Page 155 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼戦艦大和について。 153、550軸馬力 03/4/24(木) 12:05 ┣Re:戦艦大和について。 ぐるーぴー 03/4/24(木) 12:53 ┃ ┗ご返答ありがとうございます。 153、550軸馬力 03/4/24(木) 14:53 ┃ ┗Re:ご返答ありがとうございます。 ぐるーぴー 03/4/25(金) 8:52 ┃ ┗Re:ご返答ありがとうございます。 薩摩 03/4/25(金) 12:17 ┃ ┗Re:ご指摘ありがとうございます。 ぐるーぴー 03/4/27(日) 8:40 ┣Re:戦艦大和について。 ooi 03/4/24(木) 13:54 ┃ ┗ありがとうございます 153、550軸馬力 03/4/24(木) 15:45 ┃ ┗「議論ボード」だからアリなのでは? とらんぺっと 03/4/24(木) 17:23 ┃ ┗Re:「議論ボード」だからアリなのでは? 153、550軸馬力 03/4/24(木) 18:20 ┃ ┣Re:「議論ボード」だからアリなのでは? とらんぺっと 03/4/24(木) 18:46 ┃ ┃ ┗Re:「議論ボード」だからアリなのでは? 153、550軸馬力 03/4/24(木) 20:25 ┃ ┃ ┗Re:「議論ボード」だからアリなのでは? とらんぺっと 03/4/25(金) 22:03 ┃ ┗Re:「議論ボード」だからアリなのでは? カンタニャック 03/4/26(土) 2:22 ┗戦艦大和はどこで使えばよかったか? ぽぷら 03/4/25(金) 18:47 ┣Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? いちょう 03/4/25(金) 19:08 ┃ ┣Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? ねんど 03/4/25(金) 19:42 ┃ ┃ ┣Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? ねんど 03/4/25(金) 22:11 ┃ ┃ ┣寝言 BUN 03/4/26(土) 3:42 ┃ ┃ ┃ ┗Re:寝言 ねんど 03/4/26(土) 12:48 ┃ ┃ ┃ ┗大艦巨砲主義の実像 BUN 03/4/26(土) 17:39 ┃ ┃ ┃ ┗Re:大艦巨砲主義の実像 ねんど 03/4/26(土) 21:01 ┃ ┃ ┃ ┣アメリカの建艦計画 まなかじ 03/4/26(土) 22:09 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re:アメリカの建艦計画 ねんど 03/4/26(土) 23:15 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣Re:アメリカの建艦計画 SUDO 03/4/26(土) 23:52 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re:アメリカの建艦計画 ねんど 03/4/27(日) 0:14 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣訂正させてください ねんど 03/4/27(日) 0:47 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┗更に補足 ねんど 03/4/27(日) 1:04 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re:アメリカの建艦計画 まなかじ 03/4/27(日) 1:09 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re:アメリカの建艦計画 ねんど 03/4/27(日) 1:46 ┃ ┃ ┃ ┣Re:大艦巨砲主義の実像 ねんど 03/4/26(土) 22:20 ┃ ┃ ┃ ┗「抑止力」に必要なもの BUN 03/4/27(日) 7:05 ┃ ┃ ┃ ┗Re:「抑止力」に必要なもの ねんど 03/4/27(日) 14:42 ┃ ┃ ┣はったりとしての効果/戦力としての効用 大名死亡 03/4/27(日) 0:33 ┃ ┃ ┃ ┗Re:はったりとしての効果/戦力としての効用 ねんど 03/4/27(日) 15:00 ┃ ┃ ┃ ┗抑止力としての海軍力 まなかじ 03/4/27(日) 17:07 ┃ ┃ ┗総括として(改 ねんど 03/4/27(日) 16:24 ┃ ┃ ┗Re:総括として(改 まなかじ 03/4/27(日) 16:49 ┃ ┃ ┗Re:総括として(改 ねんど 03/4/27(日) 18:14 ┃ ┃ ┗ねんどさんも悪い BUN 03/4/27(日) 18:20 ┃ ┃ ┗Re:ねんどさんも悪い ねんど 03/4/27(日) 18:38 ┃ ┗Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? ぽぷら 03/4/25(金) 22:06 ┃ ┗Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? 通りすがりの者 03/4/25(金) 23:25 ┃ ┣Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? いちょう 03/4/25(金) 23:58 ┃ ┗戦艦大和のつかいみち ぽぷら 03/4/26(土) 0:27 ┃ ┗Re:戦艦大和のつかいみち レフト 03/4/26(土) 11:40 ┃ ┗それほど重油不足! ぽぷら 03/4/26(土) 11:57 ┃ ┣Re:それほど重油不足! 田中 03/4/26(土) 15:35 ┃ ┗Re:それほど重油不足! SUDO 03/4/26(土) 19:49 ┗Re:戦艦大和はどこで使えばよかったか? まなかじ 03/4/26(土) 19:29 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 戦艦大和について。 ■名前 : 153、550軸馬力 ■日付 : 03/4/24(木) 12:05 -------------------------------------------------------------------------
どうも初めまして。 初めてここの掲示板を拝見させていただきましたが、みなさんの知識には感服する ばかりです。 そこでもしご存知でしたらお教えいただきたいのですが・・。 自分は軍事関係はあまり興味もなく詳しくもないのですが「大和」が好きで今まで 色々な写真資料等を見てきてそれなりの事がわかっていたつもりでしたが、最近 知人が「以前NHKで大和の建造風景の映像フィルムを見たことがある!」というの です。建造風景といえば写真では見たことがあるのですが映像では見たことはあり ません。 NHKの「その時歴史が動いた」という番組で大和の特集があったのです がその時もそのような映像はなかったように思えます。それ以前に大和の映像は 「日本海軍艦艇集」に収められている物が唯一だと思っていました。 見たことが あるいう方がいらっしゃいましたらお教え下さいませ、よろしくお願いします。 あと、上の内容から外れますが過去ログを拝見したのですがその中に「大和はただ でかいだけのポンコツ戦艦」という意見を見ました・・腹立たしく悲しい限りです 。 確かに機械的、戦略的に見れば大和は何の力も発揮できず沈んで逝きました、 ですが少なからず今のこの腐った平和の日本の為に犠牲になってくれたんです。 大和では2498名の方が亡くなったそうですが自分の人生にはまったく関係ない他人 の死だとは思いますが少しくらい敬意、悲しみの心を持ってもいいのではないで しょうか? |
こんにちは、はじめまして 私も小さい頃から船が好きで(車は嫌いでした)大和も関する本をいろいろよみました。 ただ、ここで意見を述べられている各位様のように、軍事的知識は「無」に等しいのですが(笑)。 > 知人が「以前NHKで大和の建造風景の映像フィルムを見たことがある!」というの > です。建造風景といえば写真では見たことがあるのですが映像では見たことはあり > ません。 自分も建造している最中の映像フィルムを見た事がありません。 あったらみたいです。 只、推測で意見を述べますと、 ・大和は当時、存在すら隠蔽されるべき軍事機密であったこと ・建造当時は外部から遮断された状況にあったこと (付近の漁師さんが網(?)を大量に徴発されて困ったというエピソードが記憶にあります) 以上から考えて、建造時の映像は無いのではないかと考えます もしくは、実はあったのだが、アメリカ軍が処分してしまった。 (自分個人としては、戦後、大和の儀装中の写真や公式試運転中の写真などが 出回っている事自体が驚きなのですが・・・) 以上、私なりの推測と意見を述べさせていただきました |
ぐるーぴー様、初めまして。 > 付近の漁師さんが網(?)を大量に徴発されて困ったというエピソードが記憶にあります 初めて聞きました。挑発された網は隠す為に使ったということでしょうか? 自分が大和に興味が出てきたのは自宅の隣に元大和の乗組員の人が住んでいたこと に始まります。(6年前に亡くなられましたが) おじいさんに少しだけお話を聞 いたことがありましたが機関部?に配属していたとのことでした。今考えるともっ とお話が聞きたかったです。 ご意見ありがとうございました。 |
> ぐるーぴー様、初めまして。 こんにちは > 初めて聞きました。挑発された網は隠す為に使ったということでしょうか? そうだと記憶しています。 なにしろ10年以上前に読んだ本の記憶ですので 詳しい内容を記憶にとどめていません。 (よく考えれば、なぜ網だったんでしょうね?) どなたか、御存知の方がおられましたら、指摘のほど、よろしくお願いします |
