1936年発布

赤軍臨時野外教令


第九章
  1. 夜間行動
    1. 第261
      夜間行動は現代戦に於ける常態なり
      軍隊及び後方機関の夜間移動は、最高指揮官の企図を秘匿し、各種の損害、特に飛行機の脅威を著しく減殺す。暗夜は敵の不意に乗ずるの可能性を最も大ならしむるものにして、勇敢なる夜間行動は能く敵の抵抗力を壊滅せしむるものなり。此れ故に軍隊は夜間の戦闘及び行軍に慣熟しあらざるべからず
      然れども、夜間は軍隊の戦闘指揮、通視、射撃、及び戦車ならびに飛行機の使用を困難ならしめ、夜暗は軍隊の神経を昂奮せしむるの不利あり。殊に後者は夜間敵の攻撃を受くる場合に於いて最も甚だし
    2. 第262
      任務の単純と計画の周到とは、之を容易ならしむるための手段と相俟って、夜間の戦闘行動に必須の要件なり
    3. 第263
      夜間は努めて左の如き目的に之を利用するを要す
      1. 接敵又は突撃発起位置に兵力を集結する為
      2. 敵陣地帯に対する夜襲を以って昼間攻撃の成果を完成する為
      3. 敵陣地帯の個々の地点に対し局部的襲撃を行うため
      4. 敵に奪取せられたる地区又は地点を、敵の準備未完に乗じて奪回する為
      5. 敵に損害を与え、且つ其の体力及び精神力を消磨せしむる目的を以って、果敢且つ短切なる攻撃を行う為
      6. 俘虜獲得の目的を以って小奇襲を行う為
      7. 必要に際し、退却及び戦闘離脱の為
      戦闘外に於ける軍隊及び後方機関の移動は、専ら夜間之を行うことに努むるを要す
    4. 第264
      夜間戦闘に於ける軍隊の使用は、指揮及び運動の困難に依り、其の範囲を制限せらるるものとす
      夜襲は、大隊、時として連隊を以って之を行い、師団を以って行うことは稀有の場合に限る。敵陣地帯に対する夜間攻撃に当りては其の目標を制限し(大隊地区にて)、爾後の突破ならびに戦果の拡張は昼間之を行うものとす
      敵陣地帯の夜襲に当りては絶対に複雑なる運動を避け、軍隊は其の正面に向い直進して敵に突入するを要す
    5. 第265
      夜襲前、指揮官は夜間接敵ならびに集結を行うべき地形の昼間偵察を行うを要す
      本偵察の目的は、
      1. 展開及び襲撃発起線を定め、且つ各中隊の行進路を標示し、各部隊より本偵察に参加せる嚮導者をして、夜間誤り無く軍隊を発起位置に誘導し得しめる如く処置す
      2. 襲撃発起位置に於ける各部隊の正確なる配置を標示す
      3. 行進路上に於いて遭遇することあるべきあらゆる障害物を探求し、且つ之を除去す(道路、橋梁等の破壊せる部分、毒化地域)
    6. 第266
      夜間戦闘の主役は歩兵とす。砲兵は歩兵を援助するの準備を整え、敵の射撃開始と共に速かに射撃を開始す
      砲兵は、昼間既に夜間射撃の為の諸元を準備す。此の際、特に重要なる価値を有するものは、襲撃地区を隔離し、暴露せる敵砲兵を制圧する目的を以ってする弾幕射撃なり
      敵、若し鉄条網を有するときは戦車をして通路の開設に任ぜしむることあり。此の場合に於いては、戦車は直接歩兵の前方に在りて前進す。開設すべき通路の位置及び方向は、昼間捜索に依りて決定せらるるものとす。戦車の使用を決定するに当りては、戦車の多少に係らず夜襲の完全なる奇襲性を減殺し、且つ其の使用は単に通路開設のみに限らるるものなることを顧慮するを要す
    7. 第267
      夜襲に当りては敵と衝突するに至るまで射撃を行わざるものとし、敵の警戒兵又は斥候の如きは之を捕獲し、或は射撃を行うことなく掃蕩す
      歩兵の隊形は距離間隔を閉縮せる疎開隊形とす
      各部隊は迅速且つ静粛に敵陣地帯前縁に到達し、直ちに敵に突入す。此の際、其の側面は機関銃を以って援護せられざるべからず
      敵兵、射撃を開始するや、直ちに砲兵及び機関銃は予め準備せる諸元に基き敵に猛火を集中し、之を制圧す
      敵の射撃開始後は、探照灯及び照明弾を以って突撃地区を照明することを得
      夜間戦闘に於いても亦、砲兵火力を招致し、或は之が転移を要求する為、最も多く煙火信号を使用するものとす
    8. 第268
      夜襲計画に包含すべき事項左の如し
      1. 襲撃地区の偵察に関する任務。但し、偵察は敵を偽騙する為、広正面に亙り実施せらるるを要す
      2. 射撃方向、突撃地点、及び最終到達目標の選定(現地に於いて之を指示す)
      3. 夜襲部隊の兵力編組
      4. 増加ならびに支援資材に対する任務の附与
      5. 戦火拡張の手段及び兵力、突撃目標を側防する敵陣地に対する処置
      6. 通信の構成、約束記号及び合言葉の規定
    9. 第269
      展開の為の運動開始前、夜襲に参加する各兵に対し、左記事項を詳細に説明するを要す
      1. 行進方向、攻撃の対象及び目標
      2. 突撃発起線に到る前進隊形ならびに突撃隊形
      3. 射撃開始の方法
      4. 合言葉及び約束記号
    10. 第270
      防禦に於いて敵の夜間攻撃を撃退するは、予め立案せられたる計画に依る。夜間防禦計画に包含すべき事項左の如し
      1. 夜間推進せらるべき警戒部隊の位置
      2. 重軽機関銃の夜間位置の決定、及び人工照明を使用せずして行う機関銃の射撃設備
      3. 打撃部隊の夜間配置
      4. 照明灯及び照明弾(打上照明)を以ってする照明組織
      5. 化学攻撃に対する処置
      6. 各地区に対する砲兵の火力準備
      7. 鉄条網其の他の障碍物を補足すべき地域
      右の外、陣地前に対しては歩兵斥候を派遣し、潜伏斥候及び監視哨(警戒犬を配す)より成る警戒部隊を配置す。此の際斥候は絶えず敵に触接を保持す。捜索機関ならびに警戒部隊の撤退は、我が機関銃の火力を以って掩護せらるべきものとす
      砲兵は、昼間あらゆる場合に対する射撃開始の諸元を準備し、敵の夜襲に当りては攻撃を受くる方面よりする信号(師団長之を規定す)に依り、直ちに射撃を開始す
      人工照明は打上照明、照明弾、及び照明灯に依る。照明灯に依る照明は、砲兵に対する射撃要求の為定められたる信号に依り開始せらる
      敵兵、守備地区に突入せば、打撃部隊は速かに逆襲を以って之を撃退し、敵に占領工事を行なうの余裕を与えざるを要す
    11. 第271
      昼間、殊に払暁に於ける濃霧は、奇襲の為努めて之を利用するを要す。攻撃(突撃)の方法は、霧の濃度、通視の程度如何に依り、夜間行動の為示す方法に準拠するものとす