砲兵操典

総則
  1. 第一
    本操典は砲兵を訓練し戦闘を実行せしむる為準拠たるべき事項を示すものとす
  2. 第二
    砲兵は本操典に依り指揮官以下を訓練して諸制式及び諸法則に習熟せしむると同時に軍紀厳正にして精神強固なる軍隊を練成し以て戦闘百般の要求に応ずべし特に戦時に在りては実戦の経験に鑑み将来の変化を洞察し克く本操典を活用し且教え以て戦勝の獲得に遺憾なからしむるを要す
  3. 第三
    操典の制式及法則には戦闘の要求に従い訓練の目的に応じ軽重あるのみならず各制式、法則中にも自ら主客の部分あり故に諸隊長は良く之を判別し特に重要事項の徹底に就き遺憾なきを期せざるべからず
    制式及法則に妄りに細密なる事項を規定し之が内容を複雑ならしむべからず
  4. 第四
    戦闘の基礎たる諸訓練は中隊に於て之を完了するものとす
    大隊以上に在りては主として諸般の戦況に於ける統一指揮及部下各部隊の協同動作並に他部隊との協同を訓練するものとす
    野戦砲兵に在りては他兵種就中歩兵(騎砲兵に在りては騎兵)及戦車並に他の砲兵と、重砲兵に在りては他の砲兵及他兵種就中歩兵と、要塞重砲兵に在りては海軍と、高射砲兵に在りては航空兵と又気球兵及情報兵に在りては野戦砲兵及重砲兵と連合して訓練を行う事特に緊要なり故に勉めて機会を求め之を行うを要す
  5. 第五
    砲兵は砲種に応じ各々其の特性を最大に発揮しうる如く訓練するを要す
  6. 第六
    射撃は砲兵の為最も緊要なり故に之に関する訓練は特に留意して実施し実射と相俟ちて其の完成を期すべきものとす而して之が実施に方りては的確なる射撃を戦機に投合せしむるを主眼とすべし
  7. 第七
    運動、情報、測地、連絡などの訓練は常に射撃に帰一せしむるを主眼とすべし之が為教育に方りては各々其の訓練を重ぬると共に射撃との緊密なる連携を演練するを要す
  8. 第八
    砲兵は夜間の行動に熟達せざるべからず故に勉めて夜間の訓練を重ね各級指揮官をして困難なる指揮掌握に慣れしむると共に軍隊をして各種の状況特に地形に於て静粛且整斉に行動し適時所望の地点に到達して確実に戦闘を準備し且実行し得しめざるべからず黎明、薄暮に於ける動作に於ても亦然り
  9. 第九
    砲兵は上空及地上又は海上の敵に対し我が企図及行動を秘匿する事特に緊要なり故に適切なる遮蔽、擬装もしくは欺騙等に依り其の目的を達する如く訓練するを必要とす
  10. 第十
    砲兵は不意の敵襲に依り本然の任務遂行を妨害せられざるを要す之が為敵飛行機、機甲部隊及歩、騎兵に対する警戒並に自衛戦闘の動作を演練し以て沈着能く之を撃滅し得るの域に達せしめざるべからず
    瓦斯攻撃を受け或は撒毒地域に遭遇し又は煙の妨害を被るも渋滞なく戦闘を遂行し得る如く演練する事亦必要なり
  11. 第十一
    砲兵は人馬、材料などの欠損又は故障を生じたる場合に於ても遺憾なく戦闘を遂行し得る如く訓練する事緊要なり
  12. 第十二
    兵器の機能の良否は砲兵の戦闘力に大なる関係を有す故に幹部及兵は使用兵器の構造、機能に精通し取扱、保存に習熟し且常に之が使用を適切にし縦い戦闘間に於ても点検、手入、規正を励行するを要す特に幹部は戦場の特異性就中季節の交感に適応せしむる識能を有する事亦緊要なり
  13. 第十三
    馬匹の能力は砲兵の戦闘力に大なる関係を有す故に幹部及兵は能く馬匹を調教、保育し且常に之が使用、管理を適切にし特に戦場における愛護に注意し以て必要に応じその最大能力を発揮せしむるを要す
  14. 第十四
    戦場に於ける迅速確実なる弾薬の整備及補充は砲兵の戦闘力を保持増進する為緊要なるを以て機会を求めて此の演習を実施するを要す
  15. 第十五
    短期間に教育の目的を達せんとするときは先ず戦場緊急の訓練に徹底し要すれば専業的に之を行い直ちに戦場の用に堪うるに至らしめ時日の余裕を得るに従い其の訓練を拡充して之が完成を図るものとす
  16. 第十六
