これは何だ!?
−大東亜戦争末期の軍用機マニア−


古雑誌愛好家 BUN
bun@platon.co.jp




 お久し振りです。酒浸りで自堕落な毎日を送って居たところ、ついつい更新が滞っておりましたが、まさかこれほどの月日を沈黙して過ごしていたとは思いませんでした。まこと浦島太郎の気持ちもかくやと思います。しかし、日々の宴に酔い痴れて軍事趣味HPのコンテンツ更新を忘れるということは、ある意味幸福な事ではないかとも思いながら、今日の話題です。
 先日、行きつけの古本屋の店頭で例によって黴臭い昔の雑誌を漁っていました。昔の雑誌に発表された古い写真の中には色々と貴重なものが多く、記事についても興味を惹くものがあるという話は以前の「航空朝日イッキ読み」で書いた通りですが、今回もそうしたつもりで捕獲B-17三機編隊の雄姿に惚れて一冊購入したのです。しかし、戦中の航空朝日を読み込むにはあまりにも激しい日々の宴会、なかなか中身をじっくり読む機会がありません。そこでついつい酒の席で取り出すまでは何一つ気がつかなかったのです。


これは何だ?何のメモだ?


 そうです。黒ビールを飲みながらパラパラとページをめくっていると、雑誌の半ば程に黄ばんだ原稿用紙の束が挟まっていたのです。こうした雑誌にメモの類、書類の切れ端が挟まっていることはそんなに珍しいことではありません。当時の航空雑誌は軍関係が購入することも多く、そんな関係の「紙」が挟まっていることも数回経験しています。
 しかし、今回はちょっと趣が異なりました。帝国陸海軍の各機種の現状についての表のようなものがかなりの量で挟まっているのです。体裁は原稿用紙を半分に切って裏表にびっしり書かれた手書きのメモでした。おっ、と思い、読み始めてみましたが、細部の間違いや文章の内容から軍関係では無さそうだということが直ぐに判りました。また興味そのものが飛行機自体に向いているところからも、これが一般の飛行機マニアの書いたものだという結論に達するまではそんなに時間はかかりませんでした。また、書かれた時期ですが、挟まっていた航空朝日は昭和十八年の四月号とはいえ、触れられている内容はどう見ても昭和二十年の春から初夏にかけての事です。そして「現在生産中・・・」といった記述から見ても終戦後に書かれたものではありません。というか、終戦後にはかなりの量の情報が一気に公開されていますのでこのメモの一部にあるような間違いは見られなくなるように思えます。
 ではさっそく、その内容をご紹介しましょう。


その一


 まず、一枚目です。こんな調子で書かれているのです。海軍機の機種と命名法が書かれています。こういうことは戦後の我々も人に聞いたり本で読んだりして覚えている事が多いのですが、このメモを書いた人物は元にする資料等は一切無かったはずです。十八年の半ばに決まった事を一般のマニアが知る術はありません。この人はこの時点で既に海軍機の命名法について興味を持っていたということでしょう。これは注目に値することではないでしょうか。おそらく海軍機の命名法について触れた民間最古の文献ではないかとすら思います。


その二


 次です。今度は挿絵つきです。新司偵の三型の絵ですね。なかなか特徴を掴んでいます。これは実機を見たのでしょうか。結構細部まで説明書きがあります。キ93が六枚ペラであることにも触れています。どこで見たのでしょう。あるいは誰から聞いたのでしょう。二十年四月とありますがこんなとんでもない時期に軍用機マニアをやっていることも驚きですが、こんな情報まで入手している彼のネットワークの広さは想像を越えています。戦争中でも濃いマニアは濃かったんですね。こんな調子なので彗星が誉2000馬力で高性能と書かれてあっても、これは五四型の事を指しているに違いないとこちらも考えてしまいます。キ74の挿絵もかなり実物に迫る出来です。本当にどこで見たのでしょう。航続距離は長いが爆弾搭載量が少ない等の話は誰から聞いたのでしょう。


その三


 次は白菊について、その外観から機体の構造、目的を想像しています。なかなか論理的でいい線を突いていると思います。九州の基地から特攻に用いられているという情報まで彼は入手しています。実に驚くべき情報収集力です。
 隼については一型から三型までの性能表を作成していますね。ここに書かれた二型の536km/hという最高速度は中島社内での計測データと同じ数値です。後で紹介するキ74の挿絵からもそう思ったのですが、この人物は中島、立川関係者に情報源を持っているのではないでしょうか。書き込まれたデータも中島系の機体に詳しいような傾向も見られますのでどうもそんな気がします。二式陸偵が月光の原型ではないかと推測を述べ、彩雲が天山の改造型ではないかとしていますが、これは彼が何処かで実物を見ているような気がします。天山と彩雲は確かによく似ていますし、遠目で見れば同じ機体に見えなくもないでしょう。しかし、キ91や桜花の話をいったい誰から聞いたのでしょうか。


