☆:轟く砲声っ!
★:噴き上がる水柱・・・
S:うぅむ、萌える漢の大艦巨砲主義っ!


魚雷は大人になってから・番外篇
風に負けないハートのかたち



☆:いきなり妄想モードに入ってしまいましたね
  大きなオトモダチの皆さん、お元気ですかー?
  佐祐理はいつも笑顔で元気ですーっ
  アシスタント1号、倉田佐祐理18歳ですーっ(ぺこり)
★:つい、調子に乗ってしまいました、反省しています
  なんで私のフィギアって少ないんでしょうね、ちょっとだけ残念です
  アシスタント2号、天野美汐15歳です(ぺこり)
S:暴走オッケー、妄想サイコー、いけいけ僕らの巨大戦艦っ!
  誰がなんと言おうと、俺は戦艦が大好きだーーっ!
  今回はノリノリで行きます、大艦巨砲主義者のSUDOです
  テーマは水上砲戦だーっ!

★:今までやった『魚雷』と重なるものなのですね?
S:うん、そのつもりで行くよ
  巡洋艦以上の大型戦闘艦艇の公算射法を中心とした考察だけにしちゃうけどね
★:面倒だからですね
S:そのとーり



第一章『 Nameless Melodies 』


S:まずは、砲撃という物が、軍艦に対してどういう効果を持つものなのかのおさらいだ
☆:ボコボコにして撃沈する兵器ですねっ
S:はずれ
☆:はぇ〜?
S:撃沈は結果であって、目的ではない
★:それは、戦術とか作戦要求から来るもので、戦闘の次元では異なるのでは?
S:戦闘レベルで言っても、砲撃とは撃沈が目的ではないんだ
  砲撃とは、敵艦の戦闘能力を奪う為の物で、撃沈するための物じゃないんだ

砲弾の飛来 HIJMS 笠置 1898

S:砲弾はこうやって飛来するから
  基本的に船体上面を破壊する事しか出来ない、撃沈には浸水を発生させないと難しいから
  船体の舷側のかなり低いところ、つまり水線付近だな
  そこに命中させて、外板の継ぎ目を浮かせたり破口を発生させる事で浸水を起こさせるのが一般的になる
  そして、大抵の軍艦は細かく区画を作っているから、多少の浸水では沈没しない
  魚雷が、撃沈を目的とした兵器であったのに対して
  砲撃とは、戦闘能力奪取が第一目的の兵器だったんだ
  勿論、撃沈は最高の戦果だよ、沈没しちゃったら、当たり前だけど戦闘能力も無くなるからね

☆:じゃあ、砲撃よりも雷撃の方が有効ですねっ
S:そうだね、大型軍艦を仕留めるという観点だけで見るならそうだ
  但し、軍艦に魚雷を当てるのは大変だったよね
★:確かに、洗練された雷撃戦術とか様々な前提条件が有ります
S:砲撃では敵艦は沈まないかもしれない
  だけど、戦闘能力を奪う事は出来る、そしてそうなれば雷撃だって簡単だな
  砲撃は、敵艦の戦闘能力を奪うものである、それを先ず理解しておいてくれ

S:んでは、時代ごとの発達の流れを
  相変わらずのイイカゲン斜め方向からの考察で考えてみよう



第二章 『勇気の神様』


S:帆船時代の戦闘は色々あったけど
  極端にいうと陸戦の攻城戦と同じようなものだ
  何とかして、自分の兵隊さんを敵艦に乗り込ませて、奪うなり焼き払うなりする
  その為には色んな手段を使って敵艦の行動能力を奪う必要があった
  この手段の一つが砲だったと言っても良い
★:それがそのまま来てしまったのですね?
S:まあ、色々と紆余曲折は合ったんだが
  帆船時代の軍艦の類別は、単純に言うと「大きさ」が全てだった
  大きいから沢山の砲と沢山の人間を乗せられる、砲の数と水兵の数が「強さ」だったと言っても良い
  ところが敵の砲弾を弾き返す装甲と自由な機動を保障する機関の登場は
  軍艦の強さを火力だけでは表現できなくなったんだ
★:それまでの艦艇では機動力は同じだったのですか?
S:基本的には、大きな奴は遅いけど、そんなに極端には違わない
  例えばヨットレースを見ても判るように、機動力は人員の技量でも大きく変わってくる
  少なくとも後の時代ほどには、船舶の速度性能は重大ではなかった
  火力の方はわかるね
☆:相手を叩きのめす時間ですねっ
S:攻撃の手数と耐久力で、どちらが先に音を上げるかというチキンレースが殴り合いの基本だ
  例え頑丈で強靭な材木使っていようと、所詮は木製だから、耐えられる限度ってものがあるから
  相手を先に始末する、つまり火力の高さが強さだったんだ
  まるで、拳で殴りあうようなものだね、タフさも重要だけど、それ以上にKOできるパワーが欲しい
★:これが蒸気機関と装甲で変化したんですか?
S:それまでは、火力=単位時間あたりの投射量で勝れば良かった
  装甲の登場は、艦艇の類別を全然違うものにしてしまったんだよ
  装甲も火力も一面として「デジタル」になった>通用するかしないかだ
  通用しない、つまり幾ら撃っても無駄って部分が出てきたんだ
  南北戦争のモニターとヴァージニアの殴り合いが有名だね
  双方は無茶苦茶な殴り合いを演じたけど、決定的な結果は生まれなかった
  あれ、どっちかが普通の従来型の船だったら簡単に終わってるよね
  つまり、装甲艦に対抗するには装甲艦が必要である事がここで証明された
  軽艦艇では水雷兵器に走ったけど、大型艦は別の方法論を探す事になった
  一つは火力と装甲で上回るという奴だ、つまり同じ方法論
  そしてもう一つが火力だけでも何とかしようという方向だ
  つまり、火力と装甲の相対的な能力で比べっこする場合
  敵艦との相対的な能力を2つの次元で比較するから、4通りのパターンになる
☆:えっと・・・
  A:防御・優位 火力・優位
  B:防御・優位 火力・劣位
  C:防御・劣位 火力・優位
  D:防御・劣位 火力・劣位
S:そう、この4通りのパターンだ
  従来の艦艇の戦闘はDの場合に相当するんだな
  ベストはAのパターンだけど、これはつまり敵より大きく強力な艦が必要だ
  南北戦争の装甲艦の殴り合いはBだな、双方の火力は敵の装甲に通用しなかった
  そして穴場はC、敵の火力に耐えられなくても、敵の装甲も無効にできる火力だ
  水雷はこの変形だったけど、運用に制限がある
  敵の装甲をぶち破れる大火力があって、装甲皆無に近い艦艇っていうのは一つの考え方だったんだ
★:防御が不足していませんか?
S:敵の装甲が役に立たないなら、敵も防御不足じゃないかな
  戦闘とは相対的なものだから、双方の防御性能が実質的に同じだったら
  あとはどっちが先に力尽きるかという、昔ながらの火力を使ったチキンレースだ
  その時、例えば充分な防御を施せる艦は大きいからタフだとかそういった部分はある
  だけど、先に上げた、火力と装甲のデジタルな比較の次元でなんとかしないことには
  このチキンレースに参加する資格すら得られないんだ

S:あえて断言する
  敵の攻撃に耐えられない装甲は紙と同じ、無駄、ゴミ、邪魔
  装甲防御とは ALL or Nothing が基本なんだ
  防御に回すリソースを攻撃力に回す方が正しい、これが艦艇の基本だと思ってくれ

★:もう、いきなり戦艦否定に走ってますよね
☆:だから魚雷の人なんですよっ



第三章 『空より近い夢』


S:では基本は火力にありとして、次だね
  装甲と大砲の果てしない競争の始まりだ
  南北戦争で、装甲艦がそれまでの帆船や蒸気船を一方的に粉砕するという事態が起きた
  つまり、当時の大砲では分厚い鉄板を貼った装甲艦を叩く事が出来なかったんだな

  これは両軍の装甲艦が殴り合って実際によーく判った
  言わば鎧武者が素手で殴りあいしたような物だったんだ

  じゃあ、どうする?

★:その一つが水雷攻撃、つまり後の魚雷だったんですね
S:うん、だけど、当時の水雷攻撃は自殺的特攻兵器に極めて近い
  あんましよい方法じゃ無いね
☆:大砲の威力を上げるのは駄目ですか?
S:そうだね、佐祐理んの言うとーり
  強力な装甲貫徹能力の高い武器を作る
  これがいちばん簡単で単純で直接的な解答だったんだ
  ようこそ『大艦巨砲主義』の世界へ

★:強力な大砲は、つまり大きく重たい、巨砲になり
  それを搭載する艦艇は大きくつまり大艦になるのですね
S:徹甲弾がマトモに存在していなかった時代だからね
  とにかくでっかい大砲を積む事で威力を稼いだんだな
  そして、そうしたバケモノの限界を証明したのがリッサ沖海戦だった
★:19世紀半ば、イタリアとオーストリアの戦闘ですね
S:この戦闘はイタリア軍にミスが多く
  オーストリア軍は明快な作戦目標を持っていて、イタリア軍にはそれが無かった
  1942年にミッドウェイで起きた事とよく似ている
  どっちがどっちなのか言わなくても判るだろう
  そして、ここで両軍の装甲艦の巨大な大砲は実質的に役に立たなかった
☆:ふえ?
★:何が悪かったのです?
S:南北戦争でもわかる事なんだが
  当時の大砲の性能と照準技術では
  遠距離で高速で走る艦艇に命中を与えるのは大変だったんだよ
  そして、大きな大砲は射撃速度が遅い、数分にイッパツぐらいだ
  敵艦が、全速力10ノットで突っ込んできた場合、凡そ毎秒5mで接近するんだ
  リッサのときは斜め前方から突っ込んできたから、合成すると接近速度は毎秒7〜10mになる
  初弾を4Kmぐらいで撃ったとしよう、次を狙うまでに5分かかったら?
★:300秒ですから、2〜3Km移動しますね
☆:えっと・・・距離1Kmっ?
S:これだけ距離が動かれると、最初に撃った砲弾の結果を次の射撃の参考にする事も出来ない
  そして、敵は目の前だ、もう接触される
  この時代だと4Kmとは相当な遠距離射撃だったから
  リッサのオーストリア軍が考えたように
  体当たりして艦首の衝角で敵艦に大穴を開けるつもりだったら・・・
☆:一度か精々二度の射撃に耐えたら体当たりが出来ますっ!
S:大砲の射撃速度が低くて、射撃精度が悪かった時代なんだ
  まだ帆船時代のそれと大差無い射撃システムだったんだな
  帆船は砲数を沢山積んで射撃精度を補ったけど
  装甲艦の大口径砲は大きいので沢山は積めない、大きいので射撃速度が遅い
  つまり、武器としての実効性が全然無かったんだ
  この海戦の結果、装甲で身を守りながら体当たり突撃をかますという用法が流行ったりもした
★:・・・・馬鹿っぽい
S:これは装甲と火力の競争で、装甲が優位に立ったからだね
  そして、装甲では敵艦を潰せないから、潰すための手段を別に用意する必要が有ったんだ
  結構長いこと、この艦首の体当たり装備は残され、形を変えて第二次大戦でも行われたんだ

S:この頃の装甲艦、つまり戦艦のご先祖様はこんなスタイルだった
ご先祖 HMS Colossus 1886
☆:前に撃てないんですか?
S:上から見ると、こんな感じだね
上からご先祖
★:前にも一応撃てるんですね
☆:でもなんで、こんな変な格好なんですか?
S:その前はこんなんだったんだよ
さらにご先祖 Richielieu 1875
☆:あははーっ、帆船ですーっ
S:こいつの場合、舷側に2基の旋回式、艦首に1基の大砲があるね
  でも、一番威力のあるのは、中央舷側に3つ並んでる奴の方だ
★:何とかして広い範囲に射撃できるように努力してみましたって所ですか?
S:そうだね、帆走が残っているのは燃料搭載量の問題も有ったんだ
  戦闘時のブースターがエンジンって感じかな、巡航は帆走に頼る部分が大きかったんだね
☆:確かに、これと比べると、物凄く進歩していますねっ
S:一応船体上部をギリギリまで削ってるから前後にも
  まあ左右の砲塔の片方ずつ、つまり2門が向けられるね
  これは多少でも目標が左右にずれちゃうと反対舷の奴は使えないけど
  そうしたら左右の砲塔のどっちかは全力に近い射撃できる
  つまり前後には一応なんとか2門が向けられる
  左右は反対舷の奴がどれだけ使えるかだね
★:真横から見た限りでは問題なさそうですが
  上から見ると・・・かなりの制限がありそうですね
S:こういった配置を梯型配置と言って
  何とか左右に両方の武器を向けたいって時に採用される事があるんだ
☆:素直に、もっと長くして中央に置いたら?
S:そしたら前後方向への射撃が制限されちゃうでしょ
☆:そっか、じゃあ、これはこれで正解なんですね・・・
  でも、なんで無理に船体中央に置いているんですか?
S:重たいからだ
  巨大な大砲をなるべく船体に悪影響を与えず搭載するには真中が良い
  それに、大砲が装備されている高さを見てごらん
★:物凄く低いですね
S:つまりは安定性の問題なんだ
  でも、やっぱり前後に普通に起きたいよね
  だから何度も各国で挑戦しているんだ
挑戦してみた HMS Trafalgar 1890
☆:でも、これだと波を被ってしまいますね・・・
S:そう、このタイプだと外洋で敵艦を追っかけるのは難しい
  前後に2門、左右に4門と物凄く強力な火力を発揮できるけど
  沿岸防衛ぐらいにしか使い道が無い、困った物だ
★:大砲の重さに耐えられる浮力を持った船体が欲しいですね
☆:つまり大きな船が有ればーっ
S:そう、大きな船体は重武装をするにはどうしても欲しいってのが判るよね
  それと、重たくない強力な大砲や、重たくない装甲も欲しい
  大型装甲戦闘艦の開発とは、重量と浮力のバランスの模索でもあったんだ

S:さて、これは大砲のお話だ
★:なんか、大砲の無力さを痛感させるハナシばかりですけど?
S:ここからが本題の始まりなの
  どうやって大砲が強力な武器になっていったのかを見ていくんだ
★:でも、大砲では敵を叩けないんですよ
S:体当たりにも問題はある
  ぶつかって停止したところで至近距離から目標とその周辺の艦からぼかすか撃たれるし
  木造艦なんか体当たりしたら自分の艦首が潰されたってのも出た
  実際に大口径砲弾の威力は大きく、砲弾を喰らった奴は酷い目にあってる
  つまり、大口径は射撃システムさえ何とかできれば役に立つ武器だったんだよ
  ただ、使いこなすというか、その性能を引き出す方法がまだ無かったんだ
  それを今度は考えてみよう
☆:装甲と火力を活用する戦術の発達ですねっ
S:どっちかというと否定するような話になるんだがな・・・



第四章『 uneasy 』


S:手段の一つはコレだ、黄海海戦
☆:19世紀末期、1895年でしたっけ?
★:明治27年だから、1894年です
S:相変わらずみっしーはイヂワルさんだ
  さて、この戦闘は有名だね、細かい事は抜きにしよう
  小柄な新型巡洋艦を中心にした日本軍と、大型の装甲艦を中軸とした清軍の殴り合いで日本軍が勝った
  勝った理由は手数とか戦術なんだけど、まあそんなのはどうでも良い
  ここで登場したハードウェアの一つ、速射砲の持つ意味だ
★:速射砲による手数で圧倒したんですね
S:結果とかはどうでも良いんだが
  この大砲が持つ意味は、政治的に色々あるとか、まあ言い出すと限が無いんだが、全部飛ばす
  こいつは、照準を固定したまま装填が出来る、それだけ、そしてそれが全てだ
☆:照準を固定したままって?
S:今までの大砲は、一発撃つと大砲ごと後ろに下がる
  もっと前の時代の奴だと、後って言うよりは、どっか後の方へ下がるっていうのが正しい
  そうなると、大砲を元の場所に戻して、次の砲弾を装填して、もう一度照準を付ける必要がある
  エアガンとかで試してみると良い
  一発撃つ毎に手を動かしてごらん、照準を付け直すのは難しいだろ
  速射砲は、撃った反動で砲身はスライドレールを下がるけど照準装置はそこから独立しているので照準は動かない
  だから装填が終われば引き金を引くだけで、同じ照準で射撃が出来る、つまり前の照準データを流用できる
  これで弾着観測と修正という作業が実効性を持ってくるんだ
★:例え弾着が判っても、元の照準のデータが無いので有効な修正は難しいですね
S:近距離だったら、照準しなおし、修正なしでも、技量次第だが、まあそれなりに当たる
  だけど照準しなおしにかかる無駄な時間は勿体無いよね
  これが速射砲が齎した最大の恩恵だったんだ
☆:でも、この黄海海戦では両軍の射撃精度は似たような物だったようですけどーっ?
S:そう、近距離戦闘だったから、毎回照準しなおししてもそれなりの精度になる
  波が無くて穏やかなべた凪だったのも大きいね、これなら狙いはしやすい
  だから日本軍の勝因は速射砲による手数だったんだけど
  システムとして弾着観測と修正を運用できるようになったのは意義がある
  だが、この海戦ではまともな弾着観測はやってないだろうね
★:せっかく可能な構造だったのにですか?
S:敵艦の周囲に沢山の砲弾が落下した
  良い狙いのもあればかなり拙いのもある
  さて、それぞれの砲手は自分が放った砲弾がどれだか判るかな?
☆:無理ですーっ
S:そう、ほぼ無理だ、だから観測が出来ると言うのはあまり活用できなかった
  だけど、まったくやってなかったとも言えない
  それを有効活用できるだけの方法論がまだ存在しなかったと言えるな



