第八章
想いの果て

ヨルク代艦、もといバイエルン、もといへっぽこ巨大戦艦




S:さて、次はビスマルクかな
★:ドイツ最大最強の戦艦ですね
☆:最大は兎も角、強い戦艦なのですかーっ?
S:そうだね、そこから考えてみようか

S:戦艦の強さとはつまりは火力だ
  そしてその火力を有効活用するために機動力と防御力がある
  第一義は火力、そう思って欲しい
★:ビスマルクは高初速型の15インチ砲ですね
S:もういきなり駄目だな
☆:至近距離以外では威力が急速に落ちますねっ
S:ドイツ軍の公称数値から逆算すると、彼らの砲弾はかなり高性能らしい
  同一条件での貫徹能力はトップクラスを誇っている
  で、それを信用して、距離別の落角と残存速度も加えて貫徹能力を出して
  日本の36cmと41cmと比較してみよう

  

☆:舷側装甲への貫徹能力ですねっ
  41cmとほぼ対等に感じますーっ
★:充分に高い貫徹力ですね
  まあ普通の戦艦を撃つには充分でしょう

  

S:多少デコボコしてるけど傾向は判るね
☆:甲板への威力ですねっ
★:距離が開くと41cm砲とは差が生まれますね
  でも、威力そのものは、それほど弱くは無いです

  

☆:距離別の落角から算出した舷側装甲直撃率ですねっ
  あまり大きな違いは無いのですね
★:各項目は少しずつ41cmに劣る感じです

  

☆:これは?
S:上のグラフを元に
  対舷側350mm、対甲板125mmの貫徹力以下を消してみたもの
  ビスマルクと同程度の防御スペックを持った艦艇に対する理論上の有効距離だな
  実際には貫徹能力は5〜10%ぐらい勝っていないと充分では無いというし
  姿勢次第では舷側貫徹距離はもっと小さくなるし、この数値を出すのに使った計算式が正しい保証も無い

S:注目すべきは、圧倒的に劣るはずの36cm砲でも遠距離側の威力はそんなに極端に変わらないって事だ
  砲の初速を引き上げて一段上の口径の大砲に対抗させようとしても
  対甲板威力には繋がらないって事だね、そして、2万mより向こうで対舷側威力が多少有っても
  そこには殆ど行かないのであまり意味は無いとも言える
★:ビスマルクの大砲は対舷側威力を16インチ級にする為に高初速を与え
  結果として対甲板打撃能力に見劣りする大砲になってしまっているんですね

S:さて、ビスマルクの火力は、別にそれほどじゃないのが判ったね
  これは同世代のイタリア戦艦ヴィットリオ・ヴェネトに大きく劣り
  目の上のたんこぶであるビッグ・セブンの連中にも劣る
★:でも、ドイツの場合、最大の問題は英国の超弩級戦艦群では?
S:英国の15インチも威力的にそれほど劣るわけではないんだよ
  単位がヤードなんで直接比較には問題があったんだが
  一応、ダロカンで修正したもので比べてみよう

  

☆:えっと・・・
  対甲板貫徹能力は殆ど変わらないのですねーっ
S:つまり、元からのエネルギーが大きくても、入射角度が浅いので
  結果として、対甲板打撃能力は殆ど砲弾重量に依存するんだ
  砲弾重量≒口径だから
  同一距離における対甲板打撃能力は口径に比例するとも言える
★:SHSのように極端に重たい砲弾以外ではそうなりますね

S:何度も言うけど、舷側装甲への貫徹を期待するなら対敵姿勢の影響が有る
  状況次第だけど、敵艦の装甲より数割は威力で上回っていないと確実ではない
  大抵の戦艦の舷側装甲は30cm以上あるから、これで撃破を期待するなら35cm以上
  ビッグセブンのネルソンなんかだったら45cm以上の貫徹力がないと歯が立たない
☆:ビスマルクの主砲なら15,000mでいけますねっ
S:うん、10〜15kmで敵艦の舷側をぶち抜く事を狙った戦いをするなら十分な威力を持っている
  問題は、その距離まで、攻撃をする能力が無いって事だ
  3万以内では戦艦に致命傷を与える能力が無い
★:旧式な英戦艦の方がまだマシですね
☆:英軍にはSHSあるので、実際にはもっと有効範囲は広がりますねーっ
S:戦艦というシステムは1〜3万の距離で交戦する物だ
  となると搭載する武器もその距離で威力を発揮できる物でないといけない
☆:戦艦というウェポンシステムで見た場合、ビスマルクの大砲は少し見劣りしますねーっ
★:発想が古いのでしょうか?
S:そうだね、古いと言えるね、軽量高速は近接戦闘重視の時代の産物だったとも言える

