作戦要務令

第四部


湿地及び密林地帯に於ける行動

第1章 湿地地帯に於ける行動

第1節 準備
  1. 第11
    湿地地帯の行動の為には、既往の調査を基礎とし、状況の許す限り綿密なる偵察を実施し、周到なる準備を整うるを要す。然れども、之が為企図を暴露せざるの着意を必要とす
  2. 第12
    湿地地帯偵察の為着意すべき主要なる事項、左の如し
    • 広さ、深さ、及び其の成因
    • 通過の難易、交通路、特に迂回路の有無
    • 地表面の状態、土質、特に砂利の有無、瀦水及び水流の状況
    • 草木繁茂の状況、特に草根の耐圧力、谷地坊主発生の場所及び其の状況
    • 気象、季節の影響、特に乾燥、湿潤、凍結の状態
    • 利用し得べき小丘阜、及び住民地の状態
    • 磁針偏差、地図の精度等、方向維持上の参考資料
    • 蚊、虻、其の他毒虫の状況
    • 利用し得べき材料の有無及び状態
    • 湿地地帯内に於ける敵の警戒、防禦施設の有無及び其の状況
    • 各縦隊の進路等
    湿地の偵察に方りては、特に該湿地が底無沼の如きものにして通過の為絶対的に設備を必要とするものなりや、或は泥浅くして跋渉に支障なきものなりやを知ること極めて緊要なり
  3. 第13
    湿地地帯に於ける行動の計画に方りては、通過を容易ならしむると共に、通過後の戦闘を考慮し、概ね左の事項に着意するを要す
    • 通過材料の整備、配当、前送法、特に之が運搬具の整備
    • 準備訓練の実施
    • 作業隊又は先遣隊の部署
    • 進入及び進出路、進路の開設
    • 縦(梯)隊区分及び任務の附与、装備の臨機変更
    • 掩護陣地、前岸若しくは中間地の拠点
    • 湿地内に於ける敵の妨害に対する処置
    • 企図の秘匿、特に上空に対する警戒法、及び夜間の利用法
    • 後方交通路開設の要領
    • 補給等
    湿地地帯通過の為には多大の材料を要するものとす。故に、勉めて現地附近に在る材料を収集利用せざるべからず。然れども、迅速なる機動を必要とする場合に於いては、湿地地帯の状況に応じ予め須要なる材料を携行せしむるを要すること少なからず
  4. 第14
    湿地地帯の偵察に方りては、目的、使用し得る時間の長短等に依り其の要領を異にするも、各種の地形、特に類似の湿地に於ける体験を基準として諸判断を為すこと緊要なり。蓋し偵察は通常行動不自由なる地域を広範囲に亙り実施せざるべからざるのみならず、湿地の状況は千差万様にして、之が判定の為、他に簡易且つ明瞭なる基準なければなり
  5. 第15
    湿地は屡々気象、季節等の影響を受け、又、年に依り其の状況を異にしあること多きを以って、既往の調査の結果は直前の偵察に依り之を確かめざるべからず。而して、空中写真は湿地及び水流の状況を直接判断すること困難なるも、既往の調査と対照するときは現在に於ける概況を知るに便にして、其の価値亦多きものとす
  6. 第16
    湿地の程度を判断するには、現地に在る樹木、雑草の種類及び繁茂の程度、草根の有無等を観察して其の資に供するを可とす
    アヤメ、葦類、特に水草の生ずるところは湿地の障碍程度一般に大にして、又、カリヤス、特に雑草、灌木の交生する地区は土質比較的堅硬なるを常とす
    湿地の耐圧力及び泥土の深さは、長さ約1米50、中径1糎5の鉄棒を用い、其の感覚を以って判断するを便とすることあり
  7. 第17
    材料の整備は為し得る限り作業の開始に先だち之を完了し、一度作業に着手せば迅速果敢に実施し、中途に於いて遅滞することなからしむるを要す
  8. 第18
    湿地通過材料の主要なるもの左の如し
    湿地測定器は諸兵通過の能否に関し、湿地の耐圧力及び深さを軽易に測定するに適す
    小(携帯)浮嚢舟は偵察者等の水流渡過に適す
    厚木板、籐褥、簀ノ子(竹或は樹枝等を以って製作す)は、泥濘部或は小流等に於ける車輌の通過に適す
    梃子、防滑板、有歯補助輪は、自動車を泥濘部に於ける陥没より脱出せしむるに適す
    軽門橋材料(大浮嚢舟及び同門橋材料)は、小流に軽易なる渡過設備を行い、或は軽車輌等の水流渡過に適す
    鋸、鎌、綱、鉄線、鎹は各種の目的に使用せらる
  9. 第19
    進路開設の部署は状況に依り異なるも、各縦隊毎に通常歩、工兵等を以って作業隊を編成し、前衛等の掩護下に作業を実施せしむ。之が為、高級指揮官は各縦隊の兵力、編組、及び其の前進地区の地形、現地材料の有無等を考慮し、所要の湿地通過材料を配当するものとす
  10. 第20
    前衛は、車輌部隊を除き、或は徒歩部隊を主とし、或は其の兵力を小ならしむる等、勉めて之を軽快にし、通常一般方向に向かい要点より要点に躍進して捜索及び警戒に任ず
  11. 第21
    捜索及び警戒の為には通常小部隊を派遣し、要点より要点に躍進し、其の近距離に斥候を派遣せしむるを可とす
    斥候は1組少なくも3名とし、為し得れば乗馬せしむるを可とす。蓋し徒歩者の湿地地帯の行動は疲労多く、又草葉等の為敵情視察及び相互の連絡を妨害せらるること多ければなり
  12. 第22
    湿地の偵察に任ずる指揮官は、所要の斥候を派遣して、地形、特に局部に於ける地障の有無を偵察しつつ、選定せる進路の方向に前進せしめ、其の結果と自らの視察とを綜合判断して進路を標示し前進するものとす。而して、夜間に在りては進路に沿いて前進し、通過困難なる地形に遭遇せば左右に斥候を派遣し進路を発見するを可とす