「性能標準」(だけ!)から見た海軍戦闘機
−零戦の意外な本質−


旧式兵器勉強家 BUN
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 みなさん、こんにちは。  今日は、普段より少し硬い話で恐縮ですが、帝国海軍戦闘機のコンセプトの移り変わりについて、お話したいと思います。帝国海軍戦闘機の歴史には、零戦を筆頭に優秀な戦闘機が綺羅星の如く名を連ねていますが、これらの戦闘機はなぜ、そのような性能を持つに至ったのでしょうか。たとえば、同時期の陸軍の名戦闘機、隼が12.7mm二挺の武装であるのに、何故、零戦は20mm機銃を搭載しているのでしょうか。あの長い航続距離は偶然の産物なのでしょうか。それとも設計者である堀越二郎氏の功績なのでしょうか。
 一般に兵器の性能、仕様というものは、偶然にそのようになったもので無く、誰かが何処かで必ず「こうして欲しい」と要求している為にその様な性能、仕様となるものです。
 ある飛行機に対して出された「この飛行機はこうして欲しい」という要求の背景には「こういう飛行機が必要だ」という用兵思想があり、設計者達はその思想を背景として具体化した要求を現実のものとする為に努力したのです。


性能標準とは何か?


 性能標準とは、軍令部と航空本部が共同で制定した各種飛行機の機種、性能をまとめた航空機開発の大方針のことですが、大正末期に最初の性能標準が作成され、その後、何年かごとに改定され、その時々の新開発航空機の仕様を決定する根幹となっています。
 現在、その全てが伝わってはいませんが、残された性能標準とその改定案を見ることで、海軍の航空機に対してのその時々の考え方、使い方がかなり具体的に把握できる格好の資料と言えるものです。日頃、何気なく考える疑問、何々という機体はは何故、何人乗りなのか、何々は雷撃を考慮した機体なのかそうでないのか、といった疑問に答えることが出来る最終の拠り所がこの性能標準なのです。


昭和5年、海軍は模索していた


 では最初に昭和5年のものと伝えられる性能標準について考えてみましょう。


昭和五年 航本技極秘題四四六号
所要航空機種及性能標準

機種 戦闘機 偵察兼戦闘機
使用別 空母

局地

主力艦
主力艦

空母

八吋巡洋艦

特空母

局地
用途 空中戦闘 偵察

観測

空中戦闘
一般性能 1) 運動性優秀なること

2) 運動性を低下せずして落下可能増槽(固有槽と同等)を付すること

3) 発着艦可能

4) 成し得れば射出可能

5) 単座
1) 航続力、偵察力、運動性を兼備すること

2) 水陸互換特に迅速なること

3) 射出に適

4) 二座
航続力 1.5時間以上(全速) 6時間以上
上昇力 3000m
5分以内
3000m
10分以内
上昇限度 7000m以上 5000m以上
機銃 固定銃2以上 固定銃1

旋回銃1以上
要求順序 1) 空中戦闘能力

2) 航続力
1) 偵察力

2) 空中戦闘能力





 この頃はまだ、海軍航空そのものが未発達で、空中戦の経験も無いまま、漠然と機種、性能を考えていたことが、その内容のシンプルさからも伺われます。戦闘機の用途はただ単純に「空中戦闘」となっており、海軍航空隊が将来体験する戦闘がどのようなものであるか、具体的な展望が無かったらしいことも想像されます。
 また、この頃は車輪付きの艦上機を大型の一般軍艦からカタパルトで射出して運用することも考慮されていたことが判ります。そしてもうひとつ注目すべきことはこの時期に既に落下増槽の装備が検討されている点です。落下増槽の装備は九六艦戦のはるか以前に構想されていたのです。
 更に偵察機兼戦闘機という機種が存在することにも注目です。これはおそらく複座の長距離戦闘機のことを指すのだと思われますが、水陸互換などという言葉にもあるように、発明品的な万能機の実験構想があったのでしょう。


零戦、制空戦闘機にあらず


 次に昭和十一年の性能標準に移ります。


(昭和十一年軍令部より海軍省へ商議のもの)
航空機種及性能標準

機種 艦上戦闘機
使用別 航空母艦(基地)
用途 1) 敵攻撃機の阻止撃攘

2) 敵観測機の掃討
座席数 1
特性 速力及び上昇力優秀にして
敵高速機の撃攘に適し、
且つ戦闘機との空戦に優越すること
航続力 正規満載
全力1時間
機銃 20粍2〜1
1の場合は7.7粍2を追加
弾薬包は20粍1につき60

