1936年発布

赤軍臨時野外教令


第一章
  1. 綱領
    1. 第1
      労農赤軍の任務は労働者農民の社会主義国家を防衛するに在り。従って赤軍は如何なる場合に在りてもソヴィエト社会主義共和国連邦の国境及び独立の不可侵権を保全せざるべからず
      苟しくも労働者農民の社会主義国家を犯すものあらば、吾人は其の何者たるとを問わず吾が強力なるソ連の全武力を挙げて之を反撃し、進んで敵国領土内に侵襲すべし
    2. 第2
      赤軍の戦闘行動は殲滅戦の遂行を以って原則となす。決定的戦勝を獲得し完全に敵国を覆滅することはソ連の根本的戦争目的なりとす
      右目的達成の為の唯一の手段は戦闘にして、戦闘は
      1. 敵の活動兵力及び物質的資材を掃滅し
      2. 敵の志気及び抵抗力を挫折するものなり
      戦闘は、其の攻撃たると防禦たるとを問わず勝利の獲得を目的とするも、完全に敵の兵力資材を剿滅し得るものは実に重点方面に於ける断固たる攻撃と、其の成果を完成すべき徹底的追撃なり
      常に敵を求めて之を撃破せんとするの闘志は、労農赤軍幹部及び赤兵を通ずる各個訓練ならびに戦闘行動の主眼たらざるべからず。特に之を命ぜらるると否とに係らず、苟しくも敵を発見せば随時随所に直ちに起って猛烈果敢なる攻撃に出でざるべからず
    3. 第3
      至る所敵に優勢を占むることは不可能なり、戦勝の獲得を確実ならしむる手段は、重点方面に兵力資材を集結して該方面に決定的優勢を占むるに在り
      次等方面に於ける兵力は単に敵を抑留し得るを以って足れりとなす
    4. 第4
      然れども、敵を覆滅せんが為には単に優勢なる兵力資材を集結するのみを以って足れりとせず、必ずや同一方面に行動する諸兵種の協同及び各方面に行動する各部隊の協調を緊密ならしめざるべからず
    5. 第5
      戦闘は戦争間其の時期に依り手段を異にす。赤軍は運動戦たると陣地戦たるとを問わず、随時随所に頑強なる敵の抵抗を打破し得ざるべからず
    6. 第6
      敵の意表に出ずることは敵をして対策を失わしむるものなり。故に各部隊の行動は最も隠密且つ迅速ならざるべからず
      組織的にして而も迅速なる行動は、対空顧慮を伴う巧妙なる機動と、地形の利用と相俟って、戦勝獲得の為の主要条件たり。速かに命令を遂行し、状況の変化に応じて速かに部署を変更し、速かに出発し、迅速なる行軍を行い、速かに展開完了して射撃を開始し、而も迅速に攻撃し敵を追撃し得る軍隊は、常に大なる成果を期待し得べし
      奇襲は、敵の予期せざる新戦闘資材並びに新戦闘法の採用に依りても亦其の目的を達することを得
      赤軍各部隊は須らく凡ゆる敵の奇襲に対し、随時疾風迅雷の如き打撃を以って之に応ずるの準備に在らざるべからず
    7. 第7

      各兵種の運用は其の特性を考慮し、其の特長を発揮せしむるを以って根本となす。各兵種を使用するに当りては其の能力を最高度に発揚し得る如く他兵種との緊密なる協同を律せざるべからず

      歩兵は砲兵及び戦車と密接に協同し、攻撃に在りては其の断乎たる行動に依り、防禦に在りては其の頑強なる持久力に依り、戦闘の決を与うるものなり。故に歩兵と共に行動する爾他の兵種は専ら歩兵をして其の目的を達せしむる如く、攻撃に在りては其の前進を支援し、防御に在りては其の靭強性を確保するに努むべし
      あらゆる火力資材の支援の下に行う、活動兵力を以ってする機動及び打撃は歩兵に課せられたる責務なり