    指揮官は教練に於ても実戦に在りても取るべき姿勢と位置とを選びて部下を指揮するものとす
    上級指揮官は教練上の必要に応じ適宜の姿勢と位置とを選ぶ事を得又所要の部下指揮官に限り斯くの如き動作を為さしむること在り
  17. 第十七
    指揮官の意図は号令若しくは命令に依り告達す
    号令及命令は能く部下を駆りて水火をも敢て弁ぜざらしむるべきものなるを以て堅確なる決意、厳粛なる態度を持って下すべししかして号令は明快なる音調と適切なる節度とを持って発唱し命令は簡明確切にして下達迅速なるを要す之が為には勉めて号令詞を持ちうるを便とす
    号令を豫令及動令に分つものに在りては豫令と動令との間に適当の時間を存し且豫令は明瞭に、動令は最も快活に発唱しその音調は動作の種類に応じ長短、緩急宜しきを得ざるべからず
    指揮官は状況に応じて下すべき号令及命令の徹底に就き常に練磨して熟練の域に達する事を努べし又告達せる号令及命令は厳に之が実行を確認するを要す
  18. 第十八
    教練の計画及実施上特に留意すべき事項左の如し
    1. 一、
      教練を行うには先ず目的を確立し計画及実施を之に副わじめざるべからず而して本目的には主なる被演練者に対し如何なる状況の下に如何なる事項を演練すべきかを定むるものとす
      教練の実施に方りては絶えず精神力を鍛錬し且荀しくも軍紀に間する物は些末の事項と雖も消し手これを等間に附すべからず
    2. 二、
      基礎の教練を行うに際しては兵に其の目的及び精神を説明し其の心得可き要点を会得せしめ之を実施の上に現さしむるを要す而して教育の初期より常に実戦的訓練に留意する事特に緊要なり
    3. 三、
      最初の教育に於て生じたる幣習は常に固著して之を除去する事難し故に最初の教育は特に綿密正確に之を行い適宜其の動作を分ち懇切に教育し之を会得するに至り次の動作に及ぼすを可とす
    4. 四、
      戦況に基き行う教練に在りては其の実施を常に実戦的ならしめ指揮官以下をして絶えず旺盛なる企図心を発揮し積極的に任務を遂行せしむる如く指導する事緊要なり而して其の計画は勉めて現地に就きて之を行い教練の実施に直接関係ある戦況の減示は実況に近からしめまた演練の価値を減殺するが如き仮想は之を戒むるを要す
    5. 五、
      想定は教練の目的に適合し戦場の実装に近からしむると共に成るべく簡潔ならしむるを要す又常に一定不変の情況を現出せしむることを避け教練をして模型に陥らしむべからず
    6. 六、
      教練に在りては周到なる準備の余裕ある場合の動作並に準備の余裕少なき場合の動作を演練する事特に緊要なり此の際状況の変転に対応し得べき弾力性を涵養するの著意必要なり
    7. 七、
      教練を行うに方りては其の成果の点検に勉め幹部以下をして自信を得しめ或は過誤を自覚せしめ要すれば教練を復交し其の価値を増大するを要す
    8. 八、
      教練を行うには勉めて戦場に於て遭遇すべき地形、気象を選び各種の動作を演練する事緊要なりまた屡昼夜連続し且極めて困難なる状況の下に之を実施するを要す
      教練の実施に方り土地その他の制限を受くるときは巧に之を活用し且有ゆる工夫を凝らし能く教練の目的を達する事に留意せざるべからず
  19. 第十九
    本操典中各部共通の規定左の如し
    1. 一、
      指揮官は状況に依り記号若しくは号音を以て号令及命令に代え或は此等を併用す又一般に連絡の為記号を用うることあり而して記号は肘、刀、旗(特に定むるものの外赤旗を除く)、灯火(特に定むるものの外赤色灯火を除く)、信号弾、音響等を以て行うものとす
      運動の為の記号は左の如く行い停止及砲列布置を除くの外此の記号を以て豫令とし旧に復するを以て動令とす而して刀、旗を以て行う場合に於ては肘を刀、旗と共に動かすものとす
      • 始動
        片肘を水平に前方に伸ばし数回円形を描く始動完了の報告を為すには肩肘を垂直に挙ぐ
      • 直行進及速度の増加
