リノレース今昔(3) リノの未来を考える


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パイロンで示された規定コースを飛行機が低空で飛んで速度を競う「エアレース」は、今は世界中でもリノでしか開催されていません。既に述べたように、エアレースがエアショウの華だったのは第二次世界大戦前までの話です。戦後のクリーブランド・エアレースはタダ同然の余剰放出機を使ったお遊びみたいなものでしたし、それも長続きはしませんでした。リノは世界最後の常設エアレースですが、それに必要な経費や困難に対する集客力はかなり疑問です。
普通のエアショウが郊外の地方空港を借り切って開催されるのに対し、エアレースは空港に隣接した数キロ四方の広大な土地を必要とし、その上空で「墜落するかもしれない」イベントを開催することについて土地権利者・住民・市町村・司法機関の了解を取り付けなければなりません。もちろんアメリカには周囲数百キロ無人の砂漠が茫々と広がっている場所もありますが、そんな場所でイベントを開催すれば観客動員力が著しく削がれてしまい収支が成り立ちません。1964年以降、リノ以外の場所でもエアレース・イベントは何度か企画・開催されましたがせいぜい続いて3年、多くは1回限りで終わってしまっています。
そういう事情を考えると、リノ・タホ国際空港のあるカジノタウンから車で30分未満の場所で今でもパイロン・エアレースが、しかも魔改造を施した化物レシプロ機によるアンリミテッド・エアレースが開催できているというのは一種の奇跡です。もちろん奇跡は起こるべくして起きるものではなく、その特別な場所を守ろう・続けようという主催者・出場者・観客の力があって続いているものではあるのですが…。

リノ・エアレースはいろんな意味で異端のモータースポーツです。多くのモータースポーツが巡業制・シーズン制なのに対してリノ・エアレースは年に1度・リノの1週間しか開催されず、まとまった観客を動員できるのは土日の2日間しかありません。出場チームは全員がプライベーターでスポンサーを持っているチームも多くはなく、ほとんど自費の持ち出しで参加しています。賞金は出ますが出場費用に見合うものではなく、しかも上のクラスに行けば行くほど赤字になり、まして本気優勝狙いでエンジンを破裂させたりすれば千万円単位の大赤字です。レース以外には全く使い道のないアンリミテッド・カスタムレーサーなど、年に1度・たった1週間のために払い続ける年間維持費を考えるととんだ金食い虫です。オーナーが引退してかつての愛機を売りに出すとき、レースカスタムを全部取っ払って軍用オリジナルに近い状態に仕立て直すことも少なくありません。そのほうが高く売れますし、そもそもレースカスタム機など殆ど買い手が付かないのです。
何故にそんなに大金を注ぎ込み、生命を危険に晒してまでリノ・エアレースに出場するのか。殆どのオーナーパイロットは「楽しいから」と答えるでしょう。限界までチューニングしたエンジンを全開にし、高度10mの低空を700Km/hで合法的に飛べ、しかも目的を共有するレース仲間やバカになって応援してくれる観客と出会える場所はリノしかありません。その場所にしかない「楽しさ」、そしてごく限られたパイロットだけが入れる場所の切符代としては数千万円を注ぎ込んでも惜しくはない、というのがレーシングパイロットの動機だと思います。ですが、その「楽しさ」を引き継ぐ人は少しづづ、しかし確実に減少しています。機体の購入価格・維持費用の高騰、半世紀前のレシプロ戦闘機に無茶苦茶なチューニングを施して限界性能を引き出すことに、採算を度外視した「ロマン」を感じる世代が少なくなっているのは事実です。
アンリミテッド先細りの危機は1990年代から言われていたことで、これに対して1998年からは「スポーツクラス」、2000年からは「ジェットクラス」が新設されました。スポーツクラスは500hp程度のエンジンを積んだレシプロ機、ジェットクラスはアフターバーナー無し・後退翼無しのジェット機(多くはチェコ製のL-39練習機)で開催されるレースです。ジェットクラスの平均速度はアンリミテッドより速く、500mph(800Km/h)を超える「世界最速のモータースポーツ」ですし、スポーツクラスにはアイデアと工夫を凝らした機体が多く参入して賑やかです。それぞれに競技としては見所も面白さもあるクラスなのですが、アンリミテッドが無くなってもリノを支えられるだけの集客力があるか…はちょっとわかりません。
一方アンリミテッドの方は、2013年には「Unlimited & Warbirds classic」という呼称が使われました。本気チューンでリノに挑む改造レーサー機が引退しても、大戦機を所有するオーナーが「ちょっくら出てみるか」というノリで参加できるイベントとして軟着陸させ、スピード競技としての役割はジェットとスポーツに譲ってゆこうという意図があったかも知れません。しかし、今年2014年の出場者は「本気チューン」のレーサー機がほぼ全機顔を揃えたのに対し、シルバー・ブロンズクラスのストック仕様大戦機の参加者が大幅に減少し、ブロンズクラスが無くなって全機シルバーに繰り上げされるという現象でした。これは「本気チューン」のレーサー機やオーナーが引退したあと、「ちょっくら出てみるか」というノリでアンリミテッドを引き継ぐ世代が薄くなっているという深刻な兆候です。ここ数年、リノに飛来してピットエリアに飾ってはあるけれど、レースには出場しない機体が増えているようにも思います。機体や維持費用の高騰に加え、特に2011年以降に高騰した保険料に対し、リノ・エアレースに出場して得られるものが見合わなくなったと感じられているのかも知れません。