      砲兵は地上諸兵種中最大の威力と火力とを具備す。其の火力は我が砲兵及び戦車に対し暴露せるものたると遮蔽せるものたるとを問わず、敵活動兵力及び火力資材に対し殲滅的効果を具現するのみならず、敵航空兵力に対しても亦、之を破砕し得べし
      砲兵火力は、攻撃に在りてはあらゆる地上兵種の為に進路を開拓し、防禦に在りては敵の前進を阻止す。砲兵は長時日に亙り設備せられたる陣地破壊の為にも亦強力なる資材たり

      戦車は機動性大にして、強大なる火力と威大なる打撃力とを具備す。此の特性を遺憾無く発揮せしむる為には、器材の技術的使用限度と、乗員の体力的活動限度とを考慮し、且つ補給及び修理の状況を顧慮すること肝要なり

      砲兵及び戦車は、攻撃に在りては敵機関銃其の他のあらゆる火器を制圧して歩兵の前進を掩護す。戦車を有する場合に於ける砲兵の任務は、先ず以って敵の対戦車資材を制圧するに在り。此の際戦車の制圧目標は敵機関銃なりとす。戦車を有せざる場合に於ける敵機関銃其の他の火器の制圧は凡て砲兵の任務なりとす
      狙撃兵団に配属せられたる戦車は、直接歩兵を支援する他、深く敵の後方に突入し、其の予備隊、砲兵、司令部及び後方諸廠を撲滅し、或は敵の退路を遮断す
      戦車の使用は須らく集団的ならざるべからず
      防禦に在りては、砲兵は攻撃し来る敵歩兵及び戦車を破摧し、敵砲兵、航空兵及び其の他の火力資材に対抗し、且つ友軍歩兵及び戦車の逆襲を支援す
      戦車は防禦に於いては敵戦車、歩兵及び騎兵に対する逆襲に使用せらる

      戦略騎兵は機動性大にして、強力なる技術装備及び打撃威力を具備し、独立して各種の戦闘を行うの能力を有す
      他兵種と協同する場合に於いては騎兵は一般兵団、自動車化機械化部隊及び航空部隊と、戦略的又は戦術的に連繋して使用せらる。特に騎兵は翼側及び敵の背後に於ける行動、突破口の拡大、挺身及び追撃行動に適す
      敵の火網組織未だ完からざる場合、若しくは其の崩壊せる場合に於いては、騎兵は常に襲撃を行う。何れの場合に於いても騎兵の襲撃は有力なる砲兵及び機関銃、為し得れば戦車及び飛行機の支援を伴わざるべからず
      騎兵部隊、特に大兵団の行動は空中に対し十分之を遮蔽するを要す
      現代火器威力の進歩は、騎兵に対し徒歩戦を要求する場合少なからず、故に騎兵は徒歩戦にも亦慣熟するを要す

      機械化兵団は、戦車、自走砲兵及び車載歩兵より成り、独立又は他兵種と協同して独立任務を遂行することを得
      其の特性は高度の機動力と強大なる火力と威大なる打撃力とを備うる点に在り
      機械化兵団の戦闘の主体を成すものは戦車の襲撃にして、戦車の襲撃は必ずや組織的砲兵火力の支援を伴わざるべからず。一般に機械化兵団の機動及び戦闘は飛行機の支援の下に実施せらるるを要す

      飛行兵団は独立作戦に任ずるの外、一般兵団と戦略的又は戦術的に密接に連繋しつつ行動し、次の如き任務に服す

      • 行軍縦隊、密集せる兵力、集積資材及び各種輸送機関の破摧(襲撃及び軽爆隊)
      • 橋梁の破壊(爆撃隊)
      • 飛行場に在ると(駆逐隊、襲撃及び軽爆隊)、他部隊の掩護下に在ると(駆逐隊)を問わず、敵航空兵力の破摧

      偵察飛行隊は指揮官の有力なる戦略並びに戦術的捜索機関なり
      部隊(直協)飛行隊は、捜索、戦場監視、砲兵の射撃指導及び司令部相互間の連絡に任ず。状況之を要すれば、部隊飛行隊をも戦闘任務達成に使用するを要す

