装甲空母「イラストリアス」恐れるに足らず
−帝国海軍の英装甲空母攻撃法−
文:tackow
ikku@rb3.so-net.ne.jp
「イラストリアス」級といえば世界初の装甲空母であり、その飛行甲板の装甲は絶大なる防御力を発揮した事で広く知られています。我が海軍の空母が飛行甲板に装甲を備えるのは「イラストリアス」から遅れること数年。空母後進国の米国海軍に至っては、第二次世界大戦中には装甲空母を戦場に送り込めなかったのですから、一人英国海軍の先進性が評価されるところではあります。 しかしながら、攻撃する立場に立ってみれば「飛行甲板に装甲を張り巡らせた空母」は通常の爆撃では撃沈する事が不可能なのですから「兵術上の悪夢」といった存在である事は疑う余地もないでしょう。
ここで、私の前に、古ぼけたガリ版刷りの、まるで昔の学級新聞(注1)を彷彿とさせる論文があります。
これは、各種兵器や戦術を研究していた、海軍の実験航空隊ともいえる横須賀航空隊が極秘裏に研究していた「英空母に対する攻撃法」という研究論文であり。これは、「イラストリアス」の脅威に対する我が海軍の回答なのです。 この論文が書かれた日時は判然としないのですが、本文の内容から察するに昭和17年後半と思われます。残念ながら筆者も判然としないのですが、これについては後に考察を加える事とし、早速内容の検討に入る事にします。
(注1)35歳以上の方ならば記憶に鮮明なアレです。
英空母の正体とは!!
この論文では、まず、英空母の要目がかなり詳しく、まるで兵器マニアのノートの如く表に表されています。
イーグルからイラストリアスまで排水量、全長、対空兵装等々。書いた人間は余程の英空母マニアかぁ?と思わせるに充分な内容でありますが、多分ジェーン年鑑あたりからの引用でしょう。しかし、彼が赤城や加賀の要目をここまで詳しく覚えているかといえば疑問が残るところではあります。
さて、その次は「イラストリアス」に対する独伊空軍の攻撃−1941年1月11日−について「イラストリアス」の受けた損害報告があります。
ちなみに、その内容は
成果 |
命中魚雷 |
なし |
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命中爆弾 |
後部昇降機命中 500キロ |
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艦尾至近弾 |
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格納庫甲板貫徹 |
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前部ポムポム砲台壊滅 |
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左舷ポムポム砲台壊滅 |
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前部甲板貫徹 |
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戦死 士官14 兵員107 戦傷約400 |
またもや非常に詳細に「イラストリアス」の損害について記述されており、帝国海軍の情報収集能力の優秀さが伺えます。まぁ「イラストリアス」が撃破されたのは日本の参戦前なので知っているのは当然といえば当然なんですが。
いずれにせよ、500キロ爆弾を6発も喰らって平然としている「イラストリアス」級には我が海軍も唖然としたのではないでしょうか?
また、我が海軍がインド洋で沈めた「ヘルメス(ハーミズ)」は単艦で行動していたが、この時「イラストリアス」は警戒艦によって形成された輪型陣の中心に戦艦と共にいた、と報告されています。
いかな装甲空母といえども、地中海の枢軸国陸上機の行動範囲内を単艦で行動するのは無謀ではないか。という突っ込みも止めにしておきましょう。
しかし、「命中魚雷 なし」の「なし」が気持ち軽快なのは気のせいでしょうか?
