Page 242 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼日本が無理して四発重の生産 セリカ 07/12/22(土) 1:01 ┣それは多分、より大きなifの結果 BUN 07/12/22(土) 8:25 ┃ ┣Re:それは多分、より大きなifの結果 セリカ 07/12/22(土) 12:14 ┃ ┃ ┗四発重爆の「開発」があり得る場合 片 07/12/22(土) 13:02 ┃ ┃ ┗Re:四発重爆の「開発」があり得る場合 セリカ 07/12/22(土) 14:04 ┃ ┃ ┗四発機はエンジンが四つついているから高くつく 片 07/12/22(土) 16:29 ┃ ┃ ┗絶望できる数字 ささき 07/12/23(日) 9:36 ┃ ┗Re:それは多分、より大きなifの結果 片 07/12/23(日) 23:43 ┣陸軍深山に何が出来るか 片 07/12/22(土) 10:16 ┗Re:日本が無理して四発重の生産 高村 駿明 07/12/22(土) 14:00 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 日本が無理して四発重の生産 ■名前 : セリカ ■日付 : 07/12/22(土) 1:01 -------------------------------------------------------------------------
日本に九二重以来、四発重がないのは史実の事実ですが、本当に必要だったのでしょうか。史実と同じ状態で同じような局面を迎えた場合、もし四発重が戦地に派遣されていればどのような可能性があったんでしょうか。中国戦線に投入された場合、大東亜戦争初期に投入された場合、中期、末期に投入された場合と、どの時期に投入されるべきだったのでしょうか。その場合の性能と生産能力。それがもたらす戦局への影響。その是非を考察してみましょう。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.0; Google Wireless Transcoder;)@wbcc11s13.ezweb.ne.jp> |
四発重爆が実戦に投入された場合の影響を考える前に、四発重爆が実戦に投入される状況というものはどんな状況なのか、といった視点から考えてみては如何でしょう。 ・九二式重爆がそのまま実戦投入される場合 ・十三試大攻が予定通り完成した場合 ・連山の完成が早まった場合 ・He177などの国産が成功した場合 といった仮定が考えられると思いますが、たとえ可能であっても影響は殆ど考え難い九二式重爆は論外として、十三試大攻の試作が順調に進み昭和18年頃に配備され始めたという想定が最も時期が早く現実味があるものでしょう。 しかしこの時期に四発重爆を戦局に影響する程の量で配備することができる状況というものは、既に南東方面の航空戦が有利に展開していることや、航空機生産計画に余裕があることを前提にしなければ成立しないでしょうから「四発重爆を実戦に投入する」ということ自体が一つの仮定というよりも別の大規模なifの結果と考えるべきものではないかと思います。 とするなら、まずは四発重爆の実戦投入を許す環境とはどんなものが考えられるかを詰めてみてはどうだろう、というのが私の考え方です。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 6.0; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; ...@c202-138-88-78.customer.mni.ne.jp> |
質問者です。 一式陸攻を開発時にメーカー側は四発を希望してたんですよね。もし、軍側が四発でGOサインを出していたら、それで四発で開発してたらというIFは成立しそうですよね。 日本軍が採用していたら、史実より戦局に与える影響あるはどうかは別として、それとは別に、世界の傑作機のひとつとして、日本の重爆(大攻)も名を連ねることになったんじゃないかと思うのですが。どうなんでしょうか。航空戦史上に残る活躍をしたとなれば、それはそれで特筆すべきことです。果たして、日本式四発重は、紫電改や5式戦のように、少数でも世界の航空戦史上に名高い活躍をしたんでしょうか。 日本が四発重を持っていたとして、考えられる攻撃方法は ・ハワイ、アメリカ本土など遠隔地に対する爆撃、或いは片道特攻 ・重慶爆撃の展開の変容 ・ドイツのマークをつけての、ソ連領内の爆撃(これはいささか無理か?) ・それらが伴う宣伝効果 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90)@p1117-ipad01oomichi.oita.ocn.ne.jp> |
