序章
あるいは能書き
HMS Queen Elizabeth1915





S:まずは、基本的な所からおさらいして置こう
  軍艦、いや水上戦力とは、基本的に遭遇した敵よりも強ければよい
  必要充分なだけの戦力をぶち当てれば始末できる
  そこに、何がどれだけ強いっていう競争はあまり大きな影響を齎さない
  水上戦闘は不確定要素が極めて大きい
  不運な一発、幸運な一弾が全てを決めてしまう事もある
☆:確実性が無いと言う事ですか?
S:そういった部分が強いといえるね

S:そして、もう一つが、海の広さだ
  大海に出てしまった艦艇や艦隊を発見するのは困難で
  もっと難しいのは、それらの行動意図を推測する事だ
  何処に向かっているのか、それを考えるのは大変に難しい
  敵の意図を読み間違えて空振りに終わった戦闘ってのも多いよね

S:さて、この二つから導き出される海上作戦の特徴とはなんだろう?
★:見つけて捕まえるのが困難で、更に捕まえたとしても確実に始末できる保証が無い・・・・?
S:そう、実に厄介だ
  例え弱小な敵戦力でも、それが存在するだけで、何らかの対応策を取らないといけない
  艦隊保存主義とか呼ばれる思想はこれが根底に有ると言って良い
★:艦隊は存在するだけで、同等以上の敵戦力を拘束する事が出来ると言うモノですね
S:そして、この艦隊保存主義というか、戦力バランスのにらみ合いは
  戦争中だけではなく平時にも成立する
  艦隊とは急に作ることが出来る物ではない
  敵の勢力の変化に合わせて平時から対応しておく必要が有るわけだ

S:確実と呼べるものは存在しないけど
  ある程度の安心を確保するには倍以上の戦力を持っていないといけない
  双方の戦力が拮抗していた場合、にらみ合いが延々と続く事もあるだろう
  勝てる保証が無いのに出撃すると
  手薄になったどこかに敵の遊撃部隊がくるかもしれない
  主力部隊は簡単には出せない、これが基本だ
★:そうなると他の手駒を使って徐々に優勢を作り出すか
  早期に積極的に出て敵の遊撃部隊等を始末して戦力バランスを自軍優位に持ち込むのが良いですね
S:限定的にどこかに進出して敵の出方を伺ってみるというのも有るね
  そうやって準備を行っておいて初めて大規模な艦隊戦闘は起こるとも言える
  勿論、敵が嫌でも出撃しなければならないような状況を作り出すというのが最高だ
  決戦の強要って言う奴だね

S:決戦に勝つとかで敵艦隊の勢力範囲を大きく遠方に追い出し
  自国の制海権を確保するのが海軍の役割だ
  制海権を確保したら輸送が安全に行われる
  その輸送が国家の生存や戦争遂行能力に大きく影響するわけだね
  また制海権を確保する事で侵攻する事も可能になる
  周辺の制海権を確実に掴まない状況で侵攻するとどうなるかはガダルカナルの日米両軍を見ればよい
  双方とも確実な制海権を持っていなかったもんだから無茶苦茶な事になった