長崎佐世保で建造されていた武蔵を隠す為に九州一円の棕櫚縄を買占められ、漁師が困ったという話は聞いた事がありますが、徴発されたという話は聞いた事がありません。 この時は既に卸し先が決まっていた分まで大金を出して量を確保した為、値段が急騰したと言われています。 |
ご指摘のほど、ありがとうございます なるほど、自分の記憶はかなり間違っていたようです せめて書かれていた書名が記憶にのこっていれば、よかったのですが・・・ (しかし、大和と武蔵まで間違っているとは・・・) すみませんでした |
> 自分は軍事関係はあまり興味もなく詳しくもないのですが「大和」が好きで今まで > 色々な写真資料等を見てきてそれなりの事がわかっていたつもりでしたが、最近 > 知人が「以前NHKで大和の建造風景の映像フィルムを見たことがある!」というの > です。建造風景といえば写真では見たことがあるのですが映像では見たことはあり > ません。 NHKの「その時歴史が動いた」という番組で大和の特集があったのです > がその時もそのような映像はなかったように思えます。それ以前に大和の映像は > 「日本海軍艦艇集」に収められている物が唯一だと思っていました。 見たことが > あるいう方がいらっしゃいましたらお教え下さいませ、よろしくお願いします。 「NHK」「大和」のキーワードで検索して見たところNHKが過去に2本ほど大和関係のドキュメンタリー番組を作成していた事がわかりました、「戦艦大和探索/悲劇の航跡を追って」と「海底の大和/巨大戦艦の鎮魂 これが大和の最後の姿だ」で最初のは1980年、2本目は1985年に放映されているようです、両方とも未見ではありますが映像がある可能性はあります、何せ見た事無いもんで無いって言えないんですよ。 いくつか考えられるキーワードを分割して検索をかけて見ると案外引っかかる事が多いです、お試し下さい。 > あと、上の内容から外れますが過去ログを拝見したのですがその中に「大和はただ > でかいだけのポンコツ戦艦」という意見を見ました・・腹立たしく悲しい限りです > 。 確かに機械的、戦略的に見れば大和は何の力も発揮できず沈んで逝きました、 > ですが少なからず今のこの腐った平和の日本の為に犠牲になってくれたんです。 > 大和では2498名の方が亡くなったそうですが自分の人生にはまったく関係ない他人 > の死だとは思いますが少しくらい敬意、悲しみの心を持ってもいいのではないで > しょうか? それは個人の自由でしょう、敬意、悲しみの心は人から指摘されて持つようなものでは無いと私は考えます、貴方がそう考える事を否定はしませんし、強制するつもりが無い事もわかります、しかし、件の書き込みを行なった人が貴方と同じ様に考えているとは限りませんし、立場の違いもあるかもしれません。 感情で考えても議論の足しにはなりません、そういう書き込みを読んで起こった感情の高ぶりは胸の内に仕舞っておくのがいいのでは無いかと思います、まあ、書きたくなる気持ちもわかるんですが、私もときたま押さえられなくなる事がありますし。 |
ooi様、初めまして。 >「戦艦大和探索/悲劇の航跡を追って」と「海底の大和/巨大戦艦の鎮魂 これが大和の最後の姿だ」で最初のは1980年、2本目は1985年に放映されているようです。 この2作につきましては過去に見たことがあるのですがそのような映像はなかった と記憶しています。検索ではかなり調べたつもりです。 > それは個人の自由でしょう、敬意、悲しみの心は人から指摘されて持つようなものでは無いと私は考えます 確かに指摘して持つものではありませんね。気持ちの高ぶりというより人間として 普通に問い掛けたつもりでした。ただ自分はある意見に対して気持ちが高ぶってい たとしてもそれを胸に秘めるようなことはしません。自分に対しての意見も聞いて みたいですし・・これも個人の自由ですよね? 人の考え方、環境、それぞれ違う ことはわかります、でも人間が共感する気持ちは1つだと信じていますが。 ご意見ありがとうございました。 |
はじめまして。 最初に、動く映像の事は小生全く存じません。 私が意見したいのは後半のほうです。 私自身も、あと知恵で「大和がポンコツだった」なんて意見には賛同しかねます。 ですが、いくら「腐った平和の日本の為に犠牲になった」からといって大和が「優れた兵器である」という事にはならないと思います。 更に「少しくらい敬意、悲しみの心を持ってもいいのではないでしょうか?」と言う部分は「少しくらいも敬意を払わない奴は非国民だ」という当時の日本人のメンタリティーそのもののように感じます。そういう国だからこそ日本は負けたのだと私は思います。 真に英霊に報いる方法は何か。大いに議論してみても良いテーマだと私は思います。 |
どうもトランペット様、初めまして。 なるほど、そう言う意見もあるものと拝見させていただきました。しかしながら 誤解なさっている部分がありますのでもう一度意見させていただきます。 > ですが、いくら「腐った平和の日本の為に犠牲になった」からといって大和が「優れた兵器である」という事にはならないと思います。 > 更に「少しくらい敬意、悲しみの心を持ってもいいのではないでしょうか?」と言う部分は「少しくらいも敬意を払わない奴は非国民だ」という当時の日本人のメンタリティーそのもののように感じます。 大和が「優れた兵器」などとは自分は思っていませんし言ってもいません。また 「少しくらいも敬意を払わない奴は非国民だ」などとも思ってもいません言っても いません。ただ亡くなった人に対して追悼の気持ちがあるなら「大和がポンコツ」 なんて言葉は出てくるはずがないと思います。イラク戦争でも同じ事が言えます。 他の掲示板などで「このレス、空爆するぞ」などと時折みかけます。人の痛みを 少しでも理解しようとするならこんな言葉は出てこないと言うことです。ただ、 前の方がおっしゃって下さいましたが人は感情も環境も違うということで、何千人 も亡くなった事を知らないかもしれません。ですがわかっていて「ポンコツ」など と言っているのであればもう自分は何も意見することはありません。それも1つの 「個人の自由」というものなんでしょう。 |
153,550軸馬力様、レス有難うございます。 なるほど私の抱いた誤解については了解しました。 大変失礼致しました。 しかし、その上でもう少し意見をしたいと思います。 私は153.550軸馬力様のおっしゃる事には全く同感です。 ですが153,550軸馬力様が「大和がポンコツ」や「このレス、空爆するぞ」のフレーズに反応したのと同様、私は貴方様の「腐った平和」に反応したのです。大和の乗組員達は、その「腐った平和」の為に没したのでしょう。ならば平和を腐らせたのは我ら現代人ではありませんか。「腐った平和とは何か?」という議論はここではナンセンスです。ただ私は貴方様が「腐った平和の日本」という言葉を使われた事が残念で成らないのです。本当に英霊に心を致すならば、その言葉は我々の世代の人間が使うべきものではないと思ったのです。先人が命がけで築いた平和な未来、その未来の人間に「腐った平和」などと言われたのでは戦に没した英霊も浮かばれますまい。 日本の平和が腐っているならそれはまさに我々の責任ではありませんか。 その事を感じているならそういう言葉の選択ができるでしょうか。 > どうもトランペット様、初めまして。 > なるほど、そう言う意見もあるものと拝見させていただきました。しかしながら > 誤解なさっている部分がありますのでもう一度意見させていただきます。 > > > ですが、いくら「腐った平和の日本の為に犠牲になった」からといって大和が「優れた兵器である」という事にはならないと思います。 > > 更に「少しくらい敬意、悲しみの心を持ってもいいのではないでしょうか?」と言う部分は「少しくらいも敬意を払わない奴は非国民だ」という当時の日本人のメンタリティーそのもののように感じます。 > > 大和が「優れた兵器」などとは自分は思っていませんし言ってもいません。また > 「少しくらいも敬意を払わない奴は非国民だ」などとも思ってもいません言っても > いません。ただ亡くなった人に対して追悼の気持ちがあるなら > なんて言葉は出てくるはずがないと思います。イラク戦争でも同じ事が言えます。 > 他の掲示板などで「このレス、空爆するぞ」などと時折みかけます。人の痛みを > 少しでも理解しようとするならこんな言葉は出てこないと言うことです。ただ、 > 前の方がおっしゃって下さいましたが人は感情も環境も違うということで、何千人 > も亡くなった事を知らないかもしれません。ですがわかっていて「ポンコツ」など > と言っているのであればもう自分は何も意見することはありません。それも1つの > 「個人の自由」というものなんでしょう。 |
とらんぺっと様 「腐った日本」、戦没者の事を思うなら適当な言葉ではなかったかもしれません。 この題「戦艦大和について」を書いている時にTVで例の「愛知殺人事件」等のニュ ースを見ていました。 人を騙す、殺す、お金を奪う、または意味もなく切りつけ たり・・。 とらんぺっと様の意見には逆らうようですがこのような日本の日常を見ているうち にただ「平和な日本」と表現することはできませんでした。しかしながら戦没者に 対する追悼の念は持っているつもりです。でなければこのような意見を交換したり しません。 とらんぺっと様のご意見もなるほどと納得、共感するところです。 |