S:では戦艦を戦場に在りつづける為に必要な機能
☆:防御ですねーっ
S:ここで言う防御とは、戦闘能力を維持する能力だ
  戦場に在っても戦えないのでは意味が無いからね
★:となると必要なのは直接防御力ですね
S:ビスマルクは垂直に立った舷側装甲を持っている
☆:旧式ですねーっ
S:そして、傾斜甲板をその裏に設ける事で多重防御をしている
★:旧式です
S:ビスマルクのような傾斜甲板は利点がある
  なんといっても、あれはほぼ確実に貫徹されない
☆:どしてですか?
S:舷側装甲が近距離だと抜かれるのは何故かな?
☆:えっと、砲弾の速度が沢山残ってるからですねっ
S:それともう一つあるぞ
★:落角ですか?
S:そう、距離が小さいと、砲弾の落角は小さく
  つまり舷側装甲への激角が大きくなり、砲弾が通るべき長さが小さくなる
  ところが、こういった傾斜甲板は落角が小さいと?
☆:撃角がおおきくなるんですねっ
S:一般に、ある程度以上撃角が大きくなると急速に貫徹力は削がれる
  単純に約30度の傾斜甲板に対して射撃した場合
  ゼロ距離だったらパス長だけでも倍の効果を期待できる
  米軍やドイツ軍の交渉数値から逆算すると
  4倍近い効果を出せる事になってるらしい、うそ臭いけどね
★:では、ビスマルクの100mm傾斜甲板は40cmに相当しますね
  外側の舷側装甲の効果も併せて考えると
  

★:こんなグラフになりますね
  弾道、つまり落角が異なるので、多少防御効果が変わってきますが
  距離が接近するに連れて防御能力が引きあがるのが判ります
S:まずはビスマルクの主砲と装甲の関係を見てみよう
★:距離に応じて舷側装甲の防御能力が変化し
  砲弾の貫徹力の変化が追いつかないですね
S:一般的な16インチ以下の大砲だと
  つまりはビスマルクの主砲の事例から見て、まず抜けないってのが判る

☆:でも大和の46サンチだと20kmぐらいから貫徹できそうですねーっ
S:二枚目に当たった時に砲弾が変形してたら場合によってはキツイぞ
  それに対敵姿勢の問題もある、傾斜甲板はあんまし姿勢の影響を受けないけど
  それでも防御効果の向上度合いを考えるとキツイとも言えるね
★:大和でこれですから、他の砲弾では抜けません
S:うん、素晴らしい防御効果を持つ事がここでも判るだろう
  北海の戦闘でビスマルクが近距離から浴びせられた16インチに耐え切った理由が良く判る
☆:でも、こんなに強力な防御配置なのに他国では使われなかったのは何故ですか?
S:場所と重量を食うからだね
  ビスマルクの場合だと、100mmで約30度の傾斜だから、垂直200mmの舷側装甲に匹敵する重量だ
  つまり、舷側550mmで同じ重量を使う
☆:あははーっ、55cm分の重量ですかーっ
S:まあ、甲板としても機能しているので、一概に55cm相当とはいえないんだけど
  例えば、ビスマルクの水平甲板部は80mmだから、それを舷側まで持っていって
  それで浮かせた重量を舷側装甲に使うと舷側装甲を約100mm強化できる
★:42cmですね
S:この方式に走ったのは米国海軍だな
  砲弾を外側で食い止めてしまえば、中は安全だ
  他の国の場合は折衷式っていうか
  裏側の傾斜甲板を45度ぐらいに起こして
  更に厚さも50〜75mm程度にするのが多い
☆:中途半端では?
S:船体の左右両側は水中防御構造とかで使えないんだ
  だから、その上の空間で多少空間に余裕がある
  これをもっと寝かせて防御力を強化する方向に向かったのがドイツ式って言うべきだろう
★:では、他国は45度程度に起こしたスタイルのままで来たのですね?
S:日露戦争で酷い目にあったロシア艦は舷側装甲を二重にした
  裏側に2〜4インチの舷側装甲を置いたんだな
  中に砲弾が入ってきたら、最終的には失血死に繋がると言う事なんだろうね
  安全な空間を大きく確保しようという思想が根底あるのが判る
  まあ、これは凄い極端な例だけど、各国とも色々工夫している
  多重化の問題である空間の損失と
  多重化の利点である防御力を高い次元でバランスさせるのが狙いだ

