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旧日本海軍では長江流域で自国権益の保護のための艦種として河用砲艦が多数建造されました。このシリーズではその国産第一号である鳥羽以降に建造された河用砲艦と、外洋航行も可能な航洋砲艦を含めた各クラスを紹介していきます。
砲艦鳥羽(1911年) 〔解説〕 河用砲艦として日本が最初に運用したのは隅田と伏見(初代)でした。この2隻はいずれも英国製でしたが、排水量がいずれも150トン前後と小型で、速力も低かったため長江で三峡を越えて遡上するには難しいものがありました。 この鳥羽は、そこからの大型化と高速化を目指して初めて国産された河用砲艦です。要目は基準排水量220トン、兵装は短8センチ砲単装2基など。就役した年にちょうど辛亥革命がおこり、できるだけ早く派遣することが望まれたので、いったん佐世保工廠で完成させた上で、重量物を取り外し、浮きドックに入れた状態で巡洋艦笠置に曳航してもらうという荒技で上海に到着しました。続く第一次大戦の際は、当初中国が中立を取ったので、交戦国艦艇として抑留されたこともありました。 ちなみにこの時代のカラーリングは船体が白、上甲板以上の構造物がクリーム色というものでした。
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