程がより大口径の物に比べて劣ります
  同一距離では落角も大きく、つまり直撃発生確率でも劣るので砲数で命中数を稼ぎたかったのでしょう
☆:それに威力も弱いので手数でとにかく壊していこうと考えたのでしょうねーっ
S:そうだね、もし砲数が打撃能力に繋がるなら
  弾頭重量721kgで12門だから一斉投射量は8.6t、かなりの物だ
☆:でも、実際にはそこまでの投射能力にはなりませんーっ
S:そうだね、必要充分な数が有る場合、砲数の凡そ二乗根に命中数は比例する
  また打撃能力は砲弾重量の二乗根に比例する
★:となると・・・12門装備ですと、並みの16インチ艦に
  10門ですと、並みの15インチ艦に匹敵する打撃能力を発揮できます
S:つまり装甲を打ち抜けない状況でなら、KGVの打撃能力は十分にあると言えるね
☆:問題は装甲貫徹能力ですねっ
S:そうだね、この砲弾重量を見れば判るように、KGVの14インチ砲はかなり重たい砲弾を使う
  日米の14インチ砲と比べて1割ぐらい重たいな
★:つまり、SHS的な傾向を持っていると?
S:まあ、それほどでは無いんだが、たぶんSHSも開発してるだろう
  だけど、SHSはエネルギーの低下を食い止めるだけだから
  最初からエネルギーの小さい物では無茶苦茶な効果は無い
  それにSHS化は射程の減少という問題も起こす
★:14インチでは射程は不足気味でしょうね
S:そう、だから極端な性能は与えられないだろう
  だからKGVは同世代の他戦艦と比べて、特に攻撃能力で大きく見劣りする
  技術的な問題ではなく政治的な問題で性能を大きく削がれてしまったんだな
☆:ドイツのシャルンホルストと似てますねーっ
S:そうだね、こういった大型軍艦がいかに政治的なシロモノなのか
  技術的に可能だとしても政治がそれを許さない場面というのは実に多いんだ

S:さて、KGVは最初から攻撃能力最下位が決まってしまった戦艦だ
  だけど、戦闘能力とは攻防のバランスで決まる
  言い換えるなら重防御を持つ事で攻撃能力の少なさをある程度は補う事も可能だ
☆:それでKGVは15インチの装甲を持ってるのですねーっ
S:そうだね、今まで紹介してきた中では最強の舷側装甲だ
  だけど傾斜はしていない、ここが一つの特徴だね
★:傾斜装甲のほうが防御性能は高いのですよね?
S:その代わり工作とか設計が難しくなる
  更に防御範囲が狭くなる、同じ範囲を守ろうとしたらより多くの装甲が必要になる
  パス長を1割増したら重量も1割増えるんだ
  パス長以上の効果を発揮できるなら重量当たりの防御性能は垂直装甲より優位だし
  普通はその優位を最大限に生かしたいところだが
  船体内の活用容積の減少とか嬉しくない効果も有る
  KGVの場合は恐らく装甲範囲の広さと船内容積の活用の観点で垂直装甲に戻ったんだろう

☆:ズバリ聞いちゃいますーっ
  KGVの対抗艦はなんですか?
S:ビスマルク
★:やっぱり・・・
  でも、英国には多数の超弩級戦艦が存在しますよ?
S:ビスマルクは高速戦艦だ、それも第二次大戦型のね
  これに戦術レベルで対抗するのは不可能じゃないけど
  もうちょっと大きなレベルで考えると
  高速で走る戦艦を捕捉して叩くには英国の戦艦群はちょっと鈍足だ
  英国でビスマルクに完全対抗できるのはフッド一隻しか居ない、これは困るぞ
  イタリアやフランスの新型戦艦も高速だからそういった新型戦艦に対抗できるカードが全然無い
★:低速戦艦ばかり造っていたツケが来たのですね
S:そうだね、比較的高速なQE級ならかなり有効に使えるけど
  ドイツにはシャルンホルスト級も居るからより多くの戦力を用意しないと捕り物が成立しない
☆:数と速度の二つはどうしても必要ですねっ

S:そうなんだ、KGVは殴り合いという観点だけでなく
  存在そのものが欧州各国の新造戦艦群への対抗だったんだ
  まずは、新型戦艦群と戦える土俵に上がる事、それが重要視されていたと考えるね
☆:でも、殴り合いになったら勝てませんねっ
S:ビスマルク相手だったら勝負になると思うよ
  ヴェネトだと辛いけど、それでも何とかなるだろう
★:かたや16インチ並みの火力を持つ戦艦に、たかが14インチ、それも45口径で?
S:じゃあ、見てみよう

  

