作戦要務令

第三部


第1篇 輸送

通則
  1. 第1
    輸送は軍の集中、移動、補給等、用兵上極めて重要にして、鉄道、船舶、自動車、動物、飛行機等に依る
    鉄道及び船舶は輸送力大にして、大軍の運用には之に待つ所最も大なり。自動車及び動物は主として戦場に於いて、又飛行機は急を要する輸送に於いて、各々其の特性を発揮す
  2. 第2
    戦時軍隊の輸送は複雑にして、上空、地上、及び海上よりする各種の妨害を排し、極寒若しくは酷熱を制し、給養の粗悪を忍びて、連続長時日に亙り実施せざるべからず。故に、軍隊は戦時輸送の特質を理解し、輸送の計画、処理、又は実施に任ずる機関の職域を尊重し、此等機関との連絡を密にし、軍紀を厳守し、克く困苦に堪え、以って輸送実施を整斉確実ならしむること緊要なり
  3. 第3
    戦時、鉄道及び船舶輸送を要する時は、所要の輸送機関を軍に於いて徴用し、或いは管理し、又は輸送力を供用せしむ
  4. 第4
    鉄道業務は野戦鉄道司令部、鉄道監部、鉄道輸送司令部、停車場司令部、及び此等の支部、これに任ず。此等を軍事鉄道機関と称す
    野戦鉄道司令部は外地に於ける鉄道業務を、鉄道監部は戦場若しくは其の附近に於ける鉄道業務を、鉄道輸送司令部は通常内地に於ける鉄道業務を実施し、各々鉄道業務に関し計画、処理に任ず
    停車場司令部は某停車場、若しくは某地域に在る隣接数停車場に於ける人馬、材料(荷物を含む。以下同じ)の搭載、卸下に関し所要の事項を規定し、且つ之が指導監督に任じ、又、通常、輸送中の給養を担任す
    野戦鉄道司令官、鉄道監、鉄道輸送司令官、及び此等の設けたる支部長は、輸送の計画、処理の為、必要の件に関し、又、停車場司令官及び同支部長は当該停車場に於ける乗(下)車若しくは給養に関し、乗車部隊を区処す
    状況に依り鉄道隊をして戦線に近き鉄道業務を担任せしむることあり
  5. 第5
    船舶輸送の為、海運基地、海運主地、及び海運補助地を設く
    海運基地は軍事輸送上枢要なる内地港湾に之を設け通常船舶輸送の策源地と為し、海運主地は外地主要の港湾に之を設け通常船舶輸送の端末に於ける中枢地と為す。而して海運補助地は海運基地又は同主地以外に於いて必要なる港湾に之を設く
  6. 第6
    船舶業務は船舶輸送司令部、碇泊場監部、碇泊場司令部、及び此等の支部、之に任ず。此等を軍事船舶機関と称す
    船舶輸送司令部は通常海運基地に設置せられ、船舶輸送の計画其の他海運策源地の諸業務に任ず
    碇泊場監部は通常同一方面に位置する数個の碇泊場司令部を統括する為、之を設置す
    船舶輸送司令部支部、碇泊場司令部は海運主地又は海運補助地に、碇泊場司令部支部は海運補助地に設置せらるるを通常とし、当該海運地に於ける船舶業務を実施す
    碇泊場監部及び碇泊場司令部は、時として一部の輸送船を管轄し、局地に於ける船舶輸送の計画に任ずることあり
    軍事船舶機関の長は、輸送の実施上必要なる件に関し、乗船部隊を区処す
    大なる河川を利用する船舶業務は前諸項に準ず
  7. 第7
    鉄道又は船舶輸送を要する軍隊は、通常輸送請求表を軍事鉄道機関又は軍事船舶機関に提出するものとす。該機関は之に依り輸送計画を策定し、所要に応じ関係輸送機関に之が実施を命令若しくは要求すると共に、乗車又は乗船部隊には通常輸送計画に関し輸送計画表を以って指示するものとす
