帝国海軍潜水艦伝習所 補講


「先任、排便許可願います!」
−遂に日の目を見た潜水艦厠使用法−



旧式兵器勉強家 BUN
bun@platon.co.jp




 先般、帝国海軍潜水艦の持つ優れた特徴のひとつであるところの、深々度潜航中でも使用可能な水洗便所システムについて紹介しましたが、若干検証の不徹底、誤記などもあり、正確な様子を皆さんに伝えることができず、まことに残尿、否、残念な思いでしたが、このたび潜水艦における便所の使用法と便所当番の仕事について、貴重な一次資料に目を通すコ−ウン、否、幸運に恵まれましたので、謹んで報告申し上げます。

 旧式の海大型などの潜水艦では、Uボート等と同じく、ポンプ式の便所を装備していた為に、潜航中は便所の使用が不可能で、小便はバケツを用いて行い、大便はもっぱら忍耐によって浮上まで持ち越す、という勇壮な対応が必要で、度重なる潜航を余儀なくされる場合、艦内の非便所区画での床への排便が行われていたらしいことが、当時の乗員の手記などから伺うことが出来ます。
 こうした状態は、清潔、不潔を通り越して、艦内の士気そのものの崩壊にもつながりかねない重大事でしたので、長期航海を前提とした伊号潜水艦の便所の改善は新造艦ごとに急速に実施されたようです。

 伊号潜水艦の立派さについては本講座では幾度となくお話してきましたが、実のところ少々不安がありました。それというのも、世界に冠たる伊号はまだしも、日本の潜水艦隊の一部を構成する更に小型の潜水艦である、呂35型などの中型、呂100型などの小型、また更に艦型の小さい波号、たとえば潜輸小などでははたして諸外国に誇れる装備を受け継いでいるのだろうか、実は艦型の小ささに妥協して貧相な便所設備でお茶を濁していないだろうか、と資料も無いまま、ただひたすらに気を揉んで過ごして来ましたが、今回入手した資料は、小型も小型、三等潜水艦の潜輸小、波101型のものでありました。

 波101型は昭和19年から続々と竣工した輸送潜水艦であり、雷装は持たず、ただひたすらに隠密輸送に専念する地味なら危険で勇気の要る任務についた潜水艦です。この型の潜水艦の行動によって敵艦を沈めることは一切ありませんでしたが、餓死の危機に瀕した孤立した島嶼守備隊がいくつも救われることになったのですから、これはこれで、立派に活躍した潜水艦なのです。
 直線を多用した思い切りのいいデザインも戦時の潜水艦らしく、なかなかに魅力的ではありますが、だからといって全てが簡略化されてしまった訳では無く、伊号潜水艦の持っていた先進性のいくつかをしっかりと受け継いだ艦といえます。例えば、乗員の寝床は、このような小さな艦であるにもかかわらず、驚くべきことに、士官用のソファ兼寝台2台、吊寝台2台、物入兼寝台1台に、兵員用衣服函兼寝台1台、吊寝台15台と、ちゃんと定員21名の人数分確保されており、潜水艦後進国であるドイツの前時代的なUボートとは異なり、悪名と臭気高きホットバンクではありませんし、艦内の空気浄化装置も苛性ソーダ缶百個とその保持器一個が装備されています。武装は25mm機銃(弾薬1000発)のみですが、他に十四式拳銃3挺(弾薬360発)と九九式小銃2挺(弾薬600発)が装備され、他に目立つ装備としては、九九式測深儀と九七式山川燈(赤外線ライト)一組が目に付きます。

 このように装備盛りだくさんの波101型潜水艦ですが、肝心の厠は何処にあるかといいますと、艦橋後方の機械室前部左舷に孤立した個室として士官及兵員用厠が配置されています。その斜め後方右舷にあるのが波101の三度の飯を司る烹炊室です。
 士官及兵員用とあるように、波101型の便所は士官、兵員共に同じ便所を使用し、同じ釜の飯を食べていたことが判ります。何分小型でもある上に、大きなスペースを輸送用の船倉として裂いている為、士官用の諸設備は非常に簡素なものになっています。
 では、潜水艦便所ファン待望の艦内厠使用法をご紹介いたします。