  

S:左から、ドイツ式、米国式、一般的な奴、そして、多重化究極構造ともいえる事例
  黄色くなってるのが安全なところだ
  赤いのは少し薄い舷側装甲、青いのは結構薄い舷側装甲ね
  一般例では装甲範囲や厚さのパターンは当然色々有るんで参考程度にしてくれい
★:容積の効率を考えると、一番右のが最高でしょうね
☆:よく出来た構造ですよねっ
S:コレ、長門だ
  多重化で推し進めるなら、こういう方向って言うか構造になって行くんだ
  凄いのは、コレ、第一次大戦中に起工された戦艦だって事だね
★:ドイツって25年も何やってたんでしょうね・・・
S:だけど、左端の奴はつまりは防御性能の絶対値では最高なんだ
  普通に55cm貼った場合、ビスマルクの主砲でも10kmで貫徹出来るよね
  でも、この方式だとゼロ距離でも貫徹されない、つまり重量あたりの防御効果は大きい
  但し、大和の46サンチ相手だと、踏ん張りきれない
  もし、もっと強力な大砲が出てきたら、たぶん距離に関らず貫徹される
  この方式は、想定敵弾を極めて大きい所に持って行けて
  更には、可能とするだけの空間の余裕がある艦艇、つまり戦艦にしか使いようが無い
  そして、戦艦の場合でも条約でサイズの制限がある場合や
  想定よりも凶悪な打撃能力を持った戦艦が出現する場合、あまり有力な方式ではなくなる
★:様々なリソースの使い分けを考えると
  この方式はもう時代遅れだったのでしょうね
S:そうだね、長門のように必死で工夫した構造でも、効率的に辛いと思う
  多重化は第一次大戦で有効性を証明し、そして限界も証明したんだろうな

☆:やっぱり、ビスマルクって旧式戦艦なんですねっ
S:でも、実際問題として16インチ砲以下には安全なんだぜ
★:無事なのは機関だけって感じがしますが・・・
S:機関が無事なら逃げる事は出来るだろう
★:戦艦の癖に・・・
☆:根性無いですねーっ
S:これは欧州の戦艦、特に三流弱小海軍の場合、ある意味仕方が無い
  もし沈んじゃったら大騒ぎだ
  但し、これで守れるのは機関だけだ
  まあ容積に余裕が無かったんだろうな、大事な物のかなりが多重装甲の外側にある
  つまり、せっかくの重防御も守っていない者が沢山有って意味が無い
☆:間抜けですーっ
S:本当にちゃんと守れると言えるのは
  外側の舷側装甲で食い止められる範囲の距離までだ
  実際問題として、米軍の短遅動信管なんかは内側の装甲は考えていないだろう
  つまり外側を抜いて、あの大重量がドカンと炸裂して隔壁や機材を吹き飛ばすんだ
  そういった問答無用の破壊の嵐には
  多重装甲は致命傷を食い止める以上の、つまり多少頑丈な隔壁以上の効果は、無い
★:そして、それでは身を守れとは言いがたいですね
  では、実質的な防御能力は、外側の32cmと見ても良いですね
S:そうなると思う