7.7粍1につき300
通信力 電話30浬

電信300浬
実用高度 3000m
乃至
5000m
記事 1) 離着艦性能良好なること

離艦距離合成風速10m/秒にて70m以内

2) 増槽併用の場合6時間以上飛行し得ること

3) 促進可能なること

4) 必要により30kg爆弾2個携行し得ること





 この時期は九六艦戦が実用化し、海軍は自信を持って次期戦闘機の構想を練っていた様で、内容も具体的になり、そこから生まれた実機との結びつきも明確に読み取れる内容になってきます。次期戦闘機とは言うまでも無くあの零戦のことで、この年度の性能標準こそが零戦の仕様を決定したと言える重要なものなのです。
 ここで大注目なのは、戦闘機の用途と特性の項目です。
 よく見ていただきたい。昭和十一年当時の海軍が戦闘機に要求した用途と特性は、実に意外なものです。用途は、「敵攻撃機の阻止撃攘」(撃攘とは追い払うこと)、特性は、「速力、上昇力優秀にして敵高速爆撃機の撃攘に適し」とあり、戦闘機にとって、まず第一の目的が敵の高速爆撃機の邀撃にあったことが明確に記されています。格闘性能などといった用語はひとつも見られません。第二の用途すら、水上砲戦時に味方主力艦隊上空での敵観測機の活動を阻止することですから、対戦闘機格闘戦といった用途は二次的なものなのです。
 機体の特性の項目にある言葉、「速力、上昇力優秀にして敵高速爆撃機の撃攘に適し、且つ戦闘機との空戦に優越すること」、このまるで雷電の要求仕様の如き内容の性能標準が零戦を生んだことはよく押さえて置くべき点です。敵高速爆撃機の邀撃に適する高速重武装戦闘機が零戦の正体なのです。
 武装の項目にある20mm機銃の搭載も敵大型爆撃機を撃破するために必要とされた武装であり、零戦が隼や他国の戦闘機に比べて計画当初からはるかに重武装である理由なのです。また、零戦の抜群の空戦性能も、元をたどれば、この性能標準で要求された「増槽装備で6時間の滞空能力」を持たせたことが、機体の軽量化、実際の空戦時の身軽さにつながっただけなのではないか、とすら思えます。


局地戦闘機の分化


航空機種及び性能標準案
(昭和十三年九月三十日 横須賀海軍航空隊司令より軍令部次長宛のもの)

機種 艦上戦闘機 局地戦闘機 遠距離戦闘機 水上戦闘機
使用別 空母 基地 基地 水上機母艦

基地

主力艦
用途 1) 敵攻撃機の阻止撃攘

2) 戦闘機撃破

3) 観測機掃討
攻撃機阻止撃攘 1) 敵地上空制空

2) 陸上攻撃機援護
1) 敵機撃攘

2) 観測
座席数 1 1 適宜 2
特性 1) 格闘戦に強きこと

2) 上昇速力優秀なること
1) 速力上昇力優秀、攻撃機阻止に適

2) 極力空戦能力向上
1) 航続力大

2) 攻撃機を撃破、戦闘機を撃攘し得ること

3) 極力空戦性能向上
1) 格闘戦性能敵戦闘機に優る

2) 上昇力、速力優秀
航続力 正規高力1時間
巡航(過荷重)6時間
正規高力1時間 4000m
1800浬
巡航速力200ノット以上
正規高馬力にて1.5時間
巡航8時間以上
機銃 7.7固*2
(各銃800発以上)

13固*2
(各銃300発以上)

または7.7固*4
13固*2
(各銃300発以上)

7.7固*2
(各銃800発以上)
機銃火力大なること 7.7固*2
(各銃600発以上)

7.7旋*1
(600発以上)
通信力 電話50浬

電信300浬

帰投装置
電話50浬

電信300浬
1500海里以上(長短兼用) 電信500浬以上

電話50浬

観測用電信機
主用高度 4000m
乃至
10000m
4000m
乃至
10000m
4000m
乃至
10000m
4000m
乃至
10000m
記事 離着陸性能良好

