これじゃあ道も歩けない

あなたの街が空爆されたとしたら


 戦時中に出版された書籍に、爆弾の被害範囲を記したものがある、と云う話については、すでに「兵器生活」においても、読者諸氏にご紹介済みであるのだが、<何メートル以内は全員死亡する>などと書かれていても、それがどれくらいの範囲なのかを、具体的に想像できる方は限られる。正直なところ主筆の空間把握能力では、はっきり云ってわかりかねるのである。
 しかしそれでは、大枚はたいて「防空絵とき」を買った意味が無いわけで、今回は地図を用いて、被害範囲を皆様にイメージしていただこう、と云う趣向をとってみることにした。

 総督府が東京都内にある関係上、都内の繁華街を例にとってある。読者諸氏の自宅、勤務先、行きつけの飲み屋 等が爆心地あるいは被害範囲になっているかもしれないが、その場所に意趣遺恨があるわけでは無いことを、念のため申し上げておく。

 と云うわけで、まずは何度いっても疲れる街<渋谷>である。


渋谷に爆弾が投下された場合

 地番だけが表示された、一般の地図を使っても面白味に欠けるので、今回は贅沢にも「るるぶ情報版 東京’02」の地図をベースに使用してみた。<徹底攻略! 東京ディズニーシー>だの<なんと言ってもベイエリア!>などど云う、地方婦女子が読むような本も、使いようで、「兵器生活」のネタとなるのである(笑)。

 具体的な建物名が記載された地図と云えば、ゼンリン発行の住宅地図が有名であるが、あれを使うと、本当に特定の個人の家に爆弾を落とすことになってしまうので、これくらいの地図の方が、やはり手ごろである。
 渋谷の街に足を踏み入れた事の無い方のために説明すると、この図のエリアが、いわゆるシブヤの中心部だと思っていただきたい。右手の地図が切れている部分に、山手線が南北に走っている。そして、ブルーグレイの実線が道路を表し、破線はおおむね歩道である。

 図に青と赤の円が表示されているが、これが被害範囲の目安である。内側の赤い円の中心が、爆弾の炸裂点と思っていただきたい。地図左下に、距離の目安(50m)があるが、赤丸がおおむね直径50m、青丸は直径100mとなっている。


 さて、「防空絵とき」の記述に基づくと、250キロ爆弾の場合、

  爆圧の為め35米以内の者は 路上に在ると全部死亡する。
  破片の為め45米にても 路上に在ると死亡することがある。
  破片の為め200米にても 路上に在ると死傷することがある。


 とされている。

 この本に記載されている距離が、半径なのか直径なのか、明確に書かれていないので判断に苦しむのだが、「日本防空史」(浄法寺 朝美、原書房)に掲載されているところによれば、動物実験の結果、1平方センチあたり、9キロの爆圧を受けると即死。5〜9キロで瀕死、3〜5キロで重傷となっており、下に掲載した爆圧変動のグラフを解読すると、爆心からおよそ15米までが9キロ/センチを越える範囲となっている。したがって、上記数値は直径に相当するものと判断できる。よって赤円の範囲内(すなわち半径25米)は、爆圧のおよび破片により死亡する危険性が極めて高い空間、と云うことができる。


爆圧曲線図(日本防空史より)

 基本的に、交差点中央で爆弾が炸裂した場合、そこで信号待ちをしている人の大多数が助からない、とみて良いだろう…。
 さらに云えば、シブヤ109前で爆弾が炸裂した上の例では、赤丸にビル敷地の一部が含まれているのだが、現代のビルの強度がどれくらいのモノなのか知る由も無いのだが、この範囲に居る人も、危険な状態にあると云って良い。
 建物付近で爆弾が炸裂した場合の危険範囲については、「防空絵とき」においては、以下の通り記述されている。

 炸裂点から12米以内は窓に防護扉を附けて置かないと 爆圧の為大半死亡する。

ちなみに建物に250キロ爆弾が直撃した場合に想定される被害は、
 
 天井1層乃至8層を貫通して爆発し 爆発せる室の上下4周約20米以内を破壊し 隣室の者をも死亡せしむる。

 とあり、空襲警報が発令され、ビル内に避難しても、かえって害を被る可能性すら否定できないのである。

円で示された範囲の写真を見る


 続いては、新宿東口〜新宿3丁目界隈である。


新宿の場合

 左上の円は、「笑っていいとも」でおなじみの、スタジオアルタ前に落ちた場合。右は、新宿で一番伝統と格式のあるデパート、伊勢丹前、新宿3丁目交差点。ちなみに私が金をおろす時に利用する、東京三菱銀行キャッシュコーナーも、きわどい範囲に入ってしまった。左下は甲州街道沿いにある、新宿駅南口部分。甲州街道がすっぽりと危険範囲に収まっているのがおわかりだろう。すぐそばにウィンズ新宿があるが、私は競馬をやらないので見逃してある(笑)。
 こうして見ると、伊勢丹が異常に大きく感じられる。

円で示された範囲の写真を見る


 250キロ爆弾と云うと、特攻機がぶら下げていった爆弾として有名であり、とかく戦艦を攻撃するには役不足、と感じられる事もあるのだが、こうやって市街地に投下された場合を半分真面目に検証してみると、その威力は侮りがたいものがある。しかし、こう云う物騒極まりないシロモノが、50年足らず昔には、日本のあちこちに投下されていたり、また、日本人自らもあちこちに落っことしていた、と云うことも当然知識として知っておくべきであろう。


 このネタを思いついたものの、実際に地図を眺めて、炸裂地点を想定するのは苦痛であった。ここで想定した落下地点は、実際に歩いたことがあり、そこにどれだけの人が、それぞれの意思を持って歩いていたり、立ち止まっていたりしているかを実際に見ているからである。
 ところが、実際に地図を取り込んで、丸を付け出すと、そのへんの複雑な感情はどこかへ消えてしまって、作業に没頭している自分を発見してしまったりするのである。

 この稿をどのように読まれようと、それは読者諸氏の勝手であるのだが、筆者としては、爆弾が爆発した現場には居合わせたくないし、爆弾を落としたり破裂させるのも勘弁してほしい、と云うのが正直な気持ちである。