リノ・エアレース観戦記 2013年 アンリミテッド・ゴールド決勝


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「ブードゥー」というレーサーがリノに登場したのは 1995 年のことになります。二輪のレースライダーとしても有名なボブ・ハンナが搭乗し No.55「Voodoo Chile」として出場、この時はまだ P-51D 水滴型キャノピーでしたが予選で 440mph の好成績を収めたものの、決勝ではエンジン不調で 406mph 5 位に終わったと「RENO Air Racing(Michael O'Leary, MotorBooks)」にあります。
「Voodoo Chile」というのは天才ギタリスト・ジミーヘンドリックスの名曲から取った命名でしたが、不幸にしてエアレース界隈にはロック音楽に造詣の深い人は少なかったらしく「ブードゥー・チリって何だ?どんな食べ物だ?!」と繰り返し聞かれたオーナーが頭に来て、翌年から Chile を外して「Voodoo」にしたと言われています。

その後、ブードゥーは「タイガー」ディスティファニーのもとに預けられ、No.4「ダゴレッド」No.7「ストレガ」に類するレース専用機として改装を受けることになりました。当時、経営するの農場の不作続きで資金難に陥っていたディスティファニーにとって渡りに船の話でしたが、ブードゥーの改装は「ストレガ」連勝に心血を注いでいたチーム・ストレガの整備士ビル・カチェンフォートとディスティファニー不仲の原因になったとも伝えられます。「マーリンの魔術師」「優勝請負人」とまで呼ばれたカチェンフォートはチーム・ダゴレッドに移籍し、この年からダゴレッドの連勝が始まるのですが、それはまた後の話。ダゴレッド、ストレガに続く三女として生まれ変わったブードゥーはエンジンカウリングをカーボン樹脂製の一体成型にするなど、最も進んだ技術を取り入れたアンリミテッド・レーサーになります。
改装なった 98 年、純白の塗装に身を包んだブードゥーは再びボブ・ハンナの手でリノに望みますが、土曜日のレース中にエレベータータブが吹き飛んで突然垂直上昇。強烈なGで気絶したハンナは失速直前に辛うじて意識を取り戻し緊急着陸しますが、オーナーのボブ・バットンはトラブルの連続にほとほと嫌気が差したらしく、翌日ハンガーに置かれたブードゥーのプロペラには「Familiy Sacrifice Ends! For Sale or Trade」の札が下げられていました。

…というのが、私がリノ初観戦する 99 年以前の話。99 年からはジンクスを振り払うべく黄と紫とチェッカーの塗装に衣替えし、レースナンバーも No.55 から No.5 に変更。ふたたびボブ・ハンナの手でリノに挑んだブードゥーはしかし、大会運営の手違いもあってゴールド最下位に終わります。その後は転売に次ぐ転売を重ね、間欠的にリノに出場しますがトラブルの連続。2001 年頃にはせっかくストレガにならったレースキャノピーを廃止して複座 TF-51 仕様の水滴キャノピーに戻し、もはやレースキャリアは終わったとも噂されていました。

2003 年まではスキップ・ホルムの駆るダゴレッドの圧勝が続き、2008 年にタイガー・ディスティファニーが執念の7勝目を挙げた翌年からはチノの若き貴公子・スティーブン・ヒントンとストレガの連勝がはじまります。この間、ブードゥーは毎年のようにレース出場を宣言し、毎年のように「今年こそは?」と期待されながら事前トラブルで出場できずじまい、あるいは出場してもエンジントラブルでリタイヤという不遇が続いていました。

今年 2013 年は大きな番狂わせでした。4年連続優勝(ただし 2011 年は「ギャロッピング・ゴースト」墜落事故でレースは中断、予選結果をもって優勝者が決定された)を遂げていたチーム・ストレガのパイロットが突如としてマット・ジャクソンに変更され、スティーブン・ヒントンはかつてマットの乗機であったブードゥーに搭乗することになったのです。噂に聞いた話では大金の絡むキナ臭い話が背景にあるようですが、真相はわかりません。

リノ通算11回優勝、4年連続優勝中のNo.7「ストレガ」を駆るベテラン、マット・ジャクソンか?

ストレガに次ぐ通算10回優勝、最古参にして最速のベアキャットNo.77「レア・ベア」を駆る「テキサス・カウボーイ」スチュワート・ドーソンか?

「栄冠なき強者」No.5「ブードゥー」を駆るエアレース界の若き貴公子スティーブン・ヒントンか?

優勝記録1回を持つ最速のシーフューリー No.232「セプテンバーフューリー」を駆る元トップガンにしてスペースシャトル船長、フート・ギブソンか?

大改装を施してゴールドに挑む、二重反転グリフォン搭載ムスタング No.38「プレシャス・メタル」を駆るトム・リチャードか?

数年間の修復を経てリノに復帰した、R-2800 搭載 Yak-11 No.86「チェックメイト」を駆るシャーマン・スムートか?