S:赤いのが14インチ
  青がビスマルクの38cmの舷側と甲板への打撃だ
★:舷側は勝負にならないですが、甲板は勝るぐらいですね
S:25km以上で戦闘するならビスマルクよりも火力があると言っても良いな
☆:近距離側はきついですねーっ
S:KGVはビスマルクの舷側を打ち抜こうとした場合15km以内にまで接近する必要があるけど
  甲板を貫くなら25kmぐらいから何とかなる、対応距離は15〜25だね
★:ビスマルクは24kmぐらいでKGVの舷側を抜きますが、甲板は30km以上になります
☆:対応距離はは24〜30ですねっ
S:つまり、15〜24はビスマルク有利、25〜30はKGV有利となる
  舷側の側は姿勢だとか直撃発生確率の問題があるので、ビスマルクが本当に有利といえるのは15〜20ぐらいだろう
★:確かに、20〜25kmですと砲弾の多くは甲板に行って貫けないですし
  場所によってはこの距離でもKGVの砲弾はビスマルクの甲板を貫きます
S:そして砲数の多さで敵艦をボコボコにすれば接近戦になる前に大きく戦力を殺ぐ事が出来る
  もし、遠距離で遭遇できなかったら
  高速を生かして一気に突進して1万mぐらいまで突っ込んでチキンゲームに持ち込めばよい
  もしボコボコにされても戦艦の数では英国は余裕があるんだ
  傷ついた独戦艦は他の戦艦が襲って始末してくれる、必要最低限の戦闘能力は持っていたと判断できるね
★:史実の・・・・あれですね
S:そうだ、フッドとウェールズは素晴らしい突進を見せたよね
  そして10〜15kmで殴り合い、フッドは不運にも沈んだけど
  その後のウェールズの奮戦は立派だった
  そしてビスマルクは損傷して油垂れ流しになり、結果逃げ切れずにフクロ叩きにされた
  英国の、投入できる手駒の数を優先した戦力整備が正しかった証拠だとも言える
★:例えどれほど強力な性能でも、その場に居ないのでは意味が無いですからね
S:そうだ、KGV級は、あの時あの場所に存在した、その事がもっとも素晴らしい価値を持っていたといえる

S:じゃあ、次はもうちょっと踏み込んだ考察をしてみよう
  彼女が見劣りするのは火力だ、これが結果として「あんまし強くないじゃん」な戦艦になった理由だな
★:防御力では敵艦を始末できませんからね
S:そう、もっと優先すべきは火力
☆:佐祐理が思うにですね、14インチでも50口径にしたらどうだったのでしょうーっ?
★:そうしたら排水量制限に入れるのが難しくなるのでは?
S:大抵の戦艦は対応防御が根底にあるから
  火力の向上は防御の強化も必要になる、だけどKGVは有る意味コレを捨てている
  自らの火力と比較して相対的に強力な防御を持っている
  これは仮想的との相対的な能力のバランスで導き出された物だ
★:では、火力が向上したならば、防御減らしても良いぐらいですね
S:まあ、そこまで踏み込むのもアレだが
  それほどの重量増加は考えなくても良いだろうな
  例えば3連装3基9門も14インチ50口径なら同じぐらいの船体規模に入りきるだろう
★:結果論ですが、そっちのほうが強そうです
S:どうだろうな
  こんなグラフを見てから考えてみよう

  

S:これは米軍の14インチ50口径と比較してみた場合のグラフだ
  見てのとおり、対舷側威力は引きあがるけど、対甲板威力は上がらない
  米軍の奴は少し前の、つまりヘビィ・シェルじゃないってのも有るんだが
  それを加味しても対甲板打撃力は45口径と比較しても勝るとはいえないだろう
☆:でも、対舷側威力は大きく向上しますよーっ
S:その向上した対舷側威力で、そこらの戦艦の舷側を抜けるのかい?
  2万m近辺でおおよそ28cm:32cmだから、威力は確かに違う、だけど意味のある違いじゃない
★:どっちにしても殆どの戦艦には通用しませんね
S:もっと接近するなら話は別だけどね
  15kmなら32cm:37cmだ、50口径ならなんとかなる可能性が見えてくるな、魅力も感じる
  だけど、この状況まで接近できるなら、もっと突っ込めばいい
  45口径でも戦えないわけじゃない、大した違いにはならない
  元々14インチでは一線級戦艦にはかなり辛い威力しか無いんだ
  一線級戦艦に対抗できるのは遠距離側の対甲板打撃能力しかない
  そして、その威力でいうなら45口径でも必要充分なんだ
  KGVは元々12門装備する事で遠距離側の打撃能力を稼ぐつもりだったから、それはそれで正解だったんだな
★:もし何かするなら16インチに載せ換えですね・・・
S:そして14インチ連装砲塔を16インチに載せ換えするのは困難というよりは無理だ
☆:ある意味、いじりようが無いですねーっ

S:KGVは構造とか実に良く出来てる佳作だと思う
  そして貧弱なように思われる戦闘能力も
  充実した防御と良く考えられた武装選択によって、見かけ以上の実効性を持っていたんだ
★:どっかのでかいだけの15インチ砲戦艦とだいぶ違いますね
S:これは、まさに設計運用思想の世代が完全に違ったんだな
★:最強の旧式戦艦と最弱の新型戦艦、興味深い対比です
S:この対比は後でもう一度やってみようと思うけどね


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