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日本海軍の潜水艦搭載の水偵や水攻の機体とパイロットの充足は定数と比べてどの程度だったのでしょうか? 定数以上だったのでしょうか?それとも定数以下? 剣高 |
- 晴嵐については独立した航空隊としての編制がありますが。潜水艦用の機材と搭乗員は艦とは別に集中管理される方式でしたから定数以上以下ということはありません。
BUN
- 潜水艦用飛行機の搭乗員は、それ専用に養成されていたわけではないようです。操縦員は2座専修の方が多いようですが、3座専修の方もおられたようです。不足すれば必要に応じて部隊に集めますので、不足しつづけることはないはずです。
潜水艦に搭載する飛行機及び搭乗員は、開戦時から昭和18年はじめのころまで潜水艦自体に所属していました。また、潜水艦が搭載できる艦でも定数がないものもありました。その後、BUNさんが書かれているように艦隊に所属するようになり、必要に応じて艦に派遣されるようになっています。
川崎まなぶ
- 例えば開戦時に配備済みの甲型や乙型の全艦には行き渡っていたのでしょうか?
剣高
- 剣高さんへ、僭越ながら回答させて頂きます。
>3
行き渡ってはいません。パイロットや機材の不足から、全ての艦に水偵が割り当てられていた訳ではなく、航空偵察の任務があるごとに搭載していました。
12月8日時点での資料ではないのですが、参考までに、
開戦前の水偵搭載艦
第一潜水戦隊 伊9(甲型)15(乙型)
第二潜水戦隊 伊7(巡潜)
第三潜水戦隊 伊8(巡潜)
戦争初期の水偵搭載艦
第一潜水戦隊 伊9(甲型)19(乙型)25(乙型)
第二潜水戦隊 伊7(巡潜)10(甲型)
第三潜水戦隊 伊8(巡潜)
以上参考になれば幸いです。
沢
- ありがとうございます。
上記は小型水上機による偵察実績のある潜水艦のリストアップですよね?
そのほかに開戦時にハワイから西海岸に展開した
伊5、伊6、伊10、伊15、伊17、伊21、伊23、伊26
などには行き渡らなかったということなんでしょうか?
剣高
- 伊五潜と伊六潜は潜水艦側の能力的な問題もあって戦争中に航空機の搭載は行っていません。伊一〇潜は開戦直前に搭載機を偵察飛行で喪失したので開戦時には搭載機がありませんが、以後旗潜として使用された時期にはその運用上の必要から搭載機を定数として持っています。
一方旗潜と使用されない乙型の場合、事実上任務に応じて搭載機を載せる形になってますので、搭載していなかった艦が殆どのはずです。
大塚好古
- ↑訂正。「一方旗潜と使用されない」→「一方旗潜として使用されない」です。失礼しました。
大塚好古
- ご回答どうもありがとうございます。
生産機数で
九六式小型水上機 33機
零式 小型水上機 126機
という数字を見たことがあるのですが、
実際の潜水艦配備は常時一桁前後のようで
潜水艦の数と比べてあまり生かされていないようですね。
搭乗員の必要性の問題なのでしょうが・・・
剣高