離艦距離合成風速12m/秒70m以内
増設槽により巡航5時間以上 型式適宜 1) 射出可能

2) 着水凌波性良好

3) 観測視界なるべく良好

4) 60kg爆弾搭載可能





 次は零戦が既に試作中の昭和十三年の性能標準です。支那事変が勃発し、その影響で海軍航空を取り巻く情勢が一変した様子が読み取れます。開発予算が急増した為に戦闘機の機種が増えていますし、実戦の戦訓が仕様に反映された形跡があります。
 それでも、艦上戦闘機の第一の用途は「敵攻撃機の阻止撃攘」なのです。「敵戦闘機の撃破」は二番目の用途に過ぎません。ここで格闘戦という言葉が性能標準の中に初めて現れますが、これが多分、支那事変で実際に経験した空中戦の実相を反映した部分なのでしょう。海軍の爆撃機重視は変わらない、というか、重視するあまり、今後登場するであろう更に高性能な高速爆撃機の邀撃の為の専用機種、局地戦闘機の概念もここで登場します。
 武装については、20mmの開発が難渋した為か、13mm機銃の装備が検討されています。各銃あたりの弾薬搭載量が大きくなる点も魅力的だったのかもしれません。  そして、この十三年の性能標準では月光の母体となる十三試双戦の基本概念が登場しますが、各項目を見ても判る通り、座席数、武装ともに具体的な数値を設定できず、未だ非常に曖昧な状態であったらしく、この基本概念の曖昧さが後に十三試双戦の開発の停滞と頓挫につながったのではないかと想像することもできます。


武装方針定まらず


 その次は十四年の性能標準案を見ます。


航空機性能標準(案)
昭和十四年二月 軍令部

機種 艦上戦闘機 局地用戦闘機 遠距離戦闘機 水上戦闘機
使用別 航空母艦 基地 基地 基地

水上機母艦
用途 1) 敵攻撃機の阻止

2) 敵戦闘機の撃破

3) 敵観測機掃討
敵攻撃機阻止撃破 1) 敵地上空の制空

2) 陸上攻撃機の援護
1) 敵機撃破
座席数 1 1 適宜 1
特性 1) 格闘戦に強きこと

2) 上昇力、速力優秀なること
1) 速力、上昇力優秀にして敵攻撃機の阻止攻撃に適すること

2) 極力空戦性能の向上を計ること
1) 敵戦闘機を撃攘し得ること

2) 航続力大なること
1) 速力、上昇力優秀なること

2) 極力空戦性能の向上を計ること
最高速力 310ノット以上(5000m) 350ノット以上(5000m) 300ノット以上 310ノット以上(5000m)
航続力 高度4000m正規状態高力馬力にて1.2時間 高度4000m正規状態高力馬力にて1時間

増槽携行時1000浬以上
高度4000m巡航速力200ノットにて2000浬 高度4000m正規状態高力馬力にて1.2時間

巡航速力にて6時間
機銃 13粍*2
(各銃300発以上)

7.7粍*2
(各銃800発以上)

又は

20粍*2
(モーターカノン*1)
(各銃60発以上)

7.7粍*2
(各銃800発以上)

又は

7.7粍*4
(各銃800発以上)
20粍*2
(モーターカノン*1)
(各銃60発以上)

7.7粍*2
(各銃800発以上)

又は

13粍*2
(各銃300発以上)

7.7粍*2
(各銃800発以上)

又は

7.7粍*4
(各銃800発以上)
機銃火力強大なること 局地用陸上戦闘機に同じ
通信力 電話50浬

電信300浬

帰投装置装備
電話50浬

電信300浬
1500浬以上
(長短兼用)

帰投装置装備

隊内通信機装備
電話50浬

電信300浬
主用高度 3000m
乃至
10000m
3000m
乃至
10000m
3000m
乃至
8000m
3000m
乃至
10000m
記事 1) 格闘戦は予想敵戦闘機より断然強きこと

2) 離着艦性能良好なること

3) 離陸距離合成風速12m/秒にて70m以内

4) 射撃兵装は研究の上決定するを要す

5) 会敵時投棄可能なる燃料槽増載設備を有すること

6.必要に応じ30kg爆弾2個を携行し得ること
    着水耐波性良好なること





 ここでもまだ艦上戦闘機の第一の用途は「敵攻撃機の阻止」に置かれています。「敵戦闘機の撃破」は二番目の用途です。確かに対戦闘機用途は盛り込まれていますが、この二番目というのが曲者で、翌年の性能標準には局地戦闘機の第二の用途にも対戦闘機用途が盛り込まれますが、雷電を見ても判る通り、第二の用途はあまり重要視されない傾向にあります。
 また、武装については20mm案が復活し、13mmと併記されていること、更に記事として武装についての研究の余地について触れていることも注目すべきでしょう。
 遠距離戦闘機はいまだにその明確な基本概念が固まらず、前年同様の曖昧な状態であり、一方、前年現れた水上戦闘機の概念は水上局地戦闘機として、かなり明確なものになりつつあることが判ります。


