自衛隊こぼれ話

  台 風 騒 動

 鹿児島県は台風銀座と呼ばれるほど台風の来襲が多い。下甑島サイトに移駐して間もなく、 その洗礼を受けた。ラジオの天気予報は台風の接近を知らせていた。しかし、たいしたことで はないだろうと、のんびり構えていた。夕方になると幹部や営外者は平常どおり下山帰宅した。  夕食はすませたが、外出するには天候が気になる。雨に濡れるのも厭なのでベッドに寝転ん でいた。ところが、風はだんだんと強くなり、隊舎がギシギシと揺れ始めた。窓から外を眺め ると眼下の海は真っ白に沸き立っている。そして、真っ黒な乱雲が頭の上を掠めるように飛ん で行く。雨こそ降らないが、風は益々強くなってきた。  その時、アメリカ軍から連絡があった。 「この台風は今夜半、 当レーダーサイトを直撃する恐れがある。よって、アメリカ軍は全員直 ちに避難する。自衛隊員にもオペレーションの一部を提供するから、避難するよう勧告する」 との趣旨である。  台風に関してはアメリカ軍は独自の情報を持っていた。気象観測機を飛ばして台風の目に入 り、その中心気圧や進路・速度など精密に観測する。だから、 自衛隊が知り得るラジオの予報 よりもはるかに正確である。  アメリカ軍の勧告にしたがって、 身の周りの物をまとめてオペレーションへ急いだ。見ると、 アメリカ兵は風が強まる中、 レーダーのアンテナを解体している。オペレーションは地下壕に なっていて、 壁面も天井もコンクリートで固められている。おまけに扉は分厚い鋼鉄製である。 中に入り十坪ばかりのスペースを確保し毛布を敷いて座り込んだ。扉を閉鎖すると外の騒音は 消えて別世界となる。ここなら台風に対しても絶対安全である。  落ち着いてくると、手持ち不沙汰である。さっそくトランプが始まった。当時は煙草を賭け て盛んにやっていた。最初は1本2本と本単位で賭けていたが、各自が保有している非常用の 予備品は封を切るわけにはいかない。そのため遂に箱のままやり取りするようになっていた。  ところが、ある時連絡船が数日間欠航して店に煙草がなくなったことがある。この日のため に用意していたのだとばかり、さっそく予備品の煙草の封を切ってびっくりした。中身が抜け てスカスカになり用をなさなかったのである。  避難しても別段作業などないのでトランプに熱中していた。ところが、突然電灯が消えた。 台風による被害が出始めたのかも知れない。しかし、じたばたしたところで仕方がない。手探 りでコンクリートの床の上に毛布を敷いてゴロ寝である。  翌朝騒々しい話声で目が覚めた。炊事係の隊員が朝飯の準備をするため皆より早めに帰って みると、隊舎がなくなっていると言うのである。何を寝とぼけた事を言ってるのか、そんな馬 鹿げた話など誰が信用するものか。  扉を開けて外を覗くと、台風は通過したらしく、風はほとんど収まっている。台風が通過す れば、こんな穴蔵などに引き込んでいる必要はない。荷物を片付けて帰り支度をした。  扉の外に出てみて驚いた。 高圧送電用の太い電線が切断されて道路に散乱している。もちろ ん電柱も傾いたり倒れたりしている。地下壕にいたので強風が吹いたという実感がないのに、 外は一夜にして豹変していた。
 次に、アメリカ軍のメスホールの大きな屋根が、そのままの形で20メートル程も吹き飛ば されている。そして問題の自衛隊の隊舎(飯場)は忽然としてその姿を消していた。  ウワー! あの話は本当だったんだ。急いで隊舎の跡まで行った。見ると、 遥か彼方の谷底 にその残骸をさらしている。しばし呆然と、この惨状を眺めていた。ふと見ると、会計所有の 大形金庫だけが元の位置にしっかりと座っていた。ところが、書類戸棚は約20メートルも下 の斜面に転んで書類が散乱しているのが目に映った。惨憺たる状況に何から手を付けてよいの か皆目見当もつかなかった。  やがて幹部や営外者が出勤してきた。皆もびっくりしている。彼らの話によれば、長浜集落  の方は別段被害はなかったとの事である。サイトの諸設備は山の稜線付近にあるため、特に被 害が大きかったのだ。それにしても後始末は大変であった。  幸い長浜集落の外れ、専用道路の入口近くに、サイト建設の際に請負業者が仮設した資材倉 庫が残っていた。これを借り受け、手を加えて住めるようにした。お陰で生活の場所が山の上 から集落の近くに変わり、毎日が外出と同じ状態になった。台風騒動も粋なお土産を残したも のである。
目次へ戻る 本土転勤へ
[AOZORANOHATENI]