その四


 次です。やはりこの人は陸軍機に親しく接する機会が多かったのでしょう。キ102についてかなり詳細に書いています。福生近辺の住人なのでしょうか。しかしその後の桜花についての記述の鋭い事。母機が一式陸攻から銀河に変更になることや戦果確認が困難だろうとの推測には何度でも驚いてしまいます。そしてこの頃試作中の橘花についてもそれがタービンロケット装備の機体でカタパルト射出を予定している等、早くも情報を得ています。ここでは橘花ではなく「菊花」と書いていますが、これは彼が「耳で聞いて」仕入れた情報であることを示しているのではないでしょうか。


その五


 さて五枚目ですが、この彼はもう、何でも知っています。彗星が空冷となったことや、二式戦が40mm砲を装備したこと、月光に銃塔装備機があり、果てはどうも富嶽らしき六発重爆とその専用飛行場についてさえ触れています。百式司偵の新型が「800km/hハ楽ニ出ス」とは頼もしい限りですが、そんなツッコミは虚しい限りです。彼は「日立でA6ナル戦闘機製作中」と書いています。これは日立航空機で零戦五二型が転換生産の準備が進められていることを指しています。現代のマニアだって日立での零戦五二型生産計画を知っている人は少ないでしょう。まったくとんでもない人物です。


その六


 どんどん行きます。A26が「4回目」のドイツ訪問飛行の際に撃墜されたと書いています。もう何が書いてあっても驚きませんが、こんな情報までよくぞ・・・と思います。実戦配備されたばかりのキ100についても二型の存在まで含めて書かれています。更にキ84は紫電、雷電より優秀で、しかも近々陸軍機はキ67、キ84、キ100に機種統一されると書いてあります。戦局を反映してこうした動きがあったのは事実ですが、しかし、何でまたこんな生産計画の情報まで入手できたのでしょう。

その七


 七枚目は秋水の想像図です。秋水についてはさすがに情報が少なかったのでしょう。しかし見方によっては結構「近い」ような気もしますね。「700km/hは出る」彩雲についてもその主脚が斜めに引き込む様子をどこかで実際に見たのでしょう。キ109も多分実機を見ていると思います。機種の窓が無く、75mm砲を搭載した様子がリアルに書かれています。あとは読者諸兄各自で読み込んでください。


その八


 八枚目です。この人物は何度かに渡って得た情報を逐次書き残したようで、同じ機体について違った記述がある箇所がいくつか見られます。また機名の誤認、誤解も多々ありますが、ここにある東海はまだしも、南海、絶海、北海とは何でしょう。木星、天馬、遠山とはどんな機体なのでしょう。誰からどんな風に聞いたのか御本人にぜひ聞きたい気持ちが押さえられません。最後にキ102が実戦参加した情報と震電のことが触れられています。


その九


 九枚目にもキ77の訪独飛行について触れています。日独連絡飛行が行われたらしいという情報は公然の秘密だったのでしょうか。八枚目に出てくる火箭という機体の絵があります。


その十


 最後ですが、ここにキ74の絵がありました。やはり立川系の機体に詳しいようです。キ74は度々登場しますが色々な情報が錯綜していたのでしょう。でも一回位は実機を見る機会があったのではないでしょうか。


彼は誰だ?


 さて、ここまで詳細に種種雑多な情報をもとに陸海軍機のメモを残した彼はどんな人物だったのでしょう。ここまで読んできて、再び軍関係者ではないか?あるいは諜報関係に 従事していたのではないか?との疑問を抱かれた方もいらっしゃることでしょう。
 しかし、最後の最後にこれをご紹介しましょう。

へたくそB-17

 彼がこの航空朝日十八年四月号のB-17解説記事の図面をトレースしたものです。ちょっと下手糞ですが、こういう絵は愛が無ければ描けません。彼は我々の遠い昔の仲間なのです。私が想像するところでは彼は福生近辺に住み、飛行場やそこに飛来する飛行機を眺める機会が豊富にあり、航空関係者から親しく話を聞ける環境にあったのでしょう。そしてそこで得た知識を各地の同じような飛行機マニアと情報交換することができたのでしょう。既に本土決戦が叫ばれる大東亜戦争末期に全国規模で壮大な「軍用機ウワサ話ネットワーク」のようなものが日本の一部航空マニアの中に存在していたということではないかと思います。彼らはどんな気持ちで戦争末期の百花繚乱の日本陸海軍機を眺めていたのでしょう。



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