第五章『 Days of promise 』


S:さて、次に行こう
  速射砲の持つ意味の最大の部分は照準が動かない事だったな
  これは別に速射砲で無くても良いんだ
  砲に与えた射撃諸元が狂わなければ、どんな大砲でも良いのだ、ここを忘れちゃ駄目だよ
  よく誤解されるんだが、ここは大事なところだからね
☆:射撃結果を保存しておいて、それを弾着観測結果と比較して書き直して、また再利用するんですねっ
S:そう、このフィードバックを行う事で、射撃精度を高めて行くのが照準の基本だ
  さて、日露戦争だ
  日本海海戦で日本軍が行ったのがこの方法の応用だったんだ
★:応用ですか?
S:日露戦争では照準装置の発展もあってかなり遠距離で戦った
  結果、全然射撃が当たらない
★:弾着観測が出来ないのでは難しいでしょう
S:考えられた方法の一つが、決められた大砲だけで試し撃ちしてその結果を他の大砲と共有する
  照準でずれやすいのは距離だから、距離をそれで確かめるんだな
  それで「大体このぐらい」と判明したら、それを各砲に伝えて、あとは勝手に撃たせる
  双方の艦艇が激しいダンスをしていないなら、そして距離がそんなに遠くないなら悪くないやり方だ
  だけど、最初に決めた距離から敵艦が出ちゃったら駄目だよね
  そうなったら射撃を止めさせて、また試射をしないと行けない
  試射してるのは敵からも判るから、試射のあと急な運動をすれば中々簡単には捕捉出来なくなる
★:なるほど、遠距離だと全然当たらないわけですね・・・
S:日本軍が行ったのは
  一つの照準で主砲だったら主砲を全部それに従わせると言う奴だった
☆:えっと・・・?
★:一つの照準ですか?
S:方位幾つ、仰角幾つという射撃データを主砲射撃指揮所が出す
  そうすると各砲塔はそれに合わせて砲を動かす、そして「撃て」
  この場合、多少のバラツキは兎も角、全部の砲弾は同じ所に落ちる
  弾着観測は楽だぞ、どれも同じ所に落ちるんだから「どれが俺の撃った砲弾だ?」なんて事が無くなる
★:照準データの共有ですか
S:そう、これで、弾着観測の精度は思い切り引きあがった
  試射して修正して全力射撃の場合、試射は観測と修正が行われるけど、以降の射撃では修正は基本的に行われない
  ところがこのやり方だと、どの射撃も観測と修正を行える、結果として精度は大きく上がる
  今まで、単に火力最大を表す言葉でしかなかった斉射が照準に使われることになったんだ
  そして、これで有効戦闘距離が大きく引き伸ばされる結果になったんだ
  日本海海戦では日本軍は1万mでも有効射撃を送れたんだ
  ただし、敵戦艦の装甲をぶち破れるのはもっと近い距離だったんだけどね
  斉射の登場は戦闘艦の意味を少し変えていく結果になったんだ
☆:凄いですねっ、新しい射撃方法を編み出したんですかーっ
S:英国が考え出したんだと思うよ
  日本は英国とは密接な関係を持っていたから
  そういった用法を積極的に導入したって程度だな、既存の兵器を最大活用するための方法としてね



第六章『 Never forget this time 』


S:さて、日露戦争の一つ前、日清戦争の黄海海戦に戻ります
☆:ふぇ?
  もう終わった事ですよーっ
S:あのね、日清戦争と日露戦争は10年しか違わないんだ
  確かにその間の技術の進歩は凄いんだけど、ソフトウェアは極端には変わっていないんだ
  そして、日清戦争で示された物は、日露戦争で示された物よりも有る意味深刻な部分も有ったんだ
  照準システムは日露戦争時に完成したので、他の事も見てみよう
★:他ですか、速射砲の砲弾の雨で勝利したんですよね
☆:あれ?
  日本軍の速射砲って、装甲を叩けたんですか?
S:よく気が付いたね、今度はそこの問題だ

S:まずは、装甲艦以外の艦艇を考えてみよう
  当時、木製の船体から急速に鋼鉄船体に切り替わっていたんだが、基本的に装甲は無い
  装甲を持つのは装甲艦だけだ
  これは上で言ったように、装甲は役に立つレベルの物で無いと意味が無いからだね
★:つまり、装甲艦という、言わば戦艦級の艦艇以外では装甲を張る意味が無かったんですね
S:そう、だけど防御は欲しいよね
  そこで考え出されたのが傾斜装甲だ
傾斜装甲
★:甲板に装甲を張るんですね
☆:これだと効果があるんですか?
傾斜装甲2
S:こうやって飛来する砲弾は船体に貼った薄い傾斜装甲甲板に浅い角度で当たる
  そうなると避弾経始の効果がかかって数倍の厚さの装甲と同等の耐弾力を持つ事が出来る
  甲板の装甲の下には機関部とかを置いて、更に甲板の舷側に接するところをこのようにする事で
  水線付近に出来た破口から浸水するのを局限してある、中々良く出来た構造で
  これが当時最新の装甲の貼り方として登場したんだ
★:これなら装甲艦は要らないですね
S:これは敵の砲弾が貫徹しないだけだ
  中に突っ込んでくるのは変わらないから、甲板で食い止められた砲弾はそこで爆発する
☆:致命傷にはならなくても損害は受けるんですねっ
S:これは最初から判っていた事だ
  だから大型艦艇は表面にも装甲を張って、裏側にこうした配置をした甲板装甲を持つようになってる
  そして小型の艦艇はこの傾斜装甲だけで多少は防御するってスタイルになっていたんだ
☆:損害を受けるのが判っているなら、あんまし意味は無いですよねーっ
S:そうだね、だけど、数発では致命傷にならないんだから意義は大きかったんだ
  例え自分より弱い敵でも下手なところに攻撃を喰らったら、それが致命傷になったりする事がある
  この傾斜装甲による防御はそういった『事故』を防げるんだから以外と魅力的だった
  そして、この黄海海戦で問題を露呈したんだ
★:貫徹されなくても、船体内部に砲弾が入ってきて爆発するからですね
S:そう、最初から判っていたんだ
  だけど、それまでの大砲の射撃速度なら、そんなに無茶苦茶な手数を浴びせられるとは思っていない
  それだけの時間が有ったら、敵に反撃するなり逃げるなり何か出来るからね
★:もしくは、端から相手にならないほど戦力が違うので、気にしても仕方が無いか・・・
S:そう、ところが黄海海戦では、同レベルの戦力のはずの日本艦がとんでもない手数を浴びせて来た
☆:致命傷にはならなかったんですよね?
S:軍艦には要らない物なんて無いんだ
  どっかが壊れたら確実に戦闘力は低下する、それが一瞬で全部にならないだけで、失血死も有るんだ
傾斜装甲3
★:つまり、これでは防御が不足していたんですね

S:そう、そして、これは装甲艦でも同じ事だった
  当時の装甲艦は重要部だけ装甲をしていた
  だから装甲していないところは同じように吹き飛ばされちゃった
  この問題も当初から指摘されていたんだけど、現実として現れちゃったんだな
  面白い事に、大体、前から判っていた「穴」に砲弾が突っ込む傾向が有るみたいだ
☆:マーフィーの法則ですね
S:うん、装甲は穴があるとそれが致命傷に繋がる事が往々にしてあるようだ(笑)
  さて、こうなると、強力な大口径砲弾を使わなくても効果があるのが判ると思う
★:例え装甲艦でも弱い部分は往々にしてあるので
  速射砲で叩きまくるのも有効ですね
S:そうなんだ
  だから戦艦は副砲も沢山載せる方向に走った
  防御不十分なところに当たれば大きな被害を与えられるし
  そして軍艦は装甲艦でも防御の弱いところが沢山ある、手数で押せば弾の何割かはそこに当たる
  この時点では、主砲と副砲は同列の存在だったんだ
  手数と威力を二種類の武器で相互に補完しあうわけだ
  そして、マトモな装甲をしていない艦艇はこの急速に発展した火力の嵐の前に無力な存在になってしまった
☆:装甲の必要性ですねっ
S:取りあえず敵の副砲だけでも何とかできるような装甲は欲しいよね
★:主砲には耐えられなくても良いのですか?
S:そうだね、ちょっと計算してみよう
  当時、19世紀末から20世紀初頭の一般的な大型戦闘艦の武装は主砲2〜4門、副砲が片舷で4〜6門だ
  大抵の場合副砲は6インチの速射砲で、射撃速度は毎分5発、弾頭は45kgぐらいだから
  投射量は1門あたりで毎分225kg、カタログ数値だから実際はもっと小さいけどね
  主砲は物によって大分違うんだが、8〜12インチ砲で、毎分1発前後、弾頭は100〜400kg
  つまり投射量は、毎分300ちょい、つまり副砲1門の威力は主砲の半分以上、場合によっては同等
  しかも砲数は副砲のほうが多いから、大型艦艇の火力の半分は副砲による物なんだ
  もし副砲に耐えられる防御を持っていたら、敵の火力を半分にしたのに等しい効果を期待できる
☆:これは大きいですねっ
  しかも距離が遠ければ主砲にも耐えられるわけですし
★:となると、軽艦艇から砲弾の雨を受けて戦闘不能になるという事態も防げます
S:以降、第一次大戦末ぐらいまでの大型戦闘艦は比較的広い範囲に装甲を張るようになったんだ
☆:その理由の一つがコレなんですねーっ
S:そして、技術の進歩から今までの半分の厚さで、つまり半分の重量で同等の防御力を持つ新型装甲が登場した
  これで、広い範囲に装甲をする重量の余裕が作り出せたんだ
☆:武装を強化して防御も強化できたんですねーっ
S:さて、こうなると副砲の効果が落ちちゃうね
  だから副砲をもっと強力にしたり
  副砲と主砲の中間ぐらいの大きさの大砲、中間砲を追加装備する奴が出てくるんだ
  20世紀初頭から出てくる大型戦闘艦は、場合によっては、主砲、中間砲、副砲の三段構えになるんだ
  試射をして距離を掴んだら、全火力をそれに向かって乱射して揉み潰す、そういった戦闘を想定していたんだ
  主砲は当たれば大抵の場合効果が有るけど手数が無い
  副砲は装甲してる場所に当たると無力だから手数の割に効果が無い
  中間砲は両者の中間ぐらいの効果があるので
  装甲範囲の広がった新世代大型艦と戦う場合には有効だとされたんだ

☆:佐祐理が思うにはですね、主砲の数を増したら良いのではないかと・・・?
S:うん、そういった考えも有ったよ
  だけど幾つかの問題がある
★:主砲の数を増やすのが難しかったのですか?
S:そう、じゃあ、もっと時代を遡って、装甲艦、そして戦艦への発展の流れを見てみよう



第七章『とまどいのなかで』


S:装甲を施した艦艇の登場だけど
  最初はそれまでの帆船っていうか蒸気船と大して変わらない
  船体に鉄板を貼って、代わりに大砲の数が減ったぐらいのもんだ
  だけど、それでも重さは相当な物で
  これに蒸気機関の重量が入るから、船体は大きく沈み込んでいる
☆:じゃあ、乾舷が足りなくて戦闘能力が不足しますねーっ
S:そうなんだ、それまでの帆船時代、武器しか載せていなかった軍艦は
  装甲と蒸気機関も載せる、当然これで充分な戦力を発揮するのは困難だ
  船体に積める重さは決まっている、それを全部武装に使うのと
  武装・装甲・機関に割り振るのとでは、全然違ってきてしまう
  対応策は簡単だ、船体を大きくして、積める量を増やす
★:大きくすると積載能力が増加するのはわかりますが、その分、機関とかに必要な物も増えるのでは?
S:うん、倍の大きさ、つまり重さの船は、必要な馬力も倍になる
  つまり機関の重量も倍になる
  だけど、倍の重さの船は積載能力は倍以上あるんだ
  武装や装甲に回せる比率は大きくなるんだ、つまり倍の大きさの船は倍以上強い
  問題は、大きな船を造るのが大変だったって事だな
☆:材料だけでも沢山必要ですよねーっ
S:何千トンもの鋼鉄を用意するのは無茶苦茶大変な事だね
  大規模な工廠を用意して沢山の鉄鉱石を集めて、コストも物凄い
  何十mもの鉄材を繋いで船体を作るんだから技術的にも大変な事だね
  だから、巨大戦艦を作りたくても、その時可能な最大サイズってのが色んな要因から定まってしまう
  でも、重武装重装甲で強力な戦艦は欲しい
  ではどうしよっか?
★:さっきまで見た物はどれも戦闘能力が充分ではないように思います
S:大型装甲戦闘艦の基本が火力である以上
  火力を優先するべきだよね
☆:でも、前後に配置すると波を被ってしまうんですよね・・・
S:そうだ、やっぱし駄目だったんだ
  でも、この配置だと、前にも後にも横にも強力な火力を向けられる
  だから、この配置を何とか実用化したい
  この配置で問題だったのは、砲塔が重たいからだ
  そこで、こうやったんだ
火力優先 HMS Royal Sovereign 1892
★:大砲を剥き出しにしたんですか・・・
S:当時の大砲の射撃速度から考えてこれでも危険は弱いと考えたんだな
  実際には大砲の周囲には装甲された壁があるんでまったく無防備じゃない
  大砲に直撃弾を食らう確率は、砲塔に直撃を食らう確率よりは低いから
  これでも戦闘能力の維持には問題が無いと考えたんだろう
  そして、これは、黄海海戦で『鉄の雨』戦術が出てくると一気に駄目になった
☆:実質剥き出しだから沢山の砲弾が降り注ぐと大砲は兎も角人員が全滅しますねーっ
S:そうだね
  だけど、前後左右にバランス良く撃てる配置
  そして、それが外洋行動可能ってのは物凄く利益が大きかったんだ
  これ以降の戦艦は基本的にこいつを踏襲した物になる
  前弩級戦艦の登場だ
  だけど、この剥き出しは問題だ、砲塔にしないと駄目だな
  だから、次に作ったのは、この大砲を砲塔形式にして、更に砲塔の軽量化も行った
★:軽量化ですか?
S:砲塔が重たいのは、大砲が大きいからだ
  そして大砲が大きいのは貫徹力を確保するためだったんだね
  これは砲弾を撃ちだす火薬の圧力と大砲の強度から仕方の無い事だった
  多少軽くてもその分高速に砲弾を打ち出せたら威力は同等以上なんだ
  だけどそれには沢山の火薬が必要で、そうしたら多分、大砲は破裂する
☆:大砲の強度を上げましょうーっ
S:そうしたら重たくなるぞ
☆:はぇ〜(^^;;
S:より強度を出せる製造法を開発したんだ
  これで新型砲は従来の砲よりもずっと軽量で
  それでいてずっと高速に砲弾を撃ちだすから威力は上回る事が確実になった
  この大砲なら、砲塔にして防御を施してもあまり重くない
  つまり剥き出し砲と大差無いんだ
★:画期的な軽量大威力の新型ですか、凄いですね
S:この辺りから『前弩級戦艦』という艦種になるんだな
前弩級戦艦 HIJMS 三笠 1902
  特徴は前後にバランスの良い火力を発揮可能で、それでいて高い外洋航行能力を持つって所だ
  以降も様々な改正や工夫が行われているんだけど、実質的な戦闘能力で言うなら大差無い
  前弩級戦艦はその登場までに色々な試行錯誤が行われた事も有って
  最初から完成された姿だったともいえるな



第八章『 FLY TO THE TOP 』


S:さて、戦艦の完成は判ったね
  バランスの良い配置をした前弩級戦艦の完成で大型装甲戦闘艦艇はこのスタイルにまとまったんだ
  戦艦だろうが巡洋艦だろうが、基本的な武装と装甲の配置方法はこの形から変化していない
★:ではここで、中間砲や副砲の強化策ですね
S:うん、わざわざ下手糞な絵を出したのは
  あれから、主砲を追加できる余地があるのかどうかを考えて欲しかったんだ
  あの形にするだけでも重量とかを必死で稼いでいたんだよね
  もう一個載せるのはかなりというか相当に難しい事なんだ
☆:じゃあ、中間砲とか副砲の強化も有る意味必然だったんですねーっ
S:そうだね、主砲の威力向上は勿論色々考えられて工夫されていたんだけど
  手っ取り早く火力を強化するには副砲を増加する方が良い
☆:副砲だと簡単だったんですか?
S:この時期の代表的な副砲は6インチ、つまり152mm砲だな
  横須賀に居る三笠を見てもらえば判るんだが、まあかなり巨大な代物だ
  だけど、主砲と比べたら可愛いモノで、これなら増設するのはなんとかなるね
  機材とかもそれほど大掛かりでなくて済む
☆:それで副砲の大型化をするんですねっ
S:でもって、これは大失敗だったんだ
  6インチ砲で砲弾の重さが45kg、つまり人力でなんとかする限界だったんだな
  例えば一部の艦艇が採用した7.5インチ砲なんか砲弾が100kgだ
  とても人力で素早く装填するなんて出来ない、そして威力は不足していたんだ
★:今までの副砲よりは強力ですよ
S:確かに同じ距離での貫徹力では勝るよ
  でももうちょっと距離を詰めれば6インチでも同じぐらいの装甲は撃ち抜けるし
  ちょっと距離が離れたら、どっちの大砲でも敵の装甲を撃ちぬけない
  主砲という絶大な武器があるんだから、ジャブとしての効果、つまり手数を発揮できた上で威力を高めたいんだ
★:7.5インチ砲を副砲にするよりは6インチを沢山積んだ方が効果的ですね
☆:じゃあ、もう一つの手段、中間砲はどうなんですかーっ?
S:これも微妙だ
  敵のメイン以外に対して有力な打撃を与えられるのは悪くないんだが
  中間砲は大体8〜10インチぐらいのサイズだから物凄く重たい
  主砲ほどじゃないけどかなり大掛かりな装備が必要になる、勿論高価だ
  火力はでかいけど、佐祐理んの言うように主砲をその分載せても構わないとも言える
  だが、主砲よりは小さいから狭い舷側に置く事も可能だったんで判断は難しいところだね
  まあ、こんな感じになるんだが
多い方がいい HMS King Edward VII 1905

