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隼は九七戦から乗り換えたパイロットにボロクソに言われ嫌われたそうですが、零戦はあまり聞かないように思います。隼と零戦とでそんなに性能差はあるのでしょうか。それとも九七戦と九六艦戦との性能差によるのでしょうか。 彗星 |
- 堀越氏や坂井氏の著作に、試作時から採用初期の零戦(試作時は十二試艦戦ですが)が現役搭乗員(坂井氏を含む)から「艦攻のようにでかい」「速度はあまり向上していないのに運動性が低下した」「20oの弾丸が少ない」「7.7o100発を持っての単機空戦なら零戦より九六艦戦を選ぶ」とぼろくそに言われ、坂井氏に至っては「なぜ日本海軍はこんなに弱い戦闘機を作ったのだろう」と思ったそうですが、その後の経緯は一式戦とあまり変わらず、横ではなく縦の機動を多用することで九六艦戦を圧倒できること、滞空時間が長いことが徐々に評価されるようになり、なにより大陸での大戦果により評価が一変する様子が記述されています。
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- 学研『帝国海軍艦上機・水上機パーフェクトガイド』の塗装図は少なくとも各ページ内では各機種のスケールを統一して描きましたので、これを見ていただけると良く判るかと思いますが、本来艦戦は他機種に比べてひじょうに小さな機体だったのです。機体規模の差は実に明瞭でした。この流れの中で見ると零戦は突出して大きく、なぜ「艦攻並」と評されたのかも一目瞭然かと思います。性能差のことももちろんあるでしょうが、機体規模が以前のものとはまるで別機種のように違っていたのでした。当然、その出現時には相当な違和感が感じられたことが様々に述べられています。
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- 実験部や学校関係を除いて開戦前に「九七戦から乗り換えたパイロット」とはどんな人々だったかと言えば59戦隊と64戦隊の空中勤務者が主体です。これらの人々にとって一戦は度重なる空中分解事故による機体強度への不安が一番の問題で、特に事故を重ねた59戦隊では一戦一型への信頼感が得られぬまま二型への改変を待ち望むようになっています。
開戦後、実戦で機関砲と高速であることへの評価が確定してからは極端な否定論は生まれていませんから、待ち望まれることはあっても「ボロクソに言われ嫌われた」事実もありません。九七戦装備の戦隊からは「九七戦ではもう勝てない。一戦への早期改変を望む。」との報告が相次ぐようになるのです。
こうした話を読んだり聞いたりした時は「誰がいつそう言ったのか」「では九五戦と九七戦の間にはそのような話はなかったのか」といった疑問を持つ事が大切ではないかと思います。事実、九五戦と九七戦の間にも同じような話があります。
九六艦戦の限界が判明した後に待ち望まれて配備された零戦と、審査が長引き実戦を経験しないまま大東亜戦争に突入した一戦とは実績を上げた状況とタイミングの違いが一番大きいようです。
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