Page 157 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼アフリカ軍団の指揮官がロンメルで無かったら ベロウ 03/5/8(木) 12:11 ┣戦場の特異性 まなかじ 03/5/8(木) 13:44 ┣Re:アフリカ軍団の指揮官がロンメルで無かったら zono 03/5/8(木) 17:58 ┗Re:アフリカ軍団の指揮官がロンメルで無かったら 山家 03/5/9(金) 22:01 ─────────────────────────────────────── ■題名 : アフリカ軍団の指揮官がロンメルで無かったら ■名前 : ベロウ ■日付 : 03/5/8(木) 12:11 -------------------------------------------------------------------------
「議論ボード」の過去ログではロンメルは補給を無視した過大な進撃を行う有能とは思えない指揮官である事(近年とみに主張される「ロンメル無能論」)や、アフリカ軍団の補給切れはマルタ島の存在よりもロンメルの急進撃に補給線が消耗してしまった事が大きいという事実が出されていました。 ソコで考えたんですが、もし当初からロンメル以外の司令官が北アフリカに派遣されていたらどうだったのでしょうか? アフリカ軍団の司令官がロンメル以外の人物だったら、ロンメルのように補給を無視したアレな進撃は行わなかっただろうし、エル・アラメイン戦のような結末を迎える事も無かったように思います。 今回の議論ボードでは 1・アフリカ軍団派遣時にロンメル以外の誰かが指揮官になる可能性があったのか? 2・その場合北アフリカ戦はどういう経過を辿ったのか? について議論したいと思います。常連の皆さんの返答を期待してます。 |
> 「議論ボード」の過去ログではロンメルは補給を無視した過大な進撃を行う有能とは思えない指揮官である事(近年とみに主張される「ロンメル無能論」)や、アフリカ軍団の補給切れはマルタ島の存在よりもロンメルの急進撃に補給線が消耗してしまった事が大きいという事実が出されていました。 曲解です。 北アフリカの戦闘は激しい運動戦になるものであり、攻撃とは進撃であり防御とは後退であって、停止は休息でしかありません。 停止したら最後、内陸を迂回した敵に後方を断たれて包囲されます。 補給線は両軍ともに海岸通りの道路一本に頼っているのですから。 補給が切れれば気候的にも地形的にも長くは持たずにすぐに全滅するか降伏を余儀なくされます。(さらに言えばドイツ軍はこの方面に多数を兵力を割くことができませんから、手持ち部隊の消滅は絶対に避けなければなりません) つまるところ、にらみ合いがない戦場なのです。 勝っているためにはひたすらに進まねばならず、全滅しないためには補給を受けて反攻できる(踏みとどまるのではなく反撃に出る)地点までひたすらに退がらなくてはならない。 補給線が消耗したなどと書いた覚えはありません。 リビアにある港の能力が限られていたこと、ベンガジとトブルクの港は破壊されていてさらに荷揚能力が落ちていたこと、補給線が一本しかなく、トラックも絶対的に不足していたことが原因です。 ロンメルのせいで消耗したのではなく、もともとないのです。 しかし、リビアを支えるためには攻勢をとるしかないのは明らかであって、エジプト国境で止まればどうせ内陸を迂回されるのですからアレクサンドリアまで行くしかない。 その戦力を支えるだけの補給能力は存在しないとしても、それでも止まっていれば負けるのですから、英軍の失策がないともいえないのですから攻勢をとるしかないのです。 > ソコで考えたんですが、もし当初からロンメル以外の司令官が北アフリカに派遣されていたらどうだったのでしょうか? アルニムやシュトゥンメ、トーマがどういう戦い方をしたか、それはロンメルと違うものだったでしょうか。 また、英軍のブレヴィティ、バトルアクス、クルセイダーの各攻勢作戦がどういうモノでどういう運動をしていたでしょうか。 勝ち目があるとすれば、東部戦線からトラックと鉄道部隊を引き抜いて補給線を強化し、RADやトット機関でも動員してベンガジ〜トブルクの港湾施設の補修でもするしかないでしょうが、どちらもとてもできる相談ではないでしょうね。 指揮官代えるくらいではどうにもならないと思います。 |
> ソコで考えたんですが、もし当初からロンメル以外の司令官が北アフリカに派遣されていたらどうだったのでしょうか? > アフリカ軍団の司令官がロンメル以外の人物だったら、ロンメルのように補給を無視したアレな進撃は行わなかっただろうし、エル・アラメイン戦のような結末を迎える事も無かったように思います。 素人考えですが、アフリカ軍団の司令官がロンメル以外だと、史実の予想?どおり(いやそれより悪いか)イタリア軍もろともアフリカ軍団が崩壊…という可能性はなかったのでしょうか?。 「ロンメル以外なら勝ち目があった」より先に、「ロンメル以外ではあの反撃はできなかったかも」という方にどうしても気が行ってしまいます。 最悪バルバロッサ作戦が中途途絶(イタリアないしフランス南部、またはギリシャ?に第2戦線が形成される可能性があるから)という想像も考えたのですが…。 |
私としては、DAKの指揮官が、ロンメル以外の誰であっても、戦術的にはロンメルと同様の行動を取ったと思います。その理由は、まなかじさまが述べられているとおりです。 しかし、戦略的に考えたとき、ロンメルの行動には、首を傾げざるをえません。枢軸軍がエル・アラメインまで進撃する必要があったとは、どうしても思えないのです。防御に徹すれば、迂回機動する連合軍に包囲されて殲滅される以上、ひたすら攻勢に出て、前進するしか無かった、従ってロンメルの行動は間違っていない、と言われるとは思うのですが、前進すれば前進する程、枢軸軍の補給状況は悪化し、連合軍の補給状況が好転することを考えると、ケッセルリンク将軍が、1942年前半、まずマルタ島を落としたうえで、枢軸軍は進撃すべきだ、と主張した方が妥当に思われ、更に枢軸軍は攻勢防御に徹するべきだったように思われてならないのです。そうすれば、マルタ島は枢軸軍が制圧し、アフリカからの枢軸軍の撤退は史実より遥かに容易に行われていたのではないでしょうか(敗北主義とそしられそうですが)。 私としては、ロンメル以外の誰かが指揮官になっていたら、補給線の不安から、枢軸軍のエル・アラメインまでの進撃は行われず、マルタ島攻略作戦が行われていた可能性が十二分にあったように思われてなりません。もっとも、それでWWIIの行方が大幅に変わったか、と言われると、そうとも思えません。東部戦線等の方が遥かに巨大な戦線なので、北アフリカ戦線の帰趨がそうWWIIの行方に大規模な影響を与えるとは思えないのです。 |