★:でも、こうしたタイプの艦艇はあまり流行らなかったんですね
S:こうした主砲以外で武装を強化するという考え方は
  主砲と同列に副武装を考えていたから起きる
  つまり、どの武器も威力が違うだけで、意味は同じだったんだ
☆:武器の意味って違うんですか?
S:この時代の戦艦の武器は、目の前、近距離に居る敵艦に全火力を叩き込むものだったんだ
  だけど、それが日本海海戦で変わってしまったんだ
  新しく出てきた『同じ照準で撃つ』というやり方だと
  大砲の種類が違うと困る、何しろ弾丸の飛び方が違っちゃうからね
  つまり、方位幾つ、仰角幾つってのは、任意の砲にしか通用しないんだ
  他の大砲には他の照準諸元が必要になる
  何種類も大砲を載せていると、その分だけ各種の諸元を用意しないといけない
  でも、これはまあ、頑張れば何とかなる
  次の問題だ、弾着観測はどうする?
★:副砲なら見分けが出来そうですけど?
☆:中間砲は難しいですねっ
S:そう、射撃タイミングをずらして観測するとか、工夫することで対応は可能だけど
  これは混乱しがちな戦闘時には色々問題になってくる
  それに、遠距離で戦えると言う事は、大砲の威力はそれだけ落ちると言う事だ
  つまり主砲は兎も角、他の大砲では威力不足で敵艦に重大なダメージを与える可能性が低くなる
  この場合も装甲を抜く事をあまり期待されてない副砲は我慢できるが
  それなりに装甲貫徹能力も期待されている中間砲は困った事になる
  これだったら副砲か主砲をその分載せた方がマシだ
☆:中間砲の効力って・・・
★:あまりにも一つの手段に拘りすぎましたね
S:まだ有るんだ
  散布界と言うんだけど、狙った地点を中心とした楕円形の範囲に砲弾は落下する
  前後が広く左右が狭い楕円形なんだ
  狙いが正しい場合、砲弾は目標の前後を挟むようにして落下する、これを夾叉という
  そして夾叉以上の効果を得る事は出来ない
  直撃が出るかどうかは
  散布界の大きさとそれを構成する砲弾の数、そして目標の大きさから確率的に求める以上の事は出来ない
★:つまり、散布界が小さくて、投入砲弾の数が多いと命中率が高くなるのですね
S:多種多様な大砲を少しずつ載せていると
  照準諸元は別個になるから、夾叉をそれぞれ得たとしても、散布界の構成弾数が減少する
  散布界の大きさは砲の投入数が増えると多少は広がるけど、散布界密度の上昇の方が大きい
  つまり、多種少数の大砲装備は、例え全部が夾叉を出していたとしても、各砲の命中率は低くなる
  弾着観測の困難さとか威力が小さいとかの問題もあわせて考えると
  特に中間砲はあまり有力な武装とはいえない場合が多くなる
  そう、やっぱり佐祐理んが言ったように全部主砲にしちゃうのが正解だったんだ
☆:あははーっ、やりましたっ
S:そしてそれを成立させたのが、英国のドレッドノートだったんだ



第九章『 Color of Happines 』


S:さて、ようやく本題の始まりだ
★:今までは前振りだったんですか・・・
S:そだよ、大型装甲戦闘艦の成立条件を知るには
  19世紀からの約50年の試行錯誤と発展の流れを見る必要が有ったんだ
  そして、このドレッドノートから約40年、基本は変わらない
  大砲を武器とする大型装甲戦闘艦の基本要素は全てここで決まってしまったんだ
  このドレッドノートを同時期の他の戦艦と比べてみよう
  みっしー頼む
★:はい

ドレッドノート ロードネルソン
常備排水量 18,110t 17,820t
全長 160.6m 135.2m
全幅 25.0m 24.2m
主砲 305mm*10(片8) 305mm*4
中間砲 234mm*6(片3)
機関出力 23,000馬力 16,750馬力
速度 21ノット 18ノット

  ロードネルソンはドレッドノートと平行して建造された英国最後の準弩級戦艦です

S:ドレッドノートは実験的戦艦だったから従来型も建造が続いていたんだな
  さて、両者を比べてみると?
☆:えっと、ドレッドノートは主砲8門を敵に向けられます
  ロードネルソンは主砲4門に中間砲3門ですから砲数で劣りますーっ
  大砲の数ですと、10門ずつで同じなんですけど・・・
S:これはロードネルソンが左右の舷側に大砲を振り分けてるのに対して
  ドレッドノートは船体を長く伸ばして主砲を中心線配置に出来るように工夫しているからだね
  これがロードネルソン、強化された中間砲に頼って、副砲はもう捨てている
HMS Lord Nelson 1908
S:でもって、これが、ドレッドノート
HMS Dreadnought 1906

S:ドレッドノートの特徴の一つが、従来の戦艦よりも3ノット速いって事だ
  軽量高出力のタービン機関の採用で、大馬力ながら軽量化を果たしたんだ
  その結果、長くて大きな船体に沢山の主砲を載せながらも大して重量が大きくなっていない
  もっとも、この裏に、装甲があんまし厚くないってのもあるんだがね
★:ロードネルソンは火力ではドレッドノートに勝てないんですね?
S:234mm砲は砲弾重量は305mm主砲の半分ぐらいだけど、機械化されている
  射撃速度も主砲よりは速いと思う、だから時間あたりの投射量や打撃能力はそれほど劣らないよ
  ただ、遠距離だと辛い、234mm砲が景気良く乱射したら主砲の弾着観測の妨げになる
  そうなると主砲の射撃の合間を縫って中間砲を撃つ事が求められるから、せっかくの射撃速度は生かせないし
  当たっても威力が弱いから打撃力に不満が出る
  主砲4門と中間砲3門では夾叉しても命中を得る確率はたぶん8門で斉射するドレッドノートの半分以下だ
  主砲と中間砲でそれぞれ命中を得る機会が有るのでそれほど不利になる訳ではないんだが
  だけどその射撃の半分弱は威力の弱い中間砲だから、総合力では不利だ
☆:速度が違うからドレッドノートは好きな距離で戦えますねーっ
S:そう、中間砲の威力を気にしなくて良いような遠距離で戦ったら?
★:殆ど倍ぐらいの戦力を発揮できますね
S:このドレッドノートの登場で、戦艦の意味が変わってきてしまうんだ
  それまでの艦艇は、結局近距離で殴りあった
  戦艦は他の艦艇より強いだけで、弱い艦艇でも殴り合いには参加できた
  ところがドレッドノート登場以降、戦艦は他の艦艇をアウトレンジして戦えるようになったんだ
  ドレッドノートと殴り合いをするには
  ドレッドノートと同等の速度と同等の有効射程距離を持っていないと相手にしてもらえない
  そして近距離で殴り合ってもドレッドノートの沢山の主砲はやっぱり強力な武器になる
  手数では中間砲や副砲には劣るけど、全ての砲弾が敵の装甲をぶち抜くから破壊力は凄まじい
  しかも、その時でも弾着観測と修正が可能だから精度も乱射するほかの艦よりも高い
☆:圧倒的ですねーっ
S:実際に言ってるほど圧勝とは行かないけど
  従来型の戦艦では対抗するのが大変なぐらいに「違う存在」になったのは事実だよ
  以降の艦艇は艦種を問わず、こういった武装方式に変わっていくんだ



第十章『 Thrill me or not 』


S:さーて、では第一次大戦で、こうした弩級艦がどういった役割をしたのかだ
★:日露戦争から10年ですね
S:うん、まずは弩級艦がもたらした物を考えてみよう
★:圧倒的な性能を持つ新型戦艦ですね
S:正確には、同一の射撃諸元で斉射を行うというソフトウェアと
  そのソフトウェアに最大に合致したハードウェアの確立がドレッドノートだったんだ
  そして、ソフトウェアは他国でも使える
  だが、それに最大限に合致した弩級スタイルの軍艦がどれほど効果的なのか懐疑的な部分も多少有った
  そんな時に第一次大戦は起きてしまったんだ
☆:第一次大戦の序盤では、つまり旧来の艦艇も活躍したんですねっ
S:そうとも言えるかもね
  この戦争で一番注目したいのはドイツの極東艦隊の動きだ
  連中は旧型艦が主体とはいえ圧倒的な戦力を持つ日本軍の手を逃れてさっさと外洋に逃げた
  ドイツ艦隊の主力は2隻の装甲巡洋艦だ
  こいつは有る意味弩級スタイルの艦で武装を21サンチ砲に統一してそこそこ高速な有力艦だった
★:コロネル沖海戦の一方の主役ですね
S:うん、南米沖で英国の艦隊がこいつらを迎撃して海戦になった
  英国軍は前弩級戦艦1隻と装甲巡洋艦2隻が主力で、装甲巡洋艦の武装も旧来スタイル
☆:でもってボッコボッコの一方的な戦闘になったんですよねーっ
S:英軍は低速な前弩級戦艦キャノパスを置き去りにして戦闘に突入した
  低速たって前弩級としては速い部類の18ノット艦なんだが
  そして装甲巡洋艦2隻はドイツの同類に一方的に叩きのめされたんだ
  有力な武装になる筈の副砲が高い波に叩かれて使えなかったのが原因の一つなんだが
  従来スタイルの武装は見かけほどの戦力にはならなかったんだな
  そして、事態をひっくり返せる可能性を持った、旧式とはいえ戦艦のキャノパスは鈍足で戦闘に間に合わなかった
☆:えっと、武装を有効活用できる優れた配置、出来れば統一した武装であるのが望ましくて
  そして、戦闘に参加するためには高速性能が欲しいっ、ですねーっ
S:速度には戦術的な意味合いと、こうした作戦的な意味合い、それに戦略的な意味合いがある
★:戦術的とは、つまり突っ込んだり逃げたりする機動力ですね
☆:作戦的というのが、今回のような戦闘に間に合うかどうかという概念でしょうか?
S:そうだね、艦艇の場合はそういった意味が強い
  第二次大戦ではもっと無茶苦茶に過酷になるんだが、この時点ではそういった事だ



第十一章『 Melodies Of Life 』


S:戦艦では無い戦艦達を考えてみよう
☆:ふぇ?、どーゆー意味ですか?
S:普通の人にとっては似たような物なんだが
  戦艦に極めて近いけど戦艦じゃない、言わば準戦艦的な艦艇の事だよ
  一等巡洋艦とか二等戦艦とかって呼ばれることも有る、弱い戦艦とも言えるかな
★:存在意義が不明ですね
S:まず戦艦と言うものをここで定義しておこう
  戦艦とは一番強い軍艦である、以上
☆:あははーっ、乱暴ですーっ
S:でもね、それ以上でもそれ以下でもないんだ
  殴り合いで一番強い事、それだけなんだ
  そして、機動力は最低限、防御も最低限、全てを火力に投入したのが戦艦なんだ
★:戦艦の防御性能は物凄いのでは?
S:それは、火力を発揮して、それを維持するためなんだよ
  敵の攻撃に耐えられないと敵を叩きのめす前にやられちゃうからね
  敵の戦艦の攻撃に耐えられる程度の防御力と、敵の戦艦を粉砕できる攻撃力、これが基本だ
  そして、戦闘に参加出来る程度の機動力
  コロネル沖海戦のキャノパスみたいに戦闘に間に合わないんじゃ意味が無い
  これも状況によって必要な速度は変わってくる速ければよいって物ではない

S:さて、こうした殴り合いを目的とした艦艇である戦艦のほかに
  機動力を生かして様々な任務につく艦艇が存在する
  巡洋艦だな、海を巡ることが出来る、こいつらだって強いと嬉しいね
  だから、色んなところに出現できる重武装巡洋艦が一定量望まれる事になる
★:一定量である理由はなんでしょう?
S:まず巡洋艦は、その国の領域を警備して、様々に活用するための道具だ
  例えば、海域のパトロール、船団の護衛、そして植民地等で起きる騒乱の鎮圧とかだね
  そして外地に居る事が多いから場合によっては紛争に巻き込まれたりするし
  そうしたとき他者の手助けが期待できない、この時には重武装は役に立つ
  また、高速で優れた遠洋性能を持っているから他国の領域にちょっかいを出しに行くにも便利だ
  だから、重武装の巡洋艦がどの程度の数必要なのかは、その国の置かれた条件で変わって来る
☆:じゃあ、全然必要の無い国もあるんですか?
S:そうだね、例えば日露戦争時の日本なんかがそうだろう
  領域は狭くて別に外地向けの専門部隊を作る必要は無い
  例えあっても、直に本国の主力が来てくれるからあんまし強力な物は要らない
★:待ってください、日本は開戦時に確か8隻の装甲巡洋艦を持っていましたよ
S:うん、日本の取ったこの行動が「戦艦じゃない戦艦」の登場だったといっても良いんだ
  それまでの装甲巡洋艦は戦艦とは別個の存在だった
  日本は、この装甲巡洋艦を戦艦とペアにして機動打撃兵力として運用したんだ
★:機動打撃兵力ですか?
S:それまでの概念では巡洋艦戦力は戦艦の殴り合いの手助けをする存在だった
  あくまでも殴り合いの主役は戦艦だったんだな
  日本軍の用法は、高速な別働隊を用意して、相互に支援し合って殴りかかると言うモノだったんだ
  今まではお膳立てが済めば、あとは戦艦が支離滅裂に殴りあう物だったのが
  様々な戦隊が相互に協力し合って運動する、近代的な運動戦術の始まりだ
☆:なんでいきなりそんな物が出てきたんですか?
S:たぶん何処の国でも研究はしていたと思うよ
  ただ、これは物凄く困難な行為だったんだ、使い方を間違えたら各戦隊は各個撃破される
  それに、これは戦艦の部隊にも迅速な機動力を要求するから、既存の戦艦では追随できない場合も有るね
  つまり元から多数の戦艦を持っていた場合、そう簡単には乗換えが出来ないという側面も有ったんだ
  日本の場合、戦艦を持っていなかった事がこの助けになっているね
  最初から高速の戦艦だけ建造していけば、戦艦部隊の機動力はきわめて高いレベルに持って行ける
  また、この構想の根っこは日清戦争で、戦艦無しで戦艦と交戦した経験が響いていると思う
★:つまり機動力で運動戦する事で勝利する事が可能だと?
S:それだけじゃないと思うけどね
  ただ、重要な事を忘れてはいけないよ
  同じ条件で戦ったら機動力は意味が無いんだ
  機動力とは、自分に有利で敵に不利な条件を作り出すためにあるんだ
  そして艦艇の戦闘は基本的に殴り合いだから、最終的には同じ土俵で叩き合う事になる
  機動力重視の艦艇は、その分攻防性能では劣るから殴り合いでは弱い
  だから機動力を艦艇の性能という概念で考えても余り意味は無い
  機動力とは、艦隊・戦隊という規模で考えるべき事柄なんだ
  ハードウェアの性能と言うよりは、それを扱う連中の頭、つまりソフトウェアの問題なんだ
☆:はぇ〜、つまり、機動力を活用するソフトウェアがあって初めて意味を持ってくると?
S:そうゆうこと
  殴り合いで考えるなら
  敵より速い軍艦というハードウェアは攻防性能で対等以上な場合にだけ意味を持ってくる
  装甲巡洋艦は戦艦と殴り合いしたら絶対に勝てない、だから装甲巡洋艦の速度は対戦艦戦では何の意味も持たない
  もっと言うなら、艦隊決戦では装甲巡洋艦は単に弱い駒でしか無い、役立たずだ
  装甲巡洋艦3隻よりも戦艦2隻の方がずっと有り難いとも言える
  だけど、戦艦と共同戦闘する時の手段として扱った場合、装甲巡洋艦は恐ろしい道具になるんだ
  この場合、味方に戦艦が2隻追加されるよりも場合によっては決定的な効果を発揮する可能性がある
  そして、それを証明したのが日本海海戦だった
  あの海戦は「艦隊決戦」「斉射」といった重要な物が沢山あるんだが
  敢えて一つを上げるなら、運動戦を艦隊で行った事だと思う
  ああ、敵前回頭じゃないからね、あんなのはどうでも良い
★:あの運動は無意味だと?
S:あれをするのは決断力があればよい
  『取り舵』を号令して、それに隷下の各艦が追随できれば良い、それだけの事だね
  重要なのは、頭を押さえるという動きではなく
  頭を押さえつづける事が出来たという所だ、それを見て欲しい
  そしてそれをするためには速度の有る強力な艦が欲しい
  日本が目をつけたのが大型装甲巡洋艦だったんだ
大型装甲巡洋艦 HIJMS 出雲 1900
S:こんな感じの艦艇だね
☆:戦艦より立派な感じもしますねーっ
S:幅が全然小さいんだけどね、つまり細長い
  主砲が小さく、煙突が一杯有る、つまり馬力が大きく、高速だ
  まあ、戦艦と比べるとエンジンが浮かんで走ってるような部分もあるな
  でも、他の軍艦と比べると武装は強力だし装甲も張ってある、中々強力な艦だ
  但し、ちゃんと使いこなせないと中途半端かもしれないね
☆:速度の有る強力な艦艇
★:戦艦は速度は二の次だから、それは戦艦では無い
  でも敵艦隊を粉砕する事を目的とした、つまり目的は戦艦的・・・
S:だから「戦艦じゃない戦艦」の登場なんだ
☆:じゃあ、全部の戦艦をその種の艦艇にするのは駄目なんですかーっ?
S:そうしたら殴り合いで負けるでしょ?
  強くてある程度速い部隊、ある程度強くて速い部隊、この両者で相互支援させたほうが効果的なんだ
  だから日露開戦直前に日本は、初めて大型装甲戦闘艦を自力建造開始するんだけど
  その艦艇が全てを表している
★:一等巡洋艦『筑波』ですね
HIJMS 筑波 1907
S:彼女は、装甲巡洋艦の船体に戦艦の主砲を載せた代物だ
  装甲巡洋艦の機動力に戦艦の火力、これを強いとか弱いとかそういった概念で語るのは意味が無い
  敵の頭に一瞬で襲い掛かって粉砕するというその使い方を最優先にした切り込み用だったんだ
  戦艦の防御力が火力を維持するための物だとするなら
  筑波の防御力は機動力を一時的に発揮して、攻撃力を一時的に発揮できれば十分
  突っ込んで捕捉して、友軍の戦艦が追いつくまでの短時間持てばよいという防御力だ
  そして、その火力は戦艦級だからどんな艦艇にも通用する
  装甲巡洋艦以下の艦艇だったらその防御力も充分だから圧倒できる
  新しい概念、新しい分類の軍艦がここで登場したと言えるだろう
☆:巡洋戦艦ですねっ
S:そうだね、その意味では巡洋戦艦と言って良いだろう
  大事なのは、巡洋戦艦は戦艦と組み合わせて使うべき代物だって事だ
  決して速い戦艦だと思ってはいけない
  戦艦と相互に協力し合って戦う事でその効果を引き出せる代物だったんだ
  速度は最大の武器である、間違っていない
  だけどその速度とは何か、機動力とは何か、よーく考えよう
  それは時間と空間を自らの制御下に置く手段だ
  得た時間と空間を活用する方法がないとこれは意味が無いんだ
  敵戦艦と戦える距離、戦える時間を確保したとしても、それは巡洋戦艦の能力では活用できない
  あくまでも片方の腕でしか無い、もう片方の腕、ハンマーパンチである戦艦が必要なんだ、忘れないように
  それを忘れると、コロネル沖海戦の英軍装甲巡洋艦と同じ目にあう
★:機動力を発揮して敵を捕捉したなら無理に叩くのではなく
  引っ掻き回して足止めして戦艦が追いついてくれるのを待つべきだったんですね
S:そう、それが巡洋戦艦の用法の基本なんだ
  そして、それを明確に示したのが、最初の巡洋戦艦だったんだ
☆:インビンシブルですねっ
S:うん、日露戦争前後から
  各国で似非戦艦的な装甲巡洋艦の建造が活発になるんだが
  まあ、スペックを見て考えてみよう
★:日露戦争後に完成した装甲巡洋艦の一例です

