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838 彩雲は敵戦闘機に多く撃墜されていたのでしょうか?

  1. 根本的に稼働機がそんなに多い機体じゃないけど撃墜はされてますよ^^m、末期になると日本機にお決まりの「性能低下」で最大速度が600kmを切ってますから、F6F相手でも捕捉されたでしょうね。


  2. 「我に追いつくグラマンなし」と打電できた回数はわずかだったということ?


  3. 「我に追いつくグラマンなし」と打電したのは、ただの1回です。このときも母艦へ帰還した後に上官から「無意味な打電をするな!」と怒られたそうですが(笑)。


  4. 343空の彩雲はかなり撃墜されています。実際本調子でもF6Fレベルならば逃げ切れたでしょうが、P47、P51では勝ち目はないでしょう。





  5. 偵察任務なら高高度で接近するし,仰撃機を先に発見できればカタログ性能が良い相手でも退避の機会は多いはず。


  6. 洋上索敵にしろ停泊地や航空基地の偵察にしろ、彩雲の登場時期では確実に警戒レーダに先に発見されるので、例え高高度からの侵入でも強行偵察になります。そうなると彩雲程度の速度で(特に後期の性能が下がった)機体では生還は難しいでしょう。


  7. ↑迎撃機側はレーダ誘導されて優位な態勢から攻撃をかけてくるので、F6F相手でも彩雲側の発見が遅れれば基地に打電する間もなく一方的に撃墜される可能性だってあります。


  8. ただ、当時のレーダーの性能では、単機進入する小型単発機をうまく捕捉出来ない場合もあったようで、そんなときは偵察も成功したと思われます。朝鮮戦争後半時ですら、ソウル上空へのミグ15の進入を見逃しているくらいです。


  9. 一生懸命チャフ撒いたりしてますからね、ただ100式司偵V型同様、大戦末期の頃では彩雲程度の性能では強行偵察も命がけでしょうね。


  10. 「「我に追いつくグラマンなし」と打電したのは、ただの1回です。このときも母艦へ帰還した後に上官から「無意味な打電をするな!」と怒られたそうですが(笑)。」は、彩雲が母艦から作戦行動をした記録が無い以上、多分書き損じだとは思いますが、誰がその電報を打ったかは実は良く分かっていません。一説には、広瀬正吾飛曹長操縦の機長である偵察員南少尉が、サイパン(テニアンだったか?)偵察時に打ったものとも言われますが、一説には「われに追いつく敵戦闘機無し」とも言われます。とはいえ、当時(特に昭和20年以降)の米軍戦闘機に結構な数が食われた事は事実ですね。


  11. 訂正です。操縦員は広瀬正吾兵曹長ですが、機長は南少尉じゃなくて、樋口少尉でした。南少尉は、サイパン島銃撃作戦のときのペアでした。



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