S:さて、そういった概念を念頭において
  水上戦闘艦艇に求められる能力を考えてみよう、特にこの場合は大型戦闘艦の代表である戦艦だ
★:やはり大事なのは強い事ですね
S:そうだね、戦艦の戦術レベルので役割はとにかく圧倒的に強い事だ
  戦艦一隻で他の艦艇を全てなぎ払う事だって不可能じゃない
  マタパンのウォースパイトが代表的だね、戦艦とはとにかく無茶苦茶に強い
  第三次ソロモンの比叡は自らも喪失したけど
  結果的に米軍の戦力を全部吸引することで勝利に繋げて見せた
  最も旧式弱体な巡洋戦艦ですら、このぐらい無茶苦茶に強い
  反対に最新鋭戦艦のサウスダコタも第三次ソロモンで日本軍にボコボコに撃たれる事で戦力吸引を果たした
  比叡とダコタの役割は基本的に同じだったと言えるね
  もし両者が立場を変えても結果は大して変わらないだろう
  戦術レベルにおける戦艦とは、そこに居る事なんだ
  戦艦はそこに、つまり戦場に居る事が一番大事なんだ
★:では、各戦艦の戦闘能力とは重要ではないのですか?
S:第一次大戦前までの状況だったら性能は大事な部分が有ったよ
  戦艦とそれ以下の戦力差はそれほど大きな物ではなかったからね
  つまり弱い戦艦では強い巡洋艦に対抗するのが精々とかそういった場面も想像できた
☆:第一次大戦と軍縮条約で戦艦と巡洋艦の戦力差が絶望的に広がったんですねっ
S:そう、そうなると戦艦でありさえすれば
  最強の巡洋艦でも楽勝で粉砕できる
  重要なのは、そういった状況に持ち込むことだ
  そこで重要になったのが速度だ
☆:高速な巡洋艦を追いかけるためですねっ
S:ちゃう
  第一次大戦後に建造された戦艦類は別に巡洋艦より速いわけじゃない
  この速度は、敵の戦艦をすり抜けるための物だといっても良い
☆:すり抜け・・・?
S:何らかの手段で敵艦の出撃を確認したと思ってくれ
  もし迎撃側が低速だったら、迎撃が間に合わない可能性が有る
  例えば日本海海戦を思ってくれ
  対馬海峡手前でバルチック艦隊を発見したとして
  この艦隊が30ノットで走ったら、日本側の迎撃は間に合っただろうか?
  もし間に合ったとしても、叩きのめす前に逃走されただろう
☆:もっと遠くで発見して早期に出撃して先回りすれば良いですーっ
S:手前で発見して迎撃部隊を出したとして、じゃあその迎撃部隊を何処に向かわせる?
  あの時の日本軍はバルチック艦隊がどのルートを取るか随分と悩んでいたよね
  つまり何処に来るか判らないんだ
  来そうな場所に分散配置するか?
★:各個撃破されますね
S:もっと多くの戦力があればそれも出来る
  つまり速度と数は一定の範囲で取引できる、作戦レベルでは速度≒数だ
  正確に言うなら、戦力の実効性を引き上げるというべきだけどね
  額面上の戦力も重要だけど、戦場に到達できる戦力というのも重要なんだ
★:侵攻する側も迎撃する側も速度が大事なんですね
S:この速度は最大速度というよりは高速巡航速度に相当すると思ってくれればよい
  ガダルカナルの日本軍は30ノット近くで一昼夜走ることで米軍の空襲をすり抜けた
☆:空襲をすり抜けるんですかっ?
S:日没と同時に空襲圏に侵入、最大速度で突っ走ってガダルカナルに到達
  輸送なり砲撃なりの任務を果たして、また最大速度で離脱、日が昇る頃には空襲圏から脱出する
  これを例えば20ノットしか出ない艦艇に要求するのは無理だ
  接近前に発見されて空襲部隊と歓迎委員会が出てくる
  また、日本軍が出撃したのを知って、米軍もエスピリッツから歓迎委員会を出撃させるけど
  日本軍がお仕事を終えた頃ガダルカナルに到着しても意味は無いよね
  何処に向かってるかを知っていても、低速艦では迎撃が難しい
☆:間に合わないのでは意味が無いですねっ
S:そう、だから速度は極めて大事になる
  そして大抵の高速艦艇は巡洋艦以下だから、そこに戦艦が参入した場合酷い事になる
★:虐殺ショーの始まりですね
S:つまり高速な戦艦というのは戦う機会が多く、使い勝手が物凄く良い
  戦艦とは自分より強い戦艦と遭遇しない限り無敵だ、敵は同等以上の戦艦を用意しないと対応できない
  これは昔から変らない鉄則だったんだけど
  戦艦の数量が減った事は戦場に戦艦が出現する可能性を低下させ
  戦艦以外の艦艇の機動力向上は戦艦が戦場に到達する可能性を低下させた
  つまり、戦艦に出会う確率は無茶苦茶に低くなった

★:第二次大戦時の巡洋艦の速度は30〜35ノット、20ノット程度の戦艦とは確かに別次元ですね
☆:重要視すべきは機動力っ
S:無敵の存在で居続けられるだけの能力も大事だよ
  戦場に居たのは良いけど巡洋艦にボコられて逃げ帰って来ましたじゃ、あまりにも情ない
  また敵が戦艦を投入してくる可能性も考えるべきだね
  その高速戦艦と殴り合って勝利しないと、戦場の支配権は得られない
★:土俵に上がる権利が機動力なのであって
  火力や防御力は、やっぱり大事なんですね
S:戦艦にも大きな機動力が要求されるようになったのは事実だけど
  その根底にあったのは数を補う事
  戦場に到達できる戦艦戦力数の強化、増強される巡洋艦数への対応といった意味があったんだな

☆:では・・・戦艦戦力数に余裕がある場合、速度への要求は大きくならない?
S:そうだね、ガダルカナルのような特殊状況は第二次大戦がはじまってから判った事だから
  大抵の状況では、数で機動力不足を補う事も可能だし
  機動力では特に守勢に立った場合は数を補えるとは言い切れない場面もある
  となると適度に速い奴を沢山持って居た方が良い事もあるね
★:性能よりも数ですか・・・
S:戦艦級もね、基本的に性能面での違いなんてそんなに無いんだ
  特に殴り合いになったら大した差は出てこない
  戦場に戦艦を投入できた方が勝つ
  双方が戦艦を投入出来るなら、数が多い方が戦場の支配権を確保する
  基本は相打ちだ、勝っても被害は避けられない、そして損傷したら他の戦艦には勝てない
  戦闘の最終局面において、戦闘能力を残した戦艦を確保していた側が最終的に勝つ
☆:なんか空母戦みたいですねーっ
S:似たようなものだ
  そして戦場に戦艦を投入するには?
★:速度と数ですね
S:そゆこと


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