テネシー ピサ Dofエジンバラ 筑波
就役 1906 1909 1906 1907
常備 14,500t 9,832t 13,550t 13,750t
出力 23,000馬力 20,000馬力 23,250馬力 20,500馬力
速度 22ノット 23ノット 23.25ノット 20.5ノット
武装 254mm*4
152mm*16
254mm*4
190mm*8
234mm*6(片4)
152mm*10
305mm*4
152mm*12
装甲 127mm 200mm 152mm 203mm

S:これらは日露戦争直前に建造開始した代物で
  早いハナシ日本が始めたと言って良い大型装甲巡洋艦への対抗策だ
  つまり敵よりも有力な装備を用意する事でそれを無力化し、自らの用法を成立させる為だね
  つまり戦艦とリンクさせる事で新しい使い方をして行こうという考えはそれほど打ち出されてない
  だから、日本の装甲巡洋艦の性能を各分野で上まる事が重要視されているといっても良い
★:日本の装甲巡洋艦は常備1万トン、20〜21ノット、203mm*4、152mm*12〜14、装甲152〜178mmですね
☆:対抗艦は、多少速くて、多少強力な武装をしただけですね
S:そう、単体でタイマンすればこうした新型装甲巡洋艦は日本艦と対等以上に戦えるだろう
  でも、それだけだ
  日本が自分達の装甲巡洋艦の後釜として建造した筑波と比べてみれば
  それが全然違う方向を見ていたことが判るだろう
  艦隊という戦闘単位の一つとして考えると、筑波と他艦では全然意味の違う存在になんだ
  そして、その有効性が日本海海戦で証明された事で
  でっかくて強力なだけの各国の装甲巡洋艦の存在意義は消滅するんだ
  そして、この考え方を更に推し進めた巡洋戦艦インビンシブルの登場で
  強さという単位でも意義を消失するんだ
★:違う次元なんですか?
S:ではインビンシブルの要目を見てみよう
★:はい、世界最初の巡洋戦艦です
HMS Invincible 1908
インビンシブル
就役 1908
常備 17,250t
出力 41,000馬力
速度 25.5ノット
武装 305mm*8
装甲 152mm

S:つまりはドレッドノートの武装をした装甲巡洋艦なんだな
  まあ、中央部の砲塔は梯型で、完全に左右に火力を向けられるわけではないんだが
  一応理論上は片舷8門の主砲が向けられる、極めて強力だ
  これの登場は、2つの意味で既存の装甲巡洋艦を意味なしにしたんだ
★:一つは艦隊戦の一翼としての準戦艦であるという方向性の明示
  もう一つは単体戦力として圧倒的であることですね
S:みっしー偉い、よく見たぞ
  ただ、インビンシブルはその装甲を見ても判るように
  戦艦に追いついて食いつくよりは
  そういった行動をしそうな敵の装甲巡洋艦を食うのが目的だと思う
☆:強力な装甲巡洋艦という方向性の延長なんですねーっ

S:さて、装甲巡洋艦を戦艦と組み合わせて使うという考え方にも問題はある
  まず、戦艦の側にもそれを前提とした用法が必要だ
  またこれは今まで装甲巡洋艦に期待していた任務が出来なくなると言う事でも有る
  魚雷本編で言ったような、二等巡洋艦的役割だね、それから装甲巡洋艦を開放しないといけない
  装甲巡洋艦や巡洋戦艦を建造するよりも戦艦を沢山建造するというのも方向性として存在する
  投入コストと得られるパフォーマンスでは、どっちが優位なのかは難しいところがあるね
★:国によって色分けが明確になったのですか?
S:日本、イギリス、ドイツは巡洋戦艦の大量建造に走った
  フランス、イタリア、アメリカ、ロシアは乗らなかったね
  これは国力や経済、それに技術力の問題も関るんだ
  この巡洋戦艦の注力には色んな側面が有るんだ、それはドレッドノートの登場とも大きく関る



第十二章『 Dream Goes On 』


S:弩級戦艦の登場は、つまり無体に強力な戦艦の登場だった
  この登場は、今までの戦艦が全部旧式になったって事でもある
  前弩級戦艦の登場は確かに既存の装甲艦を旧式化させたけど
  装甲艦はそれほど強力な代物ではなかったし、何処の国もそんなに沢山は持っていなかった
  だから前弩級戦艦の登場は、役に立つ主力兵器の完成であって、極端なパワーバランスへの影響は無かったんだ
  だけど弩級戦艦は違った、その完成は沢山ある主力戦艦を旧式兵器へと格下げしちゃった
★:沢山あったと言うのが鍵ですね
S:そう、艦隊戦力の大半を戦艦の数に頼っていたんだ
  つまり前弩級戦艦とはそれだけ頼りになる完成度の高い優秀な兵器だったんだ
☆:そして、それを一気に旧式化する兵器、弩級戦艦が完成して大騒ぎになるんですねーっ
S:弩級戦艦は世界中にまだ数えるほどしか存在しない
  だったら、今から沢山弩級戦艦を建造したら、保有量上位に飛び出せるんじゃないか?
★:保有量=発言力とするなら、極めて魅力的な提案ですね
S:そして弩級戦艦は、基本的に高速だ
  そう、機動的運用も出来るな、だったら、それとアレを組み合わせたら?
☆:無茶苦茶強力な打撃部隊が完成しますーっ、まるで日露戦争の聯合艦隊みたいなっ
  でも、弩級戦艦って高速だったんですか?
S:ドレッドノートの特徴は
  沢山の主砲による遠距離砲戦能力と、それを可能にする速度だったんだ
  さっき言ったように、同じ条件で戦うなら速度は意味を持たない
  前弩級戦艦と足を止めて殴り合うなら速度は要らないな
  つまり火力の大きい戦艦と見なすなら・・・
  例えば白頭鷲の国ではそうゆう弩級戦艦を建造した
  物凄く強い戦艦、ただそれだけの艦だ、弩級戦艦のもう一つの側面
  機動力の発揮による艦隊戦術という可能性を活用しなかったんだな
★:勿体無いというか・・・
S:たった数隻の戦艦だけが高速でも、他の戦艦が鈍足じゃ意味が無いからこの考え方も正しい
  機動力を活用できるソフトウェアとハードウェアを用意するのは大変なんだ
  もうちょっと積極的な対応をしたのはドイツだった
  20隻の前弩級戦艦を保有していたドイツだけど
  1909年就役のヴェストファーレン級から一気に大量の弩級艦建造に乗り出した
  それまでの20隻を10年で揃えているから、年2隻だな
  これが第一次大戦までの5年で弩級戦艦13隻、巡洋戦艦4隻、合計17隻を建造しちゃった
☆:はぇ〜、殆ど倍近いペースですねっ
S:第一次大戦開始時の各国の戦力を見てみると?
★:数えるのは私の仕事なんですね・・・
S:いつもすまないねぇ
★:それは言わない約束でしょ(顔真っ赤)
☆:あははーっ、ナイスー(笑)
★:では気を取り直して・・・

前弩級 弩級
イギリス 42 34
ドイツ 20 22
アメリカ 29 10
フランス 22 4
日本 17 4
ロシア 10 4
イタリア 10 3

  カウントの中に実質大型装甲巡洋艦のようなのも混じっていますので
  若干の上下は有ると思いますが概ねこんなものでしょう
S:一応主砲が10インチ以上の艦艇に限定してるんだよね、じゃあ、まあそんなものだと思う
  ちなみに、1904年の日露戦争開始直前だと?
★:はい・・・

前弩級
イギリス 41
ドイツ 12
アメリカ 12
フランス 12
日本 6
ロシア 17
イタリア 1

S:まあ、戦艦以前の装甲艦をカウントに入れてないから
  これをそのまま戦力とするのには多少問題が有るんだけど
  英国は二国標準以上の絶大な戦力を持っていたのがわかるね
☆:はぇ〜、ロシアは第二位だったんですかーっ?
S:他の国は沢山の装甲艦を持っていたんで、そうだとは言えないよ
  でも外洋で高速航行しながら殴りあい出来る近代的な戦力保有量では優位だとも言える
  そして、これは日本との開戦直前に急速に増加した物だったんだな
★:その10年後の保有量を見ると・・・凄いですね
S:投入した戦艦13隻のうち帰ってきたのが1隻、つまり12隻失ったからね
  英国以外では、まあ年2隻が限界だから、これを回復させるだけでも大変だ
  結局10年かかっても前の戦力にも戻れない、他の国も建造を進めているから追いつかない
  艦隊中核を喪失するとどれほど悲惨なのかってのが判るでしょ
☆:当時のドイツは3位グループの団子に居たんですねっ
S:そう、英国との差は比較にならないほど開いている
  これが1914年だと?
★:前弩級では倍の差ですが、弩級戦力では1.5倍ですね
S:英国は未だに2国標準を確保しているんだがね
  10年前には圧倒的だった英国の優位が大きく揺らいでいたのが判るだろう
  弩級戦艦の数では優位だけど、各国の弩級艦はこの時期から大量に出てくるんだ
  2国標準を維持するには、年5隻を建造しないと辛い
  もう、この時期に建造競走が始まっていたんだな
☆:イギリスとドイツの建造競争ですねっ
S:この競争が第一次大戦の遠因とも言えるよね、まあそれは置いておこう
  日本は弩級戦艦とほぼ同数の巡洋戦艦建造を行っていたけど
  英独では巡洋戦艦の数量は戦艦に比べると大幅に少ない
  これは、彼らが戦艦と組んだ激しい運動戦をするつもりが無かった可能性も想像できる
  だけど、全体の比率が少なくても、絶対値として一定量が揃えば強力な戦力単位になる
  第一次大戦勃発時、英独の巡洋戦艦はその一定量を賄うに足るだけの数量が揃っていたんだ



