作戦要務令

第四部


湿地及び密林地帯に於ける行動

第1章 湿地地帯に於ける行動

第3節 通過及び戦闘
  1. 第26
    軍隊は事前の準備を周到にし、一挙に全湿地地帯を通過すること緊要なり。此の際、一部を先遣して要点を占領し、進路の開設及び主力の前進を掩護せしむるを有利とすることあり
    軍隊は湿地地帯に遭遇するも、苟も状況之を許せば先ず通過可能なる部隊を進め、此の間作業部隊を以って進路開設作業の進捗を図るものとす
  2. 第27
    湿地地帯の通過に方り、縦隊指揮官は機を失せず渋滞の顧慮多き所に於ける軍隊の行動を指導するを要す。通過の渋滞に方り、幾何の兵力を以って作業隊を援助せしむべきや、通路開設間主力を如何に行動せしむべきや等を決定するものとす。此の際、軍隊は厳に蝟集を戒め、対空警戒に遺憾なきを要す
  3. 第28
    湿地地帯の敵前通過に方り特に考慮すべき事項、概ね左の如し
    1. 一、
      徒歩兵は渡渉するか、或は軽易なる材料に依り展開し得ること多きも、射撃、夜間に於ける方向の維持、相互の連絡、指揮掌握困難なり
    2. 二、
      歩兵は、為し得れば後方よりする掩護射撃の下に速やかに之を通過することに勉め、湿地内に於ける戦闘は止むを得ざる場合に限るを可とす
    3. 三、
      車輌部隊は先ず直接戦闘に必要なるものを速やかに通過せしむるを可とす
    4. 四、
      湿地地帯内に存在する丘阜は攻防の拠点として利用するに適す
  4. 第29
    通過設備は通過軍隊多きに従い逐次補修を要するを以って、作業隊は適宜補修班又は保護兵を配置し、之に所要の補修材料を配当するを要す
    通過部隊は予め作業隊に連絡し、要すれば補修班を準備し自ら進路を補修し、或は進んで作業隊を援助するものとす
    単に進路の標示を為しある部分を通過するに方りては、前行部隊の連続通過せる轍痕等を避けて前進すると共に、進路の甚だしく損壊せざるに先だち、要すれば必要の設備を行うこと緊要なり。車輌部隊に於いて特に然り
  5. 第30
    通過設備の通過に方り、諸兵の遵守すべき事項、概ね左の如し
    1. 一、
      状況之を許せば徒歩兵を先にし、馬、車を後にす
    2. 二、
      車輌は通常脱駕して臂力に依り輓曳するを可とし、要すれば積載品を卸下搬送す
    3. 三、
      通路上に於いては通常停止すべからず。馬、車輌に於いて特に然り
    4. 四、
      設備は潜没することあるも破損せざる限り通過し得。此の際、馬は能く訓致せられたるものを先頭にす
    5. 五、
      通過中、破損若しくは危険と認むる箇所あるときは、直ちに保護兵に通報す
    6. 六、
      馬には、滑走及び落鉄を予防する為藁沓等を装す。又、橋板上には藁類を撒布するを可とす
    7. 七、
      自動車は通過設備及び操縦に注意し、滑走、特に横滑を防止す
    8. 八、
      其の他通過の為特に定められたる規定を遵守す
  6. 第31
    徒歩兵は渡渉に方り、所要に応じかんじき、スキー等を用い、機関銃、自動砲は駄載の侭、又、歩兵砲は要すれば履帯を装して渡過することを得るも、湿地の状況に依りては橇に積載して曳行するを可とし、或は分解して搬送せざるべからざることあり
    水流には、為し得れば現地の材料を以って架橋するを可とするも、斥候、小部隊等に在りては浮嚢舟を携行し、又、機関銃、自動砲、大隊砲は要すれば分解して小浮嚢舟に、連隊砲は分解することなく大浮嚢舟に簀ノ子を敷置し搭載して通過し、馬は水馬に依るを便とすることあり
  7. 第32
    湿地内に於ける歩兵の射撃の為着意すべき事項、概ね左の如し
    1. 一、
      射撃の諸動作は粗漏となり、姿勢の安定不良となり易きに注意す
    2. 二、
      軽機関銃、擲弾筒の弾薬は湿潤せしめざる如く携行す
    3. 三、
      薬室内に飛沫飛入り焼付を生ずるの虞多きに注意す
    4. 四、
      小銃射撃の為には軽易なる杖状托架を使用するを便とし、軽機関銃の為には三脚架又は橇を、擲弾筒の為には床板を、機関銃の為には床板又は橇を使用するを可とす
    5. 五、
      大隊砲及び連隊砲の射撃設備は砲兵に準ず
    6. 六、
      射弾観測は一般に困難なり
  8. 第33
    馬の通過し得る湿地は、乗馬時に於いて泥土の踏込み飛節に達するを以って概ね其の限度とす。(約30糎)但し、踏込み20糎以上なるときは装具を脱し通過せしむるを可とす。又、草根の繁茂する湿地に在りては軽装馬は草根上を通過し得ることあり
  9. 第34
    野砲(十榴)は湿地障碍の程度小なる場合に於いては適宜の履帯を装し臂力を以って通過することを得るも、通常適宜の湿地橋、簀ノ子、或は架橋材料を使用して通路を開設す。若し簀ノ子の抗力十分ならざる場合に於いては履帯を装するものとす
    水流渡過の為には大浮嚢舟等を応用せる門橋に依るを便とすることあり
  10. 第35
    砲兵射撃の為には特に架尾設備に着意すること緊要なり。之が為、杭、板、土嚢等を予め携行するを要す
    車輪下の材料としては籐褥、簀ノ子、又は板を可とす
  11. 第36
    戦車及び自動車の湿地通過の為には、厚木板、丸太、枕木等を以って通路を構成するを可とす。然れども、其の小部隊の通過の為には野砲の為の施設を補強するを以って足れりとすることあり
    水流は水深及び河底の土質に依り、湿地に於ける設備を準用し、或は架橋するものとす
  12. 第37
    後方部隊の湿地通過の為には第一線部隊の為構築したる設備を補強して使用し得べしと雖も、第一線用通過材料は之を撤収して前送し、後方部隊は各種の応用材料を使用して自ら通路を開設すること少なからず
    応用材料に依り湿地内に通路を開設するには、丸太、束柴、板等に依るを可とす