作戦要務令

第四部


湿地及び密林地帯に於ける行動

第2章 密林地帯に於ける行動

第1節 準備
  1. 第41
    密林地帯の行動の為には、既往の調査を基礎とし状況の許す限り綿密なる偵察を実施し、周到なる準備を整うるを要す。然れども、之が為企図を暴露せざるの着意を必要とす
    密林地帯の偵察に方り、先ず空中写真に依り綿密なる研究を為し得るときは、之に依り密林地帯一般の景況、特に疎密の程度、林道、地障、断崖の所在等を明らかにして地上偵察に有力なる端緒を与え、其の価値大なり
  2. 第42
    密林地帯偵察の為着意すべき主要なる事項、概ね左の如し
    • 広さ、及び周縁の状況
    • 林相(疎密、樹種、樹木の大小、倒木の景況等)
    • 通過及び通視の難易、遮蔽の度
    • 地貌の特質、地質
    • 小流、湿地、断崖等、地障の状態
    • 磁針偏差、地図の精度等、方向維持上の参考資料
    • 交通施設、住民地の状態、給水の難易
    • 蚊、虻、其の他毒虫の状況
    • 気象、積雪の状況
    • 密林地帯内に於ける敵の警戒、防禦施設の有無及び其の状況
    • 各縦隊の進路等
  3. 第43
    密林地帯に於ける行動の計画に方りては、通過を容易ならしむると共に通過後の戦闘を考慮し、概ね左の事項に着意するを要す
    • 器材の準備及び配当
    • 準備訓練の実施
    • 作業隊又は先遣隊の部署
    • 密林内に進入する為の交通路の開設
    • 進路の開設及び拡張の要領
    • 縦(梯)隊区分及び任務の附与、装備の臨機変更
    • 密林内に於ける敵の妨害に対する処置
    • 密林前端に於ける進出の要領
    • 企図の秘匿に関する事項
    • 後方交通路開設の要領
    • 補給、器材の修理等
  4. 第44
    密林地帯通過の為特殊器材を有するときは、其の特性を考慮し之を使用する方向及び時機を決定するを要す
    特殊器材を使用するときは、装軌車の通過を許し、且つ倒木等の障害を排除せば直ちに駄馬を通ずるのみならず、傾斜之を許せば若干の補修に依り辛うじて車輌部隊を通ずることを得べし。然れども、倒木、露岩、急坂、其の他の地障等の為、屡々其の行動を阻害せらるることあるを以って、地形平易なる方向に進路を選定すると共に、予め路線を標示する等の処置を講じ、且つ普通器材を使用する作業隊との協同を適切ならしむるの着意を必要とす
  5. 第45
    高級指揮官各縦隊に前進地区を配当するに方りては、錯雑せる地形を避け、作業量少なく、方向維持ならびに後続部隊の通過容易なる如く、稜線又は明瞭なる河谷等に依る進路を包含せしむるを可とす。而して、稜線には倒木、河谷には地障多く存在し、各々利害を有すと雖も、進路は概ね稜線に選定するを有利とす
    密林地帯の通過に於いても林空に於ける対空遮蔽に関し遺漏なからしむるを要す
  6. 第46
    高級(縦隊)指揮官は諸準備を整え、先ず行動発起の位置に至る進入路を開設したる後、勉めて夜間、気象等を利用し、一挙或は逐次に該位置に躍進して密林に進入するを通常とす
    各縦隊の行動発起の位置に至る進入路は、企図を暴露せざる如く勉めて在来の道路を利用するを可とし、道路を新設する場合に於いては敵、特に其の空中偵察に対し欺瞞するに勉むるを要す。之が為、行動発起の位置を爾後の前進方向より変位せしめ一部の作業を行うを有利とすること多し
  7. 第47
    縦隊の進路は通常前衛之が開設に任ずるものとす。然れども、通過すべき密林の縦深大にして、且つ敵に関する顧慮小なる場合、或は小流、湿地、断崖等、地障の存在を予期する場合に於いては、特に一部を先遣して予め進路を開設せしむるを有利とす
  8. 第48
    前衛は進路開設の為作業隊として通常誘導隊、進路設定隊、補修隊、地障隊等を編成するものとす
    進路開設の為、地区を区分し同時に多くの兵力を以って作業し得る場合に於いては、2箇以上の進路設定隊、補修隊、地障隊等を編成し、重畳して使用することあり
    前諸項の外、前衛は所要の警戒部隊を出し、縦隊前方の警戒ならびに作業の掩護に任ぜしむ。状況之を許さざるときは、各作業隊に必要なる兵力を増加し、直接警戒を厳ならしむるものとす
  9. 第49
    前衛の開設する進路は通常先ず駄馬道を目標とし、爾後之を補修、拡張するものとす。然れども、通過部隊の編組、特に通過の目的に依りては当初より車輌道を開設し、或は開設作業の一部を省略し迅速なる通過に応ぜしむるを必要とすることあり