気を付けろ爆弾だ

頭上で投下された爆弾には当たりません


 1970年代以降に生まれた人の事などは知らないが、30代の男たるもの一度くらいは、爆竹、癇癪玉、2B弾等の「危険な花火」で遊んだ記憶があるはずである。
 自分の記憶をたどれば、ガチャポンカプセルに爆竹を2本内蔵させた手榴弾を空き地で投擲してみたり、1/72零戦のプラモデルに爆竹を仕掛けて、敗戦による武装解除ごっこをやってみたり、空き箱にミミズと爆竹を入れて、「密閉空間ニオケル爆発物ノ生体ヘノ影響」調査をやってみて、爆発物の危険さを実感したり、と他愛のないものであった。

 玩具花火に含有されている火薬の量と云うのは、0.何グラムと驚くほど少ない。その火薬で飛行機のプラモデルがバラバラになるのだから、量を増やせばスゴイ事になるに違いない、と花火をほぐして集めよう! などと云う、大人から見れば危険極まりないことに手を出した人も多かろう。私の場合、幸か不幸か爆竹を買い込むお金が無かったため、人の道を踏み外さずにすんだのだが、後年知り合った友人は、相当量の火薬をため込み、爆破実験を行った結果、裏山(の一部)を吹き飛ばしてしまったと云う。「ズシ〜ンと地響きがするんですよ」と当人は良い酒の肴にしている。


 ごく微量の火薬の威力、と云うものについては玩具としての「花火」、としてそれを実感する事は可能であるが、これが兵器の世界になると、いきなりキログラム単位になり、正直いって我々の想像力の範疇を越えてしまっている。
 軍事知識のある人は、大砲の発射薬の量や爆弾の炸薬量をグラム単位で列挙することも出来ようが、いざ砲弾や爆弾がわが身に向かってきた時、あるいは事故でそれらが一度に爆発してしまった時、どれくらい危険なモノなのかまで、具体的に想像するのは、困難である事はいうまでもないだろう…。

 しかし、戦争になり、ある日空から爆弾が落ちてくる、なんて事になれば、国家としては国民に対して、爆弾がどれだけ危険であるか、を具体的に説明する必要がある。
 今の核兵器を語るように「危険」をことさらに云い立てれば、国民は萎縮して戦争どころではなくなってしまうであろう。逆にたいしたことは無い、と云い張ると、今度は誰も待避なぞしなくなってしまうわけで、戦争当事者が、自国民に、自らが蒙りうる被害の度合を伝える、と云うことは、自動車メーカーが交通事故の悲惨さを語らず、煙草会社が喫煙の害を詳細に述べないのと同じレベルでの、後ろめたさがついて回るのである。


 戦時中(1940年代前半)の日本人が、爆弾の威力に関する情報にまったく触れていなかった、と云う事実は無い。肉弾三勇士は爆破筒を抱えたまま散華したのであるし、上海、重慶、倫敦における爆撃被害の様子は、新聞・雑誌等で、ビジュアルとして提示されている。爆弾が落ちてくれば家屋敷、工場は吹き飛ぶ=そこに居た人も同様、と云う感覚はある。今の我々が大地震になればビルが傾き、アパートが潰れる事を知っているのと同じように…。

 昭和17年11月に大日本防空協会から刊行された「防空絵とき」は、民防空の心得を説いた本であるが、ここに「破壊用爆弾の効力」と云う図版がある。爆弾が一発落ちても、このような条件下であれば安全だ(つまり、この範囲にいると危ないと云うこと)、と図示したものである。


破壊用爆弾ノ効力其ノ三(250キロ級爆弾)

 この本には50キロ級、100キロ級の図もあるのだが、図のレイアウトがまったく同じなので、この本で紹介されている一番大きい(!)250キロの場合を掲載する。
 云うまでもなく、この「250キロ」爆弾は、イコール「250キロの爆薬」であることを意味しない。同じ250キロ爆弾でも、外装の材質、厚みにより、詰まっている爆薬の分量は変わりうるのである。
 本来ならば、そのあたりのデータを掲載したいところなのであるが、爆弾そのものに関する資料が手元にないのと、そもそもそんな資料はどこにあるんだ? と云う状態なので「こういうものだと当局は説明した」ものを紹介するだけにとどめる。
 また、使用している爆薬の種類により、爆弾の破壊力も異なる(核爆弾が良い例だ)。したがって1942年に発表されたこの図解通りの威力を、2002年に投下された250キロ爆弾が発揮するとは云い切れない(むしろ効力は強くなっているものと思われる)ことをあわせてお断りしておく。

 この図の備考が云うように
 爆弾の効力は信管の種類、延期の程度、構築物の構造、周囲の条件によって甚だしく差異を生ずるものである。
 本図解はその概要を示したものである。
 ことを御理解いただきたい。
 図は爆弾をはさんで、右側は屋外に対する危険範囲、左は屋内あるいは地下の待避所に対する危険範囲を表している。以下、各部分を紹介する。


「伏せる」、「物陰に隠れる」と云うやつです。必ず免れるとは書いていないのがミソである。



250メートルと云う距離が、どれくらいのものかを思うと、イラストの素朴さを笑ってはいられない
(片足が上がっているところが良い味を出している)



250メートルでは「死傷」だが、45メートルは「死亡」だけと云うのがミソである。  
破片がこの距離で当たると、ほぼアウトであることを婉曲に表記しているのであろう。



35メートル以内は「路上に在ると全部死亡」である!
電線の類は20メートル以内は駄目。          
もっとも電柱がどうなっているかまでははわからない(笑)。


