第二章
MY DEAR
S:では、第二世代唯一の戦艦、HMSネルソンを見てみよう
S:ネルソン級戦艦は軍縮条約の結果生み出された戦艦だ
日米が16インチ砲戦艦を持っていることから対航艦の建造権を英国が獲得して建造されたんだ
条約制定時に建造中だった陸奥やフッドは、結果として保有が許されたのに対して
このネルソンは完全新規設計の艦だね
そして、もう一つの特徴は、軍縮条約の制限条項に従って計画された最初の戦艦だった
★:つまり設計上限が決まっていたんですね
S:今までの軍艦は、ドックとかの技術的な制約と予算の制約で仕様が定まっていた
ところが軍縮条約では、条約の制限スペックという新たな制約が加わったんだ
今までの軍艦だったら、無理に詰め込まないで楽な設計にしておいて安上がりに押さえた上で数を建造するとか
思い切った大型化で余裕を産み出すとか色々出来たんだけど
☆:軍縮の条件では建造数量にも制約があるんですね
S:そうなると完全に性能重視に走らざるを得ない
数で性能を補う事が出来ないってのは大きな問題になる
そこでネルソンは幾つかの方向性を打ち出したんだ
★:方向性ですか?
S:つまり、あれもこれもって欲張る事を諦めたんだ
条約の制限サイズで全てを満足させる事はきわめて難しい
戦艦の基本要素の順位はどうだったっけ?
★:1が火力、2に防御、3は機動力ですね
S:ネルソンは火力と防御力に全力を投入した戦艦になったんだ
☆:機動力をすてたんですねっ
S:まあ、機動力に対する考え方も本編でやったよね
★:それを使いこなすソフトウェアがあって始めて意味を持つんですね
S:それと、もう一つは、条約突入後に建造されたってのもポイントだね
★:何か特別なんですか?
S:条約では戦艦の新造が禁止されたでしょ
つまり、ネルソンが画期的な機動力を持っていても
それをサポートする同類の戦艦部隊を作ることは出来ないんだ
日本が高速戦艦を大量建造する計画を立てたのは、それが大量建造だったからだね
☆:2隻だけ高速でも意味は薄いですねーっ
S:それと、各国の戦艦戦力、それも日米を見て考えてみよう
彼らには沢山の超弩級戦艦戦力が有る
日米の主力戦艦は14インチ砲を12門装備している
英国の戦艦は15インチだから多少有利だけど8門装備
攻防性能でどっちが有利なのかは判断が難しい
つまり、英国は戦艦戦力で優位を確保するためにネルソンに依存する部分が凄く大きいと言える
★:そんなに問題でしょうか?
S:対等ぐらいだと思うよ、でも何処の国も有利を確保したいんだよね
ネルソンは世界最強戦艦として君臨する事で英国の有利を確保する事が望まれたんだ
そして、重要視されたのが、ジュットランドでの教訓
☆:大落角砲弾への対応と、戦力の維持ですねっ
S:そう、大落角砲弾対策は甲板の装甲を厚くすることで対応した
問題は、甲板っていうのは面積が物凄く広いって事だ
つまりそこに厚い装甲を張ると重たくなる
その重量をどうやって確保するのかが問題になるね
条約で重さが制限されているから工夫する事が要求される
更に火力の維持は砲塔の数を減らす事で対応している
★:砲塔の数量ですか?
S:砲塔の占める甲板上の面積ってのはかなり大きいよね
つまり砲塔の被弾率はかなり高い
ネルソンは3連装砲塔を採用した、これで同じぐらいの火力なら砲塔の占める面積が減少する
つまりそれは被弾率の軽減になるし、重量も削減できるから防御の効率が大幅に向上する
まあ、ネルソンは行き過ぎな部分も多々有るんだが
これと機関を小規模にして馬力を押さえた事で
武装と防御に回せる重量を大きく確保したんだ
☆:重武装重防御を熱心に推進したんですねっ
S:ネルソンの防御には穴もあるし、やり過ぎな対策も沢山ある
だけど、その方向性は極めて妥当だったといえるだろうね
少なくとも1925時点で最強の戦艦と言い切ることが出来る存在になっている
そして、このネルソンの建造でわかったことは
条約制限では攻防走の3つを全て満足させる事は無理に近いって事でもあった
★:ネルソンでは色々な工夫をしていますが?