      落下傘挺身隊は、敵の指揮及び後方組織撹乱の為有効なり
      正面攻撃に任ずる部隊と策応する場合に於いては、落下傘挺身隊は当該方面に於ける敵を覆滅する為、決定的影響を与え得るものとす

      特科部隊、即ち技術、化学、通信、鉄道、輜重、自動車及び衛生部隊は、各其の特性に応じ一般兵団の戦闘行動を援助す。現代軍の機動性を遺憾無く発揮することは特科部隊、特に技術、通信及び輸送(鉄道・自動車)諸部隊の積極且つ精確なる活動を俟て初めて之を期待し得べし

      築城地域は特種守備隊及び一般兵団を以って、長時日に亙り之を確保し、高等統帥をして機動の自由を確保し敵に圧倒的打撃を与うる為必要なる兵力を集結するの容易を得しむるものなり
      築城地域の戦闘に任ずる軍隊は、極めて頑強にして特に忍耐力と克己心とに富まざるべからず

      艦隊は、戦隊の編成内にある各級艦船、海上航空及び海岸防禦組織より成り、独立して海上作戦に任ずると共に、海岸地域に於ける陸軍部隊との協同作戦に任ずることあり
      艦隊との協同作戦に任ずる陸軍部隊は上陸及び上陸防禦作戦に慣熟しあるを要す、又艦船及び艦隊航空部隊は海上火力を以ってする陸軍に対する支援行動に熟せざるべからず

      河上小艦隊は、各級艦船及び水上航空部隊より成り、河川に沿う地区に於ける戦闘、河川防禦若しくは渡河戦闘に当り陸上部隊と密接に協同して戦闘し得る如く訓練せられざるべからず