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さて、観客はどうでしょうか。「セクション3」に代表される、リノ・エアレースの為に一週間の休暇を取って世界各地から馳せ参じるハードコアなファンは決して多くはありません。やはり「普通の人々」、エアレースはもちろん飛行機や航空技術について詳しくは知らないけど、何だか楽しそうなイベントだから子供達を連れて行ってみるか、という階層が数としては多くを占めます。こういう人達がチケットを買って入場し、会場内で飲食してTシャツなどのお土産を買い、リノ市のカジノホテルに宿泊してくれなければイベントとしての収支は成り立ちません。しかし、今のリノ・エアレースに「普通の人々」を惹き付ける魅力があるか?は微妙なところです。クリーブランド時代と同じく、普通の人にとってはマーリン・エンジンから3000馬力を捻り出すアンリミテッド・レーサーも「昔の戦闘機」に過ぎないのですから。グリネマイヤーの記録がどうしたとか、今年はどの機体がどんなチューニングを施したなんて楽屋ネタはマニアだけが楽しめば良いことで、イベントとしては「何が起こっているの?」「どんな人が飛んでいるの?」ということが前提知識の無い人にも伝わらなければ楽しめません。
2011年までのリノはハードコアなエアレースファンに甘えていたところがありました。機体の小さなフォーミュラ1や似たような機体・塗装の多いバイプレーン・クラスは双眼鏡が無ければ何番機が何位に居るかを把握することすら難しいのですが、「エアレースとはそういうものだ」と割り切ってやってきた節があります。しかし流石に甘えていてはいけないと思ったのか、2012年以降はいわゆるオーロラビジョンが設置され、望遠カメラの映像が中継されて少しはわかりやすくなってはいるのですが、画面の台数が少なくてオーロラビジョンの映像を見るために双眼鏡が必要な場所もあり、もう一工夫欲しいところです。今年2014年にはインターネットへのリアルタイム中継も加わりました。エアレースとはどういう物なのかを世界中の人に観てもらい、楽しそうだから来年はリノに行ってみようかな?と思う人を一人でも増やせれば…という工夫だと思います。

結局、最後にモノを言うのはお金です。お金があれば経済効果を理由にイベント継続を主張することもできますし、出場するチームに賞金で報いることもできます。
お金を集めるには観客入場料やグッズ販売による直接の収益と、スポンサーから出資を受ける方法の2つがあります。スポンサーの主目的は広告宣伝なので、そのイベントがどれだけ多くの人の目に触れるか…どれだけの観客が来場し、どれだけの人がTVやネットを通じてそのイベントを観るのかを主張できなければなりません。今までのリノは、そういった活動をあまりうまくやって来ませんでした。2004年以降は腕時計のブライトリングが「ゴールド・スポンサー」となり、観客席正面のホームパイロンを「ブライトリング・ホーム・パイロン」と呼ぶなど一応の活動はしているのですが、「走る広告塔」とまで呼ばれる自動車レースイベントのメディア密着と広告宣伝効果の追求に比べれば、まだまだヨチヨチ歩きのような段階です。個人的には、田舎の草レースっぽい野暮ったさに満ちた今のリノ・エアレースの空気は心地良く、あまりギスギスと商業化して欲しくはないという想いもあるのですが、イベント継続のためには贅沢は言っていられないでしょう。
2011年の事故で落ち込んだ観客動員数の回復には、「エアレースって危ないんじゃないの?」というイメージの払拭や、エアレースの何がどう面白いのかという丁寧な説明、レース以外にも楽しいイベントがてんこ盛りの空のお祭りなんだよ!というイメージの醸成が必要でしょう。そのためには何といっても安全管理が絶対必要な条件ですし、セクション3のオレンジ連中だけがキャーキャー騒いでいて、一般の参加者には「何だかよく知らない昔の飛行機がぐるぐる回ってるだけ」と思われるようではダメです。

個人的には、リノは「エアショウもあるエアレースイベント」から「エアレースもあるエアショウイベント」に変わらなければ生き残れないのではないかと思っています。軒を守るために母屋を貸すことも厭わない覚悟が必要なのかもしれません。たとえ古くからのエアレース・ファンに「昔はこんなじゃなかった」と言われても、新たな世代が「楽しかったね、また来年もリノに来よう!」と言ってくれるイベントを目指すべきでしょう。
ただ…3000馬力にチューンアップされたマーリン・エンジンが「フーン」という甲高い爆音を奏で、オーバーブーストの排気煙とラジエター水散布の航跡を曳きながら800Km/hでホームストレッチを駆け抜ける姿を見られるのは、もう何年もないかも知れません。90年代から既に「あと10年続かないかも」と言われていたリノ・アンリミテッドが、21世紀に入って14年後にもまだ続いているというのは物凄い奇跡だと思います。

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要するに、リノ・エアレースを観に行こうと思っているのなら、早いに越したことはないよ?という宣伝でもありました(^^;)

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