次期艦上戦闘機


 次は昭和15年です。


航空機種性能標準(修正第一案)
昭和十五年七月十五日 軍令部

機種 艦上戦闘機 局地戦闘機 戦闘機兼偵察機 水上戦闘機 水上戦闘機兼爆撃機
使用別   基地 基地 水上機母艦 基地
用途 1) 敵攻撃機の撃破

2) 敵戦闘機の撃破
1) 敵攻撃機及び敵飛行艇の撃破

2) 敵戦闘機の撃攘
1) 援護及び敵地上空の制空

2) 偵察触接
1) 敵戦闘機の撃破

2) 敵攻撃機及び飛行艇撃破
1) 局地防空

2) 軽快艦艇、飛行機撃破

3) 哨戒
座席数 1 1 2 1 2
特性 1) 格闘戦に強きこと

2) 上昇力速力優秀なること
1) 速力、上昇力優秀なること

2) 極力格闘戦性能の向上を計ること
1) 最高速度は敵戦闘機以上を目標とす

2) 敵戦闘機を撃攘し得ること

3) 夜間空戦を重視す
局戦に同じ 1) 敵攻撃機及び飛行艇を撃破し得ること

2) 急降下爆撃容易なること

3) 夜間空戦を重視す

4) 基地所在飛行機に対する銃撃に適すること
最高速力 350ノット以上(6000m) 380ノット以上(6000m) 350ノット以上(6000m) 350ノット以上(6000m) 300ノット以上(6000m)
航続力 高度5000m正規高力馬力にて1.2時間

増槽を装備し6時間以上
高度6000m正規高力馬力にて1時間

増槽を装備し5時間以上
高度5000m巡航速力200ノット以上にて3000浬 高度6000m正規高力馬力にて1.2時間

巡航速力にて6時間以上滞空
高度6000m正規高力馬力にて1.8時間

巡航速力にて6時間以上滞空
機銃 13粍固定銃2
(各銃300発以上)

7.7粍級固定銃2
(各銃800発以上)
20粍固定銃2
又はモーターカノン
(各銃60発以上)

7.7粍固定銃2
又は
13粍固定銃2
(各銃300発以上)
20粍固定銃1
(90発以上)

7.7粍固定銃2
(各銃500発以上)

13粍旋回銃1
(300発以上)
局戦に同じ  
通信力 電話100浬

電信500浬

帰投装置装備
艦戦に同じ 電信1500浬以上
(長短兼用)

隊内通信機装備

方位測定器装備
局戦に同じ  
主用高度 3000m
乃至
10000m
3000m
乃至
10000m
3000m
乃至
10000m
3000m
乃至
10000m
 
記事 1) 格闘戦は予想敵戦闘機より強きこと

2) 離艦距離合成風速12m/秒70m

3) 投棄可能なる燃料槽を増備しうること
1) 投棄可能なる燃料槽を増備しうること

2) 必要に応じ三番爆弾二個携行しうること
1) 自動操縦装置装備

2) 偵察機としては上記性能を左の如く変更す

イ.固定銃7.7粍級1(300発以上)

旋回中7.7粍級2(500発以上)