>しかしながら戦没者に対する追悼の念は持っているつもりです。でなければこのような意見を交換したりしません。 もちろん判っていますとも。判っていて少し意地悪な書き方をしてしまいました… 私が言いたかった事は実は「腐った日本」に腹が立った、という事ではなくて、言葉の選び方や、感情の高ぶりに左右されず、相手の選んだ言葉ではなく、その人の主張の内容を直視した議論をすべきだという事だったんです。昨今の国会中継を見ていても言葉尻を捕らえた不毛な議論が目に付いて少しウンザリしますが、これは日本人の戦中より克服されざる弱点だと思うのです。私自身も議論の本質を逸脱して言葉尻に目が奪われ、こういうやり取りになったわけですから大いに反省しなければなりません。 「これこれこういう訳で大和はポンコツであります!」 「ポンコツとは何事だ!!けしからん!!」 という展開になったのでは議論にならないし、優れた知恵を共有する事もできませんもの。 今に至るもこれに似たような事って誰しも身近に沢山ありません?? そして自分自身も知らず知らずのうちにやっているだろうし。 極端な話私はこの弱点は日本が戦争に負けた遠因だと思ってるんです。 そこを反省する事こそ大和乗員をはじめとする英霊達に報いる方法である。私が最初に言いたかったのはこういう事です。 > とらんぺっと様 > > 「腐った日本」、戦没者の事を思うなら適当な言葉ではなかったかもしれません。 > この題「戦艦大和について」を書いている時にTVで例の「愛知殺人事件」等のニュ > ースを見ていました。 人を騙す、殺す、お金を奪う、または意味もなく切りつけ > たり・・。 > > とらんぺっと様の意見には逆らうようですがこのような日本の日常を見ているうち > にただ「平和な日本」と表現することはできませんでした。しかしながら戦没者に > 対する追悼の念は持っているつもりです。でなければこのような意見を交換したり > しません。 > > とらんぺっと様のご意見もなるほどと納得、共感するところです。 |
153、550軸馬力さん とらんぺっとさんとお二人で、感情に流されがちな問題を、冷静かつ情熱を持って議論されているのには感服しておりますが、153、550軸馬力さんの主張に、一つ疑問がございます。 > ただ亡くなった人に対して追悼の気持ちがあるなら「大和がポンコツ」 > なんて言葉は出てくるはずがないと思います。 戦死された方々へお追悼の気持ちと、戦死された方々が使用していた兵器がポンコツかどうかという問題は、まったく無関係なのではないでしょうか。 あの戦争では最新兵器で戦死された方もいれば、まさしくポンコツといっていいような旧式兵器や即製兵器による戦闘で戦死された方もたくさんいることには、153、550軸馬力さんにも異論がないと思います。 問題の発言をチェックしていませんのではっきりとは言えませんが、単に兵器としての大和を批判した発言だったのなら、その兵器と共に死亡した者がたくさんいることはその兵器がポンコツでない証明にはなりません(一般論としていえば、多くの戦死者がいることは、ポンコツかどうかはともかく、有効な兵器ではなかった疑いを高めるでしょう)。 もし、大和の戦死者を揶揄するためのポンコツ発言だったのでしたら、戦死者への態度を批判されればよいので、その際大和がポンコツであるか否かは問題外でしょう(その発言が非難されるべきものだとしても、そのこともまた大和がポンコツであることを否定する根拠とはならないでしょう)。 153、550軸馬力さんのお気持ちはわかりますが、戦死者を追悼するお気持ちと、戦死者が使用した兵器や参加した作戦の評価は、切り離さすべきではないでしょうか。そうでなければ、旧式兵器での戦闘で戦死した兵士や、不適切な作戦に従事して戦死した兵士は、かえって浮かばれません。 ポンコツ問題はあくまで兵器としての大和の問題として議論すればよいので、戦死者の問題とからめるべきではないのではないでしょうか。 |
「大和はただ > でかいだけのポンコツ戦艦」という意見を見ました・・腹立たしく悲しい限りです > うーん、サマール島沖海戦で、100発撃って1発も当たらなかったという説もあるくらいなんで、「でかいだけのポンコツ戦艦」といわれるのもやむをえないかもしれないかと。 (ま、駆逐艦「ホール」を撃沈したって説もあるにはあるんですが、弱いものいじめの気味なきにしもあらず) ここで発想を転換して「大和はどこで使われるべきだったか」を考えて名誉回復を図ってはいかがでしょうか。あまりに大事にされすぎて、出番が少なかったのは確かなんで。 ・機動部隊随伴艦としては、残念ながら速力不足。 なのでソロモン周辺の押し合いの頃につかえばよかった? ・大和の夜戦能力(レーダー射撃等)について識者のご意見賜りたく。 水上部隊どうしでの殴りあいなら、すくなくとも撃たれ強いのは間違いないんで、ガダルカナル輸送船間接護衛?なら無敵だったかも! ・ヘンダーソン飛行場砲撃 命中精度はあまり問題にならないので、大和にとって最高のミッションじゃないでしょうか。大和の46センチ砲なら、「榛名」「霧島」( ん、「比叡」「金剛」でしたっけ?)の36センチ砲に比較し絶大な破壊力を発揮したことは間違いないでしょうしぃ。 みんなで「大和」活躍のシチュエーションを考えてあげましょうよ! |
> ・機動部隊随伴艦としては、残念ながら速力不足。 すでに、議論が済んでいると思いますが、速力不足ということはないと思います。 確かにアイオワ級と比べれば、最大速力ではかないませんが、ノース・カロライナ級、サウス・ダコタ級と比べて遜色ないでしょう。 「加賀」も最高速力は30knに届きませんし、機動部隊直衛艦として使うつもりなら、十分威力を発揮したのではないでしょうか。 |
他のスレッドでも引き合いに出した小室直樹氏がこの事についてこういっています。 (先に言っておきますが、私は氏のシンパではありませんし、彼の主張の正しさを判断する知識も持っていません。なればこそあまりにも独創的な彼の説を諸兄に論じてもらいたいのです。) 曰く大和、武蔵は条約失効の当日直ちに起工し、戦前に竣工させ抑止戦力として活用すべきだった。というのです。条約失効当時は世界は対艦巨砲主義の絶頂です。戦艦1隻の存在が戦争計画に大きく影響するご時世だったのです。日本は自ら軍縮条約継続を蹴っておきながら、欧米列強よりも新戦艦の着工が遅れたことが考えられないというのです。言われてみればそのとおりだと思ったのですがどうでしょう? 先に生意気にも注意を喚起したいのですが、「設計が終わっていない。」とか「船台が空いていない。」とかいうツッコミでは彼の論を封じる事はできないと思います。日本は自ら条約延長を蹴った訳ですから、この時条約が失効する事はずっと前からわかっていた事です。もし、そのつもりが無かったとしても失効に備えて準備だけはしておくべきだったと思います。 |
私、レスの付け方間違ってますね…(大汗 |
>条約失効当時は世界は対艦巨砲主義の絶頂です。戦艦1隻の存在が戦争計画に大きく影響するご時世だったのです。 「そんな時代ではないかもしれない」と思わない時点で、寝言のようなものです。 シンプルに見れば、海軍がそう認識しているように大和型は金剛型の代艦でしかありません。 |
えとまず念のため私の引用は要約であって抜粋ではありません。要約した私がトンチンカンな事を言っている可能性を残しておいてください(笑 命題を分解すると 1.日本は大艦巨砲主義だったか 2.米国は大艦巨砲主義だったか という事が重要だと思います。 第一航空艦隊は画期的な、文字通り期を画する発想の艦隊だったと思います。これを作り上げるには無論長い時間が必要ですから、「日本が対艦巨砲主義に固執していた」という説は確かに疑わしいと思います。 「大和型は金剛型の代艦でしかない」というBUN様の指摘では1.が「否」という事になると思いますが、抑止兵力として有効かどうかを決めるのは2.の方だと思います。 これについてはいかがでしょう? |
別に比喩として述べているのではなく、大和型戦艦は金剛型の代艦として建造されたものです。 これは事実であって検討の余地はありません。 日本は老朽化する旧式戦艦の代艦枠を遠慮がちに使う程度でしか戦艦建造を行っていないのです。日本側が抱いていたのは無条約時代を迎えても米側の軍備計画の立ち上がりが遅く、瞬間風速で日米の兵力差を対米八割程度まで詰められるのではないか、という一方的な希望です。実際には詰め切れない兵力差を厳重に要目を秘匿した大和型による個艦性能の差で多少なりとも埋めようという考えはありますが、これを抑止力として活用しようという考えはありません。 大艦巨砲主義といったものは明確な思想として存在したものではありません。あるグループに属した人々が対立する人々を侮蔑する表現として使われている言葉です。 大まかに言えば、洋上で両軍の艦隊が激突する際に、制空権を持たなければ思うように洋上での戦闘が実施できないという事を日米ともにかなり早期に意識し始め、その後、制空権が取れるのであれば単に水上砲戦を有利に進められるだけではなく、海戦そのものの勝利と直結するのではないか、という発想に進んだ過程があるだけです。 ですから艦隊に属して戦艦部隊を指揮する人々の中には航空部隊は自分たち主力艦隊の戦闘を有利に進める為に存在するもので、そうあるのが望ましい、と考える向きもあったでしょうし、航空部隊の側では主力艦隊に決定的な価値は無いと考えています。 そして、最も重要な、これらの軍備を計画し、作戦を立案する立場の人々は、物事を考える順序として、戦艦で戦うにせよ、飛行機が全てを決めるにせよ、絶対に航空軍備で劣ってはならず、航空軍備の充実なくしては海戦の勝利はあり得ないと認識していた点においては日米ともにさほど違いはありません。 |
