リノ・エアレース観戦記 2016年
今年のリノは大きな変化が幾つもあり、開催前から「転機の年になるだろう」と言われていました。2003 年以来のメインスポンサーだったブライトリングが離れ、また 1999 年以来続いてきた古典機持ち寄りの展示品評会「ヘリテイジ・トロフィー」のスポンサー、ロールスロイスも離れたこと。そしてアンリミテッド・クラスの参加機の激減。イベントとしての救いは米海軍デモンストレーションチーム「ブルー・エンジェルス」が久しぶりにリノの空を舞うことでしたが、その陰では民間のパフォーマー参加も激減していました。
ブライトリングに代わってリノのメインスポンサーを買って出たのは、チェーンソーを筆頭とする動力工具の大手スティール(STHIL)社でした。電気ノコギリと飛行機レースの接点は薄いような気がしますが、同社は 2013 年からスポーツ・クラスにランスエ・レガシイ L2K No.30 で STHIL として(社長の趣味で?)レースに参加していた経緯があるので、その伝手を頼ったのかもしれません。2011 年の惨事以来、膨れ上がった保険料と難色を示すスポンサー探しに奔走するリノ運営委員会にとってはありがたい救いの縄でしたが、派手な演出をバンバン打っていたブライトリングにくらべると地味さは否めず、「なんか貧相になったわね」という声は会場でも聞かれました(´・ω・`)
ヘリテイジ・トロフィーの中止については事情がよくわかりません。確か開催1ー2ヶ月前のかなり急な告知だったはずです。「ブルーエンジェルス招来の条件として駐機場を空けなければならないことになった」という噂も聞きましたが、ブルーエンジェルスはスタンド席セクション3正面の駐機場を使用しており、ヘリテイジ展示コーナーだった駐機場は大きなテントを立ててビデオを流したりしているという、何だかよくわからない空間になっていました。一見すると古い複葉機やセスナが並んでいるだけのヘリテイジは地味といえば地味だったのですが、そこに並んでいる飛行機の価値がわかるにつれて段々楽しみになっていたので、この中止は個人的にはとても残念でした。
アンリミテッドの減少は 90 年代から何度も「もう何年続くかわからない」と言われてきたことですが、ついに来るものが来たかという印象です。2011 年の事故で保険料が高騰したうえ対Gスーツの着用が義務付けられ、P-51 やシーフューリーを所有しているオーナーが「どれパパもいっちょエアレースとやらに出てみるか」というレベルのストック大戦機参加が激減したのですが、ゴールドクラスで上位優勝を争うガチレーサーの数はむしろ増えたので一時的にはレースイベントとしての勢いは盛り上がったように見えました。しかし、数年間重ねた無理がとうとう息切れになった感じです。ガチの優勝候補は P-51「ブードゥー」、R-2800 YAK「チェックメイト」、R-4360 シーフューリ「ドレッドノート」の3機だけ。ストレガ、ダゴレッド、レアベア、232 (旧セプテンバーフューリー)はいずれも機械的・資金的トラブルで参加せず。ストッククラスの一般参加はたった3機、常連の P-51「スパーキー」「レベル」と新オーナーの手で数年ぶりに戻ってきた R-1830 YAK「リリア」だけ。運営委員会は関係筋に頭を下げて回ったようで、チノの航空博物館から P-51 が2機、サクラメントのサンダースショップからシーフューリー1機が参加して何とかレースとしての体裁を保つ格好になりました。
民間のパフォーマーはジム・ピーツのボナンザとマイク・ウィスカスのピッツの飛行演技と、「スモーク&サンダー」のジェットカーだけ。昔は全米トップクラスのパフォーマーが4〜5名、それに加えて軍による展示飛行が午前は FA-18・午後に F-16 とライバル意識むき出しで開催されたりしたのに。会場には F-35A が2機飛来していましたが、空軍公式展示飛行チーム所属機なのに何故か開催期間中の飛行展示は無し。木曜日には U-2 のフライバイ、金曜日には QF-4 (F-4 ファントムの遠隔操縦標的機型、有人操縦も可能)の展示飛行があったのに「本番」たる土日には無いという、「なんだかなー(´・ω・`)」という状態でした。
今年のリノでは死亡事故は起きませんでしたが、金曜日にはジェットクラスのバンパイヤが不時着大破(昨年優勝機の No.24)。土曜日にはスポーツクラスで空中火災不時着後に延焼大破(日本人女性インストラクターの高木ちわみ氏操縦の No.0)する事故が起き、そして日曜日には複葉機クラス決勝でレース終了後の着陸時に優勝機の No.23 と二番の No.17 が滑走路上で衝突、フォーミュラワンクラス決勝では離陸時に前列の No.1 がエンジン停止、赤旗が振られたにもかかわらず「勢いで」離陸滑走が始まってしまい後列の No.11 が衝突する事故がありました。どちらの事故も機内カメラ映像が Youtube に上がっていますが、特に後者はあと数メートル左にずれていたら全力回転するプロペラが操縦席を直撃して大惨事になっていたところでした。