S:一番効いたのは馬力、つまり機関を小さくした事だな
言い換えるならせせこましい努力よりもエンジン半分にした方が効くって事さ
元々無駄な部分なんて無いんだから、落せる贅肉は無かったんだよ
☆:どれかの性能を落すしか成立しないんですね・・・
S:さてネルソンの特徴を見ていこう
☆:まずは、なんと言ってもあの主砲配置ですねっ
S:主砲塔を一箇所にまとめる事で徹底防御を行おうと考えたんだな
だけど、あまり重量的には浮かなかったようだね
後ろに撃てないって言うか、C砲塔の射界の制限を考えると失敗だったかもね
★:他には傾斜舷側装甲ですね
S:ネルソンの前、フッドから取り入れられているんだけど
船体外側ラインが複雑になったのと
斜めに寝かせた分水線上の高さが不十分になったとも言われる
☆:じゃあ、失敗ですか?
S:どうなのかな
ただ、こういった挑戦は他国から凄く注目されていたのも事実だよね
S:さて、ネルソンは、自己の強力な火力に対してある程度の整った防御を持っていた
つまり、他の戦艦では歯が立たないほどの重防御だ
☆:重防御とはつまり装甲の厚さですねっ
S:うん、まずは強靭な舷側装甲だ
これは既存の戦艦をしのぐ14インチの装甲を傾斜して取り付けている
これだと10〜20%ぐらい強力な効果を発揮するから、単純に考えるなら16インチ級になる
★:40cm以上に相当しますね、相当に強力です
S:当時もっとも強力な防御を持っていたのは米国戦艦で13.5インチ、つまり343mmだ
しかも普通に垂直に立った装甲だったから、防御能力では格段の違いがある
舷側装甲が効力を発揮する近距離側の防御性能は凄まじく強力だったわけだな
★:どのぐらいの安全距離を持つのでしょう?
S:大砲の性能は本編で紹介した米軍の16インチと大差無いから
そうだな、2万ヤード(18,000m)ならほぼ確実だね、たぶんもうちょっと短くても大丈夫だろう
16,000mとかそんな所だな
☆:はぇ〜、近距離側がかなり小さいですねーっ
S:それまでの戦艦に多かった多重防御方式を採用していないからね
抜かれたら後が無いってのが一つの理由だろう
★:なんで採用しなかったのですか?
S:大口径が船内に突入したら、致命傷にならなくても大損害だからだよ
比較的舷側装甲の薄い戦艦の場合、多重化することが多いね
この世代だと長門とかレナウンなんかがそうだ
つまり抜かれても、その奥までは行かないって構造にする事で耐えるわけだ
でも、これは戦闘能力の維持にはあまり効果的ではなかったんだ
先ずは抜かれないこと、次いで抜かれても被害を拡大しないこと、順位はこうなる
★:ネルソンは限られたりソースの配分で、先ずは抜かれないことを重視したのですね
S:これは以降の戦艦の多くに共通する構造だといっても良い
まあ、甲板防御の問題が有ったのが一つの理由なんだけどね
★:何か不味いのですか?
S:舷側装甲の裏に傾斜甲板装甲を張るのは良い方法なんだ
極めて強靭な耐久力を発揮する、これは実戦でも証明されている
でもね、その傾斜甲板ってどこら辺の高さにあるかな?