BUN様、毎度物分かりの悪い小生にお付き合いいただき感謝いたします。 さて、今回、いただいた回答の内容は、大体今までに私が認識して来た事に一致していますので、その事について異論がある訳ではありません。「大艦巨砲主義」という言葉を安易に使用して単純化しすぎたのでこの様なレスを頂いたのだと思いますが、私のクチベタのせいで今ひとつ論点がずれてしまいました。 >これを抑止力として活用しようという考えはありません。 とありますが、そのような事実の確認ではなく、小室氏の主張による所の「抑止力として活用すべきだった」という事に関して、ご意見を拝聴したかったのであります。 そしてこの主張の是非の検討として「そもそも抑止力としての効果があるかないか?」→「(この場合米軍において)当時、戦艦の存在はいかなるものか?」という展開になるわけです。 日本海軍がそもそも大和型2隻ほど造ってこれで安泰、というような期待があったわけではない、という事は私もその通りだと思います。しかし、こちらが期待していなくても、相手が重要視するのであれば、抑止戦力として有効という事ですから「使わなかった」ではなく「使うべきだった」という主張が成り立つ訳です。有効性がそもそも無いのならまさに「寝言」と言う他ありません。 「大艦巨砲主義」という言葉を使ったのはいかにも不用意でしたが、米軍が戦前から艦隊決戦に際して制空権の獲得を是非とも必要としていた事は当の小室氏も言及しています。しかし「制空権を重視している」事が直ちに「戦艦によるハッタリが効かない」という事にはならないと思います。日本が強力な航空打撃艦隊を整備した背景には元々「戦艦の数では到底勝ち目が無い」という認識から苦し紛れ(やや御幣がありますが)の選択だったと思います。もちろん「戦艦など不要」という航空論者もいたでしょうが、元々は「制空権下の艦隊決戦」という考えから発展したものと承知しております。一方アメリカの立場では戦艦の数で優位に立っているわけですからわざわざ当時にあって「邪道」な航空艦隊を作る発想が無かったのではないでしょうか?つまり「戦艦1隻、それも大和の如き空前の巨艦」の存在は依然として(アメリカにとって)大きな意味があったのではないか?と考えます。制空権を奪取する事と、敵戦艦群と撃ち合う事はアメリカにとって別問題だったと思うのです。もしそうならやはり小室氏の説にも一理無いでしょうか。 しかしながら私がここで大和に絡めて問題提起したのは少々良くなかったと思えてきました。と申しますのも、小室氏は「抑止戦力」=「情報の活用」全般を日本がしなかった事を指摘しているのであって、大和型がどうこうという事は彼の主張の本筋ではないかもしれません。 日本は大和型に限らず、こっそり軽巡を重巡にしたり、補給艦を空母にしたりしましたが、多分小室氏の主張は「こっそり作るのはいいが出来上がったら見せびらかすべし」という事だと思います。現実に開戦当初の日本海軍の正面戦力は、米軍と比較してもむしろ優勢だった事を考えれば、大いにその事をアピールすべきだったのだという事です。 小室氏はアメリカほど自国民の死に敏感な国が無い事も指摘しています。アメリカは絶対に勝てる公算が無ければ余程の事でも戦争をしたがらないし、勝っても自国兵士が死ぬ事を極端に嫌がる国であるという事です。左様な国に対しての大和型2隻が加わる事によるによる抑止効果の程は…。結構興味深い説だと思ったのです。 我ながらツッコミどころ満載なレスですが、何分物分かりが悪いので直接的に論破して頂かないと理解しない阿呆なのでよろしくお願いします。 問題は「実際にやる気があったかどうか」ではなく「大和によるハッタリは有効か効果なしか」この点に絞ってもう一度ツッコミ入れてやって頂けませんか。 |
ヴィンソン・トランメル法案が1937年に実動着手された時点で、米国がビビらなくてはいけない理由はなくなってます。 続いて翌年可決の第二次ヴィンソン案、1940年の第三次ヴィンソン案と、予定通りに完成した大和型4隻がそこにいるかどうかなんてものは戦略的な意味を持たないほどの大艦隊建造計画が「戦前に」明らかになってるわけですな。 その大和型が持てる最大のハッタリ効果をかますためにはスペック不明にしておく方が有効だろうし(たとえばMiG-25のように)、また1941年12月〜1942年7月までの瞬間最大風速はどちらも既にとっくの昔に了解済みのこと。 それを過ぎれば、計画通りに米艦隊は大艦隊に成長するのです。 大戦中に就役している米艦艇の計画年度を見てから考えてみた方がいいと思いますね。 |
> ヴィンソン・トランメル法案が1937年に実動着手された時点で、米国がビビらなくてはいけない理由はなくなってます。 > 続いて翌年可決の第二次ヴィンソン案、1940年の第三次ヴィンソン案と、予定通りに完成した大和型4隻がそこにいるかどうかなんてものは戦略的な意味を持たないほどの大艦隊建造計画が「戦前に」明らかになってるわけですな。 失礼ながら図面上の戦艦が火を吹くとでもおっしゃるのでしょうか? ヴィンソン案の事は本の中で触れられています。「完成は1948年」の予定とあります。48年に完成する艦隊に着手したから「これで安心」とは…それともヴィンソン案では1941年8月(小室氏が大和を完成させるべきとした月)までに大和よりどう見ても強力な艦が完成したのでしょうか? ページを忘れて正確な抜粋ではありませんが「因みにアメリカの建艦計画は予定通りに実行されたためしがない」とまで書かれています。むしろヴィンソン案の存在こそアメリカが「大艦巨砲主義」である証左にされています。 > その大和型が持てる最大のハッタリ効果をかますためにはスペック不明にしておく方が有効だろうし(たとえばMiG-25のように)、また1941年12月〜1942年7月までの瞬間最大風速はどちらも既にとっくの昔に了解済みのこと。 > それを過ぎれば、計画通りに米艦隊は大艦隊に成長するのです。 > 「どうせ明日には腹が減るなら今日食っても無駄」という論法に近くありませんか?第一8ヶ月を「瞬間」と言うのは暴論だと思います。当時日本はなるべくなら戦争をしたくなかった訳でしょう。ならば大和型によって数ヶ月開戦を遅らせられるならそれは政策の成功を意味するのです。数ヵ月後には別な政策を考えるまでです。 > 大戦中に就役している米艦艇の計画年度を見てから考えてみた方がいいと思いますね。 残念ながら資料がありませんが、竣工時期ならわかります。最強のアイオア級の1番艦が完成したのが1943年とあります。開戦により戦艦の優先順位が下がったでしょうがその事を考慮に入れても大和より1年以上遅れています。もちろんサウスダコタ級もいますが大艦巨砲主義では主砲の威力で劣ってもならないはずです。一方開戦が無ければ少なくとも大和型の3、4番艦までは建造したでしょうから仮にアイオア級が4隻(計画が6隻なのは承知しています)出揃ったとしても慎重なアメリカは二の足を踏んだ事想像に難くありません。もっともこの時期まで開戦をひっぱたら世界情勢もガラっと変わっていましょうからこの議論の内容から外れます。 失礼ながら歴史を静的なものとして捕らえてはおりませんか? 私も小室氏も論じているのは「あの時何ができたか?」という事であって、歴史を動的なものとして捉えております。「大戦中に就役している米艦艇の計画年度」なんてどうして当時の日本の指導者が知り得ましょう? |
アメリカの計画は、議会を通じて可決された時点で、凡その規模は判明します。 ちなみに、大艦巨砲主義であるが故に大口径砲を備えた戦艦が有利であるというのはまったくそのとおりなのですが、大和のスペックが無い書であったが故に、米国戦艦はモンタナに至るまで全て16インチ砲戦艦ですね。 もし、何れかの時期に大和のスペックが公表されたならば、モンタナは18インチ砲戦艦として起工されたでしょうし、工事の優先順位も大幅に繰り上げられたでしょう。 即ち1944年後半には大和に匹敵するスペックの戦艦を米国は送り出せます(勿論数に至っては比較にならない) ちなみに 大和・武蔵は昭和12年度=1937年度。米国はノースカロライナ級2隻 1938年度 サウスダコタ級4隻 アイオワ級2隻(更に8隻建造の計画を公表) 1939年度 昭和14年度 マル4計画 大和型2隻 1940年度 アイオワ級4隻 モンタナ級5隻 大和型の後期建造艦は、つまり米国の初期拡張に対抗した追加建造艦であり、米国は更に追加建造を行い、これに対抗した艦の建造を日本は事実果たせていません。 ちなみに第二次ヴィンソン案は1938年度計画に重なるものです。残念ながら10年後じゃないんですよ。 第三次ヴィンソン案の完全完成(っていうか工事を遅らされたモンタナ級が揃い踏みする)のは1948かもしれませんが、そういう流れにあったのです。 ある書籍の中で触れられている内容は、一面正しくとも、完全にすべてを記述している訳ではありません。 つまり大和の存在公表は、僅か数年だけの性能優位を日本側に与えるだけなのです。 既に数量の競争は、1937〜38年あたりで完全に見えているのです。 であるからマル4計画で、日本は艦艇建造を縮小し基地航空隊へと重点を移すのです(勝負にならないから) そう、まさしく双方とも紙の上の計画を前提に数年後の未来を睨んで戦力整備をやってたのです。 |
SUDO様 > ある書籍の中で触れられている内容は、一面正しくとも、完全にすべてを記述している訳ではありません。 この点は問題提起の時に断りましたが全くそのとおりです。私はこの本の擁護者ではないのです。むしろ論破する理論を探したいのです。 > アメリカの計画は、議会を通じて可決された時点で、凡その規模は判明します。 > > ちなみに、大艦巨砲主義であるが故に大口径砲を備えた戦艦が有利であるというのはまったくそのとおりなのですが、大和のスペックが無い書であったが故に、米国戦艦はモンタナに至るまで全て16インチ砲戦艦ですね。 > もし、何れかの時期に大和のスペックが公表されたならば、モンタナは18インチ砲戦艦として起工されたでしょうし、工事の優先順位も大幅に繰り上げられたでしょう。 > 即ち1944年後半には大和に匹敵するスペックの戦艦を米国は送り出せます(勿論数に至っては比較にならない) > > ちなみに > 大和・武蔵は昭和12年度=1937年度。米国はノースカロライナ級2隻 > 1938年度 サウスダコタ級4隻 アイオワ級2隻(更に8隻建造の計画を公表) > 1939年度 昭和14年度 マル4計画 大和型2隻 > 1940年度 アイオワ級4隻 モンタナ級5隻 > 大和型の後期建造艦は、つまり米国の初期拡張に対抗した追加建造艦であり、米国は更に追加建造を行い、これに対抗した艦の建造を日本は事実果たせていません。 > ちなみに第二次ヴィンソン案は1938年度計画に重なるものです。残念ながら10年後じゃないんですよ。 > 第三次ヴィンソン案の完全完成(っていうか工事を遅らされたモンタナ級が揃い踏みする)のは1948かもしれませんが、そういう流れにあったのです。 > つまり大和の存在公表は、僅か数年だけの性能優位を日本側に与えるだけなのです。 > 既に数量の競争は、1937〜38年あたりで完全に見えているのです。 > であるからマル4計画で、日本は艦艇建造を縮小し基地航空隊へと重点を移すのです(勝負にならないから) > そう、まさしく双方とも紙の上の計画を前提に数年後の未来を睨んで戦力整備をやってたのです。 なるほど「どうして知りえましょうか?」発言は失言でした。 しかし、上の年度は計画年次のようですが、問題の1941年8月の時点で「数ヶ月のプレゼンスを保てれば良い」という元文の主張になんら影響しないと思うのですが… |