    8. 第8
      赤軍の有する戦闘資材は絶えず進歩発達しつつあるを以って、之が不断の研究と慣熟とは幹部及び赤兵の最大の責務なり。戦闘中に於いても常に新兵器の使用法を研究し、最も有効に之を使用する手段の案出に努めざるべからず
      之に関連し、又戦闘に対する熱意を昂むるため、兵をして其の任務を理解せしめ、戦闘後其の講評を行なうことは重大なる価値を有す
    9. 第9
      現代戦に於ける資材の進歩は、敵戦闘部署の全縦深に亙り同時に之を破摧することを可能ならしむるに至れり、迅速なる兵力移動、奇襲的迂回及び退路遮断に依る急速なる後方地域の占領は、愈々其の可能性を増大せり
      敵を攻撃するに当りては、完全に之を捕捉殲滅せざるべからず
    10. 第10
      防禦に当りては、当該正面の敵如何に強大なりとも之に屈服すべからず
      防禦は火力資材及び逆襲に任ずべき部隊の大なる縦深配置を基礎として成立す
      敵若し陣地内部に於いて其の戦力を消耗せば、歩兵及び戦車は航空部隊及び砲兵の支援の下に断乎たる逆襲を行い之を撃滅すべし。防禦は之により始めて劣勢なる兵力を以って能く優勢なる敵に対し戦勝を獲得するを得しむるものとす
    11. 第11
      現代に於ける技術的戦闘資材の多岐なると、其の協同の複雑なるとは著しく戦闘指揮に対する要求を昂むるに至れり。組織的捜索の実施と不断の警戒心の緊張とは戦勝の為の不可欠の要件なり。任務を明確ならしむることは部下各部隊及び各兵種の協同を適切ならしむる最良の手段なり。
      一度採用せる決心は変転極まり無き戦況に惑わされるることなく、堅確なる決意と偉大なる精力とを以って之が遂行に邁進すべし。戦況の進捗中突発的状況及び不期の困難に遭遇することは戦場の状態にして、指揮官はあらゆる状況の変化に応じ、巧みに且つ躊躇無く必要の手段を講じ得ること肝要なり。戦闘指揮は中絶することあるべからず
      指揮官は常に部下を其の手裡に掌握し、部下をして漏れなく我が行動を諒解せしめ敵の所在及び行動を知得せしむる為、必要の手段を講ぜざるべからず
      最初に予期せざる状況の変化に遭遇せる部下の独断専行は偉大なる価値を有す。指揮官はあらゆる手段を以って部下の独断専行を奨励し、戦闘目的達成の為、之を利用することに努めざるべからず。適切なる独断専行は能く上官の意図を諒解し、之が達成の為最良の手段を発見せんことに努め、変転限り無き戦況の裡に在りてあらゆる好機を捕捉せんとするものに於いて始めて之を期待し得べし
    12. 第12
      捜索警戒勤務は各部隊に対する敵飛行機、戦車、各種挺身隊、化学資材、騎兵及び歩兵の奇襲を予防する外、絶えず敵と触接を保持し其の兵力資材を偵知することに依り、軍隊の攻勢的並びに守勢的各種行動に裨益す
      捜索警戒勤務は発動機の馬力の向上、現代軍の行動速度の増大、技術の進歩及び戦闘資材の多岐化に伴い、特に其の重要性を増加せるのみならず、其の戦闘間たると然らざるとを問わず、一瞬の間と雖も其の中絶を許さざるに至れり
    13. 第13
      現代戦の複雑化と困難性の増大とは著しく人的要素の価値を昂上し、特に其の体力及び精神力に対する要求を増大せり。人的要素即ち兵員の状態に関する不断の関心は幹部の最大の責務なりとす
      能く部下を識り部下と苦楽を共にし、部下の生活状態、其の欲求及び業績に注意し、任務遂行の為の犠牲的精神の涵養に努め、自ら率先躬行、部下に範を示すことは軍隊の戦闘的団結力を強化し政治的抗堪力を昂上するのみならず、戦備の完全と戦勝の獲得とを保障するものなり
      戦闘に当りては指揮官は部下をして其の全力を発揮せしめざるべからず、同時に又指揮官は一層部下の状態に注意し、間断無く部下を給養し、状況許す限り適時休養を与え且つ絶えず負傷者の状態に注意しあらざるべからず。本件は最も厳粛なる軍紀の維持と共に軍隊統率上最大の要件なり
      幹部および赤兵は敵愾心旺盛にして必勝の信念に燃ゆる如く薫陶せられざるべからず。敵にして苟しくも銃を捨てて降伏し来らざる限り、幹部及び赤兵は一に如上の精神に基き行動すべし
      労農赤軍軍人は、俘虜に対しては寛大にして、而も其の生命を保全する為あらゆる援助を与うべし
    14. 第14
      敵軍労農大衆及び戦場住民をプロレタリア革命化することは、敵に勝を制する為最大の要件なり
      本件は軍の内外を通じあらゆる幹部、政治部員及び赤軍政治機関の行う政治作業に依りて其の目的を達成すべきものとす
    15. 第15
      現代戦は畢竟其の大部分火力闘争に外ならず。此れ故に赤軍幹部及び赤兵は現代火器威力に関する識得を深くし、此れが使用ならびに制圧手段に熟せざるべからず。火器威力の破壊的性質を無視し、且つ之が克服の手段を弁えざるものは、徒に無益の損害を蒙るに過ぎざるべし
    16. 第16
      現代戦に於ける砲兵及び自動火器の数の増大は必然的に弾薬の消費を大ならしむるに至れり。従って赤軍幹部及び赤兵は、厳に各種砲弾及び弾薬の浪費を戒めざるべからず
      平時に於ける射撃訓練の精到は、戦時敵戦力の崩壊を迅速ならしむる基礎を為すものなり。此れ故に各幹部及び赤兵は精確且つ組織的なる火力と厳粛なる射撃軍紀とに依りてのみ敵を圧倒し得るものなることを銘記し、射撃訓練に努めざるべからず
    17. 第17
      凡て戦闘を行うに当りては、之に必要なる十分に資材を備えざるべからず。卓越せる戦術的決心も、若し之が遂行に必要なる物質的条件に於いて欠くる所あらば、必ずしも其の成果を期待し難し。戦闘に当りて資材の補給ならびに集結を遺憾無からしむることは指揮官及び其の幕僚の最大の責務なりとす