ロ.写真機を装備し得ること

ハ.隊内通信機不装備
必要に応じ三番爆弾 二 搭載可能なること  





 この年は、零戦が完成し、次期艦上戦闘機の要求仕様が検討された年でもあります。武装は13mmに戻っており、戦闘機の20mm装備の目的が敵爆撃機の撃破にあることが改めて確認できます。局地戦闘機は20mm装備です。
 さて、どうなったのか、かなり心配な偵察機兼戦闘機の仕様ですが、この年はかなり具体的なものに育っており、何か、その、ひと安心です。しかし、特性の項目に「夜間空戦を重視す」と加わっていることが気になります。十三試双戦が二式陸上偵察機を経て月光につながる萌芽が奇しくも現れているのでしょうか。この構想は後の天雷につながってゆくものです。
 水上戦闘機の性格も明確になり、対戦闘機用途を第一に据えた高速水上機として後の強風につながります。この昭和15年の性能標準に敵戦闘機の撃破という用途が記されたことが、後に強風の陸上型である紫電が制空戦闘機として活躍する可能性を残したと見ることもできるでしょう。
 また、複座の水上戦闘機兼爆撃機という概念も生まれています。これは後に瑞雲として実現します。
 ここで開戦前の性能標準は終わりですが、ここまで一貫して艦上戦闘機の第一の用途が「敵攻撃機の阻止撃攘」にあったことは覚えておくべき項目です。
 よく「零戦の後継機は昭和15年には開発に着手すべきであった」と言われますが、もし、仮に、そのようになったとしても、登場する戦闘機はこの15年の性能標準を反映した機体になったに違いないのです。それが有効な機体である保証はどこにもありません。


新カテゴリーの誕生


 開戦後の十八年の性能標準案です。


航空機機種及性能標準(案)(練習機及飛行船を除く)
昭和十八年二月二十五日 軍令部

機種 A戦闘機 B戦闘機 哨戒兼戦闘機 水上戦闘機
使用別 基地 基地 基地 基地
用途 1) 敵戦闘機撃破

2) 敵攻撃機飛行艇撃破
1) 敵攻撃機 飛行艇撃破

2) 敵戦闘機撃破
1) 中距離哨戒

2) 敵哨戒機(飛行艇重爆等)捕捉撃墜

3) 夜間局地防空
1) 敵攻撃機飛行艇撃破

2) 敵戦闘機撃破
特性 1) 格闘性能優秀なること

2) 極力速力上昇力の向上を図ること

3) 武装 中程度
1) 速力上昇力優秀なること

2) 極力格闘性能の向上を図ること

3) 重兵装なること

4) 局地防空に適すること
1) 速力上昇力操縦性優秀なること

2) 重兵装なること

3) 夜間戦闘能力大なること

4) 極力航続距離の増大を図ること

5) 防弾装置あり
1) 格闘戦性能優秀なること

2) 極力速力上昇力の向上を図ること

3) 兵装中程度以上
座席数 1 1 2 1
速力 巡航250ノット以上

最高340ノット以上(6000m)

目標400ノット
巡航250ノット以上

最高380ノット以上(8000m)

目標450ノット以上(10000m)
360ノット以上(6000m)

目標380ノット以上(8000以上)
340ノット以上(8000m)

目標360ノット以上(8000m)
航続力 進攻距離500浬以上にして全力0.5時間の空戦可能なること 進攻距離500浬以上にして全力0.5時間の空戦可能なること 哨戒距離500浬以上にして全力0.5時間の空戦可能なること

目標哨戒距離800浬以上
1) 高度8000m正規状態最高速力にて1.2時間

2) 巡航速力にて6時間以上
機銃 20粍固定銃*2
(200発以上)

13粍固定銃*2
(300発以上)
30粍以上固定銃
(100発以上)
1又は2

20粍固定銃
(各200発以上)
2以上
30粍以上固定銃
(100発以上)
1又は2

20粍級固定銃*2
(各200発以上)

20粍級旋回機銃*2
20粍固定銃*2
(300発以上)

30粍固定銃
(100発以上)
浮舟装備1〜2
魚雷又は爆弾 60kg爆弾

降下爆撃可能なること
A戦に同じ    
通信兵器 1) 電話100浬
(電信500浬)

2) 帰投装置
A戦に同じ 1) 電信1500浬
(長短兼用)

2) 帰投装置
1) 電話100浬

(電信500浬)

2) 帰投装置
実用高度 3000m
乃至
12000m

目標15000m
3000m
乃至
12000m

目標15000m
2000m
乃至
8000m
3000m
乃至
12000m

目標15000m
記事 1) 離昇距離過荷重状態合成風速12m/秒にて80m以内

2) 投棄可能なる燃料槽を増備し得ること

3) 必要に応じ六番爆弾二個を携行し得ること

4) 固有性能を概ね満足せば更に実用高度の増大を図ること(将来「プレシュアーケビン」に依り12000m以上となりたる場合は艦戦と機種を区別す)

5) 防御力可及的実施
1) 投棄可能なる燃料槽を装備し得ること

2) 六番爆弾二個以上を携行し得ること

3) 固有性能を概ね満足せば更に射撃兵装の強化及び実用高度の増大を図ること(将来「プレシュアーケビン」により12000m以上)