第十三章『 Twin Way 』


S:さあ、第一次大戦だ
  勿論、この戦争は色んなシチュエイションがあって、実に興味深いのだけど
  今回は大幅に割愛する、重要なのは巡洋戦艦だ
  さっき、コロネル沖海戦を紹介したね
★:英独の装甲巡洋艦が戦ったのですね
S:うん、この戦闘で圧勝したドイツ軍は南米から大西洋に抜けようとして
  フォークランドで英国の復讐艦隊に迎撃されてしまうんだ
☆:有名なフォークランド海戦ですねっ
S:そして英国巡洋戦艦はドイツの装甲巡洋艦を一方的に叩きのめした
  もう、完璧とも言える程の圧勝だった
  英軍の2隻の巡戦は死傷者5名の被害しか出さなかった
☆:パーフェクトゲームですねっ
S:巡洋戦艦の装甲巡洋艦に対する優位ってのが良く判るね
  この時の交戦距離は11〜16kmだったそうだから
  日露戦争時の最大戦闘距離を越えるぐらいのところだね
★:よくもまあ当てたものですね
S:命中率は合計するとたぶん7%ぐらい、良いか悪いか判断に苦しむが
  この距離で戦闘できたってのは注目するべきだろうね
  この戦闘で、高速で大射程の巡洋戦艦は既存の装甲巡洋艦を圧倒できる事を証明した
  もし相手が前弩級戦艦でも多少敵の抵抗が大きいだけで戦闘そのものは有利になるだろう
  巡洋戦艦は無敵の凶悪兵器だと思われたんだな
☆:違ったんですかーっ?
S:うん、インビンシブルが圧勝できた背景には敵の攻撃力が貧弱だったってのがある
  ドイツ軍も気合が入っていて、一応20発以上を英軍巡戦に当ててるんだ
  20発喰らっても全然戦闘力に影響が無かったって所に注意して欲しい
  英軍巡戦の防御性能はコロネルで撃沈された英装甲巡洋艦と大して変わらないんだ
  ではインビンシブルが損害軽微だったのは何故かな?
★:やられる前にやったから?
S:そゆこと
  それと、距離が遠いから、独艦の大砲はインビンシブルの装甲に歯が立たなかったんだ
  もしコロネルでも無茶苦茶な遠距離戦闘だったら英艦は沈まなかっただろうね
  でも、自由に戦闘距離を選択できるほど速度がなかった事と
  そんな遠距離では届かないし当たらないからこれは仕方が無い
  じゃあ、もし遠距離でもこいつらに大きな打撃を与える事の可能な武器だったらどうだろう?
☆:距離1万m以上で・・・そんなの有るんですか?
S:日本海海戦では12,000で富士がロシア戦艦を撃沈してる
  この時代の戦艦主砲はもっと威力が上がっているし巡洋戦艦は戦艦ほどの重装甲はしていない
★:でも、それは仕方が無いでしょう
  戦艦には一定の対抗ができて、味方戦艦と共同歩調を取れれば充分なんですから
S:そうだ、敵の鈍足な艦隊を相手に先回りして鼻面に噛み付いて引っ張りまわせれば良いんだからね
  でもさ、味方戦艦が来るのが遅かったら?
☆:弩級戦艦は従来の戦艦よりも高速ですーっ
S:そうだね、何時までに来てくれるかは味方戦艦の速力次第だ
  だけど、もう一つの要因があるのを忘れていないかい?
★:あ・・・敵の速度・・・
S:そう、敵も弩級戦艦だったらどうする?
  もしくは巡洋戦艦だったら?
☆:最悪の場合、味方戦艦が到達する前に撃破されますねっ
S:各個撃破だな
  勿論、巡戦が敵の打撃に耐え切れれば味方戦艦が追いつく
  だけどそれには、一定時間の攻撃に耐えるだけの防御力が必要だ
  そして巡洋戦艦にはそれがあったのだろうか?
★:無いんでしょうね・・・
S:第一次大戦で最大の海戦、ジュットランド海戦はそういった形だったんだ
  両軍は自軍に有利になるように巡洋戦艦部隊を繰り出して
  戦艦部隊はそれを必死で追いかけた
  結果として、戦闘の大半は巡洋戦艦同士の殴り合いになり
  そして、戦艦級の火力に耐えられない巡洋戦艦は無茶苦茶な目にあった
  巡戦の火力は大きく、敵戦艦にも有効な打撃を与えているんだけど
  相手を叩きのめす前に自分が粉砕され、更に、味方の戦艦は追いついてこなかった
☆:えっと、じゃあ、弩級戦艦でも役立たず?
S:巡洋戦艦という猟犬の速度に付いて来れない奴は駄目だって事さ
  これは国力の割に巡戦建造に熱心だった日本が建造した弩級戦艦を見れば判る
  金剛型巡洋戦艦と組む戦艦として建造された扶桑型・伊勢型は22.5〜23ノット
  これは当時の戦艦のどれよりも速い、高速戦艦と呼ばれるQE級に若干劣るぐらいだ
☆:狩人は猟犬と同じように走れないといけない、ですねーっ
S:そう、ここで、21ノットしか出せない戦艦は時代遅れになったんだ
  もっとも、これは巡洋戦艦と組む場合のハナシだよ
  戦艦を中核として堂々と進撃するなら、他の艦艇がそれにあわせれば良いんだ
  そして、戦艦と巡戦を組み合わせて戦うつもりの日本は巡洋戦艦並の速度を持った化け物の建造を開始する
  この速度は単体としての戦艦の戦力じゃないんだ
  これと組み合わせる巡洋戦艦群があって初めて意味を持ってくる物だ
  艦隊が圧倒的な高速で駆け回り
  敵の弱いところに殺到して噛み千切り
  隊列をズタズタに切り裂き
  鼻面を引き回して引き倒す、それが目的のモンスターだったんだ
★:単に高速大火力の新型戦艦と見ては評価を誤るんですね
S:日本が最初に得た『富士』からこの『長門』まで一貫しているのは、機動力の優越だ
  足を止めて叩き合うなんて考え方は眼中に無い
  常に有利な方向へと走り回り、出来るなら他戦隊と共謀して追い詰める
  それを前提とした『艦隊構想』が日本軍の戦艦部隊だったんだな
☆:アグレッシブですーっ
S:これは弱者だから出来たんだと思う
  日本は他の列強より弱い、だから10の力を10引き出す為にそれだけの努力をした
  言い換えるなら、この新型戦艦長門は対抗艦のメリーランドよりも有る意味装甲が薄い
  速度を出すために犠牲になっている、装甲を戦闘能力維持時間とするなら
  長門の戦力は瞬間風速こそ対等だけど時間が経つと不利になるって言えるな
  戦闘終結までの時間を任意に定めた場合、どの程度の火力投射が可能だろうか
  そしてそれは敵に勝るのだろうか?
★:有利とはいえないでしょうね
S:だが、有利なポジションに遷移する事が出来たら?
☆:相手も動いてるんですし無茶です・・・ってその為の速度なんですねっ
★:斜め前方で頭を押さえる機動をされても、思い切り舵を切ればこれは防げます
S:その時反対舷に別の有力な敵部隊が居たら?
★:そんなはるか前方側に有力な部隊が回りこむ物ですか?
S:長門と同世代で日本が計画した巡洋戦艦は30ノットを出す
  米国の戦艦部隊は21ノット、長門ら戦艦群は26ノット
☆:強引なぐらいに速度差が有りますーっ
S:これが目指すところは
  敵の戦力を発揮出来なくさせて更に逃走すら許さないという狼の包囲陣だったんだ
  敵の戦力を半分に叩き落して、こちらの戦力を最大限に持ち込む事が可能だった場合
  長門の、防御力よりも機動力と火力に振った設計は最大限に生きてくるんだ
  第一次大戦ぐらいから、明確に機動力を駆使した用法を前提とした高速戦艦という艦種が出てくるんだ
  そのハシリはドレッドノートだったんだ
  ドレッドノートは自分の射程優位を生かすために速度性能を持ったけど
  その速度の優位は艦隊の戦艦がどれもドレッドノート以上に速くなる事で別の可能性を齎した
  これで弩級戦艦の集団は前弩級戦艦の集団に対して、戦術運動で有利に立つ事が出来る
  例え前弩級戦艦が倍の数量あったとしてもだ、鼻面を引き回して粉砕すれば良い
  相手より速い部隊とはそうやって使うんだ、速度の持つ優位性、機動力の優位性って奴だ
☆:陸戦じゃないのに?
S:陸戦であろうが海戦だろうが、戦闘の基本原理は同じだよ
  機動力の発揮、戦力の集中、火力の優越、それが基本だ
  戦力の集中をするには機動力が必要だし、それは火力の優越を得るため
  戦艦は最初から火力で優越している
  だから普段は機動力の発揮なんて関係無い
  だけど対等の戦力と戦う場合、火力の優越を何とかして得たい、最後に行き着くのは機動力だったんだ
  今まで、その機動力という概念は、予想戦場に到達する能力だった
★:コロネルのキャノパスのように遅くて戦闘に間に合わないってのがそういった概念ですね
S:うん、そしてジュットランでド示された物は似ているけどちょっと違った
  一応、戦場には戦艦は到達しているんだ
  だけど戦闘の主導権を握る事が出来なかったんだ
  結果、双方は戦場のコントロールが出来ず、はっきりしない結果に終わってしまった
  これは多数の戦力が介入したからでは無い
  戦場で決定的な物を握るのは機動力であり
  英独ともに、その機動力を持った駒がすべからくボカチン喰らって戦闘不能だったからなんだ
☆:でもでも、それだったら両軍の主力部隊同士で殴り合えば・・・
S:独軍の立場から考えてみな
  敵のほうが優勢なんだよ、こっちの巡戦が健在ならまだしも、巡戦が全滅していて何が出来る?
  袋にされる前に逃げるのが当然だ
★:英軍も巡戦が全滅して追撃が出来ないと
S:日本海海戦の日本軍は装甲巡洋艦という速くて強い部隊を持っていた
  それに主力の戦艦部隊も敵の戦艦部隊よりも高速だった
  だから追っかけまわしてとっ捕まえてフクロに出来たんだ、ジュットランドの英軍にはそれが無かった
  ジュットランドで示された事は
  高速艦艇で無いと戦闘の推移に追随するのが難しいってだけでない
  艦隊全体の戦術目標、いや戦略目標でも良い、それを達成するには高速でないといけない
  そして、能力とは相対的なものである
  つまり仮想敵の速度よりも充分に高速であることが望ましい
  まあ、10%以上、可能なら20%以上の優速が欲しいね
★:巡戦を勢子として使うなら、狩人である戦艦もそれに見合った速度が無いと有効活用できない
  自分達の望む体勢を作り出すには相対的に速度有利でないといけない
S:これらが、考えれば判る事なんだけど、ジュットランドで痛いほど示されたんだ
  低速艦は「ゴミ」同然だってのが見えた戦いだったんだ
  あくまでも艦隊決戦という戦闘形式でのハナシだよ
  戦艦が対等以上の敵と遭遇しない限り、機動力は大きくは影響してこない
  勿論、戦場に到達できないようでは話にならないんだが



第十四章『 Please Save Me 』


S:さーて、運用と思想ばっかりにハナシが言ってしまったね
  皆さんお待ちかねの砲撃だよーん
☆:佐祐理はジュットランドと言ったらコッチを思い浮かべますねーっ
S:まあ、大抵の人はそうだと思うよ
  さぁて、そんなのばっかり言っても仕方が無いので
  遠距離射撃のもたらした脅威の現象を見ていこう
★:大落角砲弾が上から降ってくるんですね
S:これは今まで述べてきた事を思い浮かべて欲しい
  遠距離で戦えるシステムを得た軍艦は、その性能の優位を生かすべく
  なるべく遠距離でも射撃をするようになる、ギリギリまで引き付けてってのは無茶だ
  大砲の威力が向上した事もあって、どうしても遠くで撃ち始めちゃう
  2万mもの射程で射撃すると、砲弾はある程度の落角を持って落ちてくる
  結果、砲弾の入射角度から舷側よりも甲板に落っこちてくる確率が高くなり
  砲弾は薄い甲板の装甲をぶち抜いてくれたんだな
☆:はい、質問ですーっ
S:何かな、佐祐理ん
☆:2万mだとどのぐらいの角度で砲弾って落ちてくるんですかーっ?
S:勿論大砲の性能で変わってくるんだけど
  第一次大戦時の戦艦主砲だと概ね15〜20度だね
☆:三角定規の半分強ですねーっ・・・あれ?
  それだと物凄く浅い角度なので甲板にはそれほど落ちてこないんじゃないでしょうかー?
S:じゃあ、この図っていうか絵を見て下さいな
  落角15度で突っ込んでくる砲弾がどっちに多く当たるかだ
  勿論、船体の高さと幅によって変わってくるんだけど、15度だと過半数の砲弾が甲板装甲に当たる
  よっぽど射程の長い大砲で無い限り、15度とは20kmでの戦艦主砲の落下角度に相当するから
  20km以上の距離で戦う場合、甲板への砲弾直撃を考えておかないといけない
  良いかい、戦艦級の場合、船体水線高さと船体幅は凡そ1:4〜5だ、幅の方が大きい
  15度で落っこちてくる砲弾だと高さと幅が同じなら、側面、つまり舷側装甲に多くがあたるけど
☆:幅が5倍なら甲板の方に多くがあたるんですねーっ
S:そゆことだ
  船体のデザインしだいで数値は変わるんだけど
  2万より遠くだと甲板に多くが当たる、これが基本だ
甲板に当たる確率

★:この距離だと威力はどのぐらいでしょう?
S:砲弾と装甲の角度が極めて浅いんで、砲弾のエネルギーから見たらきわめて小さい数字になる
  だけどエネルギーは大きいんで、凡そ60〜80mmを打ち抜ける
  これは当時の戦艦級が張っていた甲板の装甲だとちっとばかし足りないぐらいだね
  結果、ぶち抜かれる奴が出てくるんだ
★:今までは問題とされなかったのですか?
S:一つは、戦闘距離が短かったからだ
  極めて浅い角度で突入するなら、甲板にも浅い角度で当たる、だから貫徹力は弱い、気にする事は無い
☆:でも、例えば5,000mで戦ったら甲板には殆ど当たらないし、貫徹力なんか20mmとかそんな物では?
  なんで50mmとかの装甲を張っていたんですかーっ?
S:舷側装甲を貫いて突っ込んできた砲弾は次に何をするかな?
☆:えっと・・・爆発?
S:そう、300kg以上もある砲弾が爆発するんだ
  内部に入ってる火薬の量は全然小さくて少ないんだけど
  この300kgの塊がバラバラに砕け散って船体内部を切り裂く
  弾片、スプリンターと呼ぶ物だね、これが砲弾による破壊効果の一つだ
  そしてその弾片は高速で飛び散る鋼鉄だから、つまりは飛んでくる砲弾と似たような物だ
  それの拡散による被害を食い止めるのも同じ事が通用する、つまり分厚い鉄板で周囲に飛び散るのを防ぐんだ
  だから船体は甲板とか比較的大事なところに弾片防御を目的として25〜50mm程度の装甲を施してある
  大抵の戦艦は何層かの甲板にこうした防御をして被害の拡大を防いでいるんだ
☆:やる気満々で突っ込んでくる大口径徹甲弾対策じゃなかったんですねーっ
S:そうだね、そしてもう一つが、口径の大口径化だろうな
★:大口径ですか?
S:そう、威力と射程を向上させるいちばん簡単な方法は
  最初の方でやったよね、大砲をでっかくするか、砲弾を高速で打ち出すか、この2つだ
  英国は12インチ、つまり305mm砲で
  沢山の装薬を使って、そのエネルギーを活用するべく長い砲身の大砲を作った
  ところが、この長い砲身は釣り竿のように撓ってしまったんだな
  勿論しなるっていっても目で見て判るような物じゃないんだが
  20km先に打ち込むと、かなり弾着がばらついてしまう事が判った
  つまり撃ってもイマイチ命中率が良くない、困ったもんだ
★:それで大口径に走ったんですね
S:長細い砲身で軽量砲弾を高速で打ち出すのは魅力的だったんだけどね
  英国はここで343mmと言うサイズに戻った、この大砲は良好な成績を収めたんだが
  ここから、弩級を大きく凌駕したものとして超弩級と呼ばれるようになったんだが
  まあ、別に大砲がちょっとでかくなっただけで、本質的な所は変ってない
  さて、この事件っていうか流れは大きな意味が隠されている
  まず『重たい砲弾は速度が落ちにくい』
  そして『高速な砲弾は速度が落ちやすい』
★:つまり距離が離れるにつれて威力差が広がるんですね
S:そうだね、2万ぐらいで撃ったら343mmは305mmよりもだいぶ威力が大きいだろうね
★:砲口での貫徹力は、305mm砲が427mm、343mm砲は439mm、同等ですね
  でも、1万ヤード(9,144m)ですと284mmと318mm、差が出てきていますね
S:たぶん2万mまで行ったらもっと差が出るな
  つまり大口径砲は遠距離になっても威力が残っているんだ
☆:つまりっ、想定外の方向から、妙に強力な砲弾が襲い掛かってきたんですねーっ
S:実際問題として、戦闘距離は決して2万だけじゃなかったんだよ
  多くの戦艦や巡戦が酷い損害を受けたのは比較的近距離だったんだ
  さて、この1万ヤードでの貫徹力を見て考えてくれ
  大抵の戦艦の舷側装甲はどのぐらいだったかな?
★:概ね30〜33cmぐらいですね
S:勿論、もっと装甲が薄い奴もいるし、もっと威力のある砲弾もある
  でも、そう簡単に戦艦の装甲とは打ち抜かれない物だったんだ
  つまり、どっちが先に力尽きるかというチキンゲームになる筈だったんだ
  だけど早期に致命傷を負って脱落する艦艇が増大してしまった
  これと、巡洋戦艦と戦艦の機動力の違い
☆:戦艦が救援に追いつく前に巡戦が脱落しちゃうんですねーっ
S:また殴り合いでもう一つの問題も防御力だった
★:例の甲板の穴以外ですか?
S:リュッツオウやインビンシブルは舷側を貫かれて致命傷になった
  甲板装甲だけじゃ無いんだよ
  遠距離砲弾の雨を潜り抜けた巡戦が突っ込んだ結果なんだが
  さっき言ったように、一万ヤードで28〜32cmをぶち抜くんだから
  戦艦は兎も角、巡洋戦艦はキツイ
★:ジュットランドに参加した、巡洋戦艦の装甲は
  英軍のが152〜229、ドイツで250〜300mmですね
S:つまり1万ヤードだとかなりヤバイ、特に英軍の場合危険だね
  戦艦の射撃を受ける事を考えていない装甲だったんだ
  そして戦艦級の火力が急速に引きあがった事で大きな問題になる
☆:遠距離だと上から砲弾が来るし
  近距離だと舷側を貫かれる・・・装甲の重要性が引きあがりましたねっ
S:そう、つまり巡洋戦艦では防御が足りないってのがはっきりと判ったんだ
  この事は超弩級、つまり戦艦の一撃の威力が急速に引きあがったことで各所で予想される部分でも有った
  次は、この威力の競争を考えてみよう



第十五章『 Home My Home 』


S:戦艦の火力というのは、基本的に一撃の大きさだ
  装甲艦の登場以降、敵の装甲をぶち破れるのかどうかが一番重要なところだった
  弱い大砲が幾らあっても駄目、とにかく強力な奴が欲しい、これが基本だ
★:前弩級戦艦とかは大抵連装砲を装備していますね
S:命中を稼ぐ為だね
  同一諸元に基づく全量投射が行われる以前は
  強力な大砲一つ、照準一つが一番効率がよい
  でも、それだと一回の射撃で飛ぶ砲弾がイッパツしか無い
  それが外れると哀しいよね
☆:だから、連装にしたんですねーっ
S:そう、この場合左右の大砲は同じ照準が使われるから
  例えば右側で撃って、弾着を見て、左の大砲を修正照準で撃つ
  こうすればかなり早期に命中を得られる
  単装で大口径よりは、連装で少し小さい方が精度では有利だったんだろうな
  これが同一諸元でドッカンと撃つようになると、連装だろうが単装だろうが、実はあんまし関係無い
  一斉射撃にどれだけ砲弾が投入されるか、つまり散布界の大きさと密度だけが重要になる
  ここでも大砲の数は威力ではなくて、命中を稼げるかどうかという概念の問題になる
  もし、30サンチ12門の戦艦と36サンチ8門の戦艦を比較した場合、どっちが強力だろう?
★:たぶん、30サンチ多数は命中弾数では有利でしょうけど
  威力は36サンチの方が有利なんですよね・・・
S:これは命中速度と廃艦所要弾数で考えれば良い
  つまり、どれだけの時間で、どれだけの射撃が出来て、それがどのぐらい当たるのか
  更に、敵艦を叩きのめすにどれだけの手数が要るのかだ
  良いかい、砲撃とは「時間」が大事な要素になる
  敵を叩きのめす時間、その間に敵がどれだけの射撃をしてくるのか
  そして、防御性能と耐久性能で、それにどれだけ耐えられるのか
  そういった要素要因は「時間」で表現される部分が物凄く大きいんだ
  イッパツで撃破っていうのは基本的には考慮の範囲には無いんだな
☆:となると、ここで問題になるのは・・・
  30サンチの命中速度と36サンチの命中速度、そして廃艦所要弾数ですねっ
S:この必要な手数は、弾頭の大きさ(破壊力)の二乗根に比例する
  ただし、装甲を貫徹出来るなら、その効果は数倍に引きあがる
  30サンチと36サンチだったら、砲弾の重量は1.6倍ぐらいだから
★:廃艦所要弾数は、たぶん1.26倍になりますね
  となると、砲数が1.5倍で、命中数が比例するなら30サンチ12門の方が有利です
S:うん、じゃあ、計算してみよう
  とある戦艦の命中速度が0.5だったとしよう
  これは毎分0.5発の命中が期待できるって事だね
  これで敵艦に20発叩き込めば廃艦出来るとすると、凡そ40分かかるという計算になる
  実際には敵も反撃してくるので、敵の射撃に40分晒されて無事なのかってのも考えるべきだけど
  火力は最終的に、敵艦をどれだけの時間で叩き潰せるかで考えるべきなんだな
  その観点で言うなら   大口径少数と小口径多数で、どっちが早期に敵艦を潰せるのかで比較するべきだろう
  例えば、36サンチ12門の扶桑型戦艦と40サンチ8門の長門型戦艦の命中速度は
  多少扶桑型が良好だけど、これは砲数が多いからだね
  ところが両者の主砲威力は、対戦艦の廃艦所要数で最大で4:3にまで広がる
  貫徹出来るかどうかの違いが倍ぐらいの効果に繋がるんだな
★:となると最終的な威力は長門型が有利になりますね
S:ざっと日本軍の射撃演習の結果とかを見ると
  砲数が多くてもあんまし有利ではないかもしれない
  8門と12門で、まあ、2割ちょいの違いになる感じだ
☆:えっと、砲数の二乗根ぐらいでしょうか?
S:たぶん、そんな物だろう
  ちなみに、扶桑型と長門型だと、武装重量は殆ど同じだ
  時間辺りの砲弾投射量では扶桑型の方が多い、つまりそれだけ砲弾を沢山消費する   つまり同じ重量を使うなら、長門型の方がずっと良いって事になる
★:手数はそれほど重要じゃないのですか?
S:威力も違うからなんだけどね
  じゃあドレッドノートと前弩級戦艦で殴りあった場合を考えてみよう
  射撃精度、つまり命中速度は砲数の二乗根として、約1.44倍
  両者の耐久性能が同等で、そうだな、30発で廃艦、15発で戦力半減としよう
  そうなると、例えば、前弩級の命中速度を任意で0.3として、ドレッドノートは?
★:0.42ですね
S:双方が殴りあいをしたとして
  ドレッドノートが前弩級を戦力半減に追い込むには?
★:0.42の15発ですから約35分です
S:その35分で、前弩級はドレッドノートにどれだけ当てられる?
☆:10.5ですねーっ
S:この段階で前弩級は戦力半減だから、命中速度0.15に落っこちるとしよう
  さて、ドレッドノートは後4.5発受けたら戦力半減だな
  それに、何分?
★:約30分です
S:その頃にはドレッドノートは前弩級を殆ど廃艦状態に追い込むな
  つまり、実質1.4倍の戦力差があると、多少の被害を受けるだけで勝てるんだ
  これは、命中速度と廃艦弾数という2つのファクターで大きく推移するんだけど
  もしドレッドノートが高速を生かして頭を押さえるとかそういう運動をした場合
  もうちょっと両者の命中速度は変化するだろう
  だけど単艦でドッグファイトするならともかく、艦隊で運動する場合、これは中々難しいな
★:前弩級が前の主砲しか使えない状況だったとして
  命中速度は0.2ぐらいでしょうか
S:まあ、最初に設定した命中速度に拘る必要は無いんだけど
  そうしたら、結果はどのぐらい変わるかな?
★:さっきはドレッドノートが戦力半減になるかどうかぐらいで終わりましたが
  命中速度倍ですと・・・
  戦力半減に追い込まれる前に7発を当てて、最終的に11発ですね
  思ったより変化しません
S:さて、ここからが問題だ
  前の2門しか使えない状態だと本当は命中速度はどのぐらいになるだろう?
  そうだな、面倒だから散布界は一定、夾叉しているという条件で考えてみよう
★:散布界の大きさがどのぐらいかですね
S:面倒だから直径200mの円とすると?
☆:艦艇の大きさを長さ150m、幅25mとして
  2発放って、どっちかが掠る可能性は22%ぐらいですねっ
  4発だと・・・40%ですーっ!
S:艦艇の砲撃の場合、散布界は大砲の性能に大きく依存するので
  大して変わらないとするなら、2門と4門で放った場合
  命中する確率は倍近く変わる、これが8門だと?
☆:えっと・・・約64%です
S:4門と8門の違いは1.6倍だ、これもかなり大きい、つまりさっきの命中速度は1.4ではなくて1.6でも良かったんだ
  この条件で8門で2回射撃すると、1発入る確率は約88%
  まあ、7割か8割ありゃ良いとして、4門だと3回か4回射撃すればまあ、何か当たりそう
  そして2門だと6回か7回撃たないと駄目っぽい、つまり命中速度はある程度は数に比例する
グラフ1