> しかし、上の年度は計画年次のようですが、問題の1941年8月の時点で「数ヶ月のプレゼンスを保てれば良い」という元文の主張になんら影響しないと思うのですが… 実際の開戦は12月ですから、「8月の時点」を「12月の時点」にしなければなりませんね。8月の時点で数ヶ月ハッタリかまして、12月開戦では史実と変わりませんからね…。 それにしてもまだ主張は活きていると思います。 「ハッタリが効かない程度」は最低サウスダコタ級4隻は必要だと思いますが、それにしても数ヶ月の猶予はありますよね。いや、完全に小室氏の主張を否定するには更にアイオア級2隻くらいは必要かと思いますが。 |
アメリカは大西洋と2正面である事も重要ですよね。やはりサウスダコタ級4隻+アイオワ級4隻×大和型2隻でも一定の抑止力はあると見るべきでしょう。 |
> 失礼ながら図面上の戦艦が火を吹くとでもおっしゃるのでしょうか? > ヴィンソン案の事は本の中で触れられています。「完成は1948年」の予定とあります。48年に完成する艦隊に着手したから「これで安心」とは…それともヴィンソン案では1941年8月(小室氏が大和を完成させるべきとした月)までに大和よりどう見ても強力な艦が完成したのでしょうか? ヴィンソン案、特に40年度の第三次案は戦艦だけ作るというものではありません。 > ページを忘れて正確な抜粋ではありませんが「因みにアメリカの建艦計画は予定通りに実行されたためしがない」とまで書かれています。むしろヴィンソン案の存在こそアメリカが「大艦巨砲主義」である証左にされています。 冷戦期におけるレーガン政権の600隻艦隊計画と同じく、ヴィンソン案は日本に対して戦略の破綻と過重な建艦努力を強いる武器となるのです。 そこに議会で承認された計画がある以上、実現される可能性は多分にあるわけです。 それが実行できるわけがないと高をくくっていて、もし実現されてしまえばどうにもならなくなります。 > 「どうせ明日には腹が減るなら今日食っても無駄」という論法に近くありませんか?第一8ヶ月を「瞬間」と言うのは暴論だと思います。当時日本はなるべくなら戦争をしたくなかった訳でしょう。ならば大和型によって数ヶ月開戦を遅らせられるならそれは政策の成功を意味するのです。数ヵ月後には別な政策を考えるまでです。 アメリカは開戦が遅れるほどに有利になるのですから、遅らせるだけ失敗の度合いが増すだけです。単なる優柔不断と選ぶところがありません。 政策を変更するならまだ劣位が目立たないうちにやるべきであって、アメリカが追いついてくるのを待つなど愚の骨頂ではありませんか。 それだけ足元を見られるだけです。 たった1年にも満たない期間など瞬間です。 そのあとは何年経とうと日本はアメリカに追いつくことはできないわけですから。 > 残念ながら資料がありませんが、竣工時期ならわかります。最強のアイオア級の1番艦が完成したのが1943年とあります。開戦により戦艦の優先順位が下がったでしょうがその事を考慮に入れても大和より1年以上遅れています。もちろんサウスダコタ級もいますが大艦巨砲主義では主砲の威力で劣ってもならないはずです。一方開戦が無ければ少なくとも大和型の3、4番艦までは建造したでしょうから仮にアイオア級が4隻(計画が6隻なのは承知しています)出揃ったとしても慎重なアメリカは二の足を踏んだ事想像に難くありません。もっともこの時期まで開戦をひっぱたら世界情勢もガラっと変わっていましょうからこの議論の内容から外れます。 > 失礼ながら歴史を静的なものとして捕らえてはおりませんか? 大和型4隻が加わる間にアメリカは16インチ砲戦艦をNC2隻、SD4隻、アイオワ6隻を追加してモンタナ4隻を準備できます。 戦前に準備してあるのは日本10隻、アメリカ14隻(アーカンソーはカウントしないでおきます)、戦艦だけで14対26(+4)という差がつきます。 そのうえ、海戦というのは戦艦だけでやるものではありません。 これはどんなガチガチの大艦巨砲主義者だろうと『奇蹟の記録』たる対馬やジュットランドの記録を見れば明瞭なことであって、補助艦艇枠というものがロンドン条約に存在する所以でもありますが、そこで見なければいけないのは巡洋艦の建造量です。 いちおう条約制限内のブルックリン級はともかくとして、1940年度計画のボルチモア級とクリーブランド級、アトランタ級の数を見れば、既存駆逐艦73隻(平甲板型は含めず)に24隻を加える駆逐艦をも考えて、まともにあたれば海戦そのものを構成できないほどの数量差になることは明白です。 条約脱退の結果として、戦前にわかっているだけの増勢分だけで日本は水上艦隊による海戦をあきらめなければならないほどの事態に直面しているのです。 > 私も小室氏も論じているのは「あの時何ができたか?」という事であって、歴史を動的なものとして捉えております。「大戦中に就役している米艦艇の計画年度」なんてどうして当時の日本の指導者が知り得ましょう? だから「見てから考えてくれ」と申し上げております。 大戦中に就役しているほとんどの大型艦艇は1940年度以前の計画であり、アメリカは建艦計画を国民に公表しなければいけない国情にありますから、日本の指導者は別にスパイなんかに頼らなくても知ることができます。 護衛空母、改造空母、護衛駆逐艦といった戦時急造艦や41年度以降に急増した艦隊駆逐艦を除けば、1943年までに就役している新型艦は戦艦も大型空母も重巡洋艦も軽巡洋艦も24隻までは駆逐艦も、これが出てくるということは開戦1年前に日本の指導者は知っていたはずなのです。 それがあまりに大量で実現できるわけがないと決め付けたという説もありますが、それにしても知ることはできていたわけですよ。 |
まなかじ様 > > 失礼ながら図面上の戦艦が火を吹くとでもおっしゃるのでしょうか? > > ヴィンソン案の事は本の中で触れられています。「完成は1948年」の予定とあります。48年に完成する艦隊に着手したから「これで安心」とは…それともヴィンソン案では1941年8月(小室氏が大和を完成させるべきとした月)までに大和よりどう見ても強力な艦が完成したのでしょうか? > > ヴィンソン案、特に40年度の第三次案は戦艦だけ作るというものではありません。 それは事実でしょうがそれによって何を主張なさるのでしょうか。 > > > ページを忘れて正確な抜粋ではありませんが「因みにアメリカの建艦計画は予定通りに実行されたためしがない」とまで書かれています。むしろヴィンソン案の存在こそアメリカが「大艦巨砲主義」である証左にされています。 > > 冷戦期におけるレーガン政権の600隻艦隊計画と同じく、ヴィンソン案は日本に対して戦略の破綻と過重な建艦努力を強いる武器となるのです。 > そこに議会で承認された計画がある以上、実現される可能性は多分にあるわけです。 > それが実行できるわけがないと高をくくっていて、もし実現されてしまえばどうにもならなくなります。 まぁここは本筋ではないので確信犯です。その通りだと私も思います。 > > > 「どうせ明日には腹が減るなら今日食っても無駄」という論法に近くありませんか?第一8ヶ月を「瞬間」と言うのは暴論だと思います。当時日本はなるべくなら戦争をしたくなかった訳でしょう。ならば大和型によって数ヶ月開戦を遅らせられるならそれは政策の成功を意味するのです。数ヵ月後には別な政策を考えるまでです。 > > アメリカは開戦が遅れるほどに有利になるのですから、遅らせるだけ失敗の度合いが増すだけです。単なる優柔不断と選ぶところがありません。 > 政策を変更するならまだ劣位が目立たないうちにやるべきであって、アメリカが追いついてくるのを待つなど愚の骨頂ではありませんか。 > それだけ足元を見られるだけです。 > たった1年にも満たない期間など瞬間です。 > そのあとは何年経とうと日本はアメリカに追いつくことはできないわけですから。 問題はここです。遅らせるだけアメリカに有利という点にまず合点が行きませんが(ならばアメリカは対日参戦を遅らせる手はいくらでもあった)仮にそうだとしても問題は当時の日本はなるべく時間を稼ぎたかった、という事であって、自らの希望を実現する為に策を講じられなかった問題なのです。結果として成功か失敗かという事ではありません。 それから次の政策というのは何も次の戦艦という事ではありませんし、事によったら軍事によるものとも限りません。アメリカが追いついてくるまで待つのは愚の骨頂だと私も思います。誰もそんな事主張していないと思うのですが。 いずれにしろ本題とすりかわっているのでこれ以上議論はしません。 > > > 残念ながら資料がありませんが、竣工時期ならわかります。最強のアイオア級の1番艦が完成したのが1943年とあります。開戦により戦艦の優先順位が下がったでしょうがその事を考慮に入れても大和より1年以上遅れています。もちろんサウスダコタ級もいますが大艦巨砲主義では主砲の威力で劣ってもならないはずです。一方開戦が無ければ少なくとも大和型の3、4番艦までは建造したでしょうから仮にアイオア級が4隻(計画が6隻なのは承知しています)出揃ったとしても慎重なアメリカは二の足を踏んだ事想像に難くありません。もっともこの時期まで開戦をひっぱたら世界情勢もガラっと変わっていましょうからこの議論の内容から外れます。 > > 失礼ながら歴史を静的なものとして捕らえてはおりませんか? > > 私も小室氏も論じているのは「あの時何ができたか?」という事であって、歴史を動的なものとして捉えております。「大戦中に就役している米艦艇の計画年度」なんてどうして当時の日本の指導者が知り得ましょう? > > だから「見てから考えてくれ」と申し上げております。 > 大戦中に就役しているほとんどの大型艦艇は1940年度以前の計画であり、アメリカは建艦計画を国民に公表しなければいけない国情にありますから、日本の指導者は別にスパイなんかに頼らなくても知ることができます。 > 護衛空母、改造空母、護衛駆逐艦といった戦時急造艦や41年度以降に急増した艦隊駆逐艦を除けば、1943年までに就役している新型艦は戦艦も大型空母も重巡洋艦も軽巡洋艦も24隻までは駆逐艦も、これが出てくるということは開戦1年前に日本の指導者は知っていたはずなのです。 > それがあまりに大量で実現できるわけがないと決め付けたという説もありますが、それにしても知ることはできていたわけですよ。 おっしゃる通りです。この点については隣接するレスで私の失言を認めています。何もいう事はございません。失礼しました。 もし宜しければ他の枝のレスもご一読願いたいのですが、いずれにしろ問題の本筋からここの応酬は既にかけ離れています。あまり私の興味もそそられませんのでこの辺で失礼致します。 |
