講述
陸軍大学校兵学教官 陸軍砲兵中佐 畑 勇三郎
陸軍大学校兵学教官 陸軍砲兵中佐 宝蔵時 久雄
砲兵戦術講授の目的は 諸兵連合戦術の研究に必要なる砲兵知識に関し 基礎的理解を与へんとするに在り
世界大戦後今や十有余年を経過し 此間兵学界に於ける砲兵論は盛に論議せられ 初学者に取りては去就に迷ふの観を呈せしことありしも 昭和四年戦闘要綱 及 砲兵操典 昭和五年高射砲隊教練に関する訓令 及 砲兵射撃教範 昭和六年砲兵観測通信教範草案の発布を見るに至り 兵器器材の装備に伴ふ研究及実験の結果國軍砲兵訓練の準備既に確立し 砲兵の運用及砲兵科自体の戦闘法も明瞭となり 並に画期的進歩の域に達せり
然れとも 多年の論議は 動もすれは徒らに新奇に走りて其運用に適正を欠き 其軽重本末の取捨に中正を失したるもの無きにしもあらさりし状況は 今に其禍根を残すものにありて 未た國軍砲兵の主義精神の普及徹底全く完しと謂ふを得す
諸官は茲に完全なる理解と、適切なる運用とに依り 将来幕僚たり指揮官たるの素地を養成し 自信を以て砲兵に臨むの域に達せさるへからす
左に現下の國軍兵学界の砲兵知識に鑑み諸官の留意を望まんとす
砲兵戦闘原則は砲兵将校に委すれは可なりとの観念は 根本的誤謬にして 戦勝の要素は諸兵特に歩砲兵威力を組織的に総合し 以て敵に優るの戦力を発揮するに在り 而して其組織を律するは 實に高等司令部の責務たり
抑々現時に於ける砲兵戦闘法の革新は 其射撃法の進歩に職由するものにして 該火力を最大に発揮する如く戦闘を遂行するは 素より砲兵各級指揮官の任務なりと雖 該火力を全般の戦闘圏内に於て最も有数且適切に運用し 其処置の当否に依り戦捷の運命如何を左右するは 則ち高級指揮官及幕僚の双肩に懸るものにして 高級指揮官及幕僚は 砲兵戦闘法の要諦を熟知し 茲に始めて基本然の責務を全ふすることを得へし
若夫れ高級指揮官及幕僚にして砲兵に関する知識に欠くる所あらんか 其砲兵に与ふる命令 歩砲の協同に関する指針は多くは正鵠を失し 若は抽象的に流れ 或は適確を欠き 甚しきは相談的、依頼的指示を以て砲兵の任務を律せんとし 遠く日露戦争時代の要領に還元し為に戦捷の要素を放擲するの結果に堕するや必せり
巷間砲兵用法を研究するの必要は十分に之を認むる者にして 其理解の困難に藉口して研究を遂けさるもの少からす 其真因を検討するに 研究熱の不足及技術に対する誤信に依るもの多し
夫れ技術は難視するを要せす 軍事技術は戦術の範囲内に存る創意、工夫、発明、設計、製造等を主とするものにして 用兵家として知得すへき範囲は 其結果に基く特性及応用に通暁すれは先つ足れりとすへし
抑々戦術と称し技術と唱ふるも其接続部は相密著して截然と其分界を画せるものにあらさるのみならす
戦術を離れて技術無く
技術を離れて戦術を論し難し
所謂「戦術と技術との調和」
は砲兵戦闘の特質にして
其時代の技術に立脚し科学工芸の粋を応用して
以て戦略戦術の妙諦を発揮し敵に優るの戦力を集中し戦捷を獲得するを得へし
高級指揮官及其幕僚として知悉すへき砲兵戦術の範囲内に存在すへき技術的事項の如きは
寧ろ簡易平凡の部類に属す
砲兵戦闘唯一の手段は射撃に在るを以て 砲兵戦術を理解する為にも 又歩砲協同を円滑ならしむる為にも 射撃を理解せされは隔靴掻痒の感あるものとす 諸官は此点につき深刻に研究するを要す
之を要するに
諸官は今や兵学研究の殿堂に入り
将来國家有為の人物たらんとするに方り
劈頭先つ其第一歩として
各兵戦術の基礎知識を確実に把握すへき時期に際会せり
宣しく敏にして学を好み古語に所謂「博学之、審問之、慎思之、明辨之、篤行之」
の覚悟を以て
将来の大成に資せむことを望む