リノ・エアレース観戦記 2006年 序章



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リノ・アンリミテッドのコースは1ラップ 8.4803 マイル。日曜のゴールド最終決勝はそこを8周回る。優勝機の速度は 460〜480mph だから、メイン・イベントはたった9分弱で終わってしまうわけだ。その9分弱の輝きに時価数億円の機体と自らの生命を賭け、一年を費やして挑む人間がいる。その9分弱に酔うことを一年間待ち望み、遠路はるばる集まる人間がいる。飛ぶ阿呆に見る阿呆。リノレースとは一年に一度、筋金入りの飛行機気狂いがしけたカジノタウンの郊外に集まり、全てを忘れて馬鹿騒ぎするお祭りである。

アンリミだけがエアレースではない。テクニックと駆け引きでは練習機 AT-6 や 100 馬力のフォーミュラ・ワンのほうが見所があるし、アイデアに溢れた機体開発ならスマートなスポーツ・クラスや複葉バイプレーンのほうが活発でもある。スピードだけならジェット・クラスも引けは取らない。短いレース時間の間にリタイヤと不時着が多発するアンリミは、純粋に競技として見ればつまらないとさえ言えるかも知れない。

アンリミテッドは結局、誰がどこまで無茶を続けられるかというエンジンブローとの戦いである。本来 20,000ft の高度で全開馬力を発生するよう設計されたエンジンは、5,000ft のリノでブーストをかけようと思えば幾らでもかけることができるが、一線を超えればたちまちエンジンは壊れてしまう。定格 1,500hp のマーリンから 3,500hp を絞り出そうとすれば尚更である。排気量に余裕のある R-3350 や 4360 はマーリンほど無茶をせずとも馬力を出せるが、重量と空気抵抗では不利となる。z

徹底的に空気抵抗を切り詰めるか?空気抵抗の不利をパワーで覆すか?様々なアイデアが試され、多くの機体が一瞬の脚光を浴びては消えていった。その中には不幸にしてパイロットが運命を共にした事故もある。そして今日のリノに、あまりにも無謀に過ぎる機体は残っていない。エアフレームもエンジンもベースは60年前の骨董品であり、部品は枯渇する一方でメンテナンス費用は嵩む一方なのだ。ゴールド決勝からムスタングの姿が消えて行っているのも、終戦と同時に生産を終えたマーリン・エンジンの在庫希少化と無関係ではなかろう。1960 年頃まで輸送機や旅客機で使われた空冷星型はこの点で有利だが、これとて枯渇が始まるのは時間の問題だろう。

僕が始めてリノを訪れたのは1999年だった。それから8年、リノレース42年の中では短い時間だが、その間にアンリミテッドの様相は大きく変わったように思う。変わらないのは多分、10分足らずのエクスタシーに浸るために一年を待ち焦がれ、その瞬間を全身で酔う観客の情熱だろう。アンリミテッド・エアレースがいつまで続くか判らないが、それが続いている限り、観ずにはいられないという狂った情熱。

いつか必ず醒めると判っていても、人は夢を見ずにはいられない生き物らしい。


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