 これを読めば、空襲の最中に路上で野次馬をしているのが、いかに危険であるかが理解できると云うものである。当然、爆弾で破壊されたガラス等の物体も飛散するわけであるから、身を隠すことがいかに重要かがわかる。
 しかし、爆弾の威力は、路上だけには留まらない…。


向こう3軒両隣り仲良く全滅である。木造家屋では、内部にいては助からない。



防空壕も危ない。今なら市販の核シェルターを使えば良いのだが…。



6メートルから12メートルの間にある防空壕が、どうなるのか
質問をして怒られた人は相当の数にのぼるものと当局では見ている(笑)。



これは、家具等を積み上げてつくる室内待避所である。
屋外に防空壕を作れない場合、ここで爆風、破片をかわして、
消火活動にあたることが要求されていたのである。



水も止まる。「防火用水」の水槽作りが奨励されるわけである。
当時の地下鉄が待避所として奨励されなかった理由は、地表から
浅いところに敷設されているからであった。その反省から、
都営大江戸線の駅は嫌がらせの様に深い(半分ウソ)。


 さて、今まで紹介した部分は、木造家屋と屋外の人に対する爆弾の効力であったが、コンクリート建築物に対する効力(ウラを返せば被害)を表したのが、以下の図版である。


ごらんの通り、縦方向への被害を意識したものとなっている。



実際のところは、爆弾を離した高さと、信管の構造により、この数値も変動することは云うまでもない。
(もちろんビルの構造も忘れてはならない)ビルの中も安全とは云えないことだけは確かである。
図をみていると、実は屋上が一番安全なのでは? と云う気さえしてくるのである(笑)…。



説類が懇切丁寧なので、つい「ああそうですか」で済ましてしまいそうになるのだが、
50キロ爆弾であっても、ビルの近くで破裂すれば、外壁吹き飛び、室内の人は死ぬのだ。
建物前に駐車した車が爆発し、建物内部の人が死傷する例を思い浮かべてみよう。



外壁は大丈夫でも、窓から爆風が入り込み、危害をうける場合がある。
レストランやカフェが狙われると非常に危険である。



鉄筋コンクリートの建物といっても、空襲には歯が立たないことが良くわかる。


 日本の場合、焼夷弾(と核爆弾)による被害があまりにも喧伝されすぎてしまったため、通常の爆弾に対する意識が極めて希薄であると云って良い。また、幸いにして戦後日本における大規模な爆弾事件が発生していない事も、爆弾に関する無関心を助長しているわけであるが、いわゆる「テロ」の手段として爆弾が使用されるのは、もはや国際的常識と云って過言ではあるまい。

 しかし、大型爆弾の威力は、この図版でおおよそのモノがつかめても、自爆テロで使用される小型の爆弾について、私も含め、カタギの生活をしている者は、その威力を知るよしもないのが実状である。
 「「自爆テロ」で使われる爆弾の威力が解らなければ意味が無い」と云う意見も当然あるだろう。しかし、日本が米国流の「空爆」を受ける事態が発生すれば、250キロ以上の大型爆弾が使用される公算は高い。そう云う意味で、この「防空絵とき」が250キロ爆弾どまりなのが今としては非常に惜しいのである。


 実際のところ、「防空絵とき」以後に発行された書籍、雑誌記事では、250キロ以上の大型爆弾の威力に関するものも掲載されてくる。相手がそう云うモノを落としてくる以上、マスコミもそれをとりあげないわけにはいかないのである。

 以下に掲載するのは、「国民科学グラフ」(昭和18年10月号)に掲載された図版である。


上から、50キロ、100キロ、250キロ、500キロ、1トンの威力を表している
地面にどのくらい深く潜り込むかが表現されているところが新しい。
つまり、どのくらいの深さの穴があくのか、と云うことでもあるからだ。



50〜250キロ爆弾の深さ。云うまでもなく、地面の質、落とす高さによって変動するはず
そもそも何メートルから落としたの?なんて主筆も知らない質問はしないこと(笑)


500〜1トン爆弾は、10メートル以上地面にめり込むわけで、
なんとなく不発弾が「掘り出される」理由がわかるような気になる。



500キロ爆弾の危害範囲である。左は爆風による殺傷範囲、中央は破片、
右は家屋への影響である。この図を直径とみるか半径でみるかで威力の度合
が大きく変わってしまうのだが、「防空絵とき」の図版と照合してみると、
半径のように読みとれる。もっとも、50キロ〜250キロの図を見比べる限りでは、
こちらの図版の方が被害範囲を少な目に見積もっているようである。
*その後資料精読の結果、直径であることが確認されたので訂正する(2002.9.2)



1トン爆弾の場合。2002年7月にイスラエル空軍が、人ひとりを殺すために
落とした爆弾の威力がこのくらいである。自衛隊が不発弾処理をする際に、
広範囲にわたって住民を避難させる理由がよくわかる。


 このような図版のもととなったと思われる、陸軍築城本部での実験については、「日本防空史」(浄法寺 朝美、原書房)に詳しい。この本を使うと、爆弾の重量、投下高度、飛行機の速度を数式にはめこみ、被害の程度をシミュレートする事も出来そうなのである。

 そこまで詳細を究めなくても、ゼンリンの住宅地図(買うと高いから図書館で見るのがお勧め)を引っぱり出して、ご自分の住まわれている所、気にくわないヤツの家(笑)を中心に、上記の図版を参考にして、円を描いてみれば、爆弾のおっかなさを少しは実感していただけるものと思っている。
 小都 元「テポドンの脅威」(新紀元社)によれば、テポドンの弾頭は、1トンの物体を運搬する能力があると云う。

穴でも掘るか…