Youtube 複葉機追突事故
Youtube フォーミュラ1追突事故
モータースポーツに事故は付き物とはいえ、避けられたはずの事故が起きてしまったこと、しかもそれがバイプレーン・フォーミュラー1のトップクラスで起きてしまったことは非常に残念です。バイプレーン No.23 はレース専用に魔改造された Mong Sports 機で今年初参加の初優勝、フォーミュラ No.11 はここ数年連続優勝を続けている強豪、No.1 は逆ガル翼の過激な設計で話題を集め、今は二重反転ムスタング「プレシャス・メタル」を火災で損傷し修復中のトム・リチャード氏が購入してレースに出ている機体ですから…。
レースの結果は以下の通り。
フォーミュラ1:予選では新参の No.31「フレッド・ノート」が強豪 No.11「エンデヴァー」を常に引き離して決勝での戦いが楽しみにされていたのですが、まさかの離陸時接触事故。No.31 が初栄冠。
バイプレーン:毎年2周差で楽々優勝を重ねてきた魔改造機 No.62「ファントム」が今年は欠場、代わりに登場した No.23 のお手並み拝見でしたが圧倒的な速さで初参加優勝。しかし着陸時にまさかの接触事故で損傷…。
スポーツ:今年はスポーツクラスが大豊作、総勢 47 機の大所帯となりました。とはいえ殆どがストックの RV-4 と RV-8。ガチ優勝を狙うのは上位ほんの5〜6機です。かつてのアンリミテッドの盛況がスポーツクラスにシフトしたみたいな雰囲気。昨年は強豪 No.39 が本業のトラブルで不参加となりサンダーマスタング No.352 のジョン・パーカーが悲願 20 年来執念の優勝を果たしたのですが、今年戻ってきたジェフ・ラベルの No.39 グラスエア III はやはり圧倒的な速さで他を寄せ付けず、2位のサンダーマスタングに半周以上の差をつけて優勝となりました。
AT-6:ここ数年勝ちが続いている No.43「ミッドナイトミス III」、強豪の No.6「シックスキャット」、毎年良いところで勝ちを逃していた No.14「バロンズ・リベンジ」の3機が駆け引きを演じながら最後までダンゴになる迫力のレース、ホームストレッチで飛び出した No.14 が「シックス・キャット」にわずか 0.18 秒の差で初優勝を掴みました。
ジェット:優勝候補のヴァンパイヤ No.24 が事故でリタイヤし、強豪の No.5「アメリカン・スピリット」が余裕の優勝。なお今年のジェットクラスにはユーゴスラビア製の SOKO G-2 ガレブ、イタリア製のサボイア・アエルマッキ S211 という珍機が参加しており、特に G-2 ガレブはゴールドクラスで6位と健闘を見せていました。
アンリミテッド:下馬評どおりブードゥーが余裕しゃくしゃくで飛ばして優勝、チェックメイトは必死で追うもののブードゥの尻尾を掴むこともできず2位(それでも過去最高位のはず)、ドレッドノートは「いつもの調子」で R-4360 のゆったりパワーで3位。カート・ブラウンの R-3350 シーフューリー「ソウボーンズ」はカウリング周りを弄っていて「今年はやるかも?!」と思われましたが、かなり差を付けられての4位。5位「アルゴノート(R-2800 シーフューリー)」と6位「924G(セントーラス・シーフューリー)」はまぁ、最初から嵩埋め参加ですから…(;´Д`)
…とまぁ、予想通り「転機の年」となった 2016 年ですが、課題もまた多く抱えてしまったように思います。地上接触事故が立て続けに2件も発生してしまったことや、レースとエアショウどちらに軸足を置くのかという選択、レースならばアンリミテッドに代わる「目玉」の確立、エアショウならば抽選招来のエンジェルスやバーズに頼らないパフォーマーの確保が課題でしょうね。
悪いことばかりでもありません。スポーツクラスの参加者増加は次世代を担うエアレーサーの基盤ですし、かつて「同じ機体(L-39)ばかりで面白くない」「エンジン音が静かすぎて迫力がない」と文句を言われたジェットクラスも「速くて迫力がある」「静かなので楽しみやすい」という評価を観客席から聞きました。
[リノ・エアレース]
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