☆:えっと水線付近ですねーっ
S:そう、舷側装甲+傾斜甲板の多重防御を行うには
装甲甲板は水線付近にないといけない、言い換えるなら、それより高い位置の物は守れない
そして、大型戦闘艦の場合、水線より高くて、舷側装甲よりも低い位置に大事な物が沢山ある
★:つまり遠距離戦闘とそれに対する防御を考えると、甲板の位置が問題になると?
S:本編で出した傾斜装甲の図をベースにちょっと手を加えてみよう
まずは傾斜装甲と舷側装甲の場合だ
☆:外板と内部の傾斜装甲で食い止めるんですね
S:この場合、舷側を貫いた砲弾は傾斜甲板で食い止められる、多重防御の最高の例だ
★:でも、これでは甲板より上の範囲は守れませんね
☆:内部をかなり荒らされますねーっ
S:抜かれるよりはマシだよ
舷側装甲はかなり強力なんだから殆どの砲弾は手前で止まるしね
★:でも、甲板に降って来る砲弾には対抗できません
装甲で食い止めても船内を荒らされる事になります
S:では上にも装甲を張ろう
これで強力な防御力を発揮できる
S:長門なんかがこの方法を採用したね
問題点は、例えば、上下の甲板に75mmずつ使ったとしよう、重量は75+75で150mm相当だけど
防御能力はせいぜい100〜110mm級にしか相当しない
強力な砲弾が上から降ってきた場合食い止められなくて奥深くにまで突入される危険がある
無難なのは上は50mmで下は100mmだ、この場合、防御効果は120mm級以上になるし
殆どの砲弾はこの下の防御甲板で食い止めるってスタイルが作れる
ただし、本当に大事な物は下甲板の下にしか置けない、スペースが足りないとも言えるな
この時代以降の戦艦は魚雷防御も充実させているから有効に使える幅が実はかなり少ないんだ
☆:うわ・・・更に減っちゃいましたーっ
この中に全てを押し込むのは困難ですーっ(;_;)
S:空間を使って多段防御をするのは良い方法なんだけど
条約制限である排水量サイズを考えると、そんなに贅沢に空間を使えないのも事実なんだ
S:こうやって、外側で食い止めることで、内部の空間を多く使う形にした方が重量効率が良くなる
この場合、抜かれたらあとが無い訳だけど、船体の小型化=重量節約が達成可能で
更にそうやって浮いた重量を武装と装甲に使う事で攻防性能を引き上げる
実際のネルソンの構造はこんな感じ
S:生存性とはつまりは安全を自力で確保する能力であるから、火力や機動力は広義での防御力でもある
そっちにリソースを投入するというのも、また一つの考え方なんだ
そして、神経質なほどに重量節約に走ったネルソンは当然、この外側で跳ね返す方式を選択したんだ
ああ、言っておくけど、だからといってネルソンが貫徹されたらオシマイな構造をしている訳じゃないぞ
ちゃんと優れた耐久性を考えた構造をしている、ただ、どちらかというと外側で食い止める方式なんだ
そしてそれは戦闘能力維持時間と船体損失時間の乖離を極端に引き離さない
沈むときが戦力を失うときという、もっとも望ましい形に近づける一つの方向でもあったんだ
★:それまでの戦艦が、戦力は簡単に失う割に中々沈まないとは対照的に
中々戦力は落ちない方にリソースを回し、耐久力は多少目を瞑ったというスタイルですね
S:うん、そういっても良いだろう
そして、大型装甲戦闘艦艇に求められる事は戦力の発揮だな
☆:あっという間に使えなくなるようなのは意味が無いですからねーっ
S:そゆことだ、撃たれ強いとは、死なないではなくて
戦力をまだ保持しているという意味で使うべきだな
KOされるけど死にませんってボクサーは「強い」とは言えないよね
軍艦の場合も同じなんだ、浮いているは軍艦としては重要な事ではない
重要なのは、まだ戦力が残っているのかどうかだ
それを限られたりソースの中で何とか成立させるのが軍艦の設計だったんだね
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