> 一式陸攻を開発時にメーカー側は四発を希望してたんですよね。もし、軍側が四発でGOサインを出していたら、それで四発で開発してたらというIFは成立しそうですよね。 実は、海軍双発陸攻の要求に対して三菱が「四発案」を黒板に図示を始めて即座に却下された、という話は、十二試陸攻(一式陸攻)のとき以外に、同じメーカー、同じ設計者による十六試陸攻(泰山)の時の話としても伝わっていまして、史実として同じ人物が同じ相手に対して同じ提案を二度して同じリアクションを二度受けたのか、確証が得られずにいます。三菱の社内史料にはっきりと書かれているのは泰山の方の話でした。一式陸攻のときはほんとはどうだったのだろうな、と考え込んでしまいます。 それはさておき、三菱十二試陸攻(中攻=双発)とほぼ同時に中島十三試陸攻(大攻=四発)の開発も行われています。海軍がこの発注を逆にする可能性はきわめて低いでしょう。三菱はユンカース以来双発爆撃機の試作に経験を積んでいた上、一方の中島は、四発陸攻のモデルとすべきダグラスDC−4の輸入業者である三井物産と密接な関係にありましたし、すでにDC−2以来ダグラス大型機に対する経験を持っていましたから。 これはすなわち、中島に発注して頓挫した四発の十三試大攻を三菱が肩代わりしたからといって必ずしもうまくいくとは限らない、ということでもあります。 この海軍十三試大攻が完成した暁に陸軍超重爆として使うつもりだったのがキ八十五です。 ですから、もっとも現実的な想定は、中島で十三試大攻の試製に成功した場合、ということになるのでしょう。 しかしながら、それはあくまで「四発重爆の開発があり得る場合」なのであって、「その大量生産が許される状況」とはどんなものなのか、また別に考えなければならないのではないだろうか、ということなのです。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)@p3214-ipad407marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp> |
> 実は、海軍双発陸攻の要求に対して三菱が「四発案」を黒板に図示を始めて即座に却下された、という話は、十二試陸攻(一式陸攻)のとき以外に、同じメーカー、同じ設計者による十六試陸攻(泰山)の時の話としても伝わっていまして、史実として同じ人物が同じ相手に対して同じ提案を二度して同じリアクションを二度受けたのか、確証が得られずにいます。三菱の社内史料にはっきりと書かれているのは泰山の方の話でした。一式陸攻のときはほんとはどうだったのだろうな、と考え込んでしまいます。 推測 これは私の推測ですが、(一式陸攻のとき)四発という選択肢もあるにはあるが、四発にしたら軍側の要求値も、より厳しくなり、そんなものは到底出来そうにない、四発は図面上の理想理念であって、双発で行くしかない。 そんな感じだったと思います。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90)@p1117-ipad01oomichi.oita.ocn.ne.jp> |
> 推測 これは私の推測ですが、(一式陸攻のとき)四発という選択肢もあるにはあるが、四発にしたら軍側の要求値も、より厳しくなり、そんなものは到底出来そうにない、四発は図面上の理想理念であって、双発で行くしかない。 > > そんな感じだったと思います。 そのあたりはある程度はっきりしています。 海軍は双発と四発の二種類の陸攻を作るつもりだった。 双発は三菱に、四発は中島にそれぞれ実際に発注されてるんです。 その三菱が「うちも四発にしてくれ」と言い出したら発受注関係は大混乱です。 双発陸攻は発動機二基ですからある程度数も揃えられます。 四発陸攻は発動機の数が倍ですから、本来双発機を揃えたいと思っていた数を全部四発機にしてしまうと、発動機の生産計画も大混乱です。 だからいずれにしてもその目はなかったんです。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)@p3214-ipad407marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp> |
> 双発陸攻は発動機二基ですからある程度数も揃えられます。 > 四発陸攻は発動機の数が倍ですから、本来双発機を揃えたいと思っていた数を全部四発機にしてしまうと、発動機の生産計画も大混乱です。 > だからいずれにしてもその目はなかったんです。 だいぶ前に出した数字に加筆つき。数字はネット検索の拾い読みですが、倍も違うほどの誤差はないでしょう。 ホィットレイ 1814 ウェリントン 11461 ハンプデン 1432 ボーフォート 2080 モスキート 6710 計 21417 スターリング 1759 ランカスター 7378 ハリファックス 6176 計 15313 B-17 12731 B-24 19256 B-29 3895 計 35882 A-20 7478 B-25 9816 B-26 5266 PV-1 1600 バルチモア 2150 ハドソン 2584 計 28894 Do217 1366 He111 5656 Ju88 9122 計 16144 He117 1146 99 式双軽 1977 97 式重爆 2064 100 式重爆 819 4 式重爆 727 96 式陸攻 1048 1 式陸攻 2446 銀河 1098 計 14771 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1)@adsl-75-62-136-91.dsl.lsan03.sbcglobal.net> |
