作戦要務令

第四部


瓦斯用法

通則
  1. 第1
    本書は作戦要務令の一部として、瓦斯用法に関し必要の事項を記述するものとす
  2. 第2
    瓦斯を使用するは報復手段として予め之を許されある場合に限るものとす
  3. 第3
    瓦斯使用の主眼は、其の特性を活用し之を他の戦闘手段に調和せしめ、以って統合戦闘力の増大を図るに在り
  4. 第4
    瓦斯使用に方りては、敵の意表に出で所望の地域に対し十分の量を集中すること緊要なり
    状況に依り、局部若しくは小規模の瓦斯使用に在りても、巧に之を使用するときは尚能く其の目的を達成し得るものとす
    瓦斯使用に方りては気象の影響を受くること甚大なるを考慮せざるべからず
  5. 第5
    敵の意表に出んが為には、厳に企図を秘匿し、予め所要の瓦斯を整備し、要すれば欺騙の処置を講じ、特に其の使用法に創意を加うること緊要なり
    瓦斯使用に方り、敵を欺騙し其の効果を大ならしめんが為、煙を併用することあり
  6. 第6
    瓦斯使用の規模及び方法は戦闘指導の方針、使用し得べき瓦斯量、準備時日、敵情、特に其の素質及び防護装備、気象、地形等を考慮して、之を定むるものとす
  7. 第7
    大規模の瓦斯使用に在りては高級指揮官之を計画指導するものとす
    小規模の瓦斯使用に在りては、所要に応じ高級指揮官若しくは其以下の指揮官に於いて使用の時機及び地域、瓦斯の種類、数量等に関し、適宜統制するものとす
  8. 第8
    大規模の瓦斯使用は通常一時瓦斯を以って広地域を瓦斯化すると共に、重要なる目標に対し各種瓦斯を重複使用し、要すれば煙を併用し、其の物質的及び精神的威力に依り敵を震駭し、好機を逸することなく戦闘の進捗を図るものとす。之が為、迫撃隊、砲兵、飛行機、第一線部隊、要すれば瓦斯隊等に依り瓦斯を使用し、統合戦闘力を最高度に発揚するものとす
    大規模の瓦斯使用に方りては企図を秘匿し極めて周到なる準備を整うると共に、気象の変化に依り全般の作戦に蹉躓を生ぜしむることなきを要す
  9. 第9
    気象に関しては既往の調査と当時の観測とに基き、予想する瓦斯使用の正面及び時機に於ける気象を綿密に判断すること必要なり
    瓦斯効果に影響を及ぼすべき地形に関しては詳細なる考察を行うを要す
  10. 第10
    一時瓦斯は敵を奇襲して、戦闘、特に突撃を有利ならしむる如く使用するを本旨とす。而して、之が使用は迫撃隊及び砲兵の瓦斯弾射撃、第一線部隊及び瓦斯隊の放(発)射等に依るものとす
  11. 第11
    一時瓦斯は、払暁、薄暮、夜間等、瓦斯の低迷し易き時期、又は森林、住民地、谷地等、瓦斯の滞留し易き地域を求め、之を使用するの着意必要なり
    状況に依り、極寒時若しくは夜間、瓦斯を執拗に反復使用して損害を与え、又は長時間の防護を強要して敵の戦闘力の低下を図ることあり
  12. 第12
    一時瓦斯弾射撃は、不意且つ至短時間に所望の地域に対し同時に実施すべきものとす
    射撃すべき地域広大なるときは、兵力に応じ逐次其の重要部分を射撃するを通常とす。時として、装面を強要し、或は敵を欺騙する等の為、広地域に対し少数の瓦斯弾を使用することあり
  13. 第13
    放射は恰適なる気象に乗じ、不意且つ一斉に開始し、所要の正面に対し成るべく深く目標を蔽い、且つ所要の濃度の瓦斯を地面に膚接せしむる如く、放射の位置、時機、方法等を定むること緊要なり
    放射瓦斯の濃度は、我が期待する効果、準備時日、使用資材、地形、気象等を考慮し、之を定むるものとす
    瓦斯の放射位置は勉めて之を敵に近接せしむるの着意必要なり
    一時瓦斯の発射に関しては前諸項に準ず
  14. 第14
    持久瓦斯は対敵撒毒に依り敵を損傷するを主とし、又、対地撒毒に依り障碍を構成し、火力と相俟ちて損害を与え、或は防護を強要して其の行動を困難ならしむる如く使用す。而して、之が使用は砲兵及び迫撃隊の瓦斯弾射撃、飛行機の瓦斯雨下若しくは瓦斯弾投下、瓦斯隊の撒毒等に依るものとす
  15. 第15
    瓦斯雨下は直接人馬、材料等を被毒せしむるを主とし、状況に依り併せて対地撒毒の目的を達するものとす。而して、其の実施は気象、地形、時刻等を考慮し、勉めて敵の意表に出ずること緊要なり
  16. 第16
    撒毒地域の広狭、濃度、形状等は目的、準備時日、使用し得る瓦斯量、地形、気象等を考慮し之を定むべしと雖も、我が火制下に一挙に通過し得ざるが如き縦深と、迂回を困難ならしむるが如き正面とを与うるを有利とす。状況に依り、局地の撒毒を実施することあり
    撒毒は所望の時機に於いて最大の効果を発揮し得る如く、其の実施の時機及び方法を適切にし、且つ、爾後必要に応じ更に補足撒毒を行うの着意緊要なり
    撒毒地域は為し得る限り之を我が火制下に在らしむると共に、適宜監視の方法を講ずるを要す
    撒毒地域は敵をして我が企図を判断せしむるの好材料となるを以って、手段を尽くして之が秘匿に勉むるを要す。時として、敵を欺騙する為撒毒することあり
  17. 第17
    極寒時に於いては一時瓦斯は低迷良好なり。又、防毒面の装着は敏活を欠き、且つ呼気弁凍結し易きを以って、一時瓦斯の効果増大するを通常とす。然れども、毒煙筒の使用に方りては毒煙は上昇し、長く地面に膚接せざることあるに注意するを要す
    極寒時に於いては持久瓦斯は持久時日大なるも、其の効果僅少なり。然れども、瓦斯雨下等に依る対敵撒毒に在りては防寒被服の爾後の使用を困難ならしめ、大なる効果を収むることあり
  18. 第18
    酷熱時に於いては一時瓦斯は低迷不良にして其の効果減少すること少なからず。昼間に於いて特に然り。又、持久瓦斯は気化迅速にして気状瓦斯の効力大なるも持久時間短きものとす
  19. 第19
    戦場附近に於いて敵の利用すべき井水等は之を汚毒するを有利とすることあり。然れども、其の実施は高級指揮官の命令に依るものとす
  20. 第20
    軍隊は瓦斯資材を敵手に委するが如きことあるべからず。縦い、使用資材の残片、不良部品等と雖も、秘密保持上必要なるものは焼尽、埋没等の処置を確実ならしむるを要す
  21. 第21
    瓦斯使用に方り、附近に在る部隊は我が使用瓦斯に対する防護に関し遺漏なきを要す。之が為、瓦斯を使用する部隊は関係部隊に所要の通報を為すものとす