 まずは、この図をご覧ください。これが、艦橋後部の機械室左舷に位置する艦内厠の断面図です。


  艦内厠の断面図[199KB]


 この図の如く、便器は和式、水洗用の水は艦外から海水を取り込んで使用していたことが判ります。便溜タンクは重油タンクの中に作り付けになっているようです。斜め上方に見える半円形は補助タンクです。
 構造としては、水上でも、水中でも、洗浄弁を開いて海水を舷外から注水して、便器の大小便を流して汚物タンクに流し込む、ごく真っ当な海水式水洗便所です。汚物タンクの中の空気は、汚物が流れ込むとその分は配管の途中にある臭気止器を通じ、艦内に放出されます。臭気止器の内容は未だ不明です。
 汚物タンクは他のタンクと同様、減圧空気によってブローすることができます。日本潜水艦のトイレが潜航意中でも使用可能であったのはこうした人の生活に重要な部分にかなり贅沢な機構を採用していた為なのです。

 さて、トイレがあれば使用規則があるのが学校と軍隊の常です。 まあ、行って見ましょう。

艦内厠使用法


 1. 室内に入り洗浄弁を開き便器を瀑し用便後再び洗浄弁を開き汚物を流す。

 はい、これだけ、実に簡単です。これなら、明日からすぐ使えますね。これからは諸兄は帝国海軍潜水艦の中でウンコしたくなっても、もう我慢する必要はありません。浮上、潜航問わず使える素晴らしい便所を堪能できるのです。良かったですね。

 しかし、波101には21人しか乗員が居ませんし、その内最低4人は士官ですから、当然便所当番は割と早く巡って来ることでしょう。次は当番の仕事です。

当番兵の処置(水上水中共)


1. 「ナ」、「ガ」、「シ」弁を開放
  但し深々度特令にて全ての弁を閉鎖す


 はい、ここに注目です。給水関連の三つの弁にそれぞれナ弁、ガ弁、シ弁と振って「流し」関連であることを印象付けようとしたこのマニュアルの製作者の心遣いに注目しましょう。帝国海軍は公式文書である兵器の取扱説明書上においてさえ、機会があれは、こうして洒落を飛ばす用意と度量があったということです。
 次に移ります。


2. 排便
  イ 「ガ」 「シ」弁を閉鎖の上 先ず関連装置を有する符号 「ハ」弁を開き 後に符号 「イ」弁を開きて空気ブローをなすこと

  ロ 空気ブローすること約四十秒にして圧力計指針が急に降下した時 先ず符号 「イ」弁を閉じ 後に符号 「ハ」弁を閉鎖す


3. 残圧抜
  符号 「ガ」弁を開放
  但し深度40mにてブローせし時は焼く十五分かかりて残圧を抜くものとす


4. 排便は先任将校の許可を受くべし



 ううむ、凄いですね。ここでは汚物タンクの内容物を艦外に捨てる作業を排便と称していますが、この排便関連の弁は「ハ弁」と「イ弁」でハイ弁なんですね。これはナガシ弁より遥かに高度な駄洒落です。書き進むごとに冗談がしつこくなる性格の技術士官が帝国海軍には居たということなのでしょう。まことに海軍の人材の豊富さには感心することしきりです。
 しかし、この作業、潜水艦の便所当番の仕事、少し難しくかつ危険ではないでしょうか?
 先の図にある弁の配置を考えて上記手順と照らし合わせると、弁の操作ミスによって、汚物タンクの内容物は逆流してくるのではないでしょうか?あまり深く考えたくありませんが、そんな気がします。
 やっぱり気楽にウンコしてる方が便所当番よりはるかに楽です。でも、来週にはきっと便所当番が回ってきますよ。


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