> しかしこの時期に四発重爆を戦局に影響する程の量で配備することができる状況というものは、既に南東方面の航空戦が有利に展開していることや、航空機生産計画に余裕があることを前提にしなければ成立しないでしょうから「四発重爆を実戦に投入する」ということ自体が一つの仮定というよりも別の大規模なifの結果と考えるべきものではないかと思います. ・十三試大攻が曲がりなりにも成立している、というのは大前提として、 ・日本海軍はミッドウェー海戦で空母と搭載機を大量喪失しておらず、喪失機を補填する必要が発生しておらず、 ・陸軍航空隊に海軍で余裕の出来た零戦が配備されるようになっている。 ・陸軍航空が最重点としていた戦闘機生産にも余裕が出来、四発機の生産に回す余力が生まれている。 (ついでに) ・ミッドウェー海戦がおそらく日本側に有利な結果に終わっているとして、FS作戦が実施され、17年秋にはハワイ攻略が行われている。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)@eatkyo230178.adsl.ppp.infoweb.ne.jp> |
> 日本に九二重以来、四発重がないのは史実の事実ですが、本当に必要だったのでしょうか。史実と同じ状態で同じような局面を迎えた場合、もし四発重が戦地に派遣されていればどのような可能性があったんでしょうか。 比島攻撃を目指した九二式重爆以来の陸軍四発超重爆といえば、BUNさんも書かれておられるように、キ八十五ということになります。 この機体への要求のベースとなった15年度『陸軍航空兵器研究方針』では、「長距離爆撃機」に求める性能として「行動半径は標準爆弾量を搭載せるとき二五〇〇粁以上とし、二時間三〇分の余裕を有せしむ」とされています。 2500kmといえば、ちょうど浜松からグアム島までの距離にあたりますね。 18年度内にこのような性能を持った超重爆を一定数配備することに成功していたら、米軍が占領したマリアナに届く手をかろうじて持てていたことになります。 想像してしまうのは、マリアナから発進するB29の対日空襲の初段の目標が、飛行機工場から日本側超重爆の発進基地に変わるだろう、ということです。つまり、マリアナ・日本本土間での航空撃滅戦的様相(しかも両者ともに随伴戦闘機なし)を帯びることになるわけですが、うっかりすると、この初段における一連の空襲でせいぜい増加試作機程度の少数しかない日本側超重爆は破壊されておしまい、ということにもなりかねないのではないかとも思います。そうでなくとも、自然消耗が多すぎて、たちまち作戦可能機数は尽きてしまうことでしょう。これでは、せっかく開発した四発超重爆も御楯特別攻撃隊によるマリアナ銃撃と大差ないものに終わってしまいます。 陸軍四発超重爆が何かの意味を持ちえるとすれば、やはり、戦闘機生産を差し置くなどして、相当数の量産が見込めた場合のみなのではないかと思います。 と同時に、キ八十五がB29と同時期に登場してしまうのだったら、もはや遅すぎるわけです。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)@p3214-ipad407marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp> |
> 日本に九二重以来、四発重がないのは史実の事実ですが、本当に必要だったのでしょうか。 九七式大艇や二式大艇は4発重爆ではないのでしょうか。 日本では大型機の生産量は期待できないのですから、最初から4発重爆多数の戦略爆撃など無理です。少数で4発機の特色を生かすなら、大規模な飛行場のいらない大型飛行艇の方が安上がりであり、そしてこれは長距離索敵や奇襲爆撃、人員移動などに、相応に活躍したのではないかと。 また、そういう意味で、九七式大艇や二式大艇は必要な性能を持っていたと思います(同一仕様で深山より二式大艇の性能が上回っているわけですが、その二式とて活躍できる状況ではなかったのですから、ある程度使える4発重爆があっても同じ末路になるのではないかと)。 私には少数にしかならない4発重爆のできることと、二式大艇のできることは、大差ない……というか、後者のほうが潜水艦での洋上給油もできるため、戦略的に使えるように思います。 まあ開戦時に連山相当が300機くらいあれば(運用できなさそうですが)、それこそ戦局を変えるほどの力になったかもしれませんが、これは絶対無理ですし。富嶽みたいな6発機をもっと早く……作っても、できることはそんなに変わらないでしょうね。 <Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.0; ja; rv:1.8.1.11) Gecko/20071127 Firef...@p59-157-176-1.sub.ne.jp> |