4) 防御力前面軽防御其の他可及的実施
1) 投棄可能なる燃料槽を装備し得ること

2) 増槽の代りに250kgまでの爆弾搭載可能なること

3) 固有性能を概ね満足せば更に航続力の増大を図ること

4) 防御力前面軽防御其の他可及的実施
1) 必要に応じ浮舟を投棄し得る如く考慮すること

2) 必要に応じ六番爆弾二個を携行し得ること

3) 組み立てたるまま船舶等にて運搬可能なること





 この年の性能標準は、今までとかなり異なります。艦上戦闘機と陸上戦闘機を統合した対戦闘機用戦闘機としてA戦闘機という類別を置き、ここで初めて敵戦闘機の撃墜を第一の目的とした戦闘機の概念が現れます。ただ、性能的に見てかなり控えめな点が気に掛かります。早期実現を念頭に置いた構想なのでしょうか。また「降下爆撃可能なること」といった汎用戦闘機としての構想がA戦闘機なのかもしれません。加えて、「記事」にある「プレシュアーケビン」とは与圧式の操縦席のことですが、これを搭載した場合にはA戦と艦上戦闘機を区別するとあり、邀撃戦闘機、あるいは高度15000mでの高速飛行を目標とした次世代中攻の護衛機としての用途も考慮されているのかもしれません。
 B戦闘機は従来の局地戦闘機のことですが、性能的にはA戦闘機の拡大強化版といった性格の、悪く言えば独立機種としての存在がやや希薄なものになっています。
 次の哨戒兼戦闘機という機種については、この時点で既に夜間局地防空という用途があったことに注目、後の電光となった構想です。
 また、既にガダルカナルの敗戦の只中である18年を迎えた時点で次期水上戦闘機の項目が残されているのも違和感がありますが、この機種はさすがに試作にまでは至りません。


陸海軍協同試作


陸海軍協同試作機種及要求性能標準
(昭和十八年六月二十二日軍令部より海軍省に商議したもの)

機種 甲戦 近戦 乙戦 高戦 丙戦 夜戦 遠戦
主要任務 敵機特に敵戦闘機の撃墜 高高度における敵機

特に爆撃機の撃墜
夜間における敵機の撃墜 敵機特に敵戦闘機の撃墜
特性 上昇力、速力旋回性能調和し敵戦闘機に対し必勝を期し得ること(甲戦)

上昇力、速力優秀にして軽快性に富み敵戦闘機に対し必勝を期し得ること(近戦)
1) 速力、上昇力に卓越せること

2) 特に高高度性能優秀なること
1) 夜間行動特に容易なること

2) 速力大なること
速力及び火力卓越せること
座席数 1 1 2 2
速力 700キロ以上

380ノット以上(10000m)
750キロ以上

400ノット以上(10000m)
680キロ以上

365ノット以上(9000m)
800キロ以上

430ノット以上(10000m)
航続力 1) 常装備の場合全力(8000m)
0.5時間巡航(4000m)
465キロ250ノットにて2.5時間

2) 特別装備 落下タンク

巡航2.5時間
左に同じ 左に同じ 1) 常装備の場合
全力(8000m)0.5時間
巡航(4000m)465キロ
2) 250ノットにて4、5時間
機銃 固定砲30粍*2
(各砲100発)

20粍*2

又は

13粍*4
(各砲150発)
固定砲30粍
乃至40粍級
1〜2
(30粍の場合各砲100発)

20粍 2
(各砲150発)
固定砲30粍
乃至40粍級
1〜2
(30粍の場合各砲100発)

20粍*2
(各砲150発)

旋回砲
20粍二連一基
(各砲100発)
固定砲30粍*2
(各砲100発)

20粍*2
(各砲150発)

或いは

20粍*4
(各砲150発)
爆弾(魚雷) 特別装備として軽易なる爆撃装備を考慮す 左に同じ 左に同じ 左に同じ
通信兵器 1) 通信装備

2) 無線帰投
方位測定装置
(機上方向探知機)
左に同じ 1) 通信装備

2) 無線帰投
方位測定装置
(機上方向探知機)