16機がエントリーしたアンリミテッド・クラスのなかで、優勝候補はほぼこの5機に絞られていました。もしこの5機がことごとくトラブルで脱落したならば、R-4360 を積んだシーフューリー、「故障知らずの強者」No.8 ドレッドノートが優勝するでしょうが、いくら何でも強豪5機が揃って脱落することはないでしょう。…とはいえ、何が起こるか判らないのがアンリミテッド・エアレースではあります。

番狂わせは予選前に起こっていました。No.38 プレシャスメタルが練習飛行中にエンジンを破損してしまったのです。急遽予備エンジンをチューンアップしてレース出場には間に合わせたものの、上位入賞は望めても優勝は厳しい事態になりました。
次の番狂わせはレース開催後の水曜日、予選中に No.7 ストレガのキャノピーが風圧で粉砕するという事故が発生します。応急修理を施し金曜日には戦列復帰したものの、最下位から繰上げで日曜ゴールド出場を目指すという苦しい戦いを強いられることになりました。

上位勢は No.5 ブードゥーが圧倒的な速さでトップに立ち、二番に No.232 セプテンバーフューリー、三番 No.77 レアベア、四番 No.86 チェックメイト、五番 No.38 プレシャスメタル、六番 No.8 ドレッドノートとほぼ下馬評どおりの展開になります。しかし土曜日のゴールド予選で No.232 セプテンバーフューリーはバックファイヤを起こして緊急着陸、エンジンは無事だったものの吸気配管が吹き飛んでリタイヤとなり、また No.86 チェックメイトが強豪 No.77 レアベアを抜いて二番手に繰り上がります。

最終日曜日は No.5 ブードゥーがポールポジション、二番手にチェックメイト、三番手にレアベア、No.7 ストレガは遥かに離れて八番手からのスタートになります(九番手にはシルバーから繰り上がった No.11 ミス・アメリカが入りました)。観客の人気は何といってもブードゥーに集中。ほぼ 20 年越しの悲願の優勝と、若き天才パイロット5年連続優勝というドラマが掛かっています。次点は No.7 ストレガ、その次が No.77 レアベアといったところでしょうか。個人的にはブードゥーの活躍はもちろんのこと。No.86 チェックメイトが何処まで頑張れるかに期待していました。

「Gentlemen, you have a race」

先導機 T-33 を駆るスティーブ・ヒントン(スティーブン・ヒントンの父上、プレーンズ・オブ・フェーム現館長、彼自身も2回のリノ優勝経験あり)がレース開始を告げ、レーサーは左旋回でコースに入ります。飛び出すブードゥーを双眼鏡で視認し、最後尾にいるストレガを視認…視認…できません。ストレガは何処に行ったんだ?もうエンジントラブルでプルアウトしたのか?肉眼でコースを確認すると、バックストレッチに白い翼が輝きました。1/4 周もしないうちにストレガは6機を抜き去り、二番手に繰り上がってブードゥーを追撃していたのです。観客席はもちろん大興奮。しかし今年のブードゥーは速い!追いすがるストレガに対し半周差をつけ、レーシングマーリン特有の甲高い爆音を立てて観客席前を通過します。
かつて「タイガー」ディスティファニーが搭乗していた頃、ストレガは緊急着陸の常習者として知られていました。速いときには無茶苦茶速いけど、完走できずに着陸することがあまりにも多い。リノ・ステッドに2本ある滑走路のうち、観客席に対し斜めに入る 32/14 滑走路は「Tiger's Private Runway」と呼ばれていたほどです。一方のブードゥーもエンジントラブルについては他のレーサーに負けない経歴の持ち主。500mph ちかいデッドヒートのなかで、ガラスの心臓マーリンがどこまで持ちこたえるのか…マーリンレーサーが全機エンジントラブルでリタイヤし、レアベアやドレッドノートに栄冠が回ってきた例は何度もあります。機体の空力洗練やパイロットの操縦技量も必要不可欠ながら、勝敗を分ける最大のポイントはエンジンマネージメント、それがリノ・アンリミテッド・クラス。果たして 2013 年の結果はどう出るか、最後の最後まで目が離せません…。

最初の半周でストレガが飛ばしたあとレースは各機の間隔が次第に離れてゆき、トラブルが無ければ順位変更は無さそうな展開となります。ストレガはブードゥーまで 1/4 周まで迫りますが、それ以上距離を詰められません。スティーブン・ヒントンは冷静にブードゥーとの距離を保ったまま逃げを図っているらしく、トラブルの兆候も見せずに先頭を飛び続けます。ホームパイロンに白旗が上がりあと1周。ストレガが破れかぶれの突撃をかけるかと思いましたがそれもなく、1着ブードゥー、2着ストレガ、3着チェックメイト、4着レアベア、5着プレシャスメタル、6着ソウボーンズ、7着アルゴノート、8着ミス・アメリカという結果になりました。

チーム・ブードゥー悲願の初優勝、そしてスティーブン・ヒントン26歳にして5年連続優勝の快挙、おめでとう!

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