    時として軍隊自ら輸送計画を作為することあり
  8. 第8
    鉄道及び船舶輸送の請求は輸送計画の基礎を為すを以って、正確にして機を失せざること必要なり。特殊材料等、輸送計画上特に考慮を要するものあるときは、其の種類、尺度、重量等を明瞭ならしむるを要す
    輸送請求表は通常順序を経て提出し、之が重複を避くると共に、提出後変更ありたるときは其の都度訂正するものとす
  9. 第9
    鉄道及び船舶輸送に在りては通常軍用輸送券を以って輸送の証票とす
    軍用輸送券は、輸送の計画に任ずる軍事鉄道機関又は乗船(搭載)地に於ける軍事船舶機関の長、之を発行し輸送指揮官又は船長に交付す。時として軍隊自ら之を発行することあり
    軍隊若し交通列車に一般貨客と混乗する場合に於いては軍用輸送券に依ることなく、鉄道乗車証、鉄道乗車後払証を以ってし、又は臨機定むる規定に拠る
  10. 第10
    各列車又は各輸送船に於ける乗車若しくは乗船部隊の高級先任の将校(各部将校を長とする部隊のみを輸送する場合に於いては高級先任の各部将校)は、之を輸送指揮官とす。但し、将官は要すれば他の将校をして此の任に当らしむることを得
    輸送指揮官は乗(下)車又は乗船、上陸の指揮、輸送中の警備等に任じ、給養に関する事項を区処す。而して、軍紀の維持、諸法則の実施等は各部隊長の責任とす
    輸送指揮官は特に規定せられたる場合の外、列車又は輸送船の発着及び運行に干渉し得ざるものとす
  11. 第11
    大部隊の鉄道又は船舶輸送に在りては、高級指揮官は成るべく乗車又は乗船2日前迄に所要の人員を乗車地又は乗船地に先遣して、乗車又は乗船等に関し軍事鉄道機関又は軍事船舶機関と必要の協定を為し、之に基づき、逐次到着する部隊に乗車又は乗船の為の区分、日時及び集合、船内の偵察、給養、警戒、勤務等に関し所要の指示を為さしむ
    小部隊の輸送に在りても、所要に応じ前項に準じ処置す 下車又は上陸に方りても前諸項に準ず
  12. 第12
    鉄道及び船舶業務は極めて複雑にして、一局部の故障と雖も累を全局に及ぼすこと多きに鑑み、軍隊は計画及び規定を守り、発車又は出港を遅延せしめ、或は之を遅延せしむるが如き請求を為すべからず
  13. 第13
    重要なる停車場、海運地等の警戒、特に防空の為には、特定の部隊を配置せらるるを通常とす。乗車又は乗船部隊は此等の処置を講ぜられある場合に於いても、要すれば更に所望の処置を講ず
    停車場及び海運地の直接警戒、軍機保護等の為には通常衛兵を配置す。衛兵は最寄軍隊、若しくは乗車又は乗船部隊より之を派遣し、停車場司令官又は碇泊場司令官の指揮を受けしむるものとす
    不時の事変に際し、又は前諸項の目的の為、軍事鉄道機関又は軍事船舶機関より援助の請求を受けたる軍隊は、任務の許す限り之に応ずべきものとす
  14. 第14
    輸送機関は敵飛行機の目標となり、又船舶に在りては敵艦艇、特に潜水艦の襲撃を受くるの虞あるを以って、此等に対する自衛の手段を整うるの外、経路、時期、行動、隊形等の選択を適切にし、且つ、為し得れば偽装或は陽動を行う等、秘匿の手段を講ずること緊要なり
  15. 第15
    輸送請求及び輸送計画中には軍隊の企図、兵種、兵力等、軍機に亙る事項多きを以って、此等に関連せる書類等にして、苟も機密探知の資料たるべきものの取扱に関しては特に注意するを要す