あぁ失礼、問題の本を読み返していたら「大艦巨砲主義」という言葉がはっきりありました。この本では「プラット大将のイデオロギーである」とあります。つまり「はっきりした思想」という事でしょうか。まぁ今回は本筋と関係ないのでどうでもいい事ですが。 ついでに>アメリカに航空艦隊を作る発想が無かったのではないでしょうか?という言い回しですが、不適切ですね。アメリカにも論者は居たでしょう。これも本筋とは無関係ですが。 |
> 問題は「実際にやる気があったかどうか」ではなく「大和によるハッタリは有効か効果なしか」この点に絞ってもう一度ツッコミ入れてやって頂けませんか。 日米両軍が想定した洋上決戦構想はよく似ています。 まず機動航空部隊に属する高速の日本空母部隊と偵察部隊に属する米機動部隊が交戦して洋上の制空権を確保する。得られた航空の傘によって日本の場合は後方に控えた赤城以下の対戦艦用航空戦隊が米戦艦を撃破して日米の兵力差を均し、砲戦に持ち込むという構想です。仮に航空戦で機動航空部隊が敗退した場合、日本の主力部隊は原則的に戦闘に入りません。米海軍の場合は得られた制空権を利用して日本艦隊との水上戦闘を更に有利に展開するのですが、もし機動部隊が敗退した場合、米海軍もまた主力部隊は戦闘に入らない可能性大です。 両軍の想定した桧舞台の脚本がこのようなものですから、大和型程度の個艦性能面での優位はあまり重要ではありません。ノースカロライナ型2隻と大和型2隻は大局的に見ればほぼ等価でしょう。 水上戦闘を成立させない可能性を握る機動部隊とそれに運命を左右される戦艦部隊ではどちらに力を注ぐ事が効率的であるかは明白で、日本海軍はロンドン条約以降、兵力ギャップ調整用に育成して来た航空兵力を更に重視し始めます。マル四計画以降の軍備計画が航空優先に傾くのはこの為です。軍備計画の根本が変るのですから俗に言う「航空派」といったもののマイナーな主張ではなく、軍令部総長以下の総意として方針が策定されたということです。そんな中で建造が進められた大和型は条約下で旧式艦ばかりとなった主力部隊にとっては希望の星なのですが、とても抑止力を期待できるような存在ではありません。 大和型に抑止力を期待するならば、既成概念上の洋上決戦からはみ出すような性能を持ち米国に直接の脅威を与える必要があるでしょう。例えば35ノット以上の高速で米艦隊の追撃を振り切り、奇跡的な航続力で米本土沿岸を行動できるような戦艦戦隊の基幹が大和型であるならばそれは抑止力を発揮するのかもしれませんが、単純な重防御重武装の新戦艦ではその脅威は戦術的なものに留まります。 それよりも米進攻軍に対する抑止力として有効な構想としては、無条約時代に入って着手された南洋の陸攻基地整備計画に着目すべきでしょう。この発想は昭和初期から存在しますし、米国に対するプレゼンスとしては既成概念の延長上にある大戦艦2隻よりもよほど有効でしょう。 その場合の米側の回答はアイオ「ア」程度では済まないでしょうけれども・・・。 全面的な「抑止力」を発揮できる位なら戦争には負けません。 |
> 水上戦闘を成立させない可能性を握る機動部隊とそれに運命を左右される戦艦部隊ではどちらに力を注ぐ事が効率的であるかは明白で、日本海軍はロンドン条約以降、兵力ギャップ調整用に育成して来た航空兵力を更に重視し始めます。マル四計画以降の軍備計画が航空優先に傾くのはこの為です。軍備計画の根本が変るのですから俗に言う「航空派」といったもののマイナーな主張ではなく、軍令部総長以下の総意として方針が策定されたということです。そんな中で建造が進められた大和型は条約下で旧式艦ばかりとなった主力部隊にとっては希望の星なのですが、とても抑止力を期待できるような存在ではありません。 そうなると今回の「大和型」を「翔鶴型」に置き換えた形で同じ議論ができそうですね。 もちろんスレッドを改めないと不適切ですが。 > 大和型に抑止力を期待するならば、既成概念上の洋上決戦からはみ出すような性能を持ち米国に直接の脅威を与える必要があるでしょう。例えば35ノット以上の高速で米艦隊の追撃を振り切り、奇跡的な航続力で米本土沿岸を行動できるような戦艦戦隊の基幹が大和型であるならばそれは抑止力を発揮するのかもしれませんが、単純な重防御重武装の新戦艦ではその脅威は戦術的なものに留まります。 ↑これは説得力がありますね!。 しかしまだ「いや、大和型は主砲口径以外は謎なのだ、しかも誰も2隻だなんて言ってないぞ。(2隻だけど」と小室氏に言い返されそうな余地はあるにはありますが…。それに小室氏はたぶん「当時の大艦巨砲主義にあっては18インチ砲が既成概念からはみ出す存在なのだ」という事かもしれませんが、こうなるともはや本人を連れてこない限り議論を続けられません。兵器の性能の検証は比較的楽ですが「当時の指導者がどう思っていたか?」の調査は困難です。しかし是非とも必要なので、自分自身でも少しずつやっていきたいと思います。 > > それよりも米進攻軍に対する抑止力として有効な構想としては、無条約時代に入って着手された南洋の陸攻基地整備計画に着目すべきでしょう。この発想は昭和初期から存在しますし、米国に対するプレゼンスとしては既成概念の延長上にある大戦艦2隻よりもよほど有効でしょう。 > その場合の米側の回答はアイオ「ア」程度では済まないでしょうけれども・・・。 それが史実のB-29やP-51の大群、という訳ですね。エセックス級もワラワラ造った上にアイオ「ウァ」級もしっかり4隻揃える訳ですから… 有難うございました。別な所に総括を書こうと思うのでそちらもチェック頂ければ幸いです。 |
戦争に使うつもりならば、覆すのが難しい戦艦の戦力比を躍起になって(他の艦艇の建造を圧迫して)改善するより航空部隊に力を注ぐ方がよさそうです。 なんとか日米交渉をうまくまとめたいなら、新戦艦を麗々しく公表して抑止に使うのも手でしょう。ヨーロッパは日本とは無関係にきな臭くなっているわけですから、アメリカには向こうで戦ってもらって太平洋では譲歩を勝ち取ることができるかもしれません。 その点小室さんの意見にも(珍しく)見るべきところがあるように思います。 当時の日本海軍には、後者のような外交上の駆け引きとして戦力を使うという考えが希薄のように感じられます。おそらく検討もされなかったのでは。 そもそも軍部は外交にほとんど期待していないでしょう。 戦争になったら生還できるかどうか危ぶまれるのに、プリンス・オヴ・ウェールズとリパルスをあえてシンガポールに置いたチャーチルとはずいぶん違いますよね。 |
大名死亡様(凄いHNですね(汗 > 当時の日本海軍には、後者のような外交上の駆け引きとして戦力を使うという考えが希薄のように感じられます。おそらく検討もされなかったのでは。 ↑まさに小室氏の主張はこの点なんですよね。 それにしても実戦力としてだけにとどまらず、抑止効果としても大和型戦艦よりも空母の方が有効だった可能性はありそうですよね。 |
> > 当時の日本海軍には、後者のような外交上の駆け引きとして戦力を使うという考えが希薄のように感じられます。おそらく検討もされなかったのでは。 > > ↑まさに小室氏の主張はこの点なんですよね。 > それにしても実戦力としてだけにとどまらず、抑止効果としても大和型戦艦よりも空母の方が有効だった可能性はありそうですよね。 第一次大戦における帝政ドイツ海軍を見れば、所詮劣勢の海軍というものは抑止力としては全く何の効果も持ち合わせないという教訓を引き出したとしても無理ないように思われます。 まさに帝政ドイツの大海艦隊はそのために建設された海軍であり、それは内外に広く宣伝もされていた存在だったのですが。 |
皆様ご意見、情報、有難うございました。 結論として次のようなものを得られたと思っています。 1.諸前提を肯定し、抑止効果を持つとしても長くて数ヶ月である。 2.開戦時には日米は戦艦群による撃ち合い決戦の方針を見直す時期にあった。 3.その点大和型は在来の思想上に位置するもので絶対的なプレゼンスを持ち得ない。 4.以上の事から大和型による抑止効果は甚だ疑問である。 という事でよいと思います。 一つ付け加えたいのですが、プレゼンス効果とは玄人たる指導者に対してよりも素人の民衆に対してより効果を発揮するものだと思います。小室氏によるとルーズベルトは不戦の公約を持っていたし、アメリカは民主主義の国だから大統領の言う事よりも世論のほうがより重要だと言う事ですから、大和のプレゼンスを考える上でこれも重要な事だと思います。玄人衆であれば今回のように程なく「張子の虎、蟷螂の斧」である事を見抜くでしょうが、国民は如何に。このあたりは北朝鮮の対艦ミサイルも弾道ミサイルも同一視して騒ぎ立てる現代日本の現象も参考になるのではないでしょうか?元々当時の米国民は対独ですら「参戦まかりならん」という事だったし、日本という国は得体の知れない国で戦争する理由も理解できなかったようですから、追い討ちとしてのプレゼンスということになればまた違った議論になる事でしょう。 また、議論の途中で書きましたが、小室氏の主張の格子は「情報戦をするべきだった」という事なので、今回得られた結論だけでは氏の論陣を崩す事ができないと思います。 この検証には「日本にあって本当に情報戦や抑止戦力の概念は無かったのか」「無かったとすればそれは何故か」「あったとすればいつ頃からか、どういう例があるか」など、興味は尽きませんが、この辺はまた機会を改めなければなりません。 重ね重ね有難うございました。 |