恐るべし!イラストリアスの防御力
敵の正体がハッキリしたところで、いよいよ「イラストリアス」級への攻撃方法の検討に入るのですが、ここで重要なのは我が方の爆弾によって「イラストリアス」の防御甲板を貫通出来るか?という事になります。
しかし、流石は横空だけあってその辺のデータは収集済みでありました。
以下原文を記載します。(カタカナは打つのも、また、読むのも大変でしょうから平仮名に変えますね)
上甲板30ミリ 防御甲板50ミリを有する「イラストリアス」に対する
九九式二五番爆弾及び五〇番通二型貫徹力。
九九式25番 |
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水平爆撃 機速140ノット |
均衡高度(注2) | 1300m | 落角約70度 |
確実貫徹高度 | 1700m | 均衡撃速220/秒 余裕を加味す |
|
降下爆撃 降下角度 機速240ノット |
均衡高度 | 700m | 落下角70度 |
確実貫徹高度 | 1100m | 均衡撃速220m 余裕を加味す |
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五〇番通二型 |
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水平爆撃 機速140ノット |
均衡高度 | 800m | 落角約65度(1800m?誤記?) |
確実貫徹高度 | 1100m | 均衡撃速220m/秒 余裕を加味す |
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降下爆撃 降下角度60度 機速250ノット |
均衡高度 | 200m | 落下角65度 |
確実貫徹高度 | 400m以上 | 均衡撃速120m(?)余裕を加味す |
すなわち九九式艦爆をもって爆撃により貫徹を企図するは困難にして九九式艦爆により降下爆撃によりては甲板破壊を企図するの外なし。
一三試艦爆(注3)にありては50番爆弾をもって防御甲板下における炸裂を企図に得るべし。
ここで、過酷な現実に引き戻されてしまいます。
なんと、当時の主力艦爆である九九式艦爆では「イラストリアス」の装甲を貫徹し撃沈する事は不可能である。一三試艦爆の戦場への登場を待たねばならない・・
この報告を書いた人物は愕然としたの、でしょうか?
(注2)この高度で投下すれば装甲を貫徹出来ると思われる高度
(注3)後の「彗星」艦爆
「イラストリアス」撃沈法!?
かように強固な装甲に覆われている「イラストリアス」を撃沈するにはどうすれば良いのか?さぁ、ここからが横空の知恵の出し所です。
そこで、導き出された結果を以下原文のまま掲載する事にします。
「英空母に対する攻撃法」
数次行われたる日米母艦群の戦闘の教訓によるに「イラストリアス」攻撃と同様飛行甲板の破壊は殆ど一発にて可能にして発着殆ど不可能となるを得べきも爆弾命中による誘爆物および引火物を搭載せる飛行機等少々。消火可能なる場合に撃沈は困難にして爆撃による航行不能あるいは撃沈を目途とする場合には防御甲板下における炸裂を企図するを要す。
#まず、数次の戦訓から「爆弾による空母の撃沈は困難」と前振りがあります。
すなわち英空母「イラストリアス」以降の空母に対する攻撃は雷撃または防御甲板下における炸裂を企図せる爆撃法を用いるを要するも現用九九式艦爆をもって飛行甲板を破壊発着不能とならしめ艦攻による雷撃または水平爆撃によりとどめを刺すを適当とすべし。
あの〜・・これって、米空母に対する攻撃法と変わらないんじゃないか?と思ったのは私だけでしょうか?
また、輪形陣に対する攻撃方法としても、わざわざ一章を裂いています。
「輪型陣に対する攻撃法」
輪形陣に対する攻撃法としては一部兵力をさき警戒艦を制圧するを可とし又急降下水平爆撃雷撃の同時攻撃を実施するも一法なり。
これだけです(笑)ホントですって。
なんとも教科書通りの受け答えで二の句が告げませんが。私でも考え付く様な戦法です。この通りに行けばなんの問題も無いのでしょうけれども。
これで、我が海軍が研究していた「英空母」攻撃法の紹介を終わりますが、英海軍もここまで詳細に「イラストリアス」級への攻撃方法が検討されているとは露にも予想してはいなかったでしょうから、彼女らにとっては太平洋戦線への投入が、あらかた戦争の行方が決まった火事場泥棒的な時期であったのは寧ろ幸運であったのかも知れません。
終わりに
このコンテンツが、いかな分館とはいえ、伝統と格式のある「WARBIRDS」の末席を汚すのは甚だ心苦しいのですが。その「心苦しさ」の原因は、元論文の「やっつけ感」「仕方なし感」にあるのは否定出来ません。
この論文の表紙には「要回覧」と朱書きされており、f0及びfB飛行隊長の署名が鉛筆でなされています。が、中身には書き込みも無く、熱心に閲覧された気配もありません。
察するに、この論文は若年士官の「宿題」程度に作成されたものである可能性が大きいと思われるのですが。この辺に「横須賀海軍航空隊」の研究機関としての限界を垣間見た気がするのは私だけでしょうか??
参考資料: | 「英空母に対する攻撃法」 |
| 「戦史叢書」各巻 |
| 「The British AircraftCarrier」 |
| 「英国航空母艦史」 |
| 「世界の艦船」各巻 |
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