S:大砲の数はつまりは重量だから
  少数の大きな大砲を乗せるほうが、小さい奴多数を載せるよりは効率がよい
  だけど、戦術的に意味のある時間に打撃を与えられないとどうしようもない
  8門から10門備えていると、夾叉した場合の命中率は充分に高く
  4門以下と比較した場合、戦術的に有利を主張できるだけの命中速度差を発揮可能だ
★:でも、1.5倍ですよ、そんなに有利ですか?
S:8門は4門ずつの交互で撃っても良いんだ、この場合精度同じで手数倍で、やっぱり圧倒的に有利だ
  てなワケでグラフに追加だ
グラフ2

★:この数値は?
S:2度の射撃で両方共に命中が出る確率だよ
☆:かすかですが、S字型のカーブですねっ
S:さて、どこらで傾向が変わるかな?
★:4〜12ぐらいが砲数に従った感じで増加しますね
S:これに戦術的な条件、例えば前にも後にも撃ちたいとかそういったのが加味されると
  ある程度見えてくるだろう、それが凡そ6〜12門装備って事だったんだ
  これは散布界の大きさと目標のサイズでも変ってくるんだけどね
  また、距離によっても違う、何故なら命中する確率は他の要素も関ってくるからだ
グラフ3

☆:ふえ〜、砲数が増えても命中率は増えなくなりましたーっ
S:散布界の大きさってあるけど、正確には直撃弾発生率の大小でこうなると思ってくれ
  そしてこれは距離によって変化する物だね
★:目標サイズは判ります、でも距離ですか?
S:正確には落角だ、次はそっちも考えてみよう



S:落角が及ぼす命中への影響だね
  では落角が違うと、どうして変わるのかだ
  まずはこんな事を考えてみよう
  適当な大きさ、そうだな、ティッシュの箱を持ってきて眺めてみよう
  こいつを目標の軍艦だとしよう、長さと幅と適当な高さのある物体だ
  まずは真横から、ティッシュと同じ高さに目線を置いてみよう
  見えるのは目標の長さと高さだ
  ここで目線を砲弾だとして考えてみよう
  照準をティッシュの箱のど真ん中に置いておく
  弾道は目標の高さ分と長さ分の範囲にばらついても許してもらえるね
★:ばらつきの許容は高さと長さに依存するんですね
S:じゃあ、目の位置をもっと上にして見下ろしてみよう
  砲弾が当たる可能性=暴露面積だ
  これはどう変化するかな?
☆:ティッシュの箱は高さと幅が余り変わらないから変化は・・・
S:じゃあ、箱を二つ並べてごらん
★:かなり変化しますね、目線の位置を高く、つまり砲弾落角が大きいと上面が見える度合いが大きくなります
S:これは砲弾が遠距離だと甲板に当たる確率が大きいと言う事から想像がつく事だね
  さて、見える量の変化は判ったけど、これは実際にはどう影響するのかだ
甲板に当たる確率

★:さっき使った絵ですね
S:上側に当たる砲弾のラインをそのまま延長すると
  つまり砲弾が目標に当たる可能性は船体の幅よりも大きな範囲になるんだ
  もし、幅が30mの艦艇が居たとして
  そいつに砲弾が当たる確率は、30mの範囲では無く、50mぐらいの範囲になるんだよ
  これは見てのとおり、落角が小さい方が範囲は広くなる
  つまり近距離だと、測距の誤差が極めて大きくなるんだ
  これは直射距離という概念で使われる事もあるね
  砲弾は上昇して下に落下するけど、もし目標の高さがある程度あって
  砲弾の上昇量がそれよりも小さいなら?
☆:飛び越えないで当たりますーっ
S:まあ、これは極端な例だけど
  許容範囲(距離方向)は目標の高さと幅から、それなりの大きさになるんだ
  戦艦級の船を相手にした場合、例えば落角3度だと許容誤差は180mぐらいになるね
  つまり散布界の距離方向のバラツキが200mぐらいだと
  殆ど全部が当たるって事だ
  こういった条件だと、砲数=命中数に限りなく近づく
  落角30度だと許容範囲は35〜40mぐらい、200mの散布界だと6発ぐらい放てば何か引っかかる
★:ある程度の砲数を要求するのは落角が大きい、つまり遠距離の場合だと?
S:そーゆー事になるね
  この数値がどんなのになるかは簡単な三角関数だから難しく考える事は無い
  近距離になれば照準や弾着が甘くてもどっかに当たるって思えばよい
☆:じゃあ、遠距離と近距離では命中率もだいぶ変わるんですねっ
S:そゆことになる、だから砲数が多いほうが有利になるのも判るね
  古い世代の艦艇はとにかく沢山の大砲を積んでいた
  それは近距離だと測距許容誤差が大きかったのも有るんだな
  5,000mで撃ち合った場合、落角は3〜5度ぐらいだから、許容誤差は120〜150mになる
  照準が多少ばらついても何とかなるな
  実際には軍艦は上部構造物も大きいからそゆとこに引っかかる率も考えると?
★:数百m程度は誤差の範囲ですね、どっかに当たるんじゃないでしょうか
S:つまり、最初に、大体5,000mで射撃っ!て号令出したら
  この範囲から敵艦が出ちゃわない限り、あんまし真剣に弾着観測して修正する必要も無かったんだ
  だから、とにかく使えそうな威力のある武器を沢山積んでみたんだな
  これが1万m程度になると落角は5〜10度になるね
★:直撃範囲は100m弱ですね
S:一気に命中率は下がるな
  入念な観測をして修正をこまめに入れないと夾叉範囲から目標が簡単に逃げちゃう
☆:2万だと落角は20度近くになるんですねーっ
S:そう、大砲の限界に近い距離だと落角は急速に増大する
  こうなると命中させるのは凄く大変だ、散布界の密度と弾数が命中率に大きく影響する
  いいかな、大砲の数量は、命中させられるかどうかを、つまりは命中速度を稼ぐために存在するんだ
  数による威力という側面は特に大型装甲戦闘艦の場合はあまり考える必要は無い
  そして、この落角が命中率に、つまりは命中速度に大きく影響する物だというのもわかるね
☆:落角が小さい方が直撃範囲が広くなりますねっ
S:そして、基本的に
  射程距離の大きい大砲は、同一距離だと射程の短い奴より落角が小さい
  さて、射程が大きい大砲ってのは?
★:初速が高くて・・・砲弾が重たい?
S:そう、そして、一般的に大口径の方が射程は長いね
  同じように造れば砲弾重量は口径の三乗に比例するけど空気抵抗は二乗に比例するから
  大口径の方が空気抵抗による速度低下率が小さい、よって射程が長い
  それは同じ距離なら落角が小さいって事でもある
☆:つまり、大口径砲は遠距離射撃では小口径よりも有利なんですねーっ
S:あくまでも落角だけで見たらね
  でも、例えば30サンチでも40サンチでも大体似た条件で戦うから
  そうなると大口径砲は精度でも有利になるだろう
★:じゃあ、小口径多数よりも大口径を適度積めば、異常な近接戦闘以外では射撃効率でも破壊力でも有利ですね
S:そう、だから、戦艦とかでは大体似たような数量の大砲を装備しているんだね
  以上が、ドレッドノート以降の戦闘艦艇に共通するルールだ



第十六章『 Dear.Little sister 』


S:さて、色んな角度で見てきたら判っただろ
  ある程度の数の大砲を積んでいる事
  戦闘の推移に追随できる速度
  敵の攻撃力に充分に耐えられる防御力を持った存在こそが最高の戦闘艦艇であると
★:それが超弩級高速戦艦だったのですね
S:そうゆう事だね
  そして速度は戦闘の推移に追随する為の物だから
  敵の戦闘部隊の速度や味方の支援部隊の速度にも大きく影響される
  何ノットあれば良いってのは間違いだ
  敵味方が鈍足なら、自分だけ速くても意味は無い
★:敵味方あわせて、その中で高い速度を持っていることが重要ですね
S:そして、機動力とはソフトウェアだってのも忘れないでね
  単に速度が速くてもそれを活用できる戦術なりを持っていないと、やっぱり意味は無い
  例え、それが突撃という選択でもだ、速ければよいって物ではない
  重要なのは突っ込むという決断なんだから、その決断を間違えると
  高速艦艇が揃ってるのに鈍足艦を捕まえるのに苦労することになる

S:さて、高速の装甲戦闘艦が最高だと判っても、中々これに踏み切れない
  理由は、ハイパワーな機関を用意するのが無茶苦茶困難だったからだ
★:巨大で場所を取るからですね
S:そうこれに技術の発展を待つしかなかったんだ
  それと、巨大な船体を許容できる様々なインフラもだね
★:単純に考えても巨大な船体を収容できる大きなドックが欲しいですね
S:それと以外と忘れがちなんだが、燃料の補給もだ
  高速で走り回ったら燃料も一杯消費するから、艦隊への燃料補給とかも大事な事だ
  そういった各種の整備にお金がかかるし
  数隻だけが高速では浮いちゃうから、艦隊全体が高速である事が大事になってくる
☆:戦艦が沢山有ると、それらを一挙に高速化するのは大変ですねーっ
S:第一次大戦直前ぐらいの英国はこれをしようと画策していたんだな
  燃料を石炭から補給がしやすくて、更にカロリーの高い重油に移行させて
  更に最新技術の積極的導入も行って、戦艦の高速化を推進した
  これには速度の信奉者が中核に居た事も大きな影響を齎しているんだろうな
  そうして完成したのが
☆:クイーン・エリザベス級ですねっ
HMS Queen Elizabeth 1915
S:そう、クイーン・エリザベスは24ノットの速度が出る戦艦だった
  これは巡洋戦艦の25〜28ノットに比べると劣るけど
  一般的な戦艦が21ノットちょいなのに比べると、相当に高速だったんだ
★:これなら巡洋戦艦と組んで走り回ることも可能ですね
S:そして、彼女は当時最大の381mm主砲を搭載していた
☆:今までは305mmとか343mmですから物凄く大きいですね・・・
S:そして、その火力に見合った330mmの装甲を張っていた
  つまり、最も高速で、最も大火力で、最も重装甲の戦艦の登場だ
  ドレッドノート以降の戦艦の基本的な仕様を最も良く満たした戦艦だったんだ
  そしてこのコンセプトは基本的に正しかった
  ジュットランド海戦で、巡戦の殴り合いに積極的に介入できた戦艦は彼女達QE級だけだったんだ
  ドイツ巡戦の被害のかなりの部分はQE級からだったんだ
  そして、当然だけど、無茶苦茶に撃たれたんだが
  巡戦と違ってちゃんとした装甲を持っていたことも有って、一隻も沈まなかった
  ウォースパイトはやばかったんだがな(笑)
★:また、ウォースパイトですか・・・
  良く出てくる艦ですね・・・
S:近代海軍史で一番暴れた戦艦だからな
  さて、QE級で示された物は、高速戦艦は最高だって事だ
  日本が建造した長門型はこのQE級を、もっと高速、もっと大火力にした物で
  基本的な考え方は同じだ
☆:でも、第一次大戦前後では高速戦艦ってあまり見かけませんね
S:うん、これは色んな要素があるんだけど
  最終的には機関に重量を回す余裕が少なかったってのが大きいね
  それと、何度も言うけど、機動力を活用するにはソフトウェアが必要だ
  ペアを組む高速な巡洋戦艦の存在も重要だったんだな
★:そして巡洋戦艦は防御力があまりにも足りないと?
S:どうかな・・・
  実際にドイツの巡戦はかなり頑張ったから、装甲をちゃんと張れば成立すると思うよ
  そして、この装甲をちゃんと張った巡洋戦艦がフッドだ
☆:『マイティ』フッドですーっ
HMS Hood 1920

S:このフッドはQE級と同じ主砲を同じだけ搭載して
  そして、防御も重装甲になっている
  攻防性能はQE級とほぼ同等で、速度は30ノット以上
★:理想的な艦ですね
S:そして、排水量が4万トンを超えちゃった
  ちなみにQE級もでっかい艦なんだけど、3万トンに達していない
  場所と重量を食っているのは機関だ
  フッドは最新の軽量ユニットを採用したんだけど、それでもこうなった
★:両者の要目を見てみます
QE フッド
就役 1915 1920
常備 27,500t 42,670t
出力 75,000馬力 144,000馬力
速度 24ノット 31ノット
武装 381mm*8
152mm*16
381mm*8
140mm*12
装甲 330mm 305mm(傾斜)