S:さて、砲塔やバーベットの装甲は薄くて、列強最弱のレベルにある
  つまり接近して殴り合いになったとしたら先に火力を失うのは?
★:自己と同等の規模の戦艦と戦った場合、負けますね
S:それでも浮いてるというのは勿論偉大な事だ
  日本軍以外は水中弾を積極的に発生させるわけではないから
  つまり『対戦艦』の殴り合いでは沈まないとも言える
  だけど、戦艦級っていうか砲弾だけの戦闘は
  1915年初頭のフォークランド海戦が最後だとまで言われる
☆:砲戦能力を喪失した時点で軽艦艇の雷撃を防げなくなりますねっ
S:敵戦艦の火力が残っている限り、その砲撃に晒される
  同世代の敵戦艦を沈黙させる事が可能なだけの攻防性能を待っていたならば
  ビスマルクのような防御スタイルは最終的な勝利に繋げる事も可能だ
  だけど、同程度の排水量で、この構造にリソースの多くを割いてしまった結果
  武装やそれへの防御に回す余地がなくなってしまったんだ
☆:思い切り間違ってますねーっ
S:そうだね
  生き残るためには、目の前の敵艦を排除できないといけない
  そのためには火力と、その火力を維持できる防御性能が最優先だ
★:ふやけた防御と、同世代で最低レベルの火力、思い切り三流の戦艦ですね
S:防御にも問題はある
  例えば水線下はスカスカだ、信じられないぐらいだな
☆:なんででしょう?
S:この構造は第一次大戦型の戦艦に多い
  つまり、水線下部には石炭庫があって、それが防御に一定の効果を発揮していたんだ
  また、ビスマルクのような多重装甲艦だと船内容積に不満が出るよね
  それも水線下に重厚な防御を施せなかった理由だろう
★:これだと威力の向上した魚雷や水中弾を受けたら酷い事になりますね
☆:何時の時代の軍艦だったんでしょうねーっ
★:20年ばかりずれたセンスの軍艦ですね
S:シャルンホルストの時は擁護したけどな
  さすがに、ここで同じ事をすると、何と言うか助け舟は出せないな
☆:佐祐理は駄作でいいと思いますーっ
★:そうですね、私も同感です
  ですが、では、なんで今に至るまで評価が高いのでしょう・・・?
S:それは英国とドイツの宣伝の上手さだな
  英国は彼らの誇りでもあったフッドを撃沈されちゃった
  彼女が様々な都合で改装を後回しにされていた事や
  あの距離で当てられなかったという射撃の稚拙さ
  第一、あの距離で喰らったらああなっても不思議じゃないって常識
  そういった物を理性的に唱えたらどうなる?
★:責任問題になりますね
S:『敵艦が無茶苦茶強力だったのです、さすが最新鋭』
  こうすればパンピーに対する説明はクリア出来るだろ?
  それに実際に、英国の最新鋭戦艦は生きて帰ってきた
  よって最新鋭戦艦の素晴らしさを高らかに謳い上げる事で解決だ
☆:うわー
★:確かに英国のミスとか力不足は判ります
  それを糊塗するために宣伝するのもわかります
  では、何で、戦後になって、そして今に至るまで・・・
S:超合金で作られた無敵のクロガネの城
  立ち塞がる沢山の敵をばったばったと叩き伏せる
  子供向けのロボットアニメで良くある話だろ
☆:あははーっ
  つまり、子供向けの幼稚な幻想の対象と同列だと?
S:そこまでは言わないよ
  でも、そういった幻想の対象としては中々にイケテル
  理性ある人であっても、その魅力には勝ちにくいし
★:でも、普通は気が付くかと・・・
S:気が付いても、恥ずかしいじゃないか
★:確かに
  自分は、幼稚な宣伝に踊った、無知蒙昧な大衆でありますと認めるのは・・・
S:それを認めるには、大多数の人は社会的に大人になりすぎている
  だったら、事実を歪曲するしかない
  どうせ立証するのは難しいんだ
  『我々がドイツ艦は最強で無敵であると信じるならば、それでよいのだ』
☆:宣伝が宣伝を重ねて
  結果的に伝説となって、それが一人歩きをして・・・
★:そして、それがまた新たな犠牲者を生んで
  次第にドイツ艦神話が作られていったと
S:それを悪いとか言うつもりは無いよ
  何しろ神話であって、それはつまり信仰であり宗教なんだから
  ただ、創世記を信じるのは勝手だが
  それは科学じゃないって事も理解しておいて欲しいわな


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