リノ・エアレース観戦記 2015年
金曜日予選、アンリミテッドではスチュワート・ドーソンの駆るレアベアが1着、フート・ギブソンの駆るストレガが2着。昨年までの優勝機、スティーブン・ヒントンのブードゥーは少し離れて3着。吸気系や冷却系を大改造したという今年のブードゥーはまだ本調子が出ていないのか、それとも土日に備えてエンジンを温存しているのか?いずれにせよ、トップクラスのアンリミテッド・ゴールドレーサーが3機も並ぶのはもう十数年ぶりです。予選でエンジン吹っ飛ばしてリタイヤ欠場が起きないことを願いながら金曜日が終わり、Mさんたち一向とタイ料理屋で晩飯を共にします。
土曜日、しょっぱなにブードゥーが飛び出してベアを抜きトップに立ちます。やっぱり本性を隠していたか!しかし3位のポジションからストレガも追い上げ、ストレガとブードゥーの1・2争いに。おいおい、まだ土曜日だぜ?!もちろん観客席は大喝采。しかしブードゥーは早々にスロットルを引き、ストレガ1着・ブードゥー2着・レアベア3着となります。ピットに戻ってきたストレガの排気管周りは塗装が焼けて剥離しており、激戦ぶりを物語ります。土曜にこれだけエンジン酷使して日曜の決勝は大丈夫か?スロットルを引いたブードゥーはどれだけ余力を残しているのか?レアベアが空冷 R-3350 底力を見せるのか?
土曜日の夕食はリノのステーキ名店「ルビー・リバー」。テーブル待ちのなかにセクション3のオレンジTシャツを見つけて言葉を交わします。誰を応援している?と言われて「スティーブの名が勝者リストに並ぶのを見たい」というと「スティーブはクールだよな。でも俺のフェイバレットはレアベアだぜ!」。このリーゼント男「ジョニー」は言葉に違わず、日曜の決勝では「ベア!ベア!ベア!」の応援の音頭を取っていました。
日曜日も好天に恵まれます。ほとんど無風でフォーミュラ1クラスの決勝が昼過ぎに繰り下げられたくらい。しかし午後のスポーツクラス決勝(「サンダーマスタング」No.352のジョン・パーカーが20年悲願の初優勝!おめでとう!)の後、急に風が吹き始めます。まさに嵐の予感。トップクラスのゴールド・レーサーが3機も決勝に顔を揃えるガチ勝負なんて十数年ぶりです。エントリーには入っていても予選で1機また1機とエンジンを吹っ飛ばして脱落し、決勝には1〜2機しか残らないのが普通でしたから…。
運命の時。弾丸のようにシュートを下ってきたレーサーは1番パイロンで一斉に左旋回に入ります。先頭を飛ぶストレガにさっそく食いついてゆくブードゥー。観客席からは「ブードゥ!ブードゥ!」の応援。しかし今年のストレガは速く、追いつけません。むしろじりじり離されてゆきます。ホームパイロン通過時すでに10機長ほどのリード。一週目のラップ速度は503.5mph(810Km/h)。
2周目、ストレガとブードゥの差は更に開き、3番手を飛ぶレアベアが競り上がってきます。3周目でブードゥーを「射程距離」に捕らえ、バックストレッチの「バレイ・オブ・スピード」で激しく追い上げます。4周目、ホームストレッチ前で早くもストレガが周回遅れのNo.924(セントーラス・エンジンのシーフューリー)を抜き、ブードゥーはベアに追わながらパイロンを回ります。5周目、ストレガのリードはもはや磐石。5周目のバックストレッチでベアはブードゥーに並びます。高度はベアが上。高度を利して加速しながら遂にブードゥーを抜き、セクション3からは大喝采。だがその直後、ホームストレッチ通過後にブードゥーがコースから引き上げ、観客席からは悲鳴のような嘆声。レース後で聞いた話によると、冷却液のヘッダー・タンクが漏れて水温が上がったためリタイヤしたようです。スティーブン・ヒントンのレース本戦におけるリタイヤは初めてのはずですが、落ち着いた操縦で14-32滑走路に着陸してきました。これも後で聞いた話ですが、何度も何度も引き起こしと不時着の手順を練習していたとのこと。天才だけじゃないんだなぁ…。
その後は大きな動きもなく、「フート」ギブソンの駆るNo.7ストレガが堂々の1位入賞。2位はスチュワート・ドーソンのNo.77「レアベア」。この2人は2000年代、それぞれNo.99「リフ・ラフ」とNo.105「スピリット・オブ・テキサス」のR-3350シーフューリーでゴールドクラスを健闘していたパイロットです。20代のスティーブン・ヒントンは特例としても、リノのゴールドも世代交代が進んでいるんですね。3位に入ったのはR-4360シーフューリーのNo.8「ドレッドノート」、「大排気量の余裕でマイペースで飛んでいれば、上位勢がエンジン吹っ飛ばして自動的に繰り上がる」という作戦が今年も功を奏しました。
ロバート・「フート」ギブソンは元米海軍パイロット。戦闘機パイロット養成コース「トップガン」の初期卒業メンバーで、F-4ファントム(VF-111)とF-14トムキャット(VF-1)でベトナム戦争に実戦参加し、その後は宇宙飛行士としてスペース・シャトル打ち上げミッションで5回の船長(Commander)を務めたという物凄い経歴の持ち主。でもピットにいる彼はいつも飄々とした微笑を浮かべ、幾多の死線をくぐり抜けてきた凄みを感じさせない、むしろ好々爺という印象を受ける人物です。Mさんによれば「今年のストレガのピットは雰囲気が違った」とのこと。宇宙という極限状況のなか、出身も専門分野も違うクルーの精神的支柱としてのコマンダー役を5回も務めた彼には、まさに「ライト・スタッフ」があるのでしょう。
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