霊魂母の胸に
昭和２０年３月１８日未明、熊本県玉名郡横島村に住む西山ミサトさんは長男典郎君に
抱きつかれ、そして一瞬にして姿を消し去った夢を見たという。恐らく死出の旅路の途中、
母親の胸に抱かれたくて、霊魂となって古里へ帰ってきたのであろう。
西山典郎君は昭和１８年７月３０日、即ち予科練に入隊するため鹿児島へ旅立つ前の夜、
「母ちゃんと寝たい……」そう言って母親と一緒に寝たという。そして、「母ちゃん元気
でね……」と、言いながら母親の手を静かに握ったそうである。その柔らかい手のぬくも
りが、５０年以上経った今でもまだ残っているとミサトさんは話される。
私は典郎君とは逆に６人兄弟の末っ子に生まれた。だから甘やかされて育ち、小学校に
入学するころまで母親と一緒に寝ていた記憶がある。典郎君は長男としての自覚と、後に
生まれてきた弟妹のため、日ごろは母親に甘えるのを我慢していたに違いない。その夜、
親子はどんな夢を見たのであろうか。
＊
謹啓 段々と暮らしよくなり皆様御元気で御暮らしのことゝ思います。
父上様
先日は有難う御座いました。無事御帰りになられた事と思います。私は元気一杯やってお
ります。父上の教訓を守って一生懸命にやってきます。幸郎の入学の事や其の他弟妹の事
はお願い致します。そして、無事幼年学校にやって下さい。
中学校時代の私の都合の悪い物がないとも限りませんが、後で辱かしくない様に、ありま
したら処理して下さい。御別れしてから一寸も淋しくありませんでした。
母上様
先般の休暇で皆様の事もよくわかり､ 又元気でいられる姿をみてすっかり安心しました。
弟妹達とも心のゆく限り遊べて何の悲しみも悩みも毛頭ありません。
母上の心も日本晴れとの事で、喜んでおります。今から実際に一騎打ちが出来るのです。
考えただけでも愉快です。又玉名中学から来た者も八名います。山口も牧島も決して心配
には及びません。思う存分世の中を駆け廻ってきます。
祖父も日露戦役の軍人父上も軍人、それに私も軍人で実際に役立つ、家門の名誉と思って
下さい。どうか御病気になりませぬ様御祈り致します。
幸郎君
今眼前或は最中か。大難関を突破せよ。そして先ず幼年学校に突撃されよ。
一番大切なのは体だ。体なくては何の用にも立たぬ。
一、父上母上に兄さんにかわり孝行すること。
二、兄弟は仲よくすること。決して洋光、紀光を泣かせるな。
三、身体を無理せぬよう勉強すること。但し一番にならなければ何にもならない。
四、家の手伝いをすること。
雅子ちゃん
お元気で勉強して下さい。母ちゃんの言われることをよくきいて一生懸命勉強し、洋光、
紀光と仲よく遊んでやりなさい。母ちゃんが心配せぬ様、お手伝いするんですよ。
洋光サン
ユビヲ五ツカゾエルト一年生デスネ。トウチャンヤカアチヤンノイウコトヲキイテ、
ベンキョウシテイルデショウ。ノリミツサントナカヨクアソンデクダサイ。
ソシテ、キユウチョウニナリ、カアチャンヲヨロコバセテクダサイ。
オゲンキデサヨナラ。
ノリミツサン
ニイサントスモウヲトツテ、ニイサンヲナゲタノリミツサンハ、ナカナイデオリマスカ、
ニイチャンタチトナカヨクシテクダサイネ。
マタニイサンガカエッテスモウヲトリマセウ。
コンドハアメリカノヒコウキヲモッテキマス。カアチャンヲコマラセナイヨウニ。
二伸
如何なる難事も最後まで沈着に、いつまでも体を無駄にせず、思う存分落着いてやります
故御安心下さい。又軍刀は脇差しで結構です。
先般司令官少将 朝融王殿下の□□□□□□□□□隊内数名の練習生が選ばれ、御前にて
参謀より試問をうけたる光栄に浴しました。
母上様どうか喜んで下さい。この新たなる感激をうけ又一層頑張るつもりであります。
では皆様お元気で。私の事は一切心配されぬよう、呉々もお願い致します。
典 郎
御一同様
［□□□□の部分は検閲で消去されている］
司令官査閲。
朝融王殿下の査閲は、３月９日から１４日までと記録にある。査閲終了後予科練を卒業
して内地を離れるまでのある日、家族一人一人の面影を偲びながら書いたものであろう。
この手紙は昭和１９年３月２７日、古里熊本県玉名郡横島村の実家に配達されたという。
恐らく３月２４日、１６歳の誕生日の夜に書いのではなかろうかと父親は話される。
昭和２０年３月１８日、７６２空攻撃２６２飛行隊は「神風特別攻撃隊・菊水銀河隊」
を編成し、九州南東海上に来襲した敵機動部隊に対して、必死必殺の体当たり攻撃を敢行
した。指揮官松永輝郎大尉機の電信員に選ばれた西山典郎２飛曹は、午前８時７分「全軍
突撃必中セヨ」との電報を発信し、それ以後消息を断った。
１７歳の誕生日を迎えることなく短い生涯を終えたのである。この攻撃で、敵空母エン
タープライズ及びヨークタウンに損傷を与えたことが記録に残っている。
＊
昭和５８年８月１日、ご両親は長男典郎君の生前を偲んで、彼が子供のころ遊んでい
た庭先に、「至誠殉国之碑」を建立してご冥福をお祈りしている。ご両親をはじめご兄弟
の皆様方は健康にめぐまれ、お正月とお盆には、お孫さんを含めて全員が集まり、典郎君
の御霊を慰めているという。
「至誠殉国之碑」と西山典郎君遺影。
自分の短かった人生と引き換えに、ご両親やご兄弟のご長寿を陰ながら見守っておられ
るのであろう。ご両親をはじめ皆様方が、今後とも益々ご健康で長生きされることを切に
お祈りする次第である。銘板には次の事績が刻まれている。
略 歴
昭和三年三月二十四日出生
昭和十八年八月一日 海軍甲種飛行予科練習生（第十二期后期）
として鹿児島海軍航空隊に入隊 （玉名中学四年在学中）
昭和二十年三月十八日六時二十八分 九州東方海面の敵の大艦
船群を撃滅のため銀河特装爆撃機指揮官機に搭乗して 福岡県
築城基地を僚機五機と出撃 八時七分全機突撃必中せよと最后
の電信を發信後全機敵艦に突入して自爆戦死
武功抜群につき同日海軍少尉に特別任用の恩命に浴す
父 西 山 巽 撰 文
義 弟 徳 永 孝 文 謹 書
［昭和１９年勅令６５０号により、特別攻撃隊の戦死者は、士官及び准士官は２階級特別
進級。下士官は海軍少尉に任命された。われわれのクラスは、昭和１９年１１月１日、
２等飛行兵曹任官。昭和２０年５月１日、１等飛行兵曹へ進級。］
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