S:完成時期では5年違うけど、計画年度で言うなら3年しか変わらない
  途中で戦争が終わったってのが一番大きな影響だね
☆:えっと、馬力が殆ど倍ですねっ
★:高速発揮のためには大出力が必要で、それを積むには大きな船体が必要なのですね
S:ここまで無体にでかいと建造費も無茶苦茶になるね
  サイズ=価格だとしたら、フッドを数隻造るならQEをもっと沢山造っても良いよね
  これが理想的高速戦艦で構成された部隊を阻害する最大の要因だろう
  何処の国も、高速な戦艦、強力な巡洋戦艦を望んだけど
  それは技術的にも価格的にもキッツイって事だったのさ
☆:結局何処も手を出さなかったんですか?
S:米国は英国の手を借りる事で何とかレキシントン級巡洋戦艦の設計を完成させて起工した
  日本はフッドが登場するまで世界最強の巡洋戦艦を4隻持っていたね
☆:金剛型ですねっ
S:そう、この金剛は英国製だったよね
  設計図を購入して国内で同型艦を建造しているけど、つまり英国の技術を導入している
★:つまり、英国の技術導入で日米は巡洋戦艦の技術を入手したんですね
S:そゆことになるね
  第一次大戦の勃発前に既に金剛型、つまり超弩級巡洋戦艦を入手していた日本は
  それによって、超弩級戦艦の技術、巡洋戦艦の技術の二つを手にしたんだ
  それで、超弩級戦艦の建造を開始しつつ、超弩級高速戦艦の開発を開始して
  第一次大戦末期から戦後にかけて、超弩級高速戦艦と巡洋戦艦で構成された戦艦部隊を計画するんだ
★:八八艦隊ですね
S:そう、米国は対抗して同様に大艦隊を計画するんだけど
  巡洋戦艦に乗り出すのが遅れた分が響いているのか
  早い話、低速で強力な戦艦と高速過ぎる巡洋戦艦の組み合わせになっている
  これは個別の性能でいうなら極めて強力だけど
  艦隊という単位で見た場合、ジュットランドで失敗した英独艦隊と全然変わらない
  言い方は悪いけど、旧時代の発想のままだったと言っても良いだろう
☆:個々の艦艇がドッカンドッカンと殴りあうという次元でしか考えていないのですねーっ
S:まあ、そこまで酷くは無いけどね
  巡洋戦艦が33ノット、戦艦が21〜23ノットってのは、つまり共同戦闘にはならないって事だ
★:じゃあ、この巡洋戦艦は何のためですか?
S:艦隊前方の偵察だろうな、威力偵察には最高だろう
  でも、それなら軽巡洋艦を多数用意した方が良さそうな物だね
☆:いざ艦隊同士が殴りあった場合には役に立たないと?
S:そんな事は無いよ
  ただ、そのサイズ、つまりコストに見合った効果は無いだろうね
★:日本の計画では戦艦が26〜29ノット、巡戦が30ノットですね
S:これはつまりコンビを組んで殴りあうのに見合った構成だね
  勿論、この性能も色んな要素が絡み合って決まったんだが
  根底にあるのが艦隊戦闘において有機的な運動を行ってフクロにするという発想だった
  でもって、誰もが真っ青になるような予算が必要だったんだ
☆:高速戦艦を16隻もですからねーっ
S:フッドよりも巨大だもんな、よくもまあって感じだ
  英国も日米の競争に対抗して、やっぱり強力な戦艦を計画する
  G3とかN3って呼ばれる戦艦・巡戦だね
  ざっと見ると速度は日米の中間ぐらいだな
★:戦艦が24弱、巡戦が32ぐらいですね
S:この速度の決定要因は何かと言うと、既存の戦艦の活用なんだ
☆:そっか、英国は弩級戦艦と超弩級戦艦を沢山持ってますーっ
S:そいつらの速度が21ノットちょいでしょ
  これらと組んで戦う場合にあんまし極端に速くても意味は無いね
★:巡戦と一緒に走るのは駄目ですか?
  フッドはともかく、他の巡戦はそんなに極端には速くないです
  確か25〜28ノットですから、同じぐらいあっても
S:新型戦艦はその巡戦群の直後で支援をするぐらいの速度は有るから
  まあなんとかなるんじゃない?
  個人的には英軍は巡戦と戦艦のコンビを放棄したんじゃないかと思うけどね
☆:放棄ですか?
S:結局さ、巡戦・高速戦艦ってのはどう頑張っても戦艦よりも攻防では劣るんだ
  つまり敵戦艦と遭遇したら負けちゃう
  負けないようにするとQEやフッドみたいに巨大化しないといけない
  これには無茶苦茶に金がかかる
  となるとこのコンセプトは放棄するしか無いんだ
  巡戦は米国がそうだったように、別個の存在として扱い
  何かそれに見合った使い方をすればよい、特に既存の戦艦が低速ばっかだとこの考え方も魅力的だよね
★:じゃあ、国力が貧弱な日本は何故、そんな馬鹿げた方向に走ったのですか?
S:国力が無いからだよ
  数を揃えることが出来ないから性能に走ったんだ
  コストパフォーマンスでは悪い事は判っても、沢山の軍艦を造る事は出来ないから
  なけなしのお金で一番すっごい奴を揃えようとしたんだ
  本編でも言ったように数は力だよね
  そして数があれば色んな方面に手を出す事が出来る、戦略的自由度は飛躍的に上がる
  だけど、戦略的自由度を捨てて考えた場合、性能重視は重要なポイントになってくる
  戦場で制御できる数には上限がある
  沢山揃えても、活用できないんだ、そういった余った艦艇は別方面で活用すれば良いんだけど
  日本軍はそういった方面を切り捨てて、たった一方面に全リソースを投入する方向に向かったんだ
  この場合、適当な性能の艦艇10隻と、超高級艦10隻で殴りあうから、たぶん勝てる
  そして、それに勝てば、敵が別方面から慌てて回してくる艦隊にも、もしかしたら勝てるかもしれない
  たった一枚の看板で予備を最低限に切り詰めた構成なんだ
★:まさにコスト度外視の思想ですね・・・
S:もっと国力があれば、こんな構想はしなくても良いんだけどね
  それと、日本の場合は、一線級と判断できる戦艦や巡戦の数があまり無かったのも重要だ
  第一次大戦後半以降、戦艦とは超弩級ってのが半ば当然になりつつあったけど
  日本は超弩級の戦艦と巡戦が各4隻
  これは1920年の英国の超弩級が、戦艦24隻、巡戦6隻と比べると極めて少ない
  つまり、どうせ実質戦力としてカウントされる分が少ないから大幅リニューアルに走りやすかった
★:英国ですら、戦艦と巡戦の比率は4:1なんですね・・・
S:そう、巡戦は補助的戦力という側面が強かったんだな



第十七章『昨日のように明日のように』


S:さーて、毎度おなじみのワシントン条約だ
★:またですか・・・
☆:佐祐理は条約の影響は嫌になる程聞かされましたーっ(;_;)
S:だぁう、だまらっしゃい、戦艦の場合も当たり前だけど影響が一杯有ったんだ

★:仕方が無いですね、では簡単にお願いします
S:うん、他の艦艇ほど重要じゃない
  まずは新造戦艦がキャンセルになったね
  これは各国とも巨大プロジェクトを停止できるんだから基本的に助かった
  そして旧式戦艦の大量処分が行われたけど、これも一級艦が無くなるわけじゃない
  補助艦艇では旧式戦艦の手助けが無くなったんで大慌てになったけど
  艦隊主力である一線級の連中はあまり気にならない
  問題は、第一次大戦の戦訓だった
★:速度の重要性と防御問題ですね
S:条約では舷側装甲の張り足しは認められないから
  基本的に甲板装甲の追加と発達の著しい魚雷への対応として水中防御の強化
  それと射程距離の延伸として主砲仰角の引き上げ、更には新型の射撃指揮装置の搭載
  それに新型のボイラーに交換して燃費を改善して、更には多少だけど馬力アップ
  まあこんなのが多くの国の戦艦で改装として施された
★:速度の改善はあまり無かったのですか?
S:殆ど無い、さっきのフッドとQEを見れば判るでしょ
  馬力を倍にでもしないと速度なんて簡単には上がらないんだ
  防御強化とかで重量も増加しているから
  ボイラー交換による軽量化や馬力向上はそっちで食いつぶされちゃう
  やるとしたら、もっと抜本的な、造り替えに近いお金と時間が必要だ
  そして、戦艦の戦力がその大砲の性能で殆ど決まる以上
  気合入れても、実際の戦力が向上するって程でもない、金と時間の無駄に近い部分がある
☆:でもーっ、日本はやっちゃいましたよーっ?
S:だから金が無いからさ
  新造戦艦が無い状況なら、改造戦艦は既存の戦艦よりも有力だよね
  つまりは性能の優位を発揮できる部分が多少なりとも存在する
  また、条約の期限が切れても、日本は新型戦艦をポコポコ造れる訳ではない
  どうしても既存戦艦の重要性がそれなりに出てくる
  英米が第一次大戦末期に計画したように、既存艦艇の活用という部分は無視できないんだ
  日本の事例だと、新造戦艦が一定量揃うまでのピンチヒッターとしての意味合いが強い
  だから条約期限が切れる直前までは戦艦の改造は熱心だったけど
  期限が切れた瞬間に新型戦艦の建造に切り替えた
  これは、その時、その瞬間で戦力としての意味とか期待度が違うからなんだ
  第二次大戦のはじまった瞬間とか、条約締結の瞬間だけじゃ無いんだ
  ある時期に、どのぐらいの戦力があるのか、それは他国と比べて相対的にどうなのか
  そういった観点で考えると
  日本がギリギリのスケジュールで必死になって旧式戦艦の改造した経緯が見えてくるよ
★:他の国がそこまでやらなかったのは、やっぱり新型艦の建造に頼る部分が強かったのでしょうか?
S:英国の場合、戦艦の数量が余裕有ったからってのもあるね
  条約時代、フランスは超弩級戦艦を少数しか持っていなかったし
  それは英国の戦艦と比べたらずっと弱体な物だったし
  イタリアはもっと弱体で、ドイツは実質的に軍備が無い
☆:無理に予算を圧迫させる必要は薄いですねーっ
  でも日米の艦隊は意識しなかったんですか?
S:米国と対抗する場合、数量的には同等だけど
  どうせ太平洋にも米戦艦は回さないといけないから、数量で負けるとは思えない
  米国の戦艦が必死こいて改装してるなら考えるかもしれないけどね
  日本に対しては数量で有利だから、これも積極的に対抗する必要は薄い
☆:じゃあ、米国が改装に積極的ではなかったのは?
S:まず、米国の戦艦もちゃんと改装をやってます
  日本と違って無茶苦茶な改造はしていないけど、先に上げた内容に相当する事はやってる
  それ以上の狂った違法改造に近いような馬鹿をしなかったのは予算らしいね
  勿論、必要となったら新型をポコポコ造れるってのもある
★:なんか、貧乏な国って悲惨ですね・・・
S:そう悲惨なんだ、余裕が無いからかえって効率の悪い事をして、もっと貧乏になる
  さて、こうした条約の制限から解放された戦艦の時代を見てみよう



第十八章『いつか空に届いて』


S:軍縮条約は日本が脱退を決めた事で、実質的に終わりを告げた
  結果、この辺りから各国が新型戦艦を建造し始めるわけだ
  こうした新型戦艦は第一次大戦の戦訓を充分に盛り込んだ物になっている
  大戦末期以降の戦艦が、いわゆる『ポスト・ジュットランド』だったのに対して
  こうした新型戦艦は条約型と言われるね
★:ポスト・ジュットランドとは?
S:単純に言うと、遠距離戦闘に合致した甲板装甲を持った戦艦のことだ
  ジュットランドの教訓はいっぱい有るんだけど
  大抵の戦艦では判っていたけど後回しとか、そんな余裕は無いとかそういった部分だった
  だけど、この甲板装甲は無視するわけには行かないほど重大な要素だったので
  既存艦にも大々的に取り入れて改装されたんだが
  こうした対策を建造時から取り入れていたって言うのが、ポスト・ジュットランド型だ
★:じゃあ、条約型ってのは・・・?
S:本当はこっちこそが真のポスト・ジュットランド型だね
  条約の制限事項である基準排水量35,000tと主砲サイズに従った戦艦で
  ジュットランドで明らかになった戦艦として本来有るべき物を可能な限り詰め込んだ
  特徴としては、分厚い甲板装甲、物凄い高速が上げられるだろう
☆:高速性能ですか?
S:ポスト・ジュットランドで問題になったのは
  既存戦艦との整合性だったんだよね
  低速な既存戦艦も活用したいから新型戦艦の速度もそれに大きな影響を与えてしまった
  端からそんなの無視して建造された長門型を除けば、どれも速度が遅い
  だけど、条約で古い戦艦の多くが処分されたのと
  戦艦以外の艦艇が20年近い時間で殆ど入れ替わって高速になり
  更に戦艦の数量が大きく減少した事で、艦隊の戦力に占める戦艦の重要性が減少していた
  こうなると戦艦の為に他の艦艇が有ると言うでっかい態度は取れないな
★:有力になった他の戦力と共同することが重要になりますね
S:カタチは違うけど、つまり日本軍が、ながきに渡って挑戦していたのに近いともいえる
  そうなったら、欲しいのは?
☆:高速戦艦ですねーっ
S:例外だったのは日本だ
  日本は既存戦艦をそれなりに使えるレベルに改造してあったので
  旧式戦力の有効活用も無視できない要素になってしまった
  それでも新型戦艦には高速性能を要望したんだけど、技術的な問題もあってそれを諦めてしまった
  もし、本当に速度が欲しいなら、高速な戦艦を造っただろう
  だけど、そこまで切実とは思っていなかったので、列強の中では低速な戦艦として建造してしまった
★:大金かけて旧式戦艦を大事にしたのがマイナスになったんですね
S:ただし、旧式戦艦も含めると、多数の戦艦がかなりの速度で動き回るんだよ
  これに対抗できるのは、他国では新造戦艦しかない
  結果的に、日本の新旧戦艦12隻より高速な戦艦はどれだけ有った?
☆:英米では・・・あれ?
S:判ったか
  その数量は、何処の国も日本のそれに追いつかなかった
  これが一気にリニューアルしない場合の最大の利点なんだ
  国力の問題で、最終的には逆転されるけどね



第十九章『夢は終わらない』


S:さて、では新造戦艦達をざっと眺めて考えてみよう
☆:えっと、高速で、甲板の装甲が厚いんですよね?
S:単純に言うとそーゆー事になる
  さて、対応防御という考え方は知っているかな?
★:確か、自分の攻撃力に応じた防御性能を持つというものですね
S:そう、それが対応防御という考え方だね
  この対応防御は、一般に何mという言葉で表現する
  2万〜3万mって奴だ
☆:これは2万〜3万mでは自分の攻撃力に耐えられるって意味ですよねーっ?
S:そうだね
  近い側の数字は舷側装甲が耐えられる距離、これより近いと舷側装甲が抜かれる可能性が出てくる
  遠い側は甲板装甲が抜かれる距離だ、これより遠距離だと甲板が抜かれるわけだ
  この対応防御は、想定する戦闘距離に応じて設定されている
  一般的な戦艦の想定戦闘距離は2万mちょっとだ
★:3万の対応防御は過大では?
S:その距離に接近するまでの問題が有るでしょ
  突っ込む前に致命傷を受けるのは困るじゃないか
★:あ、なる程・・・
S:さて、この対応防御って言うのには物凄い落とし穴がある
☆:ふえ?
  最新戦艦なら殆ど最強級の火力なんでは?
S:スーパーヘビーシェルって代物がある
  米軍が開発した砲弾なんだけどね
  こいつは、今までの奴より重たくて、初速が低い
  結果射程距離はそんなに長くない、16インチで34,000m弱ぐらいだ
☆:えっと・・・初速701m/sで弾頭重量は1224.7kgですねっ
S:今までの砲弾だと、初速は768m/sで射程は37,000弱、弾頭重量は1,016kg
☆:重たくて遅い方が速度低下率は低いんですよね?
S:そう、だけど射程が短いと、同一距離での落角は大きくなる
☆:ふえ?
  同じ大砲から撃つんですから、そんなに威力は変わらないでしょう?
S:ゼロ距離だと、今までので754mm、新型だと755mmの貫徹力だ
★:変わらないですね、射程が短い分不利ですよ
S:2万ヤード、つまり18,000mちょいでは412:448になる
☆:速度の低下率が低いからですねーっ
S:でね、3万ヤード、つまり27,000mちょいの対甲板貫徹力が158:194になる
★:2割以上も開くんですか・・・
S:カラクリはこうだ
  射程が短い砲弾は落角が大きい、落角が大きい方が甲板への打撃力は強くなる
  更に、速度はかなり残ってる
  さっきの条件だとね、在来型は落角31.7度、速度は449m/s
  SHSだと34.1度で454m/s、速度が逆転してるんだな
  23,000m弱、つまり2万5千ヤードでの貫徹力は
  在来型が舷側349mm/甲板121mm、新型は382mm/146mmとなる
  この距離は日本軍が想定していた決戦距離ぐらいだよ
  たぶん米軍も同じぐらいを想定していただろうね
  米軍の新型砲弾は最大射程距離を捨てて
  一番重要な決戦距離で最高の威力を出せるようにした砲弾だったんだ
  それに3万mちょい届けば実用上は問題ないだろうね
  こういった別の次元で考えた砲弾が登場すると
  既存の方法論の延長で考えられた安全距離は意味が無くなってくる
  ドイツやイタリアの新型戦艦は15インチだけど砲身を伸ばして
  火薬を沢山使って高速で発射する事で貫徹力と射程距離を得ているけど
  これは見かけの威力は凄いけど、大事な25,000前後での威力は以外と低くなる
★:高速砲弾なら、米軍のそれとは違ったとしても、威力は有るのでは?
S:砲弾の速度は距離が遠くなると空気抵抗で低下する
  次に落下によって加速もする、結果として、大体、最大射程の75%ぐらいの距離が一番速度が低くなる
  射程が4万あると、一番遅いのは3万ぐらいってことだね
★:となると、対応防御で3万にしていても、そこは一番砲弾が遅い距離って事ですね
S:そしてもう一つは落角だ
  これは距離が遠くなると落角は大きくなる
  落角が大きくなると、甲板に当たり易く、また貫徹力も上がる
  これは射程が長い奴の方が、同一距離では落角が小さい
  例えば3万mだとビスマルクの砲弾は32度の落角になる、砲弾重量は800kgで速度は457m/s
  長門の主砲だと34度になる、コッチの条件は1,020kgで462m/sだ
  初速だと、ビスマルクは820m/sで、長門は780m/sだね
★:砲口でのエネルギーだと15%差ですが33%の差になりますね
  落角が違うので、甲板への打撃力はもっと開くでしょう
S:大口径、つまり大重量の優位って奴だな
  スーパーヘビーシェルで無くても、大口径はやっぱり凶悪で、それは距離が広がると大きな差になる
☆:でも舷側への打撃力は落角が小さいので大きいのでは?
S:佐祐理ん、さっき考察したでしょ
  落角15度を超えたら甲板へ当たる確率の方が高いんだ
  つまり、どっちにしても15,000〜20,000mを超えたら甲板に大半が当たる
  そうなったら多少舷側への貫徹力が有利でも意味は無い、何しろ当たらないんだから
  それと、3万になったら30cm抜けるかどうかなんだ、これは大抵の戦艦の舷側装甲には歯が立たないって事だね
  殆ど当たらない、当たっても抜けないんじゃ、そこで多少数値が良くても戦闘能力には何の寄与もしない
  だからビスマルクと長門だと、火力では圧倒的に長門が有利になる
  これが米軍のサウスダコタ級なんかだと圧勝だ、比較にもならない
★:となると問題になるのは防御力ですね
S:ここで問題になるのは、ビスマルクのような大砲は甲板への打撃力が弱いって事なんだ
  ビスマルクは対応防御の距離もそれなりに有るんだ
  遠距離側が27,000ぐらいだったかな
  だけど40cm級の普通の砲弾はビスマルクの砲弾ほどには高速じゃない
  だから上から落っこちてくる、しかも重たくて重力加速も入ってる
  米軍の新型砲弾なら22,000以上なら貫徹するな、ちなみに舷側は25,000以内で貫徹する
  つまり安全距離が無い
  欧州の新型戦艦に共通する問題は自分の特色有る大砲への防御が優先されて
  遠距離での打撃力の大きい大口径16インチ砲弾への対処が弱く
  その打撃力を更に磨いた新型砲弾なんかこれっぽっちも考慮していないって所だね
★:でも欧州の戦艦は近距離戦を考えていたのでは?
S:もしそうなら何でビスマルクの舷側装甲や砲塔はあんなに装甲が薄いんだ?
  第一次大戦で、バーベットや砲塔前盾をぶち抜かれて戦力を喪失した艦が山のよう出た
  もし近距離戦を考えていたなら、それらに対しても対応するのが普通だね
  砲塔数が多いと被弾率も上がるんだから、入念な防御が必要だ
  例えば長門型戦艦は改装で砲塔を取り替えて500mmを超える装甲になってる
  バーベットにも装甲を張り足してるな
  日本軍の決戦距離が2万ちょっとだったことから、この強化はある意味当然だな
  最後まで火力を維持するつもりだったんだ
★:砲塔に被弾したら撃てなくなるのでは?
S:誰だよ、そんな馬鹿な事を言うのは
  ザイドリッツは15インチを喰らっても弾き返して砲撃を続けたぞ
  バーベットに被弾して、その結果、支持筒が歪んだらそりゃ駄目だけどさ
  砲塔被弾=使用不能じゃないんだよ
  そして砲塔の被弾率は高いんだ、砲塔の防御は戦闘能力の維持に物凄く重要
★:じゃあ、欧州戦艦の大半はイマイチな出来だと?
S:技術的な問題とかが有ったんだろうけど
  なんと言うか、熱心さが足りないと思うな、ドイツの場合は単に研究不足かもしれないけど
  一度実質的に海軍が無くなった事の影響が尾を引いているんだろうね
  イタリアの戦艦はまだしもマジメに色々考えている
  失敗した部分も多いけど、熱心に考えているのが判る
  フランスの戦艦は防御が充実していて、火力に勝る敵艦と戦うことも想定してあるように思う
  条約型戦艦で一番重要な問題点は、既に世界には7隻の16インチ砲戦艦が存在するって言う事だ
  これに対してどうやって対処するのかが避けて通れない道だったんだよ
☆:もしくは日本みたいにもっと大きな火力を与えるかですねーっ
S:うん、日本は既存の大砲を大型化したんだな
  これだったら近距離でも遠距離でも満遍なく強力な打撃力が発揮できて
  更に射程距離も伸びる
  一つの器に多くは入りきらないんだな
  高速砲弾で射程を延ばしても通常交戦距離ではあまり利益が無く
  大重量砲弾にすれば威力は稼げるけど近距離じゃあまり利点は無くて射程では不利だ
  いちばん簡単で確実なのは、大型化だったとは言えるね
  また無闇に砲弾を高速化するのは利点が薄い、米軍の新型砲弾を見ればわかるだろ
  日本の大和型が想定戦闘距離で僅かに危険を感じるのが、この砲弾なんだが
  実は、この砲弾で、長砲身砲になったアイオワ級は全然怖くないんだ
☆:はえ?
S:みっしー
★:はい
  米軍の16インチ45口径砲Mk.6と
  16インチ50口径長砲身砲Mk.7の距離別威力です

