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第二次大戦中のアメリカ海軍の艦隊編成について質問します。 KOEIが出している「未完成艦隊」の編成を見ると、戦艦の場合、基本的には一個戦隊3隻となっているのですがなぜ3隻なのでしょうか?日本やイギリスなどは基本的に一個艦隊2隻か4隻だと思うのですが。 KAZAN |
- 間違えました。
第二次大戦中のアメリカ海軍の艦隊編成について質問します。
KOEIが出している「未完成艦隊」の編成を見ると、戦艦の場合、基本的には一個戦隊3隻となっているのですがなぜ3隻なのでしょうか?日本やイギリスなどは基本的に一個戦隊2隻か4隻だと思うのですが。
です。
KAZAN
- >KAZANさん
では、何故イギリスや日本は2隻、4隻なのですか?
セミララ
- 日本海軍は太平洋海戦時、
第一戦隊・長門、陸奥
第二戦隊・伊勢、日向、山城、扶桑
第三戦隊・金剛、比叡、霧島、榛名
と言う編成でした。
イギリスは太平洋戦争時の艦隊編成の資料が無いのでわからないのですが、第一次大戦のユトランド沖海戦時は、4隻の戦艦隊2個で一個戦艦戦隊でした。
KAZAN
- 3隻で運用する事に特に不都合が無いなら3隻で運用する事もあるでしょうし、特に不都合があるのならばそうはしないでしょう。2隻か4隻で運用する事に特別な利があるようにも思えませんし、3隻だとまずい理由も特に思い当たりませんから単に戦力を配分する都合でそうしただけではないでしょうか。それがベストかどうかなんてわかりませんが、日米英ともそれぞれその様な編成で特に不都合は無く、それが妥当だと判断したという事でしょう。
HCN
- 3.の帝國海軍の編成の例では性能が同等のグループに分けたら2隻と4隻になったという事でよさそうですね。この様に分けた場合に性能同等の艦が6隻や9隻ならばきっと3隻ずつに分けるでしょうし、8隻なら4隻ずつになるでしょうね。もちろん3隻しかないグループができたらその3隻で戦隊を組む事になるでしょう。1隻だけのグループが出来た場合には単艦運用には出来ないので性能が比較的近いグループと混ぜて使う事になるでしょう。(大和と長門型のように)
HCN
- 超甲巡は6隻を2隻と4隻に分けるつもりだったようですが?
勝井
- >5 順序が逆ではないでしょうか? 「2隻、4隻で運用する」つもりだったから「2隻、4隻建造した」わけで、「建造したのが2隻、4隻だった」から「2隻、4隻で運用した」わけではないのではないかと。
tomo
- 結局のところ、それぞれの海軍の戦略事情によるもの、でしょう。
英海軍:世界全域に艦隊を派遣する関係上、もとより同型艦をまとめて運用するという用法に乏しい→何隻で作っても別に関係ない
日本海軍:艦隊決戦至上主義。複数艦での協同砲撃も考慮すると、2隻ペアが最低戦術単位。で、金がないので2隻単位で作る(笑)
米海軍:太平洋と大西洋に艦隊を振り分ける関係上、2隻では足りない。かといって4隻作るだけの予算は得られない。3隻にしておいて、2+1という形で振り分けられるようにする、あるいは1隻が整備などで戦列を離れてもいいようにする……ので3隻基本
というところではないかと。
tac
- 日本も米国も英国も艦艇の最低戦術単位は2か3で構成されます。日本の場合は戦前の演習で3より2の方が具合が良いから、ということで2を最小単位の基本としています(4以上の偶数は2隻づつに割れるので無問題なのです)。
英国もWWI/WWII時の編成を見れば2が最小戦術単位で、同型艦の隻数の状況によっては3にしているのが分かります(1917末の1st及び2ndBBSqは8〜10隻の編成ですが、これが2隻ずつに組んで砲戦を行うことが規定されていることや、WWII開戦時にR級が2及び3で戦術単位を組んでいることからも確認できます)。米も同様に最小単位は2〜3隻と考えてますが、戦時中に4隻編成の戦隊が組まれたこともあります。
まあ要するに編成の都合上で、個艦の性能と最小戦術単位と一人の指揮官が指揮可能な範囲を勘案して、適当な隻数を各戦隊に割り振っているだけ、と考えれば宜しいかと思います。
大塚好古
- 日本の戦艦戦隊で2隻1隊があるとするのは結果論でしょう。
戦艦は砲戦を主任務とする以上
(1次大戦以降)
1個戦隊で敵の1隻を集中攻撃するという
考えにもとづいて編成、建造されている筈です。
同型艦2隻になってしまった長門型にも
同一戦隊を組むべく加賀、土佐が計画されていました。
(戦時中の金剛型2隻戦隊に付いてはちょっと省略)
Kleist
- >10
砲術学校の講義用テキストである「砲戦術講義」の中で、戦隊全艦による四隻集中射撃は、二隻及び三隻による集中射撃に比べて目標艦の撃破可能時間の面で比較するとかえって不利であるとされています。
これを考慮して「机上の研究並びに戦闘射撃の実績を総合するに現時適当なる集中隻数は(各艦の方位盤射撃による)単独指揮二ありては先ず二隻をもって標準とすべし」「二隻集中射撃は単艦の威力を減殺することなく実施することを得」と記載されてますが。
大塚好古
- ↑修正。「単独指揮二ありては」→「単独指揮にありては」でした。失礼しました。
大塚好古
- >>四隻集中射撃は、二隻及び三隻による集中射撃に比べて目標艦の撃破可能時間の面で比較するとかえって不利
となるのは着弾が時間的に集中すると自艦の弾着が分からなくなり
弾着修正に支障をきたす故と思うんですが。
主砲弾に染料を入れているのはそのデメリットをなくすためではないんでしょうか?
(反問モードで失礼)
Kleist
- >13
染料詰めたと確認出来るのはかなり後期の一式徹甲弾とされていますので、演習や実験等で、同時射撃参加数を更に増加できる等の所見を得るまでには至ってないのではないかと思われます。
また、この染料充填改造は集中射撃を容易にするという名目で着手されてますが、本当の狙いは九一式徹甲弾の被帽取り付け強度不足という欠陥是正工事を通す為のものだったという説もあり、これが正しければ、染料による効果は無いよりはマシ程度の期待しか持たれていなかった可能性もあります。
SUDO
- >13
着色剤を入れた主砲弾を使用した弾着観測は昭和16年以降に行われていますが、当時の砲術学校の所見を読む限り、この時点でもSUDOさんの言う様に同時射撃参加数を増大できる等の所見は得られていません。
逆に着色剤を利用しても、同年度の射撃訓練で比叡が使用した黄色は観測が困難であることが報告されているなど、多数の弾着を識別して観測を行うことが困難であったことについては、着色剤入りの砲弾を使用しても余り変わりなかった面が伺えます。
大塚好古
- 着色弾を採用した理由の一つとして、遠距離射撃時の弾着観測(特に集中射撃時)を容易にする事があります。
弾着観測を確実に実施するため着色弾を整備すべき、という要望は昭和12〜13年頃からあり。昭和13年から部分的に採用され、昭和16年には一式弾による戦闘射撃が実施されています。
その時点での所見で「黄色の観測は難しい」とあるのは事実ですが、全体としては「着色剤入りの砲弾を使用しても余り変わりなかった」という雰囲気では無いと思えますね。
余談になりますが、同型艦建造隻数の根拠を、戦隊の目標決定や射法に求めるのは無理があるでしょう。
tackow