> 1.諸前提を肯定し、抑止効果を持つとしても長くて数ヶ月である。 > 2.開戦時には日米は戦艦群による撃ち合い決戦の方針を見直す時期にあった。 > 3.その点大和型は在来の思想上に位置するもので絶対的なプレゼンスを持ち得ない。 > 4.以上の事から大和型による抑止効果は甚だ疑問である。 大和型があるから数ヶ月の時間が得られるのではなく、海軍の総兵力として概ね対米8割の水準が保てる期間が数ヶ月あるのだということしか、わたしもBUNさんも言っていません。 戦艦群による撃合い決戦とやら、どういうイメージを持たれているのか甚だ疑問です。 第三次ヴィンソン案の真に恐るべきはクリーヴランド級軽巡34隻、ボルチモア級重巡8隻、アトランタ級軽巡4隻の建造を上程して承認を得たところにあるのです。 日本海軍が水上決戦をあきらめなければならなかった理由はここにあります。 航空機(空母)でなんとか相打ちに持ち込み、戦艦の性能で優越してなんとか互角に持っていっても、ここで大差をつけられては海戦の前提自体が成立しないのです。 また、大和型が如何に強力といっても、米国の16インチ砲戦艦2隻を相手取って勝てるものではありません。 長門型を入れて4隻としても、コロラド級とノースカロライナ級だけで潰される可能性があり、サウスダコタ級を加えればもはや勝ち目を計算できません。 アイオワ級なんか必要ないくらいですが、アメリカとしてもアイオワ級を謎の新型戦艦にぶつけるつもりはありませんね。 モンタナ級はアメリカらしいトドメの一打というもので、実質的には大和型3番4番艦に対する安全弁でしかないのです。 絶対的なプレゼンスどころか、大和型の存在なんてものは「戦艦群の打ち合い決戦」の枠組みで考えても、もうどうでもいいのです。 抑止効果は「皆無」と言って良いと思います。 > 一つ付け加えたいのですが、プレゼンス効果とは玄人たる指導者に対してよりも素人の民衆に対してより効果を発揮するものだと思います。小室氏によるとルーズベルトは不戦の公約を持っていたし、アメリカは民主主義の国だから大統領の言う事よりも世論のほうがより重要だと言う事ですから、大和のプレゼンスを考える上でこれも重要な事だと思います。玄人衆であれば今回のように程なく「張子の虎、蟷螂の斧」である事を見抜くでしょうが、国民は如何に。このあたりは北朝鮮の対艦ミサイルも弾道ミサイルも同一視して騒ぎ立てる現代日本の現象も参考になるのではないでしょうか?元々当時の米国民は対独ですら「参戦まかりならん」という事だったし、日本という国は得体の知れない国で戦争する理由も理解できなかったようですから、追い討ちとしてのプレゼンスということになればまた違った議論になる事でしょう。 宣伝合戦になればアメリカに一日の長・・・というか全然歯が立たないことと思われます。 いったん戦争になってからの宣伝合戦も参考になさるとよろしいかと。 また、日本は重油問題で締め上げられていたので開戦を決心したのであって、作戦的見地から戦力整備と作戦準備の面で多少の時間を稼ぎたいという要請はあったにせよ、戦略的見地で引延ばしを図っていた事実は全く見えません。 日本にとって時間を稼いでいったい何の得があるのか理解できません。 次の政策といっても、取るべきは対米協調によって戦争を回避する以外の方策はないのですから、これまた無駄な遷延はアメリカの心象を悪くするのみで一利もないでしょう。 日本に剣を抜かせるかどうかという選択権は石油と屑鉄のカードを持ち、生糸はなくても困らないというアメリカ側が持っているのであって、真珠湾への一撃は予想以上の威力で抜き放たれたものではありますが、抜かせた時点で日本の負けは決まったのです。 > 議論の途中で書きましたが、小室氏の主張の格子は「情報戦をするべきだった」という事なので、今回得られた結論だけでは氏の論陣を崩す事ができないと思います。 要するに、戦艦がちっと増えたくらいでは何の効果もないということなのです。 大和型の存在は海軍戦略上において重要重大なファクターではなくなっている以上、宣伝しようがしまいがアメリカの戦略に対しては大した効果はないし、むしろ米国有権者を刺激してより強大な兵力整備を議会に許す可能性すらあるということを指摘しておきたいと思います。 その意味で、米海軍に18インチ砲戦艦を用意させなかったという点で大和型の性能を秘匿するという「情報戦」は多少は効果があったし、少しでも戦力比を優位に持っていこうという見地からすれば大成功だったと言えるのではないでしょうか。 もし、宣伝合戦を始めるならば、1936年には始まっていなければ勝負にならないでしょう。 第二次ヴィンソン案の成立を阻止できなれば時間を引延ばすことによる利益は生まれてこないし、第三次ヴィンソン案が成立してしまえば日本はアメリカと対立する政策を取ること自体が出来なくなるのです。 ここでも大和云々は全く意味を持ちません。 大和がカタチにできた時点(完成したという意味ではありません)では、もはや手遅れです。 |
> > 1.諸前提を肯定し、抑止効果を持つとしても長くて数ヶ月である。 > > 2.開戦時には日米は戦艦群による撃ち合い決戦の方針を見直す時期にあった。 > > 3.その点大和型は在来の思想上に位置するもので絶対的なプレゼンスを持ち得ない。 > > 4.以上の事から大和型による抑止効果は甚だ疑問である。 > > 大和型があるから数ヶ月の時間が得られるのではなく、海軍の総兵力として概ね対米8割の水準が保てる期間が数ヶ月あるのだということしか、わたしもBUNさんも言っていません。 大和が無ければ対米8割の水準が保てません。 > > 戦艦群による撃合い決戦とやら、どういうイメージを持たれているのか甚だ疑問です。 > > 第三次ヴィンソン案の真に恐るべきはクリーヴランド級軽巡34隻、ボルチモア級重巡8隻、アトランタ級軽巡4隻の建造を上程して承認を得たところにあるのです。 > 日本海軍が水上決戦をあきらめなければならなかった理由はここにあります。 > 航空機(空母)でなんとか相打ちに持ち込み、戦艦の性能で優越してなんとか互角に持っていっても、ここで大差をつけられては海戦の前提自体が成立しないのです。 > > また、大和型が如何に強力といっても、米国の16インチ砲戦艦2隻を相手取って勝てるものではありません。 > 長門型を入れて4隻としても、コロラド級とノースカロライナ級だけで潰される可能性があり、サウスダコタ級を加えればもはや勝ち目を計算できません。 > アイオワ級なんか必要ないくらいですが、アメリカとしてもアイオワ級を謎の新型戦艦にぶつけるつもりはありませんね。 > モンタナ級はアメリカらしいトドメの一打というもので、実質的には大和型3番4番艦に対する安全弁でしかないのです。 何度も言いますが実際の性能ではなく「当時どう考えられていたか」という事が今回問題なのです。 > > 絶対的なプレゼンスどころか、大和型の存在なんてものは「戦艦群の打ち合い決戦」の枠組みで考えても、もうどうでもいいのです。 > 抑止効果は「皆無」と言って良いと思います。 わざわざ言い直す理由がわかりません。 > > > > 一つ付け加えたいのですが、プレゼンス効果とは玄人たる指導者に対してよりも素人の民衆に対してより効果を発揮するものだと思います。小室氏によるとルーズベルトは不戦の公約を持っていたし、アメリカは民主主義の国だから大統領の言う事よりも世論のほうがより重要だと言う事ですから、大和のプレゼンスを考える上でこれも重要な事だと思います。玄人衆であれば今回のように程なく「張子の虎、蟷螂の斧」である事を見抜くでしょうが、国民は如何に。このあたりは北朝鮮の対艦ミサイルも弾道ミサイルも同一視して騒ぎ立てる現代日本の現象も参考になるのではないでしょうか?元々当時の米国民は対独ですら「参戦まかりならん」という事だったし、日本という国は得体の知れない国で戦争する理由も理解できなかったようですから、追い討ちとしてのプレゼンスということになればまた違った議論になる事でしょう。 > > 宣伝合戦になればアメリカに一日の長・・・というか全然歯が立たないことと思われます。 > いったん戦争になってからの宣伝合戦も参考になさるとよろしいかと。 > > また、日本は重油問題で締め上げられていたので開戦を決心したのであって、作戦的見地から戦力整備と作戦準備の面で多少の時間を稼ぎたいという要請はあったにせよ、戦略的見地で引延ばしを図っていた事実は全く見えません。 > 日本にとって時間を稼いでいったい何の得があるのか理解できません。 > 次の政策といっても、取るべきは対米協調によって戦争を回避する以外の方策はないのですから、これまた無駄な遷延はアメリカの心象を悪くするのみで一利もないでしょう。 > 日本に剣を抜かせるかどうかという選択権は石油と屑鉄のカードを持ち、生糸はなくても困らないというアメリカ側が持っているのであって、真珠湾への一撃は予想以上の威力で抜き放たれたものではありますが、抜かせた時点で日本の負けは決まったのです。 > でありますから「負けないために、つまりは戦争をしないために何が必要だったか?」という事が論じられているのです。 > > > 議論の途中で書きましたが、小室氏の主張の格子は「情報戦をするべきだった」という事なので、今回得られた結論だけでは氏の論陣を崩す事ができないと思います。 > > 要するに、戦艦がちっと増えたくらいでは何の効果もないということなのです。 > 大和型の存在は海軍戦略上において重要重大なファクターではなくなっている以上、宣伝しようがしまいがアメリカの戦略に対しては大した効果はないし、むしろ米国有権者を刺激してより強大な兵力整備を議会に許す可能性すらあるということを指摘しておきたいと思います。 だから小室氏の主張は大和云々はもとよりその他の抑止戦力全般だと申しておるのです。前の記事をよく理解してください。 > その意味で、米海軍に18インチ砲戦艦を用意させなかったという点で大和型の性能を秘匿するという「情報戦」は多少は効果があったし、少しでも戦力比を優位に持っていこうという見地からすれば大成功だったと言えるのではないでしょうか。 > > もし、宣伝合戦を始めるならば、1936年には始まっていなければ勝負にならないでしょう。 > 第二次ヴィンソン案の成立を阻止できなれば時間を引延ばすことによる利益は生まれてこないし、第三次ヴィンソン案が成立してしまえば日本はアメリカと対立する政策を取ること自体が出来なくなるのです。 > ここでも大和云々は全く意味を持ちません。 > 大和がカタチにできた時点(完成したという意味ではありません)では、もはや手遅れです。 総じてまなかじ様、元記事につけられたレスとして趣旨がよくわからないのです。 得られた結論に対して否定的な言葉で書いてあると思えばよくよく読むと違いが無いし、別な記事で本題と無関係という事柄も理解できずにまたぞろ書き込まれていたり、なにがおっしゃりたいのかわかりません。議論の進め方がおかしいと思います。一例として私は「アメリカは余程確実でなければ戦争をしたがらない」と前に書きました。なのにここでは「ノースキャロライナが大和に勝てるかも知れない…」とか私が提出した要素の上では意味をなさないのです。まず提出された要素を否定する論法をお考えになってはいかがですか?また私は「建艦を計画しただけでアメリカ人が安心するわけが無い」と主張したのです。その事を論破する事無くボルチモア級がどうの第何次ヴィンソン案がどうのこうの言われても「あそうですか」としか申し上げ様がありません。「日本海軍が水上決戦をあきらめなければならなかった理由」なんて一体誰が問題にしてるんですか。本題との関係が理解できません。 正直議論が噛み合いません。 軍事的な知識を披露したいと言うことなら完全に納得できますが、そういう事であれば私もいちいちレスをつける事はしませんので悪しからず。 |