Mk.6 Mk.7
ヤード 舷側 甲板 舷側 甲板
15,000 520 77 585 71
20,000 448 109 509 99
25,000 382 146 441 131
30,000 324 194 380 169
35,000 266 268 329 215

S:大和の想定距離は2〜3万mだから
  3万ヤードと35,000ヤードの数字を見てくれ
☆:Mk.6の方が甲板への威力が大きいんですねっ
S:大和の甲板防御は200mmだから
  大和は想定距離の遠距離側ギリギリぐらいでMk.6に抜かれる可能性がある
  Mk.7だと想定より向こう側でなら可能性が有るかなって事で
  これはあんまし驚かないだろう
  怖いのは自分達が絶対安全だと思ってる距離で殴り合って被害を受ける事だ
★:そっちの方が怖いですね
S:つまり怖いのはアイオワじゃない、サウスダコタなんだ
☆:これだと、どっちの大砲も近距離側は結構いけますよねーっ
  あれ?
  大和って460mm砲の2万に耐えるんじゃないんですか?
S:耐えるよ、楽勝にね、過大だと判明したぐらいだ
★:でも、あれって410mmですよ
S:これがポストジュトランドでは殆ど間に合わなかった新テクニック、傾斜装甲なんだ
☆:傾斜していると、つまり砲弾と装甲の作る角度が大きくなって貫徹されなくなるんですね
S:これは砲弾の落角にも大きく影響する
  2万mぐらいだと砲弾の落角は20〜25度ぐらいだ
  垂直に立った装甲だと、砲弾は6〜10%厚い距離を通らないといけない
  これ以外にも色んな影響が有るから、実際はもう少し損失がある
  さて、じゃあ、これが20度傾斜した装甲だと?
☆:えっと、40〜45度って事になるんですね・・・
  1.3〜1.4倍ですーっ
S:つまり、普通が1.1倍なのに1.4だから
☆:えと25〜30%ほど効果が大きい事になりますねっ
S:それに避弾経始とか色々関るだろうからもっと差が生じる可能性もある
  まあ、410mmの傾斜装甲は520mm級の防御効果を発揮するわけだ
装甲
★:Mk.7で2万ヤード、つまり大和の対応防御距離より近接して、何とか・・・ですね
S:実際には90〜95%あれば防御が成立するとも言うから
  それだと15,000ヤードでも何とかなるかも知れない可能性がある
  米、伊、仏の新戦艦も傾斜装甲だ、角度とかが若干違うけど
  中距離ぐらいだと、2割から3割効果が強いと思っておくと良いね
  この恩恵は砲弾の落角が大きいほど有効だ
  ゼロ距離だと5%ぐらいしか効果が無い、それと重量面では普通に張るよりも5%ぐらい重い
★:25%効果が有って5%の損失ならプラスの方が大きいですね
S:うん、あとは船体のラインが複雑になったりするとかだね
  これは米国の新型戦艦なんかでは内部配置にする事でクリアしている
  実に良く出来たスタイルだよ



第二十章『 Far Away 』


S:じゃあ、砲弾と装甲が出たから、もうちょっと装甲防御に踏み込んでみようか
☆:基本は分厚い装甲を張ることですねーっ
S:そうだね
  当初の装甲艦は、基本的に船体全域に鉄板を張っていた
  この場合、防御力は物凄いけど重量も物凄い事になる
★:武装や機関に回す量がなくなりますね
S:うん、装甲をぶち抜ける大口径砲は重たいから
  装甲艦を叩く事を狙うようになると、装甲を限定するようになった
☆:ところが速射砲の嵐の為にまた広い範囲になったんでしたね
S:最初のときと違うのは、重要部は厚く、他はそんなに厚くない
  船体の前後とか、中甲板より上の舷側中央部なんかに6インチぐらい
  他は8〜12インチってのが、まあ第一次大戦世代の戦艦の一般的な配置だ
★:広い範囲の薄い装甲に対して大型化した副砲や、中間砲で対抗して
  最終的に、主砲だけを積んだ弩級戦艦へと進むんですね
S:弩級艦は主砲で敵艦を撃つ
  撃たれる側から見たら、主砲弾しか飛んでこないんだから、薄い装甲はあまり意味が無い
  遠距離や斜め方向からの射撃なら多少は耐えるけど、腰を据えた殴り合いではあまり効果が無い
☆:じゃあ、広く厚く張りましょうーっ
S:そうすると無茶苦茶重たくなる
  そこで登場してきたのが集中防御方式だ
  主要防御帯にだけ分厚い装甲を張って、他は弾片や爆弾程度に耐える程度に止めた奴だ
  中途半端な装甲を張っても役に立たないから、大事なところにだけ重点的に重量を配分したんだな
  あんましやり過ぎるのも問題だけど、この方式なら必要な防御力を確保して、重量も押さえられる
★:条約型世代の戦艦は殆どが集中防御方式ですね
S:そうだね、広い範囲に薄く装甲を張っても殆ど無意味だから、これは当然だろう
  副砲やそれに近い規模の砲弾が沢山飛んでくるような状況だったらまた別だから
  第二次大戦の、それもソロモン諸島の殴り合いを考えると、薄くて広いってのも魅力的だけど
  その場合、至近距離から浴びせられる8インチ砲弾に耐えないといけないから
☆:はぇ〜6インチ装甲では足りないですね・・・
S:そうなんだ、そうなったら、結局、主要防御帯なみの装甲が欲しいし
  そんな装甲を全域に張るなんてのは無茶だよね
  装甲に回せるリソースは限られているから、効果の薄いところに使うのは愚かだったんだ
  それと、主要防御帯をなるべく小さくすることも大事だったんだよ
☆:装甲する範囲を小さくすれば、同じ重量なら厚く、同じ厚さなら軽く出来ますねっ
S:そう、その為に配置を工夫したり
  主砲は連装から3連装や4連装といったものになって、防御効率を上げる事に熱心になっていった
★:主砲の連装数が増えると防御上は有利なんですか?
S:例えば連装6基と3連装4基なら3連装の方が砲塔全体の重量は小さくなる
  それと、普通に配置するなら3連装4基の方が長さも短くなるな
  また砲塔の数が増えれば、砲塔への被弾率も上がる
  砲塔が破壊される事で、最悪誘爆轟沈って可能性もあるから砲塔への被弾率は低い方が良い
  勿論、そうやって浮いた重量で、より入念な防御を施せるから安全性も高くする事が出来る
☆:いいことずくめですねっ
S:但し、一般に多連化すると射撃速度が遅くなるとか
  構造が複雑になって故障しやすいとか、射撃精度が低いとか
  砲塔径が大きくなって船体の強度上不利だとか、色々問題も有る
  だけど、上記の利点から、各国は熱心に多連砲塔を採用して行くんだな

S:さて、砲が敵艦を叩くための道具だと最初に述べたね
  ではその効果を考えてみよう
☆:えっと、敵艦の内部で炸裂して、機材や人員に被害を与えますーっ
S:そうだね、つまり直接的に戦闘能力を奪う物だ
  他に無視できないのが火災だ
★:火災になると被害は増加しますね
S:煙は射撃の邪魔になるし
  艦は動いているから下手すると風で煽ってるような物だ
  油断すると一気に燃え広がる、最悪の場合は弾薬に引火してドカンだね
☆:かといって速度を落としたら、狙い撃ちですねーっ
S:夜間だったら火災は良い目印になって集中射撃の的になるな
  他にもあるぞ、火災が発生したら消火するね
★:ええ、それは普通そうですね
S:どうやって消火する?
☆:周りに一杯ある水を使いますーっ
S:火災現場とかを見たことがあるかな
  消防が大活躍して、何とか消火した、その後はどうなる?
☆:えっと、水浸し?
S:そうだ、船舶でも同じ事だね
  つまり消火活動とは、船内に水を引き込むって事でも有る
  浸水したのと似た事が起きる
★:船が沈み込んで速度が落ちますね
S:そして、船が沈みこむということは
  水線付近に穴でも空いていたら、そこから新たな浸水が発生するって事だね
☆:酷いことになりますーっ
S:こういった被害は一つずつは小さいけど、ボディブローのように効いて来るんだ
  これとは反対に、一発でKOされる事も有る
  一番多いのは弾薬庫の誘爆だね
★:弾薬庫に砲弾が突入してドカンですね
S:一番多いパターンは弾薬庫直通じゃないんだ
  何故なら、弾薬庫は船体の奥にあって、例え大口径徹甲弾でも中々突っ込めない
★:じゃあ、どうやって・・・?
S:弾薬庫と砲塔を結んでいるラインが幾つか有るよね
  揚弾エレベータとか
  もしくは即応弾とか、そういった物が引き金になることが多いね
  戦艦級だと砲塔やバーベットに砲弾が突入して
  そこに準備されていた弾薬の一般的に装薬に火をつけるんだ
☆:装薬ですか・・・
S:物によって違うんだけど、戦艦主砲級だと一発に要する装薬量は200kgとかになる
  これらが連鎖反応を起こして、内部の機材を破壊して
  更に防焔シャッターを突き破って、最悪の場合弾薬庫に炎が到達する
  そして弾薬庫の温度が危険領域を突破して、ドカンだ
★:じゃあ、多重に防衛手段を用意しておく事で対応は可能ですね
S:そうだね、重要なのは消火設備と火焔の進行を食い止める機材だ
  実際の事例を見ても、人員を砲塔や揚弾路に配置しても意味は無いね
  何しろ貫徹されて装薬引火が起こったら、丸ごと吹き飛ばされちゃうんだ
  爆風が来ないようにした場所で多数の人員を置くのがベストだろうな

S:さて、あとはKOパンチとしては・・・水中弾かな
★:水線下に突っ込んでくる砲弾ですね
S:上の方で出した傾斜甲板の例を思い出して欲しい
  砲弾は水線より下にはまず来ない
  だから弾薬庫や機関は甲板の下に押し込んである
  ここに砲弾が突っ込むと、最悪の場合、弾薬庫や機関を砲弾に叩かれてヤバイ事し
  そうでなくても浸水を発生させ、沈没の遠因になることが有る
☆:日本の砲弾がそれを狙った構造だったといいますね
S:実戦でその効果を充分に発揮できたって訳でもないようだ
  たぶん実験と実戦では色々違ったんだろう
  簡単には行かないってことなんだろうね

S:さて、砲弾が船体内部奥深くの大事なところに
  突っ込んできて炸裂されると大変に困った事になる
  だから装甲で食い止めて、船体内部に入り込まないようにする
  やり方としては、表面で食い止めるのが普通だけど
  食い止められなかった場合に備えて、多くの艦艇では傾斜甲板とかで多重化してあるね
  これは条約型戦艦でも例が有るけど、じつは考え方としては古い
★:ダメなんですか?
S:船内で炸裂されたら困るでしょ
  リソースの割り振りで考えるとちょっと効率が悪いと思うね
☆:でも、舷側装甲を貫いて、更に傾斜甲板って来たら抜けないのでは?
S:英国の砲弾は変形が大きくて駄目らしいね
  でもより新しい砲弾だと、ある程度はこうした後の傾斜装甲にも効果があるんだ
  抜けないってことは無いんだよ、それは既に実験とかで明らかだ
  つまり、そういった砲弾を持っていない時代
  もしくはそういった砲弾を持っていない国の考え方だと言える
★:じゃあ、舷側の裏に傾斜甲板ってのは時代遅れなんですか?
S:そうじゃないよ、所詮はある程度の効果だからね
  例えば舷側装甲を貫いた時点で威力の大半を失っていたら、傾斜甲板には歯が立たないだろう
  ビスマルクみたいに100mmもあると舷側装甲がなくても抜くのは大変だろう
  それに抜けたところで、あのスタイルだと破口からの浸水も少ない
  ダメージの拡大を防ぐには利点があるんだ
  ただし、それで浮かせたリソースをどう使うかが重要なんだけどね



最終章『君と出会えた季節』


S:さて、まとめるか
★:大型戦闘艦艇の立脚点は、まあ一応判りました
  でも、何と言うか、実像が見えてきませんね
S:そうだね、それはある意味当然だよ
  このクラスの艦艇は、単純な目的だけで運用されているわけではない
  その存在が物凄く政治的な重みを持っているんだ
☆:軽艦艇や飛行機に対する対応も全然扱いませんでしたね・・・
S:それは本編や他の機会にでも・・・駄目?
★:逃げるんですね
S:うん、逃がしてください(^^;;

S:しっかしパズルのピースがこんなにグチャグチャだとは思わなかったわな(^^;;
★:歴史が長い割には、物凄く原始的というか単純なところに依存しているんですね
S:そう、つまりはデッカイ大砲によりかかった存在が戦艦だったんだ
  その戦艦が他者、つまり軽艦艇や飛行機に頼るようになった時
  戦艦の時代は終わりを告げたんだな
  その意味ではワシントン条約こそが戦艦の時代の終わりを決めたのかもしれない
  最終世代の最大最強戦艦が、いかにも古臭い価値観に従った代物だったのがそれを象徴しているね
  大人になりきれない部分が物凄く強い、それが戦艦だったんだ



あとがき


★:今回のタイトルは何だったんですか?
S:うむ、ばかっぽくて良いだろう?
☆:まあ、何となく判るんですけどーっ(^^;;
S:え、これで水上艦は一通りやったので
  本編で予告した「航空魚雷」に行こうかと思ってます
  結構イイカゲンというか突貫工事で書いたので、かなりアレな内容ですが
  間違い等を見つけたらビシバシ指摘してやってくださいm(__)m
☆:ではでは『魚雷は大人になってから・番外篇』
★:『風にまけないハートのかたち』これにて終了です
  長文に長時間お付き合いいただき真に有難う御座いました(ぺこり)
☆:ありごうとうがいますーっ(ぺこり)
  では、今度は完結篇か航空魚雷篇でお会いしましょうーっ
★:ご案内は
☆:『いつも笑顔を忘れない』倉田佐祐理と
★:天野美汐がお送りしました
S:ではー



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