        片肘を垂直に挙げ行進方向に水平に出し此を数回連続す
      • 速度の減却及運転停止
        片肘を垂直に挙げ此を数回上下に屈伸す
      • 方向転換
        片肘を水平に動翼に伸ばし前方に半円形を描く
      • 間隔の開閉
        片肘を水平に前方又は開閉すべき方向へ伸ばし此を数回廻す
      • 横隊より前方へ縦隊
        片肘を水平に縦隊を作るべき翼の方向に伸ばし此を数回前後に動かす
      • 横隊より側方へ縦隊
        片肘を水平に縦隊を作るべき翼の方向へ伸ばし此を数回屈伸す
      • 縦隊より前方(側方)へ横隊
        横隊より前方(側方)へ縦隊と同一の記号を為す
      • 停止
        片肘を垂直に挙げ此を豫令とし次いで此を下げ手先を地に向くるを以て動令とす
      • 乗車及下車
        片肘を水平に側方に伸ばし此を数回垂直に挙ぐ
      • 砲列布置
        片肘を水平に方向に向わしむべき方向に伸ばし「砲列」の動令と同時に停止の記号を為す
      • 疎開及集合
        片肘を上前方に挙げ此を数回∞形に廻す
      • 「半輪」
        片肘を高く挙げ此を数回後方に動かす
      • 「気を著け」
        片肘を右斜前方に挙ぐ
      • 「休め」
        片肘を右斜前方に挙げ此を数回左右に動かす
      • 「右(左)に寄れ」
        片肘を右(左)へ伸ばす
        縦隊行進中分隊長、車長若くは助手は要すれば記号を伝達す
        故障の為停止する自動車は赤旗を高く挙げ此を左右に振るものとす夜間に在りては赤旗に代うるに赤色灯を以てす
    2. 二、
      敵に関する称呼は特に明瞭に発唱し誤謬を生ぜしめざるを要す之が為方向及高低の諸分畫、信管修正分畫、信管分畫にして十以下に属するもの及十位数に続かざるものは一つ、二つ、三つ、四、五つ、六、七、八つ、九、十、三百零五等と唱え其の他は続いて一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、二十、百、千、二千、三千零五十、一万一千百等と唱うるものとすた出し高射砲兵に在りては照空に関する方向、高低の諸分畫は続いて〇、一、二、三、四、五、六、七、八、九と唱え且方向、高低の順序に各位の数字を連呼し方向は十密位を単位として三数字(密位迄を読む時は四数字とし三数字の次に・を加う)、高低は度を単位とし二数字(度の十分の一迄読む時は三数字とし二数字の次に・を加う)にて発唱するものとす而して方向角二百五十五密位、高低角二十六度半は0二五・五、二六・五と唱う
    3. 三、
      定位(持場)に就かしむるには「定位に就け」と号令す
    4. 四、
      車両若くは駄馬と共に運動する徒歩者は正規の歩法を取ることなく且歩を揃うるを要せず
    5. 五、
      車両と共に運動する砲主(山砲を除く)等の背嚢は車両に積載するものとす
    6. 六、
      間隔とは併列せる車両若しくは馬の中心と中心との隔りを謂い距離とは先行せる車両若しくは馬の後端と後続せる車両若しくは馬の全短との隔りを謂う
    7. 七、
      砲車に前車、牽引車又は牽引自動貨車を接続(山砲繋駕)したる時は前、後、右、左の称呼は砲口より砲尾に面して之を称え前車、牽引車又は牽引自動貨車を離脱(山砲脱駕)したるときは之に反し其の他の車両に在りては後車の車軸より車尾環の方に面して之を称う
      観測車、射光機、大聴音機に在りては操向環又は引枠の方向を、射光機、聴音機を整置したるときは反射鏡表面又は喇叭口の方向を前方とす
      気球に在りては尾部より頭部の方に面して之を称う
      車両の中心線に近き方を内方と、之に反する方を外方と称す
    8. 八、
      号令中豫令は行書して之を区別す