リノ・エアレース観戦記 2006年 アンリミテッド・ゴールド決勝


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土曜日、ダゴレッドとブードゥはエンジントラブルで出場断念がアナウンスされる。レアベアは既に金曜の予選で1番シリンダを吹っ飛ばしてリタイア。ストレガもゴールド予選で4周目にプルアウト。観客席に何とも言えない溜息が漏れる。
ムスタングでは唯一、シルバー予選で老達ジミー・リーワードの駆るクラウドダンサーが調子良く飛ばしてゴールドに繰り上げているが、上位入賞は望みがたい。「巨人殺し」のチェックメイトが総合3位に付けているが、セプテンバーフューリーとの実力差は如何ともしがたい。2位のドレッドノートを捕捉できるかどうかも微妙なところだろう。

日曜日、「昨日のトラブルはバルブが1本開状態で引っかかったもので、エンジン本体に損傷なし。ストレガはゴールドに出る!」とのアナウンス。観客席に歓声が沸く。やっぱりこうでなくっちゃ!セプテンバーもチェックメイトも良いレーサーだし、R-4360 の野太い爆音を轟かせて飛ぶドレッドノートも迫力があるが、やはりレーシング・マーリンの甲高い咆哮が無ければアンリミテッド・ゴールドは物足りない。

2006年リノ・アンリミテッド・ゴールド決勝出場機

No.232 セプテンバー・フューリー/マイク・ブラウン
No.8 ドレッドノート/マット・ジャクソン
No.55 チェックメイト/シャーマン・スムート
No.86 リフ・ラフ/フート・ギブソン
No.105 スピリット・オブ・テキサス/スチュワート・ドーソン
No.13 フューリー/ハワード・パーデュー
No.117 バッド・アティチュード/ビル・レインシルド
No.9 クラウド・ダンサー/ジミー・リーワード
No.7 ストレガ/ビル・ディスティファニー

9機中6機がシーフューリーである。しかもクラウドダンサーは離陸直後にエンジンから白煙を噴いて脱落、もはやシーフューリー軍団に立ち向かうのはチェックメイトとストレガだけだ。

「Gentlemen, you have a race.」

リリース直後、「タイガー」の渾名どおり猛烈なアタックをかけたストレガは居並ぶシーフューリーを半周でゴボー抜きして3位に上がり、残り半周でドレッドノートを抜いて2位に付ける。白い翼に7のナンバー、シーフューリーと並ぶといかにも細身で小柄なムスタング…絶頂期の 90 年代には「勝ちすぎて面白くない」とまで言われた機体は今、毎年のように祟られるエンジントラブルの可能性と戦いながら、絶叫のような咆哮を上げてセプテンバーフューリーを追い上げてゆく。だが今年のセプテンバーは絶好調で飛ばし、食い下がるストレガを逆にじりじり引き離してゆく。…どうする「タイガー」?あと少し、もう少しブーストをかけて追い詰められるかも知れない。だが、ガラスの心臓マーリンが持ちこたえるか…。

目を転じて3−4位の戦いを見ると、やはりチェックメイトがドレッドノートに引き離されている。機体性能の差は残酷なまでに正直だ。そして軽量化も空力洗練も、パイロットの腕さえも数パーセントの差しか生み出さないのに対し、エンジン出力の違いは数十パーセントの単位で性能に現われる。アンリミテッド・エアレースとは極論すればエンジンマネージメントの戦いである。言ってしまえば簡単なことだ。10分そこらの時間の間、エンジンを壊さずに最も多くの馬力を引き出した者が勝利を得る。ブースト計、回転計、燃料流量計、ADI(水噴射)流量計、気筒温度計、排気温度計、潤滑油温度計、冷却液温度計…パイロットは計器に表れる表示、あるいは振動や爆音や「勘」を駆使してエンジンの調子を感じ取り、前後の機体との距離を測り、競り合いと戦術を練りながら、エンジンを最適状態で運転しなければならない。それも超低空でパイロン周回の最適コースを飛びながら、地形や先行機のプロペラ後流で起こされる乱流を読みながら、狭いコクピットで酸素マスクとヘルメットとパラシュートでがんじがらめになりながら、瞬間瞬間に起きる様々な出来事を捉え、判断し、実行に移しながら、だ。たった10分弱の時間のために一年を待ちわび、はるばる「しけたカジノタウン」リノに人が集まる魔力がそこにある。

4周目…5周目…手に汗を握って眺めるうち、まだストレガのマーリンは持ちこたえている。だが上位4機の距離は徐々に広がっており、トラブルかパイロンカットが無いかぎり順位は確定したように思える。気のせいか、ストレガが若干速度を落としたようだ。「タイガー」も優勝は諦めてエンジンセーブに入ったか?観客席に安堵と失望が同時に広がる。468mph の周回速度で飛ぶセプテンバーが8周目に入り、ホームパイロンに最終ラップを告げる白旗が立った。あとたった1周…あとまだ1周。数秒遅れてスタンド前に入ってきたストレガが不意に高度を上げた。まさか?!やっぱり!?ストレガは高度を保ったままホームパイロンを横切り、1番パイロンを回ってコースに留まる素振りを示したが…やはり機首を翻してプルアウトに移った。ストレガ、あと1周を残して無念のエンジンブロー。観客席は悲痛な溜め息に満たされた。

マイク・ブラウン、初優勝おめでとう。痛恨のリタイヤとはいえ、もしストレガが参加していなければ勝利の喜びも半減したのではないかと思う。彼がセプテンバーフューリーを作ったのは「ダゴやレアベアと戦って勝ちたいから」だそうな。セプテンバーが初期トラブルを克服しやっと本調子が出せるようになった今頃、ダゴもレアベアもトラブル続きでいつ引退か判らない状態になってしまったが…「タイガー」とストレガの挑戦を真っ向から受け、それを破り去ったことは彼にとって何よりの勲章だと思う。

今年はシルバー常連の「マーリンズ・マジック」もコンロッド折損でクランクケースを破いてリタイヤ。ビル・レインシルドはリスキービジネスを持ってくると言っていたが果たせず。リノレースの看板娘、ミス・アメリカも参加できず。アンリミテッド・ゴールドの主役はムスタングからシーフューリーに変わりつつある…。


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