小室直樹の説を擁護するなり批判するなり、御自身の態度をハッキリさせないと他の方達に失礼ではないでしょうか? さんざん引き回した挙句に「それでは小室直樹氏を論破できない」と結ぶのはどうでしょう? まなかじさんのおっしゃっている事はかなり大切な要素を含んでいます。 それから、大和など無くても対米八割軍備は可能です。 |
BUN様 > 小室直樹の説を擁護するなり批判するなり、御自身の態度をハッキリさせないと他の方達に失礼ではないでしょうか? > さんざん引き回した挙句に「それでは小室直樹氏を論破できない」と結ぶのはどうでしょう? 確かにそのとおりですね。 私の立場は「検証」であって擁護なり批判なりする力が残念ながら無いのです。 確かに「大和を情報戦に使うべし」という点ではおかげさまで論破できたも同然で、今回はこれで良し。と思ったのです。BUN様にお世話になった戦闘機の機銃の問題も然りです。ただ、これ以上この本について長々ここで議論するのはかえってあつかましいと思ったので、問題を残しつつ結んでしまったのです。これ以上議論するには自分自身もう少し勉強しなければならないと思ったので。 ただ、確かに失礼だったかもしれません。皆様にはお詫び申し上げます。 > まなかじさんのおっしゃっている事はかなり大切な要素を含んでいます。 ちょっと絡まれてると思ったのでムキになってしまいました。 言い過ぎました。お詫び申し上げます。 > それから、大和など無くても対米八割軍備は可能です。 であればなおさら情報戦は有効では。と効きたい所ですが、機会を改めさせてください。 |
> 「加賀」も最高速力は30knに届きませんし、機動部隊直衛艦として使うつもりなら、十分威力を発揮したのではないでしょうか。 艦船関係、ど素人なものですみません。(滝汗) では大和、武蔵が機動部隊直衛艦に使われたなかったのはなぜでしょうか。 せめて南太平洋海戦ぐらいから使われてても良さそうに思うんですが。 ご教示お願いします。 |
ええ、ヨタですが。 企業に例えてみれば戦艦艦隊は、主流派の法人営業部。歴代会社社長は全てここの出身です。対して空母機動艦隊は個人営業部。ま、一応やるだけやっていますが法人営業部のエリートからは低く見られています。そして時代の趨勢で会社では最近個人営業部が急成長しています。 さてここで、いずれ会社社長の呼び声も高い期待の超エリート社員大和君が法人営業部から成長著しい個人営業部への移籍、あるいは応援というのはありえるでしょうか?新進気鋭の中小企業ならまだしも、伝統ある名門大企業では超エリート社員に法人営業部から個人営業部への「都落ち」は21世紀の日本でさえありえないでしょう。くだらない縄張り意識といってしまえばそれだけですが、今も霞ヶ関あたりではとてつもなく重要なことです。いわんや、昭和海軍をや。 アメリカ海軍が新鋭戦艦を空母機動部隊に運用していたのは、新鋭戦艦が高い対空能力を有していたからで、それであれば一番空襲を受けるのは空母機動部隊なんだから一緒に運用すれば便利でしょ、というアメリカ人らしい合理主義に基づくものです。 しかしながら対艦能力超重視型の大和は対空能力がたいしてないので空母機動部隊に組み込んだところでたいした役には立たなかったでしょう。 |
> しかしながら対艦能力超重視型の大和は対空能力がたいしてないので空母機動部隊に組み込んだところでたいした役には立たなかったでしょう。 高角砲が当たらなくても、三式弾が弾幕を構成できなくても、「居る」だけでいいんですよ。居れば、でかいから目標に選ばれます。南太平洋海戦の「筑摩」の比ではないでしょう。「大和」が目標に選ばれたら、空母が被弾する確率が下がります。 昭和19年に第一機動艦隊が編成されて、第二艦隊(「大和」、「武蔵」含む)も建制で機動部隊に組み込まれましたが、あれも「遅まきながらの空母直衛」ではなくて、狙いはあくまで空母による先制攻撃成功後の水上決戦(夜戦)なんですよね。 |
はじめまして。 ご意見はわかるんですが、昭和も18年になれば、機動部隊より戦艦は役立たず、てな認識は有る程度共有できていたんじゃないでしょうか。 まして「大和」「武蔵」は起工当時から山本五十六、大西滝次郎等「航空屋」から疑問を呈されていたくらいですし。 > しかしながら対艦能力超重視型の大和は対空能力がたいしてないので空母機動部隊に組み込んだところでたいした役には立たなかったでしょう。 せめて機動部隊の前衛ぐらいには使えないものでしょうか。艦船には一向疎いんですが、「大和」「武蔵」も副砲4基のうち二基を高角砲に換装したように記憶しているのですが。(いつのことか失念) レイテ海戦のときは対空機銃も130門に増設されていたような。 なんとか大和の生きる道を見つけてやってあげられませんかねぇ。 |
> なんとか大和の生きる道を見つけてやってあげられませんかねぇ。 もし日本が重油が豊富な国なら、使い道はいくらでもありましたよ。 が、いるだけで重油を食う大和・武蔵。動けば莫大な燃料を消費します。 ガダルカナルの飛行場砲撃など、重油不足でとても無理です。 大和・武蔵を動かすと他の作戦に影響を及ぼすほど重油を食ったのです。 |
> が、いるだけで重油を食う大和・武蔵。動けば莫大な燃料を消費します。 > ガダルカナルの飛行場砲撃など、重油不足でとても無理です。 > 大和・武蔵を動かすと他の作戦に影響を及ぼすほど重油を食ったのです。 えっ、ガダルカナル戦当時に既に重油不足ですか? まだ連合軍反攻は始まったばかりなのに? それにしても、ガダルカナルにあれほど執着したのだから(その是非はともかく) 重油ぐらい(多少無理しても)融通きかせてもよさそうな気がするんですがねぇ? |
> えっ、ガダルカナル戦当時に既に重油不足ですか? > まだ連合軍反攻は始まったばかりなのに? > それにしても、ガダルカナルにあれほど執着したのだから(その是非はともかく) > 重油ぐらい(多少無理しても)融通きかせてもよさそうな気がするんですがねぇ? 角田少将が「ガダルカナル砲撃に長門・陸奥も参加すべき」旨の主張をした時、軍令部側は「重油不足なので無理」と回答したそうです。長門が無理なら、大和はなおさら無理でしょう。 また、インドネシアの油田は、陸軍側のほうが割り当てが大きかったそうで、海軍側はたちまち重油不足に陥ってしまったと聞いています。 |
重油の不足は 1 日本国が有する重油の量 2 海軍に割り当てられた重油の量 3 作戦基地たるトラックに備蓄できる重油の量 とまあ、3種類の意味がありまして。 トラックには備蓄機能が事実上無いので、タンカーを常駐させるしか手が無いのです。 ちなみに空母部隊が戦闘行動をすると、2日前後でその艦隊の燃料は空になります(引き伸ばしても数日) これはガダルカナルへの殴りこみでも同じです。往復しただけで燃料は空っぽになるんです(戦艦で数千トンの油が空っぽになるという事で、これは数隻の大型艦が走るとタンカー一隻が空っぽになることを意味します) よって、陸軍が融通してくれても、トラックに送り込めるタンカーの数は意外と少ないのです(それでも優秀タンカーをなんとか確保してますが、これが内地へ原油移送に大きな足枷となってます) 南太平洋海戦〜第三次ソロモン海戦あたりのトラックの燃料備蓄を追いかけてみると別のものが見えるかもしれません。 |
> ここで発想を転換して「大和はどこで使われるべきだったか」を考えて名誉回復を図ってはいかがでしょうか。あまりに大事にされすぎて、出番が少なかったのは確かなんで。 なんで大事にしていたのかわかっていて言ってますか? 大和型が出ないと片付かない場面という想定があり、しかし、その場面は結局起こることがなかった、で十分なのではないかと思います。 それ以外に使うのは「無駄」というものです。 たかが戦艦2隻、無理に使ったところで戦局がひっくり返るものでもありません。 ソロモンに出して、狭苦しい海で夜戦に巻き込まれて魚雷を舵機に食ったら、それこそ無駄遣いの極致と揶揄されるに違いなく。 たとえば、第3次ソロモン海戦の第2夜戦では米軍にも戦艦全滅の可能性は多分にあったのです。 要するに、大和をソロモンに出すということは、米海軍の戦艦なんてものは全くの役立たずで無視してよいと決め付けるか、でなければその後に大規模な水上戦闘が起こる可能性なんてものは全く完全にあり得ないと決め付けるかのどちらかであるということです。 米戦艦の数に対抗して浮かび続けながら砲戦を続行できる能力、命中しさえすればどの米戦艦でも撃沈できる可能性を有しているという能力という二つの力が、戦術上に於ける大和型(及び長門型)の最大の価値であると思います。 これあって初めて数的に劣勢な重巡や水雷戦隊が活躍できる余地が生まれるのです。 米艦隊との水上戦が生起する可能性がある限りは大和を無駄遣いするわけにはいきません。 |