3) 機上策敵装置
(電波探信儀)
1) 通信装備

2) 無線帰投
方位測定装置
(機上方向探知機)
実用上昇限度 15000m 15000m 12000m 13000m
防護 軽防御 前面中防御

その他軽防御
前面中防御

その他軽防御
軽防御
審査完成時期 昭和20年度末 昭和20年度末 昭和20年度末 昭和20年度末
摘要 1) 機上索敵装置(電波探信儀)の装備に付研究す

2) 雪上装置の装備を考慮すること
1) 機上索敵装置(電波探信儀)の装備可能なること

2) 雪上装置の装備を考慮すること

3) 固有性能を満足せば極力射撃装備(57粍砲)並防御の強化を図ること
1) 自動操縦装置装備可能なること

2) 雪上装置の装備を考慮すること

3) 固有性能を満足せば極力最大速力及航続力の増大を図ること

4) 電波照準器の装備に付研究す
1) 機上索敵装置(電波探信儀)の装備可能なること

2) 固有性能を満足せば極力最大速力及航続力の増大を図ること





 18年の性能標準改定案が出てまもなく、陸海軍協同での航空機開発構想が持ち上がり、陸軍の性能標準にあたる試作研究方針と海軍の航空機種及性能標準が統合されます。
 ただ、協同開発方針が決定したばかりのこの時点ではそれぞれの既存の構想が並存する形をとり、陸海軍それぞれの持つ機種の解釈のつき合わせによる機種の統合のみが行われ、実際には陸海軍双方において同一機種で別設計の機体が開発される状況のままでした。ですから機種のつき合わせも不十分で、海軍の戦闘機のカテゴリーからはみ出すキ-83等は遠距離戦闘機として独立しています。
 海軍としてはこの時点で戦闘機を対戦闘機用途の甲戦と対爆撃機用途の乙戦、夜間戦闘専用機種である丙戦に分類し、この分類はその後の部隊の装備、運用にまで広く用いられることになります。
 甲戦闘機はA戦闘機と同じく艦上機に限らず、対戦闘機用途の制空戦闘機として位置付けられ、次世代戦闘機として機上電探の装備も研究することとされます。十八試甲戦闘機陣風に機上電探が装備されたかどうかは陣風の基本研究の開始がこの性能標準より少し早いことからも少々疑問ですが、研究項目として検討されていたことは事実でしょう。
 乙戦闘機は陸軍の高高度戦闘機と合同されていますが、海軍側の位置付けとしては重装備の爆撃機邀撃専用機であったようです。これに当たるのは十八試局戦である震電のはずですが、震電についてもこの性能標準は間に合っていないようで、武装は強力ですが、機上電探の装備などは震電試作機には考慮されていません。この性能標準を体現した機体は、むしろ陸軍でこの時点での乙戦=近距離戦闘機キ-87の後に開発されたキ-94あたりではないかとも思えます。
 丙戦闘機は明確に夜間戦闘を目的とした初めての機種ですが既に月光が登場する状況で、天雷の試作も開始されていますので、それらの細部にも反映されたと考えられます。
事実上初の夜間戦闘機として二式陸偵改造機が夜間撃墜を達成した直後に「月光」の命名が間髪入れずに行われるのはこの性能標準が存在し、夜戦のカテゴリーが既に存在していたからに他なりません。
 また、あくまで想像の範囲の話ですが、18年2月の性能標準案から現れる20粍二連の旋回銃は、実は月光に取り付けられた斜め銃の発想の母体なのではないでしょうか。海軍の一大研究機関であった横須賀航空隊に縁の深い小園司令が構想段階の性能標準に目を通すことは十分考えられ、それを実戦的な発想で簡易に実現したのがあの20粍の斜め銃なのでは、と考えることもあります。


性能標準を読む


 以上、各年の性能標準について、そこから読み取れるものを検討してきましたが、こうした性格の文書は、見る人によって様々な読み方ができることと思います。
 しかし、一部の出版物にあるように、ただ単に断片的に引用しているだけでは、単なる薀蓄に過ぎません。こうして手に入る物を全て並べてその流れを追うことで、見えてくる新たな事実もあるでしょう。
 今回は各機体の開発における様々な事情はあえて無視して、構想の基本となった用兵思想そのものに近い存在である性能標準のみに目を向けて、個別の機体の研究だけでは視野からはみ出てしまいがちな事柄を検証してみました。
 付属の性能標準は戦闘機の部分のみの抜粋ですが、希望が多ければ他の機種の性能標準も追加したいと思います。
 今回、内容がいつになく真面目でしたので、期待された方、本当に残念でした(笑)。


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